27話
「浜野田あかりにリューベルク様も揃ったか。これはこれは錚々たるメンツだね。まさに勢揃いって感じかな!」
シュトラープケは手を叩きながら椅子から立ち上がる。
あかりとリューベルク、ミリヤ、マゴットの4人は、リューベルクの魔法によって元の影の城へと戻ってきた。
「あれ、リューベルク様の雰囲気変わった? そんなことない?」
首を傾げて尋ねるシュトラープケ。
リューベルクは体を震わせながら、あかりの背後に隠れている。
彼女の言う通り、ここにいるのはこれまでの彼女ではない。
影ではなく、正真正銘本物の彼女。
「そう、ここにいるのは本物のリューベルクだからね。勇気を出してこうして表に出てきてくれた。……他人の皮を被って隠れている臆病なあんたと違って」
「ん? それって一体どういう意味?」
震える唇。
あかりは迷っていた。
口にすることを。
そうすることで、真実になってしまうことを。
けれど、言わないと。
言って、止めないと。
「ねえ、────セトなんでしょ?」
瞬間。
その場に訪れる静寂。
世界の全てが止まった気がした。
その中で、痛いほどに跳ねる鼓動。
もうよかった。
このままでも。
いっそこのまま、時が進まないままでも。
だが。
「ぷふっ!」
無慈悲にも時は進み始める。
「あははははははっ!! あー面白い!」
「どうして、こんなことを……!」
「────セトって誰? 一体誰と勘違いしてるわけ?」
「なっ……!?」
この期に及んでまだ認めないのか。
それとも、予想は外れたのか。
高まる鼓動は止まらず、さらに強く胸を叩いていく。
いや、まだだ。
それを確かめる手段がここにある。
「……今度は何のつもり?」
あかりは銃口をシュトラープケに向ける。
ルクラットが完成させた『撃たれた者の名前を失わせる』銃弾がこめられた拳銃だ。
『────誰かに姿を変えている黒幕の正体を暴くことができる』
リューベルクの影の言葉を思い出す。
「そんな物でこの僕を殺せると思う?」
「じゃあ避けないで」
震える手で、グリップを握りしめ。
狙いを定める。
「……避けないで」
これで判明する。
嫌だ。知りたくない。
相反する思いが、ぐちゃぐちゃに混ざり合い。
胃が裏返るような吐き気が、喉の奥を焼いた。
それでも。
「いい覚悟だね。君の選択を僕は心の底から称賛するよ」
満足気に目を細めるシュトラープケ。
その場の誰もが息をすることも忘れてその光景。
そして、行く末を見守っていた。
「──いいよ」
そう言い放つと、彼女は両手を広げる。
撃てるものなら撃ってみろ。
そう言わんばかりに。
それは、一見挑発のように見えたが、あかりだけには。
彼女がまるで、こちらの背中をそっと押しているように感じていた。
ぎりと奥歯を噛み締め。
体を強張らせた勢いで、引き金を引く。
銃声。
放たれた銃弾。
それが、シュトラープケの胸を貫いた瞬間。
────世界に罅が入る音がした。
ドロドロと溶け落ちるシュトラープ『』の顔。
いや、顔だけではない。
全身。
それどころか、身に纏っている服の全てが。
熱に浮かされたアイスのように、静かに輪郭を失っていく。
シュト『』の形が剥がれ落ちるように崩れていく。
そうして。
世界から『』が存在した痕跡が消え。
「あ~あ、ついにバレちゃったかぁ」
────黒幕の正体があらわになる。
「久し振りだね。あかり、マゴちゃん、ミリヤ。元気にしてたかな?」
薄色の髪。
眠そうな目。
とろけた笑顔。
その全てに痛いほど見覚えがあった。
全身から力が抜けて、拳銃が手から落ちた。
がくんと床に膝を突いて項垂れる。
自分の体が自分のものではなくなったようだった。
「どうして……っ。なんでっ……!」
「ん~、そうだねぇ。どこから話そうかなぁ」
「セトさん、なんですか……?」
足を一歩踏み出しながら、マゴットが尋ねた。
「そうだよ。影の国に連れてきてくれてありがとうね、マゴちゃん。あのときは本当に助かったよ」
「そんな……」
「セトさん」
「ミリヤ、君もずいぶんと成長したね。自分の魔術を怖がっていたあのときとは見違えたよ」
「セトさんは、私たちの敵なの……? 味方なの……?」
「────敵だよ」
ミリヤが息を呑む。
「そんなのこの状況を見ればわかるでしょ?」
「じゃあ、なんで、私たちと仲良くしてくれていたの……?」
セトは一瞬だけ、まばたきを止めた。
まるで、その質問が意外だったかのように。
「別に私は君たちのことを憎んでるわけじゃないし」
「え……?」
「私は、私の目的のために行動してる。それが結果として、君たち側から敵に見えてるというだけだよ」
「じゃあ、その目的って何!?」
あかりはセトを睨みつけながら、そう叫ぶ。
だが、その瞳には、未だ迷いが揺れていた。
「────私は私がしたいと思ったことをする。だって、自分のための人生だもん。自分のために使うのが当然でしょ?」
「その過程で、他の誰かが傷付いてもいいって、あんたは言うの!?」
「別になんとも思わないけど? そんなこと考えてたら何にもできなくない?」
