23話
「まさか……」
その場に立ち尽くす三人。
胸を叩く鼓動は。
自分なのか、他の誰かなのか。
それすら曖昧になるほど。
強く、激しく。
「そうなの……?」
その中で、あかりだけが一つの可能性に辿り着いていた。
脳裏によぎる、ツグちゃんの言葉。
『それでは問題です。────一体誰がスェトスルーダ・ヴァキでしょう?』
「そういう、ことなの……?」
絞り出した声。
それは自分でも驚くほど震えていた。
「……他に私は何を言ってた?」
「えっと……。勝手に傷が治っていくほどの魔力を持っていると……」
「それは事実。でも、だとしたら。どうやってあいつは、それを知って……?」
目を覚ましたとき。
その場にいたのは自分とツグちゃんのみ。
あいつはどこにもいなかった。
いや。
「ツグちゃんも、セトだった可能性……!?」
セト。
その名前を聞いて、二人も同じ可能性に辿り着く。
「でも、そうだとしたら。私が会っていたのがセトさんなのだとしたら。どうして、わざわざ自分が犯人だって教えたんでしょうか……?」
『それに、あの子の目的はそこじゃないしね』
「目的は、そこじゃない……?」
なら、一体何が目的だというのか。
考えれば考えるほど、わからなくなっていく。
「あかりさん」
名前を呼ばれ、あかりは顔を上げた。
こちらを見据えるマゴットの視線は、それまでとは打って変わって。
不審の色が滲み出していた。
嫌な予感に襲われる。
「今ここにいるあかりさんは、本当にあかりさんですか……?」
「え……?」
「本当はセトさんなんじゃないですか……?」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
あかりは一歩踏み出す。
だが、同時にマゴットは一歩下がる。
距離が縮まることはない。
「思えば、サヤさんが突然いなくなったのだっておかしいです」
「確かにそれはおかしいかもしれないけど……」
「本物のあかりさんだというのなら、私と最初に会ったときのこと、もちろん覚えていますよね」
「そりゃあもちろん……。SNSを通じて日本で魔道具を売っていたマゴちゃんを、まりところもと一緒に捕まえて……」
「どうなの……マゴちゃん……?」
「う~ん。う~ん、確かに正しいです。じゃあ、あのときのあかりさんが本当はセトさん……?」
「まあ、疑う気持ちはわかるよ。でも、とりあえず一旦、お互いのことは信じてみない? ここで分裂するのが一番まずい気がする」
「マゴちゃん。私もお姉ちゃんの考えに賛成だよ」
「わかりましたよぅ……」
「セトのことを知っている────解決の鍵である私たち3人は、できるだけ一緒にいた方がいい」
そして、あかりは言葉を紡ぐ。
結束を強めるため。
だが。
それを聞いたマゴットの顔は、焦燥に駆られていた。
「同じです」
「え……?」
「あのとき、あかりさんに言われた言葉と……」
『……そういえば、ミリヤちゃんは?』
『あかりさんが襲われたことを、協会の魔女に相談してくるって……』
『そっか。じゃあまずは合流した方がいいな』
『そうですね。あかりさんが生きていたって教えてあげないといけません!』
『うん、それもそうだけど。この影の国で起きている一連の事件。それを解決できる鍵は私たち3人だから、できるだけ一緒にいた方がいい』
マゴットはその場にうずくまり、頭を抱える。
「セトさんの魔術って見た目を変えるものだって。そういうお話でしたよね……」
「うん。それは、私たちの目でも見てるよね」
「あかりさん」
彼女は震えた瞳であかりを見上げる。
予感がした。
決定的な。
今までの前提を覆される。
ちりと、脳の奥に焼けるような痛みが走った。
「────私たちはセトさんの魔術について、とてつもない思い違いをしているのかもしれません」
「思い、違い……!?」
あかりがマゴットの言葉を繰り返す。
その瞬間だった。
ドンと。
腹の底に響き渡る衝撃が城を揺らした。
「今のって、爆発!?」
切羽詰まった表情のミリヤが声を上げる。
続けざまに、低い唸りが城の上層から響き、天上の石材が細かく落ちてきた。
「上の階だよ、お姉ちゃん!」
「ああもう、一体何が起きてんの!」
「急ぎましょう! サヤさんかもしれません!」
三人はそれまで胸を締めつけてきた迷いを断ち切るように駆け出した。
現場へと向かう時間は、確かに緊張に包まれていた。
だが、別のことを考えられるそのわずかな余白は、彼女たちにとって救いでもあった。
──まだ着くな。もう少しだけ。
心の何処かでそう願いながらも。
そうもいかない現実に歯を食いしばり、城内を駆け抜ける。
そしてついに彼女たちは辿り着く。
「お姉ちゃん、あれって……」
リューベルクの部屋の前。
絨毯に広がる赤黒い染み。
その中央に、誰かが仰向けで倒れていた。
「ハルバドルさん!!」
名前を叫んで、あかりは駆け寄る。
呼びかけに呼応するように、ぴくりと体が動いた気がした。
寄ってみれば、胸から下腹部にかけて空いた大穴。
その惨状に思わず、喉がひゅっと鳴る。
だが、胸が上下に動いているのが確認できた。
「(まだ息はある……!)」
であれば、間に合うかもしれない。
あかりは時の魔法で時間を巻き戻そうとして、彼女に手を伸ばす。
だが。
その手が掴まれた。
「必要ない……」
「何、言って」
それは他ならぬハルバドル本人だった。
「これは私への罰だ……。主君を裏切った、私への……」
「罰って、どういうことですか!? 一体、誰がこんなことを……」
「────ノクスヴェーレだ」
瞬間。
その場の時が止まった気がした。
北の魔女直下軍の彼女らが、どうして。
裏切った罰。
それと関係があるのか。
だが、彼女がリューベルクを裏切るとは、とても。
「あかり様……。どうか、聞いてほしい」
今際の際でこちらを掴む力の強さは。
伝えたい意思の強さの現れか。
聞きたいことは山程あったが、それら全てを無理矢理に飲み込み。
あかりは耳を傾けることにした。
「聖女の襲撃をしたところ、リューベルク様は作戦を練ると言って、自室にこもってしまわれた」
聖女の襲来。
初めてあかりはそのことを知った。
だが、ことねの言葉を思い出す。
『私のことを追って、一人ではるばるここまで来たってわけ? 好きすぎでしょ、私のこと』
『いや、あたし一人だけじゃないよ』
『……どういう意味?』
『その足りない頭で考えてみれば? これから死ぬまでの短い時間で、だけど』
「(あれは、そういう意味だったのか……)」
ごくりと喉が鳴る。
「そして、突然国内に出現した影。当初、国民を守るためと思われたその影は、国民も襲い始めた」
状況を知らないあかりは眉を顰める。
隣にいるミリヤとマゴットに目を向けると、二人は静かに頷いた。
「見かねた私は、リューベルク様の状況を確認するため、部屋を訪れたのだ。だが……」
そうして、彼女はすでに虚ろな視線をリューベルクの部屋へと向ける。
辿ったあかりは、扉が半開きになっていることにそこで初めて気が付いた。
「リューベルク様は、試練中だった……」
「聖女が襲撃していることを知っていながら、試練を再開したってことですか!? どうして……!?」
「いや、違う……」
「え……?」
「リューベルク様は、試練を中断などしていなかったのだ」
「まさか……そんなことって……」
「ならば、────私たちの前で『試練が失敗した』と言っていたのは、一体何者なのだろうか……?」




