22話
「え、マゴちゃん!?」
城に到着したミリヤとサヤ。
二人は、城門脇をそわそわと歩き回っている人物に気が付く。
近付いてみると、その人物はマゴットだった。
「あ、ミリヤさん! 待っていましたよ!」
驚きで目を見開く二人とは対照的に、声をかけられたマゴットの表情はパアッと明るくなる。
「マゴちゃんはどうして私がここに来るってわかったの……?」
その質問を待っていたというかのように、彼女は胸を張った。
「ふっふふー! それがですね、あかりさんに言われたんですよ。ここにいれば、ミリヤさんが来ると!」
「あ、あかりお姉ちゃんに!?」
「そうです! あかりさんなんです! ミリヤさんが出て行った後、私を安心させるために会いに来てくれたんです!」
「あかりさんは無事だったんですか!?」
「う~ん。無事かって言われるとちょっと微妙ところかもしれませんけど……。ですが、何でも、自分でも知らないうちに、死ななくなるほど魔力量が多くなっていたとかで!」
マゴットの返答に、二人は安堵した。
強張っていた体から、力が抜けていく。
「よかった……やっぱりすごいなぁ、あかりお姉ちゃんは」
「はい、どんどん成長していきますね。東の魔女になる日もそう遠くないかもしれません」
顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
その場の雰囲気が途端に柔らかくなった。
だが、周囲を見回しても、肝心の本人の姿は見えない。
「それで、あかりお姉ちゃんは今どこに?」
「えっと、やることがあるから先にミリヤさんと合流していてと……」
「やること……?」
尋ねた途端、マゴットの表情が曇る。
歯切れが悪くなる彼女に、ミリヤは胸がざわつくのを覚えた。
「────おそらくは、セトさんを止める準備をするために」
ぴくりと、自分の顔がひくつく。
「セトさん……? どうしてそこで、セトさんが出てくるの……? それに、止めるって一体……」
「影の国で巻き起こっている一連の事件。その犯人はセトさんの可能性が高いと、あかりさんは言っていました」
「いや、でも。セトさんは、影の国を見て回るって……。その後は、日本に戻るって……」
「私も信じられていませんし、信じたくもありません。それはあかりさんも同じでした。ですが、セトさんによるものだと考えれば、全ての辻褄が合うと」
「セトさんの魔術って、確か……」
「はい────自分の見た目を変える魔術。そのはずです」
「いや。でも、そんな。そんなことって、だって、セトさんが、そんなことするようには……」
そのときだった。
「そのセトという存在は、一体何者なのですか?」
サヤが話に入ってくる。
声は落ち着いているが、その目つきは鋭い。
「私とあかりお姉ちゃんが夢で会ったことのある女の子が用意した、お姉ちゃんを助けるための協力者……らしいんですけど。私たちもそれ以上知らなくって……」
サヤは口元に手をやって、考え込む。
「でも……でも! 悪い魔女じゃないことは確かなんです!」
「はい、ミリヤさんの言う通りです! それは、これまで一緒に過ごしてきた私たちがよく知っています!」
セト。
サヤはその名を、以前にあかりから聞いたことがある。
言葉を話せ、姿を消すことのできる黒猫。
その名がセトだった。
黒猫か魔女か。
その齟齬は重要ではない。
おそらく元々は魔女で、魔術によって姿を黒猫に変えていたのだろう。
問題はここからだ。
あかりは言っていた。
協会に身柄を拘束されていたとき、彼女に助けてもらったと。
そして、奇妙なことも言っていた。
家族や友人の記憶から、あかりの存在が消えてしまったことについて。
魔女としての存在が確定し、人間の痕跡が消えたことが原因だと彼女に言われたと。
「(あかりさんが魔女になった経緯に繋がる協力者……)」
だが、助けるはずの協力者が、なぜ影の国を乱すのか。
答えは出てこない。
「あかりお姉ちゃんもここに来るんだよね……?」
ミリヤは不安げにマゴットに問いかける。
「そのはずです。セトさんを知っている私たちはできるだけ一緒にいた方がいいと言っていました」
「だったら、城の中で待たせてもらわない? ここだと影に襲われちゃうかもしれないし……」
「それに、この影が出現している状況についても、誰かに教えてもらいたいですね。行きましょう。ミリヤさん、マゴットさん」
3人は頷き、城門をくぐる。
見張りはいない。
押し寄せるはずの人々もいない。
本来なら騒然としているはずの場所が、まるで息を潜めているようだった。
「(この静けさは、一体何……?)」
拭えない不安がミリヤの肺を揺らす。
そして。
城内へと一歩踏み込んだ瞬間。
「え……?」
右足が、床をすり抜けた。
前に傾く重心。
反射的に引き抜こうとしたが。
────下から掴まれる。
