26話
「────その銃弾の使い方を説明するね」
不意に声が響いた。
間違いなく、ルクラットの声だ。
周囲を見回す。
だが、姿はどこにもない。
「ルクラットさん……?」
「あぁ、これは録音だから会話はできないよ。あかりちゃんがその銃弾に触れたら再生するようにあらかじめ魔術をしかけておいたんだ」
「そ、そういうことか……」
「その銃弾にはね、特別な効果があるんだ。その効果は、────『撃たれた者の名前を失わせる』こと」
「名前を、失わせる」
「名無しの魔女の『名前を魔力に変換する魔術』を私の魔術でダレンの銃弾にこめたんだ。作るのが結構大変で、そっちに行った時には一発しか完成しなかったんだけど。ごめんね」
一発しかない貴重な弾丸。
それを持たせて、何をさせようというのか。
「それはきっとこの先役に立つ、そんな気がするんだ。はっきりした根拠はないんだけど。ダレンと名無しの魔女が聞いたシュトラープケと西の魔女のやり取りが気になってね」
シュトラープケ。
教団本部を消滅させた魔女というが。
「シュトラープケが突然その場に現れた西の魔女を『魔眼に封印されたいのか』と煽った時のことだよ。それに対して西の魔女は、『もう魔眼は失われているはず』と言ったんだ。確かに、シュトラープケの魔眼はそれまでの戦いで、茨の魔女がえぐり取ったからすでにない。にもかかわらず、シュトラープケはそう言ったし、西の魔女はわかりきっていることをそこで言った。そこにヒントがあるような気がして。あかりちゃんはどう思う?」
「まさか……」
「使い道は任せるよ。でもね、弾は一発だけ。だから、大事に使うんだよ」
それがルクラットからのメッセージだった。
手の中の銃弾を見つめる。
一発しかない。
その言葉があかりの胸に重く沈み、ごくりと喉が音を鳴らした。
訪れた静寂を切り裂いたのは、リューベルクの影だった。
「名前を失わせることは、その者が存在した痕跡を世界から消すということ。つまり、その銃弾で──」
影はあかりに手を差し出す。
すると、そこから溢れ出す黒い魔力が渦を巻き。
その末に、一つの形を成していく。
それは、拳銃。
「────誰かに姿を変えている黒幕の正体を暴くことができる」
────時は少し、巻き戻る。
ミリヤとマゴットが城内に足を踏み入れた後。
サヤも彼女たちに続こうとしたときだった。
「サヤ様!」
その声と共に、彼女の体は後ろから抱きとめられる。
振り向くまでもなく、その正体はわかりきっていた。
「……ことねですか」
「そうだよサヤ様。ことねだよ、サヤ様だけの」
その声はまるで、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「あかりさんとまつりに危害を加えましたね」
「そうそう! その話、聞いてたんだ! 私が浜野田あかりを殺したっていう話!」
「……」
「これでようやく、サヤ様はあのひなたの呪縛から解放されて自由になったんだよ。もうあいつの影に囚われることもない。なら、もう協会に所属する意味なんてないでしょ?」
「ことね」
「────だから、戻ろうよ。あの場所へ」
あの場所。
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に浮かぶのはまいかの言葉。
『裏切られる間もないほど、裏切り続けること』
ずきり。
『────それがあなたが救われる唯一の方法』
ずきりと、繰り返し頭に走る痛み。
だが、その痛みを抑えることはせず。
ただひたすらに受け入れ、過ぎ去るのを待つのみ。
「……救われたいなどと、思ってはいませんよ。抜けたときから、一度たりとも」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
回した腕に手を重ねられ、ほころびを見せることねの笑顔。
だが、それもすぐに薄れていく。
その行動が、自分を解くものだと知ったから。
「あなたは言いましたね、あかりさんが死んだから私が協会にいる意味はないと」
「うん、言ったけど……」
「なら、その前提は間違っています」
「……どういう意味?」
「────あかりさんは生きていますから」
その言葉にことねは驚いている様子だったが。
やがて一つ、口元から笑い声が漏れた。
「や、やだなぁ、サヤ様ったら! 信じたいのはわかるけど、そんなわけないじゃない! だって、私がこの手で殺したんだよ? 全身に雷撃を浴びせて、腹に穴まで開けて!」
ひらひらと手を振りながら否定する。
「だから、生きてるわけないって! ないない! そんなこと!」
だが、ことねは違和感を覚えていた。
死んだという事実から目を背けている。
それにしては、サヤの言葉は確固たる意思に固められている気がした。
まるで、生きている事実を知っているかのように。
「セトという魔女に聞き覚えはありますか」
「セト? 誰、その魔女……?」
「そうですか」
「あ、ちょっと待ってよ!」
城内へと足を踏み入れようとするサヤを引き止める。
「そっちは行かないほうがいいって。まいかじゃないと手に負えない魔女がいるらしいからさ!」
「まいかじゃないと手に負えない……?」
「そう! だから、まいか以外の私たちには撤退の命令が出されてる。同士討ちさせる相手の魔術は、躍起になるほどこちらの戦力を削られてしまうから。まいか一人で解決するって」
