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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 4章 
117/128

16話

「その説明には、大事な情報が二つ抜けてるわ」


ことねは腰に手を当て、もう片方の手で、すうと指を立てる。


「一つ、あたしはあいつの全身に絶命するほどの雷撃を浴びせた。二つ、腹に風穴を開けてやった。そのうえで、川に落としてやったの。あれだけやれば、流石に生きちゃいないでしょうね」

「本当に、あかりのことを……!?」

「だーから言ってんでしょ。あたしがあいつのことを殺したって」


みるみるうちに青ざめていくまつりの顔を見て、呆れたように首を振ることね。

だが。


「あかりお姉ちゃんは死んでません……!」


その言葉に、ことねは動きを止め。

じろりと、視線だけをミリヤへと向けた。


「……なにそれ、何の冗談? 全くおもしろくないんだけど」

「あかりお姉ちゃんはその程度では死なないって言いました……!」

「隣のそいつ共々、現実を受け入れられなくっておかしくなっちゃった? それとも元々おかしいの? あれだけのことをされて、生きてるわけないだろうが。妄想は自分の中だけで留めておけって」


表情は一見、余裕そのままであったが。

口角のひくつきからして、苛立ちが募っているのは明らかだった。


「あ~あ。さすがに寛容なことねさんも堪忍袋の緒が切れちまうよ」


やがて、ことねは放電を始め、攻撃態勢へと移行する。

その場に張り巡らされる緊張の糸。

瞬間。

彼女の背後から飛びかかるまつり。

手に纏った黄色の魔力は、動物の手を象っていた。


「だーから諦めろって」


それをことねは目を向けることなく、首を傾けるだけで難なく躱す。

まるで片手間だと言わんばかりに。

そして。

高く上げられた片足。

もう片方の足を軸に、振り回された踵がまつりの側頭部を捉える。


「か、はっ……!?」


揺さぶられる意識。

彼女が再び地面に転がるのには、数える間もなかった。


「お前が一度でも正面切ってあたしに勝ったことがあったかよ。何百回、何千回やろうと結果は同じ! お前に向いてる戦術は狭い場所での搦手だって。あたしが協会にいた頃、懇切丁寧に教えてあげたつもりだったんだけどな?」