やめて。
「誰かのことを考えて傷付いて、苦しんで、辛くなる。そんなのバカバカしいじゃん?」
もう、やめて。
これ以上私の中のセトを壊さないで。
「だって、君たちはもう十分に苦しんだ。これ以上苦しむ必要なんてどこにもないんだよ」
でも、あれ。
私はセトの何を。
「だからさ君たちも────」
何を、知っているのだろうか。
そのときだった。
あかりの視界が白に埋め尽くされる。
続いて、鼓膜を劈く轟音。
だが、衝撃はそれのみで、体が吹き飛ばされることはない。
視界が徐々に色を取り戻し、あかりの目に映ったのは。
あかりたちを庇って前に出たサヤが、赤紫の魔力を半円型に展開し、衝撃を緩和しているのと。
まいかとセトが、互いに向けて腕を伸ばしている光景だった。
「……いつまで無駄な時間を使っているの? 分かり合う余地がないのは明らかだったはずだけど」
「だからって、最初から話し合いを切り捨てるのは得策とは言えないなぁ。相手と比較し、違いを知ることで、自分という存在を深く知れる。私たちはそうやってできているんだから」
「減らず口を」
「そうやって話し合いを放棄する君の姿は、そうだね。そこら辺の獣と何ら変わらないよ」
セトは吐き捨て。
あかりたちに向き直る。
「でもまあ、分かり合う余地がないっていうのは確かだね。私のこの考えは、死んでも変わらない。それをわかってほしいからこそ、あんなことをしたわけだし」
そして、あのときの笑顔のまま。
「学院長と商会長、そして教団長を殺害し、教典と魔導書を燃やした。ね? たとえ天と地がひっくり返ったとしても、君たちは私を許してはいけないんだよ」
「全部、セトさんの……」
「あぁ、ついでに言うとね。教団にミリヤの羽根を渡して、マゴちゃんの実家を捜索するように伝えたのも私なんだ」
「え……?」
「だから、実質マゴちゃんの家族を殺したのは私っていうわけ。ごめんね」
「えっ、え……?」
『────教団は影の国に落ちていたこの羽根を追って、うちまでやって来た』
バルロットの言葉を思い出し。
あかりからさあっと血の気が引いていく。
何もかも。
何もかもが、セトの仕業。
その事実が、胸に深く突き刺さった。
「……それも、あんたがしたいことだったってこと? あんなによくしてもらってたでしょ!? 家族だって、そこまで言ってくれて!!」
「そうだね、あれは良い思い出だったなぁ」
「なら、どうして!」
「ん~、あれ自体がしたかったっていうよりかは、君たちに後腐れなく私を憎んでもらうための材料になってもらったっていう感じかな」
「後腐れ、なく……?」
「そう。覚悟を決めてもらうため」
理解、できなかった。
「……そこまでして、あんたがやりたいことって、一体……」
セトは、相変わらず笑っていた。
その笑顔は、まるで何もかもを何とも思っていないようで。
これまで見せてきた笑顔の全てがそうだったのかと思うと。
嫌悪感が冷たく背筋を這い上がった。
「────私が北の魔女になること」
その言葉は、自然に流れていた。
流れすぎて、拾い上げる前に指の間からこぼれていくようで。
気が付いたときには、聞き返すという行為はもう置き去りになっていた。
「そして、知らしめてやるんだ。こんなポッと出の私になれる程度のくだらない地位に何の価値もないってことをね」
「それも……」
ようやく絞り出し声は。
自分でも笑えるほど無様に震えていた。
「それも、友達のためなの……?」
「ん、どういう意味?」
「あんた言ってたじゃん……。ツグちゃんに姿を変えているとき、私にこの事態を引き起こした理由はそれだって……!」
「あ~、ツグちゃんかぁ……」
そこで初めて、セトは少し困ったような表情をする。
その反応に、あかりは眉を顰めた。
「それは私じゃなくて、ツグちゃん本人だよ。そっかぁ、私と会った後、あかりとも会っていたんだねぇ」
「『友達』って、夢で会ったあの女の子のこと……?」
「……知りたい? なら、私に勝てたら教えてあげるよ」
待って。
ねえ、待ってよ。
「さぁて、物語はいよいよ最高潮だ。これまでこの国をかき乱していた黒幕の正体とその目的が判明した。なら、君たちがやることは一つだけ。迷う必要なんてない」
あかりは無意識に手を伸ばす。
行かないで。
私は何一つ、あんたのことを理解していない。
話し合いはまだ終わってなんか。
いや、始まってすら。
「私は逃げも隠れもしないよ。ただ、『もう一つの影の国』で北の魔女として、異分子の君たちを全力で迎え撃つのみ」
その笑顔はあまりにも軽すぎる。
私にはわかる。
あんたは心の底から笑ってない。
セトは髪を揺らして。
ふわりとその場で一回転をする。
その姿が最後に別れたときの姿と重なって。
息が詰まった。
その笑顔の裏に、あんたは何を隠しているの。
「────楽しかったよ、あかり」
それだけ言い残すと。
セトの姿がこの世界から消えた。
伸ばした手は、何も掴めずに落ちていく。
第二部 北の魔女編
4章 黒幕 完




