14話
「(なに、これ……)」
あかりのことを伝えに、協会の魔女たちのところへ向かう道中。
学院から特区まで、中心部をまっすぐに走り抜けて行くとき。
ミリヤは感じた。
体に響き渡る、振動を。
ミリヤは聞いた。
心臓を縮み上がらせる、叫び声を。
ミリヤは見た。
道端に転がる、魔女の死体を。
「(一体何が、起きてるの……!?)」
近道である路地裏から、大通りに出ると。
信じ難い光景が目の前に広がっていた。
初めて中心部を訪れた時、そして、つい先日も3人で利用したレストラン。
その店先で血塗れになりながら壁にもたれかかっている魔女が。
目はすでに虚ろ。
肩を上下させながら、今も血を垂れ流している口で呼吸している。
「(店主さん!?)」
直接話したことはないが、顔は覚えている。
視線に気が付いた彼女は、ミリヤの姿を見つめ返す。
力を振り絞り、こちらに手を伸ばしてくる。
震える唇で何かを伝えようと。
────たすけて
彼女の隣には、白い軍服を身に纏った女がいた。
手には、付着した血液が鈍く光を反射する、細長い剣が。
誰が彼女を負傷させたのかは、明白だった。
そして。
その剣をもう一度振り上げ。
「待っ────」
伸ばした手が地面に落ちた。
だらりと力なく傾いた首。
上を向く視線。
その全てが、命の灯火が消えたことを物語っていた。
ミリヤの声に、女は振り返る。
その動きは、まるで機械のように滑らかだった。
服に付着した返り血は、染み込むことなく、全て流れ落ちていく。
再び元の白一色へと。
おそらくは特殊な撥水加工が施されているのだろう。
だが。
それがミリヤには、ひどく恐ろしく見えた。
まるで、一切の汚れを拒む白だった。
何にも染まらない絶対の正義を掲げ、分かり合う余地など初めからないと告げているようで。
「次の獲物み~っけ♡」
待ち合わせをしていた親友と会ったときのような満面の笑顔が浮かべ、そう言い放つ。
明らかにその場にそぐわない表情に、脳が痺れていくような錯覚。
鼓動が一つ、また一つと刻まれていく度に、命に危機が迫っているのを感じた。
「誰なの、あなたは! どうしてこんなことをするの!?」
「どうしてって。あなたたちが奪っていったからでしょ?」
「何を……言っているの……?」
「今更人間に迷惑をかけないって言ったところで、遅い遅い。そんなの、誰が信じられるっていうの?」
「迷惑を、かけない……?」
同じ言語を話しているはずなのに。
何一つとして、理解できない。
そのときだった。
「────こいつらの話をまともに聞き入れるな」
声とともに、ミリヤのもとに舞い降りる一つの影。
それはまるで、黒が白を断ち切るようだった。
その正体は。
「バルロット、さん……?」
黒いローブを身に纏ったバルロットだった。
どうして彼女がここに。
いや、これではまるで。
自分を庇っているかのように。
「あ! もう一人み~っけ♡」
「気色の悪い野郎だ」
先程と同じような笑顔を浮かべ、こちらに指を指してくる軍服の女を見て、バルロットは吐き捨てるようにそう言った。
相対する白と黒。
それっきり言葉を口にすることはなく、お互い手に持った剣を握り締めて、走り出す。
先に剣を振り抜いたのはバルロットだった。
それを相手は防ごうとする。
しかし。
吹き上がる鮮血。
「あっれれ~~? おっかしいな? 絶対に防いだはずだったのになあ??」
左腹部から右肩へと切り裂かれた自分の体を見て、女は疑問の声を上げる。
ふらとした足取りで三歩後退りをした後、仰向けに倒れ込む。
そして、その女の心臓を目掛けて、バルロットは剣先を沈ませた。
数度の痙攣の後、体が完全に動かなくなったのを確認し、彼女は剣を引き抜いて血振りをする。
殺してしまったんですか、とは言わなかった。
殺さなければ、殺される。
そんな状況であったのは百も承知だったからだ。
この魔女の世界が甘いものではないことは、教団本部の地下で、ルクラットから教わっている。
もちろん、幾度見ても慣れない。
慣れたくもなかった。
「こいつらは『聖女』だ」
「聖女……?」
「協会から分裂した東の勢力だ。人間に危害を加える魔女を根絶やしにしている。それを容認していた影の国の魔女もな。……やっぱり、国が浮上したこのタイミングを狙ってきやがったか」
鞘に戻しながら、彼女は淡々と説明をする。
そして、こちらを振り返った。
ミリヤはびくりと体を震わせる。
「怪我はしてねえか」
「え……?」
「してないなら行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「何だ。特区に行くつもりだったんだろ。移動ルートを見てれば、すぐにわかる」
「そうじゃなくて! どうして、私のことを助けてくれたんですか? 許せないはずじゃ……」
ミリヤの問いかけに対し、彼女は答えるのを少しためらう素振りを見せる。
