19話
行かなくちゃ。
そんなの、わかってる。
いつまでも止まっているだけじゃ、何も解決しない。
そんなの、わかってるけど。
『────信じよう、あかりお姉ちゃんが生きてるって』
『だって、信じなかったら、そこで全部終わっちゃうから。あかりお姉ちゃんが言ってくれた言葉も、その後にマゴちゃんが立ち直った意味も、全部』
立ち上がったところで、誰かの死に繋がってしまうのなら。
立ち上がる、意味なんて。
『信じるって、「証拠があるから信じる」んじゃないんだよ。「信じたいから信じる」んだよ。その気持ちが、世界に色を戻してくれるの』
答えが欲しかった。
確証が欲しかった。
間違っていないと。
それが正しいのだと。
一度でもいいから。
「あかり、さん……」
失敗ばかりの人生だ。
良かれと思ってしたことは、全て何かを失うことへと。
ああ、それなら。
行動することも、こうして止まっていることも。
息をしていることさえ。
その何もかもが。
「間違い、なんでしょうね……」
自分で言い放った言葉を自分に突き刺す。
その痛みすら、もう慣れてしまったような気がして。
「────間違いなんかじゃない」
その声が落ちてきた瞬間。
マゴットの呼吸が止まった。
突き刺した言葉が引き抜かれていく。
顔を上げる。
開かれた扉。
その先にいたのは。
「間違いなんかじゃないよ、マゴちゃん」
「あかり、さん……?」
求めていた答えだった。
「本当の、本当にあかりさんですか……?」
「いや~、自分でも信じられないんだけどね。なんか、いつの間にか私、とんでもない量の魔力を持っているらしくってさ。勝手に傷が治っていくみたいで……」
頬を人差し指で搔き、苦笑いを浮かべながら話すあかり。
「あかりさん!!」
「おわっと」
飛びついてきたマゴットをふらつきながらも受け止める。
「あかりさん、あかりさん、あかりさん……!」
胸に顔を埋めながら。
何度も何度も。
存在を確かめるように名前を呼ぶ。
その度に、世界の灰色が少しずつ戻っていく。
あかりは、そんなマゴットを温かい眼差しで眺めて。
優しく抱きしめ返す。
「死なないって言ったでしょ」
「はい! 嘘じゃ、なかったです……!」
「まあ、正確には死ねなくなったのかもしれないけど……それはともかく!」
そして、切り替えるように咳払いを一つ。
「ただいま、マゴちゃん」
「おかえりなさい……あかりさん……!」
そう言ってマゴットが顔を離すと。
あかりの服に付着した鼻水がびろんと銀色の橋を架ける。
ひきつるあかりの顔。
だが、この感動の場面を崩すわけにもいかず、黙って言葉を飲み込んだ。
「……そういえば、ミリヤちゃんは?」
「あかりさんが襲われたことを、協会の魔女に相談してくるって……」
「そっか。じゃあまずは合流した方がいいな」
「そうですね。あかりさんが生きていたって教えてあげないといけません!」
「うん、それもそうだけど。この影の国で起きている一連の事件。それを解決できる鍵は私たち3人だから、できるだけ一緒にいた方がいい」
「えっと、それは一体どういう……?」
「マゴちゃん聞いて」
あかりは、マゴットの両肩に手を置き。
まっすぐと目を見つめる。
「一連の事件の犯人はセトの可能性が高い」
どくんと。
心臓が跳ねる。
「セトさんが事件の犯人……!?」
「あいつの仕業だと考えれば、全ての辻褄が合うんだ」
「そんな、ことって……」
「うん、正直私も信じられない。信じたくない。でも、そうだった場合、あいつの存在に気付けるのは、あいつを知っている私たちだけ」
あかりは立ち上がり、マゴットに背を向ける。
「私はこれからまだやることがある。だから、先にミリヤちゃんと合流してて」
────ノルン運行局 本部
「全く、一体どうなってやがる」
剣で切り裂いた影が消えるのを確認しながら、バルロットは苛立たしげに呟いた。
消え去った影の先にいたのは、運行局の局長。
局長室の壁にもたれかかったまま、ぴくりとも動かない。
おそらくは、もう二度と。
「敵味方の区別なく、手当たり次第とはな」
建物内部にまで入り込んだ影。
それは、運行局の職員を襲撃し、今も混乱を引き起こしている。
響き渡る職員の悲鳴。
乱れた魔力の気配。
その全てが、呼吸を震わせ、息苦しさを与え。
気を張っていなければ、すぐにでも吐いてしまいそうになる。
「国民を守るためじゃないなら、この影は一体何のために……?」
「さあな。いずれにせよ、運行局が機能しないとなれば、直接北の魔女のところに行くしかねえ」
ミリヤの問いに答えるバルロット。
そして、その視線は背後へと向けられる。
「となると、やっぱりあんたに着いてきてもらって正解だったな」
そこにいたのは、浮かない顔をしたサヤだった。
彼女はあかりを捜索するために、まつりに促されるかたちで、ミリヤとバルロットに同行していた。
まつりは今も、視察団本部で待機している。
行ってあげてと。
