15話
────東の魔女連合協会特別区域内 視察団本部
「影の国で巻き起こっている事件の数々、何より、国そのものが地上に浮上したとなれば、やつらがその隙を狙って来るというのは想像に難くない。特段驚くことでもないだろう」
聖女の襲来について報告を受けた、あやめの第一声がそれだった。
ビデオ通話を用いた定期連絡。
パソコンの画面に映し出させる彼女の顔に、焦りの色は一切なく。
それどころか、まるでそうなることが望ましいとでもいうかのような顔つきだ。
「いい機会じゃないか。二つの勢力をやり合わせて、お互いに消耗させる。国側からこちらに増員の要請も来ているが、まあ適当にやり過ごすさ」
「北の魔女とは同盟を結んでいるはずですが」
「おいおい、北の魔女に同情でもしているのか? 西の魔女を倒した後のことを考えれば、当然の帰結だろう、サヤ」
「では、あなたは私たちにこの事態を静観していろと言うのですか」
「勘違いするなよ、別に私は協力するなと言っているわけじゃない。こちらの貴重な戦力を無駄に失うほどではないと言っているんだ」
「西の魔女の協力者の素性がわからない以上、最大限の警戒をもって事に当たるべきです。西の魔女が二人いると考えてもいいでしょう」
その言葉を待っていたかのように、あやめは目を細め。
口元を嫌らしく歪めた。
「なら、もっといい方法があるぞ。こちらから追加の戦力を派遣せず、そちらの被害を最小限に抑えるとっておきの方法が。君だから、いや、君にしかできない方法だ」
「……」
「聖女を手で転がすことくらい、お手の物だろう。以前そこにいた君ならな。説得でも何でもして、どうにかしてみせろ」
あやめとは正反対の感情で、目を細めるサヤ。
カメラには映らないように、スーツの袖口を握りしめた。
「────期待しているぞ、日向サヤ」
その声とともに、映像は途切れる。
黒い画面に反射した自分の顔は、ひどく浮かない顔をしていた。
そのとき。
頬を撫でていく風。
それを感じた時、心臓の鼓動が、ひとつだけ不規則に跳ねた。
おかしい。
────窓は開いていなかったはずだ。
目の奥を突き刺すような日差し。
それを掻い潜るようにして、視線をやると。
「ごきげんよう、サヤ。朝狩あやめとの話し合いは終わった?」
光の中に溶け込むような純白の装いで窓枠に腰を掛けて、こちらに手を振っている。
見間違えようのない姿がそこにあった。
「……あなたまでもがこちらに来ていたのですね、まいか」
「ここが分岐点になる気がしたから。これからを決める、決定的なね」
「本気でこの国を終わらせるつもりなのですか」
「私はいつだって本気。もう忘れちゃった?」
その声調は親が子をあやすように柔らかく、穏やかなものであるはずなのに。
一言一言が、神経を指で弾くようにこちらの緊張感を駆り立てる。
「せっかくだし、影の国に設けられた協会の特区ってどんなものなのか見てみたくて」
「そうですか」
「随分と立派な建物を建ててくれたのね。同盟の力ってすごいわねぇ?」
足を揺らしながら、室内を見回している。
そこで、サヤは彼女が自分の元を訪れた真の意図を悟った。
急速に喉が干上がっていくのを感じる。
「朝狩あやめはこの『お友達ごっこ』をいつまで続けるつもりなの?」
「少なくとも、西の魔女を討ち倒すまでは」
「ふぅん、そうなの」
途端に興味を失くしたようにそっけない態度を取られる。
だが、これは正解を引けたときの反応だ。
彼女の質問の意図は、『同盟の期間』ではなく、『同盟の本質』を知ることだったはず。
たとえ、西の魔女を討ち倒した後も同盟は継続すると回答しても、彼女の反応は変わらなかっただろう。
だが、『お友達ごっこ』を否定した場合。
それはすなわち、聖女側との絶対的な敵対を意味する。
そのときは、おそらく。
「……あぁ、そういえば。私の言っていたこと、理解してくれた?」
「言っていたこと……?」
「行いは、廻り廻って自分に返ってくるって。裏切った者はいつか裏切られる。白崎まりに裏切られたんだってね?」
「いいえ、まりは裏切っていません。彼女は私たちを庇ったのです」
「じゃあ、あなたはこれから誰かに裏切られるっていうことになるけど?」
それに対する反応はしなかった。
どれを取っても、絡め取られる気がしたからだ。
その様子を見て、彼女はくすと笑った。
「怖い? なら、裏切られないための唯一の方法、教えてあげましょうか?」
彼女は、窓の外へと降り立つ。
室内と外。
