20話
「なるほどな。あのとき妙に手応えがなかったのはそういうことか」
バルロットが目の前にいる教団の少女──魔術教団第3席のメルルと戦闘したのは二度。
一度目は、彼女の実家が襲撃され、教団に乗り込んだ時。
二度目は、あかりとミリヤを連れて、実家を見せた時。
実力の隔たりに抱えていた違和感。
その理由がようやく腑に落ちた。
「分身……?」
「いや、『こいつら』は始めから────」
「双子だった!」
「そう! 双子だったってこと!」
同じ見た目。同じ声。同じ武器。
その全てが、彼女たちを同じ存在だと思わせていた。
二度目のときの手応えのなさは、1人がバルロットと戦い。
もう1人がミリヤの回収へと別れていたため。
「私がお姉さんのメルル!」
バルロットの前にいる少女が名乗る。
「そして、私が妹のベルル!」
ミリヤの前にいる少女が名乗る。
「「私たち2人で魔術教団第3席なの!」」
事前に示し合わせたかのごとく、寸分の乱れなく声が重なる。
それが脳内で反響しているような錯覚を与え、ミリヤが気を取られた一瞬。
ベルルは手に持った槍を振りかざしながら、彼女の元へと駆け出す。
だが。
────その体は壁へと叩きつけられる。
何が起きたのか。
戸惑いを隠せないミリヤ。
「サヤ様、ミリヤ。行って……!」
ベルルへ向けて伸ばした手。
そこに立っていたのは、なつだった。
彼女の魔術が、ベルルを壁に縫い付けている。
「私たちに任せてください!」
なつの隣へと並ぶここが強い眼差しで二人を見る。
ベルルは壁に貼り付けられたまま、身動きが取れない。
確認したサヤはミリヤの方へと柔らかく微笑んだ。
その目には、仲間への揺るぎない信頼が宿っている。
『託す』という強さを、静かに体現していた。
「────行きましょう、ミリヤさん」
その声音は、一切の迷いを含まない。
ミリヤはその瞬間、胸のざわつきがすっと消えていくのを感じた。
「はい! バルロットさん、お願いします!」
「ああ! そっちは頼んだぞ!」
ミリヤとサヤは振り返ることなく、出口へと駆け出した。
「あなたとの戦いで怖いのは接近戦! だから、だからね。こうするの!」
メルルが槍を手の甲で一回転させると。
青白い魔力がバルロットを丸く取り囲む。
やがて、その魔力は複数の槍の形を為し。
その全てが、中心。
すなわち、彼女の方へ牙を立てる。
それを躱そうと、身を低くかがめたバルロット。
だが。
「バルロットさん!?」
明らかに低さが足りない。
このままでは直撃してしまうと、ここが叫ぶ。
手を貸そうと、魔術を発動させようとするが。
「必要ねえよ!」
瞬間。
周囲は光に包まれ。
轟音とともに、舞い上がった煙。
その中で、小さな一つの影が宙に浮かんで。
落ちた。
「わかった……! あなたの魔術、わかっちゃった……!」
「はっ! お互い手の内がバレてからが本番だよなぁ、おい!」
煙が晴れた先で見えたのは。
無傷のバルロットが不敵な笑みを浮かべて剣を振り上げているのと。
痛みに顔を歪めているメルル。
そして。
床に落ちた、────彼女の左手。
ぼたぼたと垂れる血液。
それが、床を赤黒く濡らしていく。
その腕を、彼女はバルロットの方へとおもむろに向けて。
「手の内がバレた? そうかな、そうかなぁ。本当にそうかなぁ……!?」
なつの魔術で、壁に抑えつけられたままのベルルが楽しげに笑う。
その余裕に違和感を覚えたバルロットは、すぐさま二撃目を放つ体勢へと移行する。
だが、一つ瞬きをした瞬間。
彼女は腕を振るうことができなくなっていた。
焼けるように熱くなる右肩。
次いで電流のように走る激痛。
「くっ……!」
からんと、力の入らなくなった手から落ちた剣が音を立てる。
歯を食いしばりながら、目をやれば。
突き刺さった、メルルの『二本目の槍』が。
そして、その槍を握っているのは。
たった今、切り飛ばしたはずの────左手だった。
「「あはっ! あはははは!」」
反響する二人の笑い声。
ベルルの方を振り返ったここは目を見開く。
「手に持っていた槍が、ない……!?」
「さっきは避けられちゃったけど……」
ベルルが目を細めると。
メルルとバルロットを先程の青白い魔力が再び丸く取り囲む。
そして、同じように。
槍の形を為して。
「……これだったらどうかな? どうかなぁ!?」
突き刺さった穂先の形状は返しとなっていて、引き抜けず。
メルルも槍を握った手を解く気はない。
このままだと巻き込まれるというのにもかかわらず。
嗜虐的な笑みを浮かべながら。
舌打ちをするバルロット。
迫る魔力の槍。
そのとき。
ここが腕を振るった。
すると、魔力はバルロットたちを越えて。
「え……?」
笑顔のまま固まるベルル。
その眼前に迫る、槍の数々。
依然として、壁に抑えつけられたままの体。
逃げる術など、どこにもなく。
巻き上がる血飛沫。
室内にむせ返る鉄の匂い。
壁にへばりついた肉片。
その光景を目にしたここは。