ここを守ることが自分の役目だからと。
そう彼女を送り出したまつりの笑顔はとても痛々しく、それが気がかりだった。
ここに来る道中で、二人から聞いた。
視察団本部に来たことねを、身を呈して食い止めようとしたことを。
その後、割って入ったまいかによって、渋々ことねは連れて行かれたというが。
役目。
まつりはそう言っていたが、その意味はおそらく。
誇りなどとは程遠いもので。
できることはそれしかないと言い聞かせ。
自分を卑下する類のものだ。
しっかり者の彼女が内側に抱えている自己評価の低さ。
そこに目をつけたことねは、彼女と衝突する度に。
『お前は弱い』
『足を引っ張ってる』
『サヤ様の隣に立つ資格なんてない』
そうやって、まつりの心の柔らかい部分を正確に突いてきた。
それは、ことねが協会に所属していた頃からだ。
その度に、そんなことはないと否定してきた。
実際に、彼女の存在はすでに協会にとって、なくてはならない存在になっている。
仲間を正しい方向へと導ける実力を有している。
だからこそ、あのとき、サヤ自身協会から身を引いても問題ないと判断したのだ。
「協会のお偉いさんの言葉であれば、俺たちの言葉より、聞き入れてくれるだろうからな」
「……本当にそうでしょうか」
まつりのあの痛みを飲み込んだ笑顔が、脳裏に浮かんだ。
「……?」
「あ、いえ。すみません。少し、考え事をしていたもので」
いずれ解決しなければならない問題ではある。
だが、今は目の前のことに集中しなければ。
「サヤ様!」
そこで、扉から入ってくる二人の影。
「ここ、なつ。あなたたちはここで聖女の対処をしてくれていたのですね」
「その件なんですけど、ちょっと変なんです!」
「変、ですか……?」
「聖女たち、みんな一斉に同じ方向へ飛び立って……!」
「方角はどっちだ。城の方か」
「あ、えっと。マゴットさん、ですか……!?」
「なんか雰囲気が……!?」
「姉だ姉」
「双子ですか!? 私たちと同じく!?」
「親近感……!」
「あーもういい。双子でもなんでも」
がしがしと乱雑に頭を搔きながら、ひどく投げやりに答えるバルロット。
ただえさえ姉妹であることも否定したいのにと、烈火のごとく怒りそうなものだが。
「(普段から言われ過ぎて、否定するのもめんどくさくなっちゃったのかな……」
「おいミリヤ、途中から声漏れてんぞ」
「ひゃい!?」
びくりと背筋を震わせるミリヤに呆れた目線をやりつつ。
「……まあいい。それで、どうなんだ」
「あ、はい! 聖女たちは、お城から反対の方へ。まるで、国の外へと逃げているように見えました……」
その言葉に、サヤは口元に手をやって考える。
『ここが分岐点になる気がしたから。これからを決める、決定的なね』
『本気でこの国を終わらせるつもりなのですか』
『私はいつだって本気。もう忘れちゃった?』
あのように言っていたまいかが、そう簡単に退くはずがない。
たとえ、まいかがそう指示をしたとしても。
魔女を憎んでいる聖女たちが、素直に聞き入れるはずが。
それはここにいる誰よりも、その場所に身を置いていたサヤ自身が理解している。
「(そうせざるを得ないほどのことが、起きている……?)」
瞬間。
目の前で舞う窓ガラスの破片。
宝石が弾けたようなその煌めきが落ちきる前に。
部屋の中央へと、一つの影が滑り込んだ。
「楽しそう! みんなでおしゃべり、楽しそうね!」
自身の身長をゆうに超える長さの槍を、まるで玩具のように手元で弄びながら。
少女は屈託のない笑みをこちらに向けてくる。
首元で揺れる十字架の首飾りが鈍く光を反射した。
「魔術教団……!?」
ミリヤは思い出す。
自分は他ならぬ彼女によって、教団へと連行されたことを。
だが、すでに教団本部は壊滅し、教団長も殺害されている。
それでもなお。
いや、そうであるからこそ、彼女は自分を殺害しに来たのか。
こちらに向けている穂先を見つめながら。
ごくりとミリヤは喉を鳴らした。
「……そりゃあ羨ましいだろうぜ。てめえとお喋りする仲間はもういねえもんなぁ!?」
バルロットは肩を揺らして笑いながら。
お返しとばかりに、すらと抜いた剣先を彼女に突きつける。
「こんなところで時間を食ってる暇はねえ。……あかりを捜索してもらうんだろ。あんたらは城に向かえ。こいつの相手は俺がする」
「バルロットさん……」
「いいからいけ!」
彼女の言う通り、早急に行うべきは城へ行き、あかりの捜索を求めること。
後ろ髪を引かれる思いを振り切り。
ミリヤは出口へと足を進めながら、サヤに声をかける。
「行きましょう、サヤさん!」
だが。
サヤは足を進めぬまま。
出口を見据えていた。
疑問に思うミリヤは、視線を辿る。
その先には。
「嘘……!?」
自分の目を疑った。
出口から悠然と姿を現したのは。
「行かせない! 行かせないよ! あはは!」
────今まさに、バルロットと睨み合っているはずの少女だった。