ぞわりと、冷たい恐怖が肌を這い上がる。
震える瞳で見下ろす。
そこにあったのは。
「(影……!?)」
手の形をした無数の影。
それは、足首に絡みつき。
脛へ。
膝へ。
腿へ。
瞬く間に、全身へと伸びてくる。
「二人共来ちゃだめ!!!」
そう叫んだ瞬間だった。
黒。
一面の黒に、視界が飲み込まれていく。
そして。
全ての音が消え。
下へと落ちていく感覚。
それだけが、研ぎ澄まされていく。
そうして剥がれ落ちていく意識の縁で、ミリヤは思った。
────ああ、まるで地獄へ落ちていくようだと。
「ャ……ちゃ……。リヤ……ん……」
声が、聞こえた。
「ミリヤ……ちゃ……」
朦朧とした意識の中。
名前を呼ばれたことに気が付いて瞼を開ける。
「ミリヤちゃん!」
「ぁかり、おねぇちゃん……?」
「あ、目が覚めましたよ!」
「マゴちゃん、も……?」
視界に映った光景。
それは、こちらの顔を覗き込むあかりとミリヤの姿だった。
どうやら自分は、床に寝転んでいるらしい。
「大丈夫!? どこか怪我してない!? 痛いところは!?」
「うん、大丈夫……」
「よかった……!」
声を漏らしながら、体を起こす。
周囲を見渡してみると、ここは城内のエントランスだった。
窓から見える空は暗い。
どれくらいの間、自分は意識を失っていたのだろうか。
そのとき、神妙な面持ちをしたマゴットが声をかけてきた。
「ミリヤさんもこの城に入った瞬間、『あれ』に襲われましたか……?」
「うん、手の形をした影のことだよね……」
頷くマゴット。
彼女もあの影に襲われたのだろう。
だが、何度見回しても、ここは正真正銘の影の城の中。
記憶の中の場所と完全に一致している。
てっきり、別の場所に飛ばされるものと思っていたが。
ならば、あの出来事は一体。
「手の形をした、影……?」
二人の会話に、あかりは疑問の声を上げた。
腕を組んで記憶を探ってみるが、思い当たる節はない。
「あかりさんは襲われていないんですか……?」
「特にそんなことはなかったけど……」
「じゃあ、あれは私たちだけに起きていたってこと……?」
「城に入ったら、二人共倒れていたからびっくりしたよ。それで、先に目が覚めたマゴちゃんと一緒に、ミリヤちゃんを起こしてたんだ」
「──二人共?」
その言葉に、ミリヤはハッとする。
「そうだ! サヤさんは!? 私たち三人でお城に来たの!」
「う~ん。それマゴちゃんにも言われたんだけど、私が来た時は二人だけだったんだよね」
「……先に起きてて、もう奥に進んでいるとかですかね?」
「いや、二人が倒れているのにそれを置いて、サヤさんがどこかに行くようには思えない」
「影に襲われたときに、はぐれちゃったのかな……?」
「うん、その可能性が高いかも」
「でも、私たちは城の中に入っただけですよね? それではぐれるなんてこと、あるんでしょうか?」
「ここはもう一つの影の国らしいから」
「もう一つの、ですか?」
きょとんとした目であかりの言葉を繰り返すマゴット。
ミリヤも同様に、目をぱちぱちと瞬かせている。
「まあ、私もよくわかっていないんだけどね。西の魔女の協力者であるツグちゃんがそう言ってたんだ」
「西の魔女の協力者!? よくご無事でしたね、あかりさん!?」
「ここで目が覚めてから、私はその子と一緒に城まで歩いてきたんだ。先に戻ってるって言って、どこかに行っちゃったけど」
「そうだったんですか……」
「でも、聞いたのはそれだけじゃないよ」
そして、あかりは真剣な表情をして、二人に向き合う。
「────その子は、一連の事件の犯人はセトの可能性が高いとも言っていたんだ」
「……そっか。お姉ちゃんはその子から聞いてたんだ」
「って、あれ? 二人共、驚かないの!?」
「うん、私はマゴちゃんから聞いてたから」
「嘘!? マゴちゃんは知ってたの!?」
「私はあかりさんに教えてもらいましたけど……」
「私に!? それっていつの話!?」
「え……? あかりさんが川に落ちてから、学院まで私に会いに来てくれましたよね……?」
「私が……?」
その言葉に、眉をひそめるあかり。
冗談を言っているのか。
だが、二人にはどうしても、あかりがふざけているようには見えなかった。
違和感。
得も言われぬ気配が、静かに渦を巻き始める錯覚。
沈黙が質量を帯び、胸の奥を徐々に圧迫していく。
「ねえ、マゴちゃん」
びくりとマゴットは体を震わせる。
嫌な予感がひやりと背筋を撫でた。
「最後なんだ」
「あかり、さん……?」
「私がマゴちゃんに会ったのは、ことねに襲われたときが」
「そん、な」
「それからずっと私はこっちにいた」
マゴットは思わず後ずさりをする。
何から逃げているのか。
本当はわかっているのに。
わからない、振りをして。
「────マゴちゃんは一体誰からその話を聞いたの……?」