一枚の壁を挟んで、両者は相対する。
「裏切られる間もないほど、裏切り続けること」
こちらを振り返った。
まるで、鳥籠の外へと誘うように。
「────それがあなたが救われる唯一の方法」
「よっわ。弱すぎでしょ」
そう吐き捨てたことねの前には、地面に伏すまつりの姿があった。
特区内。
現在、ここにとどまっているのはサヤと彼女のみ。
それ以外のサヤ班の者たちは、国内へと散らばり、聖女の無力化を。
まつりはサヤがあやめと定期連絡をしている間、代理としてサヤ班の全体掌握を担っていた。
そんな手薄の状況で、いや、この状況を狙ってこいつはここに来たのか。
「……いい加減自覚しろって。お前はなーんも成長してない。いつまでサヤ様の足を引っ張ってんだよ」
この身を苛むは、吐き気を催すほどの無力感。
まつりは、強く手を握りしめる。
抉られた土が、彼女の悔しさを物語っていた。
呼び寄せた鳥に対して、彼女が視覚共有の魔術をかけようとして本部の外に出たときだった。
サヤの元を訪れようとしてたことねと鉢合わせ、彼女はサヤを出せと要求してきた。
それを拒否したことで、このような状況に。
だが、それは戦闘というには、あまりにも強さがかけ離れすぎている。
一方的な蹂躙。
その言葉が何よりも適切で、それを自覚していたからこそ、まつりは己の無力さを思い知っていた。
だが、とまつりは思う。
ことねが協会に所属していた頃は、ここまでの強さを有していなかったはずだ。
努力による成長。
その言葉で片付けるには、いささか喉に引っかかりを覚えた。
「あんたまさか、自分の体をいじらせて……!」
「あーないない。これは純粋なあたしの強さ。嫉妬するのはわかるけど、相手をこけにするのはそこまでにしときなよ?」
言いぶりからするに、やはりことねは聖女という勢力に好き好んで所属しているわけではなさそうだ。
あくまで彼女の目的はサヤ。
その一点の目的のため、今は身を置いているにすぎないのだろう。
「まあいいや、今のあたしは気分が良いからね。お前が邪魔してきたことも、生意気な言動も全部水に流してあげる」
「……一体どういう風の吹き回しよ」
「ことね様の機嫌が変わらないうちに、早くサヤ様を呼んで来いって言ってんだよ」
言い放ったことねは鋭い視線でまつりのことを見下ろしていたが。
徐々にそれも緩んでいく。
「でもでも〜、気になる? 気分が良い理由、気になるよね? え〜、どうしよっかな〜?」
猫なで声で体をくねらせ始めることね。
相変わらずの言動、態度の不安定さに、まつりは苦い顔を浮かべた。
「一生のお願い使っちゃう? ここで使っちゃう??」
「わたしはあんたとおしゃべりするためにここにいるんじゃないのよ」
ふらとよろけながらも、まつりは立ち上がる。
口元の血を拭いながら、ことねを睨みつけた。
「しょうがないなぁ〜。あたしとあんたの仲だし、特別に教えてあげる」
そうして、ことねはちろと舌を見せてから。
「浜野田あかりはあたしが殺したよ」
瞬間、まつりの世界から音が消えた。
胸の奥で、何かがゆっくりと煮え立ち。
噛み締めた奥歯がぎりと軋み、握った拳に爪が食い込む。
「あんたね、冗談でも言って良いことと悪いことが────」
言い終える前だった。
風向きが変わったような気配。
二人同時に、同じ方向へと顔を向ける。
金色と桃色の髪をした少女二人が、こちらへと駆けてくるのが見えた。
まつりは目を細め、記憶の底を探った。
名前は確か。
「ミリヤとマゴット……?」
だが、反応したのはまつりだけではなかった。
ことねは目を見開き、口角を吊り上げている。
「いいね。ちょうどいいところに証人が来てくれた」
「……証人?」
「そう、証人! あたしが浜野田あかりを殺したっていうね! だって、そいつはその現場に居合わせたんだから!」
指差されたマゴットが、ぴたりと足を止める。
「その言葉。お前が紫峰ことねか」
「な~んかさっきとは随分雰囲気が違うけど? もしかして多重人格的な感じ?」
まつりも同じ違和感を覚えていた。
声の低さ、目つきの鋭さ。
どれも彼女の知るマゴットとは違う気がした。
「『さっき』ってことは……。バルロットさん、やっぱりこの魔女が……!」
「ああ。どうやらそのようだな」
ミリヤは息を切らしながら、まつりに向き直る。
「協会の魔女さん……! あの魔女が、あかりお姉ちゃんを襲って……川に落としたんです……! 私たち、それを伝えに来ました!」