ふらつきながら、その場にしゃがみ込んだ。
「ここ……!」
なつは魔術を解き、ここへと駆け寄る。
彼女は、息を荒くし、体を震わせながら必死で口元を抑えていた。
吐き気を催している様子だ。
「うぷっ……はぁ、はぁ……!」
震える声。
震える肩。
震える指先。
「仲間を守るため……。仕方なかった……!」
「守るため、守るため、守るため……」
ここは何度もなつの言葉を繰り返し、自分に言い聞かせている。
その様子を見て、バルロットは察した。
彼女は初めて魔女を殺したのだということを。
東の魔女連合協会の魔女は、人間に危害を加える魔女を殺さずに捕らえる。
その理由は、考え方を変えてもらう余地を残すため。
そこが、聖女と彼女らの違いであり。
そして。
「……殺したの? 誰を殺したの?」
────殺し合いの場では、命取りになる。
「よそ見してる場合じゃねぇ!!」
「え……?」
二人が顔を見上げると。
そこには、今殺したはずのベルルが槍を持って立っていた。
「よそ見はあなたも! あなたもだよ!?」
バルロットに突き刺さった槍をさらに押し込んで。
メルルは愉快そうに笑っていた。
「こんの、クソガキが……ッ!」
メルルがもう片方の手に持っていた槍はすでにない。
おそらくは、それこそが今ベルルが持っているものなのだろう。
そして、その槍をベルルは二人に向けて振り下ろす。
何が起きたのか状況が飲み込めていないここを庇い、なつは立ち上がる。
「吹き飛べ……!」
そう言って、彼女が行使した魔術により。
ベルルが手にしている槍が遠くへと弾き飛ばされる。
「ここ! あの剣を引き寄せて……!」
「うん……!」
未だ肩を振るわせながらだが、なつの意図を汲んだここ。
今度は彼女が指示通りに魔術を行使する。
すると、床に落ちたバルロットの剣が二人の方へと引き寄せられていく。
そして、タイミングよくその柄を掴んだなつは、ベルル目掛けて真横に振るった。
だが。
鳴り響く金属音。
「惜しかった! 惜しかったねぇ……!」
その音は、なつの試みが失敗したことを告げる。
剣を防いでいたのはあの槍だった。
「(吹き飛ばした槍……!?)」
押し合いながらもなつは周囲に目を向ける。
遠くで転がっている槍は確かにまだあった。
「(────違う、あれはもう一人が持っていた槍……! ということは……)」
瞬間。
何かがこことなつの隣を通り過ぎ。
さらには、ベルルの隣も通り過ぎて。
壁へと叩きつけられる。
「ふぅ〜〜、とんだ鍼治療だったぜ。だが、おかげ様で肩が軽くなって、殴り飛ばす威力も上がったってもんだ」
バルロットはぐるぐると右肩を回しながら、こことなつの隣へと並ぶ。
「どうだった? 実際に身をもって受けてみた感想は。ぜひ教えてくれよ、なぁ?」
壁から床にずり落ちたのはメルルだった。
バルロットは彼女から目を離さぬまま、なつから剣を受け取る。
「……ようやくわかったぞ。あいつら、ただの双子じゃねえ。自分の状態をもう片方と同期できやがるんだ」
「どういうことですか……?」
「要するに片方の体の状況が、もう片方に反映されるってことだ。例えば、その場から動かずとも武器の貸し借りができるし、相手に与えられた傷。そして、────自らの死すらもなかったことにできる」
そこで、こことなつはハッとする。
一瞬で、メルルの槍がベルルへと移動した理由。
バルロットが切り飛ばしたメルルの手が元に戻っていた理由。
そして、殺したはずのベルルが、生きていた理由。
「だが、当然制約はあるはずだ。おそらく、同期できる時間は短い。だから、壁に抑えつけられたときは身動きが取れないままだったんだろう」
あのとき、壁に抑えつけたベルルのことを思い出す。
メルルと同期して『壁に抑えつけられていない』状態にしたところで、体の位置は変わらない。
そのため、魔術が途切れてしまえば、元の抑えつけられた状態に戻ってしまうということか。
「それに、物体の増殖ができるわけじゃない。同期が解除されたとき、片方が手に持っていた物体はどちらに残すか選ばないといけねえ。あの槍が良い例だ」
立ち上がったメルル。
痛みを一切感じさせない笑みを浮かべている。
おそらくは、ベルルの「殴り飛ばされていない」状態を同期したのだろう。
「あははっ、正解正解大正解! でも、でもね。私たちもわかったよ! わかっちゃった!」
彼女たちは身を寄せ合い、お互い手をつなぐ。
そうして、ここを指差す。
「そっちの子が引き寄せて」
次に、なつを指差す。
「そっちの子が反発するの! まるで磁石みたいに!」
引力と反発。
それがこことなつの魔術。
「両方を同時に殺す。それがあいつらを殺す一番確実な方法だ」
「できるかな? あなたたちにできるかなぁ??」
「さあて。いつでもどこでもどこまでも仲良しのお前たちに」
こつと。
バルロットは一歩踏み出す。
「さいっこうの────仲良''死''を味わわせてやるよ」




