13話
「そん、な……」
また、私は。
「そんなぁ……」
自分のせいで、大切な存在を……。
「ああああぁぁぁああぁぁぁあぁああぁああぁッッッ!!!!」
「あははははははははははははははははははは!!!」
慟哭と笑声。
相反するそれらは入り混じりながら、空に溶けていく。
「どうして、こんな残酷なことができるんですか……?」
「残酷? 何が残酷?」
笑った余韻で、未だ肩を揺らしながらことねは逆に尋ねる。
腰に手を当て、髪をかきあげながら。
「最初にあたしから奪っていったのはあいつでしょ。それだけのことをしたの。相応の報いなの」
「あかりさんが、何を奪ったって……」
「あたしの大切な存在。どうしようもないほど大好きでだ~い好きな、かけがえのない存在。生きる意味と言っても過言じゃないわ」
「そんな……嘘です……」
「嘘じゃないわよ」
目の前の女は、自分と同じように大切な存在を奪われた。
そして、原因はあかりだと。
マゴットにはそれが到底信じ難かった。
「ま、お前が信じるか信じないかはどうだっていいんだけど」
そうしてことねは、魔道具をマゴットに向けて投げた。
ガラスが割れる音を立てて、足元に落ちる。
そうして、中身の魔力のこもった塵が飛び散り、付着した体が徐々に光の粒になっていく。
転移が始まった証左だった。
「待って! まだ、いやぁッ! 待ってください!! あかりさんが! お願い! 待って!! お願いします!!」
必死に塵を払い落とそうとするが、作動した魔術は止まらない。
消えていく体。
だが、なおも彼女は諦めなかった。
過呼吸になって、膝から崩れ落ちながらも。
「────死んだんだよ、浜野田あかりは」
眩い光に包まれた視界。
そして、何も見えなくなったからこそ。
ことねの言葉が、脳裏に嫌というほど、刷り込まれていく。
理解させられる。
その末に、マゴットは。
塵を払う手を止め。
ゆっくりと目を閉じた。
もう何も。
何も見たくないと。
「……なぁんだ。あんなに脅しといて、結局はただ転移するだけじゃない」
その場に一人残ったことねは、鼻を鳴らして、吐き捨てるように言い放った。
だが、徐々にその口元は吊り上がっていき。
嬉しさに拳を握りしめ、体を震わせて。
「殺した殺した! 殺してやった!! あたしがこの手で! あはっ! あははっ!」
上気した表情で、息を荒くしながら、自分の体を抱きしめた。
そして、蕩けた目で妄想を始める。
「これでようやく、サヤ様はあの女の呪縛から解放された。あの忌々しいひなたの呪縛から! 邪魔者はいなくなった! このことを伝えて、絶望させて、そのうえであたしが救ってあげるんだ! あたしを救ってくれた、サヤ様を! 今度は私が!! それで、それでっ! あははっ!」
全身で喜びを体現することね。
彼女は踊るような動作をしながら、欄干へと近付いていく。
ピアノを引くような仕草で、軽やかに石造りのそれに指で触れながら。
あかりが落ちた、黒い川を見下ろす。
「……恨むなら、自分の弱さを恨むんだね」
そのときのことねの表情は、口元はそのままだったが、目は打って変わって冷たいものになっていた。
「っと! こんなところで道草食ってる場合じゃないわ! 早くサヤ様に伝えに行かないと♪」
かと思えば、次には元通りになっており。
前髪を手ぐしで整えてから、ことねは空に飛び立つのだった。
「マゴちゃん!? いつの間に帰ってきてたの!?」
部屋で勉強していたミリヤは、突然室内に現れたマゴットにひどく驚いた。
何かのサプライズなのか。
だが、それにしては様子がおかしい。
彼女は茫然自失といった状態で、小声で何かを呟いている。
「一人なの……? あかりお姉ちゃんは特区の方に帰っちゃった……?」
ひどく嫌な予感がした。
ミリヤは以前にも、彼女が似たような表情をしているのを見たことがある。
それは、焼け焦げた実家の前で、うずくまっていたときのことだ。
室内の温度が急激に下がったような錯覚を覚える。
そして、意を決して声をかけようと彼女に近付いたときだった。
「私が、お墓に行こうって言ったんです」
「え……?」
「また、私のせいなんです」
「マゴちゃん?」
「私が、あんなこと言わなければ!!」
「どういうこと……? ねえ、マゴちゃん! 何があったの……!?」
「あかりさんが、殺されてしまいました……」
その言葉を聞いた瞬間。
ひゅっと、自分の喉が鳴る音がした。
「殺された……? あかりお姉ちゃんが……?」
「日本の魔女に、襲われて……」
日本の魔女。
協会所属の魔女ということなのか。
ミリヤはわかっていた。
彼女がこういった冗談を言うような性格ではないことを。
