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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 4章 
114/128

13話

「そん、な……」


また、私は。


「そんなぁ……」


自分のせいで、大切な存在を……。


「ああああぁぁぁああぁぁぁあぁああぁああぁッッッ!!!!」

「あははははははははははははははははははは!!!」


慟哭と笑声。

相反するそれらは入り混じりながら、空に溶けていく。


「どうして、こんな残酷なことができるんですか……?」

「残酷? 何が残酷?」


笑った余韻で、未だ肩を揺らしながらことねは逆に尋ねる。

腰に手を当て、髪をかきあげながら。


「最初にあたしから奪っていったのはあいつでしょ。それだけのことをしたの。相応の報いなの」

「あかりさんが、何を奪ったって……」

「あたしの大切な存在。どうしようもないほど大好きでだ~い好きな、かけがえのない存在。生きる意味と言っても過言じゃないわ」

「そんな……嘘です……」

「嘘じゃないわよ」


目の前の女は、自分と同じように大切な存在を奪われた。

そして、原因はあかりだと。

マゴットにはそれが到底信じ難かった。


「ま、お前が信じるか信じないかはどうだっていいんだけど」


そうしてことねは、魔道具をマゴットに向けて投げた。

ガラスが割れる音を立てて、足元に落ちる。

そうして、中身の魔力のこもった塵が飛び散り、付着した体が徐々に光の粒になっていく。

転移が始まった証左だった。


「待って! まだ、いやぁッ! 待ってください!! あかりさんが! お願い! 待って!! お願いします!!」


必死に塵を払い落とそうとするが、作動した魔術は止まらない。

消えていく体。

だが、なおも彼女は諦めなかった。

過呼吸になって、膝から崩れ落ちながらも。


「────死んだんだよ、浜野田あかりは」


眩い光に包まれた視界。

そして、何も見えなくなったからこそ。

ことねの言葉が、脳裏に嫌というほど、刷り込まれていく。

理解させられる。

その末に、マゴットは。

塵を払う手を止め。

ゆっくりと目を閉じた。

もう何も。

何も見たくないと。





「……なぁんだ。あんなに脅しといて、結局はただ転移するだけじゃない」


その場に一人残ったことねは、鼻を鳴らして、吐き捨てるように言い放った。

だが、徐々にその口元は吊り上がっていき。

嬉しさに拳を握りしめ、体を震わせて。


「殺した殺した! 殺してやった!! あたしがこの手で! あはっ! あははっ!」


上気した表情で、息を荒くしながら、自分の体を抱きしめた。

そして、蕩けた目で妄想を始める。


「これでようやく、サヤ様はあの女の呪縛から解放された。あの忌々しいひなたの呪縛から! 邪魔者はいなくなった! このことを伝えて、絶望させて、そのうえであたしが救ってあげるんだ! あたしを救ってくれた、サヤ様を! 今度は私が!! それで、それでっ! あははっ!」