やがて、ポツリと言葉を落とした。
「……わからなくなったからだ」
「わからなくなった?」
「何が正しくて、何が間違っているのかが」
『そうなると、だ。俺の実家をあいつが訪れたのも、襲ったのも、ミリヤ・スティールフォーレを狙ってじゃなく、別の目的があったような気がしてならねえんだよ』
ミリヤはレストランでの彼女の発言を思い返した。
「────だから、信じることにした」
「何を、ですか……?」
「あかりが信じるものを。あいつが、信じたいものを」
「お姉ちゃんの……」
「あいつは、信用できる。協会に身を置いていながらも、全力でこの国を救おうとしている。助けを求める者がいたら、誰であっても分け隔てなく、手を差し伸べる優しさを持っている。……そして何より、妹のことも立ち直らせてくれた」
表情には、微かな笑みが浮かんでいたが。
辛さや寂しさ。
そういった、負の感情が混ざり合っている印象を受けた。
その瞬間、ミリヤは彼女のことをこう思った。
「(ああ。この人はやっぱり、マゴちゃんのお姉さんなんだ────)」
「不思議なやつだよ、あいつは。それは単に、あいつが魔法使いっていうことじゃねえ。なんというか、魔女という存在そのものを救ってくれるんじゃないかって、そんな気さえするんだよ」
「そうです! あかりお姉ちゃんはすごいんです!」
突然顔を輝かせたミリヤに、バルロットは珍しくたじろいだ。
「お、おお……そうか……」
「でも、あかりお姉ちゃんは、紫峰ことねっていう魔女に襲われて、黒い川に落とされたって……」
「なんだと」
「それを、私は協会の魔女さんに伝えに行くところだったんです」
「……このタイミングということは、そのことねってやつも聖女である可能性が高そうだな。となると、確かにやつらの情報を持っている協会に対処を任せるのが得策か」
顎に手をやって考えるバルロットだったが、ミリヤの行動に妥当性を見出すと、顔を上げた。
「協会に伝えたら、運行局に行くぞ。あかりのことを伝えて、なおかつ、北の魔女に報告させる。川沿いは運行局に、川の中は北の魔女に捜索してもらうんだ」
「はい!」
「空を飛ぶと目立つ。少し時間はかかるが、目立たない場所を通っていくぞ」
「行きましょう、バルロットさん!」
「ああ」
2人は顔を見合わせて頷いた後、特区に向けて走り出した。
「こんなときにリューベルク様は何をやっておられるんじゃ!」
苛立たしげに机を叩くバームガルト。
「気持ちはわかるが落ち着け、バームガルト殿」
「これが落ち着いていられるか!」
ハルバドルは彼女をなだめるが、その怒りはとどまらない。
そして、頭を抱えだす。
「攻め込んでくるにしても、最悪のタイミングじゃ……」
円卓の間で魔導書の消失を報告したときに、彼女は聖女の襲撃について可能性を提起していた。
だが、あのときにいたシュトラープケは教団を壊滅させた後に姿をくらませ、レプシュネルはもうこの世にはいない。
リューベルクは試練から戻ってきたものの、聖女の襲撃を耳にした途端、作戦を練るとだけ言い残して、再び自室へこもってしまった。
彼女の行動に対し、ハルバドルも、胸の奥に小さなざらつきを覚えずにはいられなかった。
「今いる者たちで対処する他ない。あなたの提案によって視察を早めたおかげで、協会の魔女も国内にいる。あの日向サヤもだ」
「司法部門の魔女など大した戦力にならん。となると、視察団の中で実際に戦力として数えられるのは10名程度か……。確認できている聖女は100名程度。増援は見込めんのか」
「要請はしている。だが、それにも時間がかかるだろう」
「ならば当然、わしも戦うぞ」
「だめだ、それは許可できない」
「すでにリューベルク様の承諾は得ておる」
そう言って、彼女が胸元から取り出した羊皮紙。
丸めたその端を摘むと重力に従って、めくれていく。
その内容に目を通したハルバドルの顔色は、芳しいものではなかった。
「────魔術制限の解除か」
アデンスフィア時代の学院長であった彼女は、北の魔女がオーガルフェルデンへと移り変わることで、逆らえないように役職を下げられ、魔術も制限されていた。
だが、ハルバドル含め、国内の大半がバームガルトに対して全幅の信頼を置いているため、そこは問題にはならない。
そもそも、制限をしたレイシャルクはすでにこの世を去っており、レイギベルトが死亡して彼女が代理の学院長となったことで、それも形骸化していたところだ。
彼女が憂慮しているのは、聖女を退けた後に待つ国内の事件の解決。
そのためには、彼女の知恵が必要不可欠であること。
「(そのようなことは、あの方もわかりきっているはずだが……)」
聖女側はそれほどの戦力を隠し持っている可能性があるというのか。
それとも、これらの事件と、聖女側に関係が。
「(一体リューベルク様は、何をお考えになられている……?)」