サヤの眉がぴくりと動く。
同士討ちさせるということねの発言が引っかかったからだ。
それが、セトによるものだとすれば、聞いていた情報と矛盾する点がある。
ミリヤとマゴットはその魔女の扱う魔術は『自分の見た目を変える魔術』と言っていた。
「(別の存在が……? それとも、情報自体が間違っている……?)」
いずれにせよだ。
「まいかもこの城の中にいるのですね」
「うん、その相手がまいかと会うのを望んでいるとかで」
「……わかりました」
「あ、ちょっと!」
再び足を踏み出すサヤの腕をことねは掴む。
「だから、行っちゃだめだって! サヤ様まで巻き添えを食らったらどうするの!?」
「なら、なおさら行かないといけません。先に行った二人を助けるために」
「だめだめそんなの! 一緒に行ったらまいかに何言われるかわかんないから、私も行けないし!」
「……」
「ねえ、サヤ様。サヤ様は、私とこの国どっちが大切なの……?」
その声は、普段の彼女とは一変して低くか細い。
だが、サヤは振り返らなかった。
「どちらの方が大切だからということではありません。この状況において、何から解決していくべきなのか。私はそれを見据えて行動しているだけです」
そう言い残すと、サヤはことねの手を振りほどき、城内へと足を進める。
後に残されたことねは、遠ざかっていく背中を見つめながら。
ぎしりと、彼女の中にある何かが軋んだ。
「……そっか」
ぽつりと落ちたその声は。
笑っているのか、泣いているのか判別できないほど揺らいでいた。
「そうだよね。足りなかったんだ、言葉だけじゃ」
サヤは認めていない。
希望を抱いている。
なら。
「────浜野田あかりの死体を探さないと」
城内に足を踏み入れたサヤが見たのは、相対する二人の魔女だった。
一人はまいかだ。
窓から差し込む陽光が、彼女の纏う軍服の白さを眩いほどに反射させている。
対するもう一人は、赤銅色の髪に、左目を眼帯で覆った魔女。
足を組みながら椅子に座り、肘掛けにもたれている。
その顔に見覚えはない。
だが、首から下げているその十字架の首飾り。
そして、事前にあかりから聞いていた情報で、何者かは推測はできる。
「(魔術教団第2席シュトラープケ……!)」
教団を消滅させ、姿を眩ませていたはずの彼女がどうしてここに。
いや、彼女らがここにいるのであれば、ミリヤとマゴットはどこへ。
「こんにちは、世界の敵さん。私をここに呼んだのはあなたね」
「こんにちは、世界の味方さん。ようやく来たね、待ちくたびれちゃったよ」
初対面の二人は、まるで旧友のように軽やかに挨拶を交わす。
「呼んだ目的は?」
「なんてことはないよ。ただ、君のその絶対的な自信をへし折ってあげたくてさ」
「へぇ?」
「さっき言ったよね、僕のことを世界の敵だって。なら、ここに一人で来たってことは、自分だけで殺せると思ってるってことでしょ?」
そして彼女は。
つまらなさそうに髪の毛をいじりながら。
「はっきり言って生意気だよね。確かに君は他の魔女に比べたら強いのかもしれない。でも、それで全てを解決できると思ったらひどい勘違いだよ」
まいかは微笑む。
だが、その瞳の奥底には氷のような冷たさを孕んでいた。
「私だけではあなたの相手をするには役不足だと?」
「僕に限った話じゃないけどね。西の魔女にだってそうだし」
「ふぅん?」
「みんなと仲良く手を取り合って立ち向かえとは言わないよ? 魔女という存在そのものを憎んでいる君たちに対して。だから、考え方を変えてみようよ」
そこで彼女は組む足を組み替え。
サヤの方を一瞥した。
「利用する、でもいいからさ。どうかな────」
パァンと。
水風船が破裂するように。
シュトラープケの全身が弾け飛んだ。
「何を言うかと思えば。全く聞くに値しない。時間の無駄だったわね」
まいかはため息交じりにそう呟く。
彼女がシュトラープケを殺害した。
自分の頬にかかった血飛沫に視線をやり、サヤはその事実を実感する。
だが。
「敵の前でおいそれと手の内を明かすもんじゃないよ。それも、その場の感情に身を任せてさ」
────シュトラープケは椅子に座っていた。
何も変わらず。
挑発的な笑みを浮かべて。
「……殺したはずだったんだけど?」
「そうだね、君は確かに殺した。でも、『僕』じゃあない」
「……」
「相手の体内に流れる魔力を無理やり加速させたね? それに、そのために消費したはずの君の魔力が『君に戻っている』」
絨毯を靴先で押し、赤黒い血を染み込ませながら。
「────循環。それが君の力の仕組みなんでしょ?」
まいかの瞳が細められる。
その奥に、わずかな怒気が宿った。
「その反応からするに、ビンゴだったみたいだね」
一方、シュトラープケは手で銃を撃つ真似をしながら、楽しげに口笛を吹く。
たった一度、それだけで。
まいかの扱う────循環の魔法を看破した。
ただ者じゃない。
サヤは、自分の喉が干上がっていくのを感じる。
そのときだった。
「ちょっと待って!」
その場に響き渡る声。
床から黒が溢れ出し。
それが、どろりと球体を成す。
その黒は血のように見えて、血ではなく。
ぬるりとした気配だけが、空気を撫でた。
再び床へと流れ落ちとき────
そこに立っていたのは。
「あかり、さん……!?」