まつりの得意魔術は動物との契約魔術。

契約を結んだ動物を場に呼び出すのみならず、遠く離れていたとしても、その力を借りて自らに感覚共有や身体強化を行うことができる。

先程彼女は、契約していた熊の腕力を借りた。

圧倒的なその力を身体強化として取り入れたのだ。


しかし、それでもことねには遠く及ばない。


「……そんなに死にたいなら、送ってやるよ。お前たちの大好きな浜野田あかりと一緒のところにな!!」


そこで、ずんと。

体全体に何かが重くのしかかる感覚が走る。

呼吸器への圧迫感。

ひどく息苦しさを覚える。

これもことねによるものなのか。

だが。


「なによ、これ……」


当惑している様子からするに、彼女によるものではなさそうだ。

となれば、これは一体。


そこで、まつりは視界の端で何かが蠢いているのを感じた。

恐る恐る目を向けると。

そこには。


「影……?」


黒い影が。

人の形を成して。

揺らめきながら、立っていた。


「もしかして、リューベルクさん……?」


金髪の少女が震える声でそう言った。

リューベルクとは、北の魔女リューベルク・オーガルフェルデンのことか。

確かに彼女の扱うのは影の魔法だが。


「……なるほどね! 北の魔女様もあたしたちの侵入にようやくお気付きってわけだ!」


影は特定の人物を再現しているわけではなく。

ピクトグラムのような見た目をしていた。

その数は10。

今もその輪郭を波立たせながら、こちらとの距離を縮めてくる。


ことねの言う通り、これが聖女を排除するためだとすれば。

影は協会の味方ということになる。

だが、この影にそこまでの判断能力があるのか。

北と東の判別は魔力の性質の違いということで理解できる。

しかし、協会と聖女はどうか。

同じ東の魔女の魔力を源泉としている。

もしも、自分たちも敵として、見なされてしまったら。


まつりは拭えない不安を胸に、自分の体に動けと必死に警鐘を鳴らす。

そのときだった。


────全ての影が同時に弾けた。


飛び散ったことで、周囲が黒一色に染め上げられる。

そこに一滴の白が。

まるでコーヒーに加えられるミルクのように。

垂らされた。


「随分と楽しそうね、ことね」


だが、決定的な違いは。

その白は黒とは混ざり合わないのだということ。

おそらくは、永遠に。

それをその場にいる全員が本能的に悟っていた。


「北の勢力とも仲良くして。いいお友達ができたみたいね?」

「違う! 違うのまいか! あたしはこいつらを殺そうとしてた!」


姿を見た途端、ことねからそれまでの威勢は消え失せ。

怯えの色がありありと浮かび上がっていた。


「廻羽まいか……!」

「ごきげんよう、あなたはサヤのところの子ね。ことねといつも仲良くしてくれてありがとう」


廻羽まいか。

そう呼ばれた、白い軍服を纏った女は柔和な笑みを浮かべて礼を述べる。

そして、まつりの手を掴み、体ごと引き上げて両足で立たせた。


「何の、つもり……?」

「あまりにもきれいな目をしているものだから」

「……?」

「あなた、こちらに来る気はない? 適正、あると思うわよ?」

「生憎と、私の居場所はもうあるの……!」

「あら残念」


途端に、興味を失くしたように彼女の瞳は冷たいものへと変貌する。


「それで、ことね。ゆらはどうしたの? お前たちはペアで行動するようにと言っていたはずだけれど」

「えっと。どうしてもまいかの力になりたくって、あたしだけ影の国に来ちゃってさ。今頃、あっちで暴れ回ってるんじゃないかな。はは……」

「ふぅん、まあいいわ。その件については、今は置いといてあげる。行くわよ、ついてきなさい」

「ど、どこに……?」

「決まってるじゃない、北の魔女のところよ。こうして町中に影を出現させてきたということは向こうもこちらの存在に気付いたということ。なら、ちゃんとご挨拶しないと失礼でしょう?」

「あたしはちょっとまだやることが……。だって、この魔女たちも見逃さずに、全員殺した方が良くない……?」


そう言って、ことねはミリヤとバルロットを指差した。


「その間に仲間があの影に襲われてしまってもいいと、お前は言うの?」

「違う! 違うんだけど。じゃあ、ちょっとだけ、サヤ様に挨拶だけ……」

「『聖女として』の挨拶は私が済ませてきたわ」

「えっと、えっと……」


まいかは、ひどく狼狽えていることねの肩へと手を置き。

耳元でこう囁いた。


「────もしかして、挨拶以上にサヤと話すことがあるというの?」

「……」

「聖女としてではなく、紫峰ことねとして話すことが、あるというの? それは一体どんなこと? ぜひ私にも教えてくれない?」

「……ない、です」

「そう。いい子ね、ことね」


満足気な表情でことねから顔を離した彼女の姿は。

聖女というよりかは、悪魔のようだとまつりには思えた。


「それじゃあね、赤髪の子。もし気が変わったら、いつでも教えてね」

「……」


笑顔でまつりに手を振ってくるまいか。

対照的に、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけることね。

そうして二人はその場から去っていったが、まつりの緊張が解けることはなかった。

ことねの瞳に映っていたのは、自分たちではないことに気が付いていたからだ。

それは、サヤがいる視察団本部。

奥底に灯った執念の火が揺らめいていた。

おそらくは、また近い内に。


「今のって一体、誰なんですか……? 見た途端、ことねって魔女は怯えてましたけど……」


ミリヤがまつりに尋ねてきた。


「あいつの名前は廻羽まいか。今この国を襲っている聖女たちの親玉である────『魔法使い』よ」





「さーて、これで三人確保したってわけっすけど……」


建物の屋上から中心街を見下ろすころもとなな。

足元には、意識のない三人の聖女が転がっている。

いずれもが簀巻きのような状態で、身動きが取れないようにされていた。

ななが制圧し、ころもが拘束をした成果だ。


「あれは、味方と考えていいんすかね?」


ころもが指を向けた先。

町中を影が歩いていた。

十、二十。

数え切れないほどの黒い人影が、一糸乱れぬ動きで進んでいく。


「北の魔女の生み出した影であれば、そう考えてもいいはず。でも、私たちは近付かないほうが賢明」


ななはマフラーを少し下げ、白い息を吐く。


「まあ、そうっすよね。おそらくは、国内に入り込んだ外敵を排除するためだけに生み出された影。私たちと聖女を区別できるほどの高度な自律性を有しているとは、あの様子からは思えないっす」

「まるでゾンビ映画」


ななの意見は言い得て妙だった。

影の全てが、一定の間隔。

一定の歩幅で、移動し続けている。


だが、その影に対し、住人たちは歓迎ムードだ。

脇に寄って道を開け、歓声と拍手をひっきりなしに浴びせ続ける。

中には涙を流している者までいた。

彼女たちにとって、北の魔女によって生み出された影の存在はまさに救世主なのだろう。


「ん?」

「どうしたの、ころも」

「……なんかあの影たち、住民の方に向かってないっすか?」

「道を通るだけじゃなくて?」

「いや、逸れてるっす。完全に……住民の方へ」

「ファンサービスかも。握手とか」

「そんな茶目っ気があるようには見えないんすけど……」


住民へと接近する影。

何をするのかと思えば、本当に手を差し伸べ始めた。


「ほら、握手」

「ま、マジっすか……」


目を輝かせ、自分も手を差し出す住人。

だが。


────その手が繋がれることはなかった。


影の腕が、

住民の胸を、

音もなく貫いた。


時間が止まったようだった。


世界のすべてが静止し、ただ一つ。

口から零れ落ちる赤だけが、時を進めていた。

次の瞬間。

歓声は悲鳴へと変わり、住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

影は、逃げる背中を追いかけていく。


「国民を襲った……!」

「外敵排除じゃない! あれ、完全に無差別っすよ!!」


あの影が北の魔女によるものだというのであれば。

どうして自国民を襲う結果になっているのか。

意図的なものだとは考えにくい。

だとすれば、彼女の身に何か想定外のことが起きているのか。

湧き出る疑問が脳内を埋め尽くしていくが。


「ひとまずは、影から住民を保護するっすよ!」


目配せもせず、二人は同時に屋上から飛び降りた。

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