25話
「私が話していたリューベルクが、影の方……!?」
「というか、これまで北の魔女として振る舞っていたのが私ね」
「いや、えっ……? え……!?」
そうして彼女は、今も泣き続けている自分を横目で見ながら。
「臆病で泣き虫な『私』がこうして自分の殻に閉じこもっているから、私が代わって表に出ていたの」
その事実に愕然とするあかり。
これまで接してきた方が影なのか。
いや、そうしてはいけないという決まりはないが。
自分の中の常識が覆されたような気がした。
「とはいえ、この子とあかりが会うのは全く初めてというわけではないわ」
「そうなの……?」
「夢の中で一度、会ったことがあったでしょう? そのときはあやめも一緒だったけれど」
「うん。私たちが最初に会ったときだよね」
「そのときはこの子が表に出ていた。夢の中だから気が大きくなっていたのでしょうね。普段のしがらみから解放されて」
ゲームセンターで遊んだ記憶が蘇る。
楽しげに遊ぶリューベルクの姿が。
「とはいえ、私たちは同じ存在だから記憶とかは全て共有しているの。あぁでも、エアホッケー? あれをしたときは4人必要だったから、一回独立した存在として私も分かれたわね」
『エアホッケーて言って、この上で円盤を打ち合って、相手のゴールに多く入れた方が勝つゲームだよ』
『面白そう! ぜひみんなでやりましょう!』
『でもこれやるなら四人じゃないと』
『大丈夫よ、私が二人になるから!』
そう、だったのか。
ハルバドルから聞いた情報によれば。
影とは、自身が自分ではないと否定したり、抑圧していたりする人格の側面を指すとのこと。
ということは、リューベルクは……。
「強さを、望んでないということ……?」
「元々、影の魔術扱えるオーガルフェルデン家の魔女は、例外なく自分の中に影を抱えている。その中で私は、彼女が強さを拒絶した結果肥大化した、いわば『強さの象徴』としての人格」
「どうしてそんなことに」
何かを守るため。
そのために、誰もが強さを求めている。
あかり自身求めている。
失いたくない。
誰かが傷付くのを見たくない。
そしてその思いは、地位が高くなるにつれて、増していくのが一般的なはず。
「……いい加減自分で答えたらどう?」
「うぅ……」
「このままだと、あかりも困ったままだけれど」
泣いているリューベルクの側に寄って、肩に手を置くあかり。
びくりと震える彼女の体。
「お願い。教えて、リューベルク」
「あかり……」
「私、あなたの力になりたいよ」
震える唇。
何度か開けては閉じを繰り返し、躊躇う様子を見せながらも。
その末に彼女は言葉を紡ぐ。
「……私は、お母様とお姉様たちを殺してしまった。そんなこと、本当はしたくなかったのに。殺してしまうくらいだったら、私は別にこのままでも……」
「その理由って、協会と手を組むのを拒んだからって言ってたよね」
力なく頷いた。
それはただ項垂れたようにも見えたけれど。
「いつの頃からか、私の中で思うようになってしまったの。お母様たちは世界の敵。だから、殺さないといけないって」
「世界の、敵」
「この思いを抱えているのは、私だけじゃなかった。この国のみんなだった。だから、クーデターは成功した。……成功してしまったの」
「……」
「でも、そんなの私にとってはどうでもよかった。亡命でも何でもして、みんなで暮らしていければ。それが私にとっての幸せだったはず。それなのに、『私』はそれを許してくれなかった。それに──」
再び、頬を伝う涙。
「一度そうしてしまったら、今後もそうせざるを得なくなってしまうじゃない。そうして、また大切な人を失って。それが、あかりなのかもしれないのよ……? 私がこの手で、あかりを殺さないといけないかもしれないのよ……?」
「っ……」
「もう、そんなのは嫌なの。耐えられないの。北の魔女とかそういうの、どうでもいいの」
そうして、彼女はあかりの胸に顔を埋めて。
「……助けて。あかり……私、もう……」
「リューベルク……」
「────そうして逃げたところで、事態は好転しない。全てを失ってからでは、取り返しがつかないのよ」
「……わかっているわ」
「これまではなんとかなった。あなたの代わりに私がやれば。でも、そうはいかなくなってしまった。魔法を使いこなせないままでは、この国は。あなたは────」
「わかっているわ!」
そこで初めて、声を荒げた。
だが、それもすぐに。
「わかって、いるけれど……」
その様子からあかりは知る。
彼女は見るべき方向も、進むべき道も本当は理解していることを。
理解していながらも、動けないことを。
そして彼女は、『影』が言う通り、覚悟を抱くための材料を持っている。
世界の敵として、家族を殺してしまったという事実。
それが、全ての世界の敵をこの世から討ち滅ぼすまで行動し続ける材料だ。
揺るがない芯。
『単に命を奪うっていう話じゃないわよ? 相手の主義主張、誇り、信念。そういったこれまでに積み上げてきたもの全てを引っくるめた、『存在そのもの』を否定することができるのかっていう話』
あのときのことねの言葉が脳裏によぎる。
それだけの覚悟を抱くための材料を彼女はすでに。
だが、一方で。
それと比較することで浮き彫りとなる自分の覚悟の理由。
その軟弱さ。
「(私の覚悟ってなんだ……?)」
二人に悟られないように、奥歯を噛みしめる。
「一度あなたは、世界の敵を自分の目で確かめた方がいいわね。どれほどの脅威なのか、その目で」
「……」
「そしてそれは、あかり。あなたもよ」
「教えてリューベルク、私は何をすればいい?」
尋ねると、影はあかりの上着を指差した。
「ポケットの中を探ってみて」
「ポケット……?」
彼女の指示通りに手を入れてみる。
すると、指にひんやりとした小さな物体が触れた。
取り出してみると、それは。
「銃弾!?」
予想外の物に思わず声を上げてしまった。
こんなもの、いつ。
どこで。
「ルクラット・アデンスフィア。彼女が城を訪れた時、ポケットに忍ばせていたみたいね」
「え、ルクラットさんが……?」
『そのまま動かないで。払ってあげるから』
まさか、上着に付着したゴミを払ったあのときか。
「過去の北の魔女である彼女が大々的に力を貸すと、私たちに差し障りがあると考えた。だから、こっそりとそれを入れて置いたのでしょうね」
「でも、これって一体何のために……?」
その瞬間、あかりのポケットの中で。
────銃弾が、微かに光を放った。