だが、否定しないと。
それはもちろん自分が信じたくないということもあるが、何よりマゴットの精神安定のためだ。
次壊れてしまえば、彼女を立ち直らせる術はないと悟っていた。
「大丈夫だよ、マゴちゃん。あかりお姉ちゃんが死ぬはずないもん!」
「ちがうん……です……」
「きっと生きてるよ!」
「違うんです、ミリヤさん……」
「……?」
「私はあかりさんが殺される場面を見ているんです」
「そん、な……」
「目に光がなくって。体から煙が上がって。お腹にも穴が開いてしまって……」
ごくりと息を呑んだ。
「その状態で、黒い川に落とされてしまったんです……。生きているとは思えないんです……」
それでも。
ツギハギでも、どれだけ見た目が悪くても。
どうにかして、その罅を塞いでいかないと。
少しでも、希望を残してあげないと。
「私、協会の魔女さんに相談してくるよ! その魔女の名前はわかる?」
「紫峰ことねと、あかりさんは言っていました……」
「わかった! マゴちゃんはここで待ってて!」
だが、ミリヤの服が掴まれる。
「いやです! 行かないでください!」
「マゴちゃん……」
その手はひどく震えていた。
「もうこれ以上、失わせないでください」
「違うよマゴちゃん。これ以上失わないために行くんだよ。あかりお姉ちゃんも言ってたじゃない」
『私も怖い。みんな怖い。だから、立ち向かうの。みんなで立ち向かうの。これ以上失わないために。そして、いっぱい幸せを得るために。私はまだまだマゴちゃんとやりたいことがたくさんあるんだよ』
「止まってちゃ、守るものも守れない。被害を最小限に食い止めるために行くんだよ」
「私には、あかりさんとミリヤさんが大切なんです! それ以外の存在なんて、どうなろうが構わないんです! 外に行ってしまうより、二人でここにいる方が危険はないじゃないですか!」
ミリヤはマゴットを抱きしめる。
「ミリヤさん……?」
「だめだよ、それだけは言っちゃだめだよ……」
「え……?」
「マゴちゃんから見て、この世界は何色に見えてる?」
「世界の色、ですか……?」
「これまで見えていた色じゃないと思う。きっと、灰色、じゃないかな」
その言葉の意図を掴めず、マゴットは眉を顰めた。
「……私ね、魔女になる前は、交通事故で脚が動かなくて、ずっと車椅子生活だったの。思い通りにならない全てが嫌で、どうして自分だけって。お父さんとお母さんに優しくできなくて。世界なんて、灰色にしか見えなかった」
呼吸が止まる。
「そのときに、言われたんだよ。『世界は何色に見えてる?』って」
ミリヤは小さく笑った。
泣きそうな、でも奥底には強さを感じる笑顔だった。
「二回目は、魔女になってから。歪みをもたらす魔女だったとしても、この力を、私が信じたい人のために使いたいって思ってから、また言われたの。そのとき初めて、世界に色が戻った気がしたんだ」
そうして、マゴットの目をまっすぐに見据える。
「だからね、マゴちゃん。二人だけの世界に閉じこもったら、確かに何も失わないかもしれない。でも、それじゃあ、世界は二度と色付かない。元の色を取り戻すことはないの。それどころか、どんどん濁って、腐っていっちゃう。真っ黒になっていっちゃう」
「でも、でも……」
「そんなマゴちゃんの姿、私は見たくないよ……」
彼女はミリヤの真っ直ぐな視線を受け止めることができず、逸らしてしまう。
「もう、無理ですよ……。無理なんですよ……」
「無理じゃないよ」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!」
「────信じよう、あかりお姉ちゃんが生きてるって」
「……ミリヤさんは見ていないから、そんなことが言えるんですよ……」
「それでも、信じるの」
ミリヤの声は震えていた。
けれど、その瞳だけは揺るがない。
「だって、信じなかったら、そこで全部終わっちゃうから。あかりお姉ちゃんが言ってくれた言葉も、その後にマゴちゃんが立ち直った意味も、全部」
マゴットの唇が震える。
でも、その先の言葉は、どういうわけか出てこない。
「信じるって、『証拠があるから信じる』んじゃないんだよ。『信じたいから信じる』んだよ。その気持ちが、世界に色を戻してくれるの」
微笑みながら、ミリヤは立ち上がる。
その様子をただ、見上げることしかできなくて。
「────だから、私は行ってくるね」
言葉を残し、出ていってしまう。
辛うじて伸ばした手は、何も掴めない。
静寂の中、時計の針の音だけが響いていく。
床に伏しながら、声を押し殺して泣くマゴット。
その姿は、どこか祈りを捧げているようにも見えた。