全身で喜びを体現することね。

彼女は踊るような動作をしながら、欄干へと近付いていく。

ピアノを引くような仕草で、軽やかに石造りのそれに指で触れながら。

あかりが落ちた、黒い川を見下ろす。


「……恨むなら、自分の弱さを恨むんだね」


そのときのことねの表情は、口元はそのままだったが、目は打って変わって冷たいものになっていた。


「っと! こんなところで道草食ってる場合じゃないわ! 早くサヤ様に伝えに行かないと♪」


かと思えば、次には元通りになっており。

前髪を手ぐしで整えてから、ことねは空に飛び立つのだった。





「マゴちゃん!? いつの間に帰ってきてたの!?」


部屋で勉強していたミリヤは、突然室内に現れたマゴットにひどく驚いた。

何かのサプライズなのか。

だが、それにしては様子がおかしい。

彼女は茫然自失といった状態で、小声で何かを呟いている。


「一人なの……? あかりお姉ちゃんは特区の方に帰っちゃった……?」


ひどく嫌な予感がした。

ミリヤは以前にも、彼女が似たような表情をしているのを見たことがある。

それは、焼け焦げた実家の前で、うずくまっていたときのことだ。

室内の温度が急激に下がったような錯覚を覚える。

そして、意を決して声をかけようと彼女に近付いたときだった。


「私が、お墓に行こうって言ったんです」

「え……?」

「また、私のせいなんです」

「マゴちゃん?」

「私が、あんなこと言わなければ!!」

「どういうこと……? ねえ、マゴちゃん! 何があったの……!?」


「あかりさんが、殺されてしまいました……」


その言葉を聞いた瞬間。

ひゅっと、自分の喉が鳴る音がした。


「殺された……? あかりお姉ちゃんが……?」

「日本の魔女に、襲われて……」


日本の魔女。

協会所属の魔女ということなのか。


ミリヤはわかっていた。

彼女がこういった冗談を言うような性格ではないことを。

だが、否定しないと。

それはもちろん自分が信じたくないということもあるが、何よりマゴットの精神安定のためだ。

次壊れてしまえば、彼女を立ち直らせる術はないと悟っていた。


「大丈夫だよ、マゴちゃん。あかりお姉ちゃんが死ぬはずないもん!」

「ちがうん……です……」

「きっと生きてるよ!」

「違うんです、ミリヤさん……」

「……?」

「私はあかりさんが殺される場面を見ているんです」

「そん、な……」

「目に光がなくって。体から煙が上がって。お腹にも穴が開いてしまって……」


ごくりと息を呑んだ。


「その状態で、黒い川に落とされてしまったんです……。生きているとは思えないんです……」


それでも。

ツギハギでも、どれだけ見た目が悪くても。

どうにかして、その罅を塞いでいかないと。

少しでも、希望を残してあげないと。


「私、協会の魔女さんに相談してくるよ! その魔女の名前はわかる?」

「紫峰ことねと、あかりさんは言っていました……」

「わかった! マゴちゃんはここで待ってて!」


だが、ミリヤの服が掴まれる。


「いやです! 行かないでください!」

「マゴちゃん……」


その手はひどく震えていた。


「もうこれ以上、失わせないでください」

「違うよマゴちゃん。これ以上失わないために行くんだよ。あかりお姉ちゃんも言ってたじゃない」


『私も怖い。みんな怖い。だから、立ち向かうの。みんなで立ち向かうの。これ以上失わないために。そして、いっぱい幸せを得るために。私はまだまだマゴちゃんとやりたいことがたくさんあるんだよ』


「止まってちゃ、守るものも守れない。被害を最小限に食い止めるために行くんだよ」

「私には、あかりさんとミリヤさんが大切なんです! それ以外の存在なんて、どうなろうが構わないんです! 外に行ってしまうより、二人でここにいる方が危険はないじゃないですか!」


ミリヤはマゴットを抱きしめる。


「ミリヤさん……?」

「だめだよ、それだけは言っちゃだめだよ……」

「え……?」

「マゴちゃんから見て、この世界は何色に見えてる?」

「世界の色、ですか……?」

「これまで見えていた色じゃないと思う。きっと、灰色、じゃないかな」


その言葉の意図を掴めず、マゴットは眉を顰めた。


「……私ね、魔女になる前は、交通事故で脚が動かなくて、ずっと車椅子生活だったの。思い通りにならない全てが嫌で、どうして自分だけって。お父さんとお母さんに優しくできなくて。世界なんて、灰色にしか見えなかった」


呼吸が止まる。


「そのときに、言われたんだよ。『世界は何色に見えてる?』って」


ミリヤは小さく笑った。

泣きそうな、でも奥底には強さを感じる笑顔だった。


「二回目は、魔女になってから。歪みをもたらす魔女だったとしても、この力を、私が信じたい人のために使いたいって思ってから、また言われたの。そのとき初めて、世界に色が戻った気がしたんだ」


そうして、マゴットの目をまっすぐに見据える。


「だからね、マゴちゃん。二人だけの世界に閉じこもったら、確かに何も失わないかもしれない。でも、それじゃあ、世界は二度と色付かない。元の色を取り戻すことはないの。それどころか、どんどん濁って、腐っていっちゃう。真っ黒になっていっちゃう」

「でも、でも……」

「そんなマゴちゃんの姿、私は見たくないよ……」


彼女はミリヤの真っ直ぐな視線を受け止めることができず、逸らしてしまう。


「もう、無理ですよ……。無理なんですよ……」

「無理じゃないよ」

「じゃあ、どうしろって言うんですか!」


「────信じよう、あかりお姉ちゃんが生きてるって」


「……ミリヤさんは見ていないから、そんなことが言えるんですよ……」

「それでも、信じるの」


ミリヤの声は震えていた。

けれど、その瞳だけは揺るがない。


「だって、信じなかったら、そこで全部終わっちゃうから。あかりお姉ちゃんが言ってくれた言葉も、その後にマゴちゃんが立ち直った意味も、全部」


マゴットの唇が震える。

でも、その先の言葉は、どういうわけか出てこない。


「信じるって、『証拠があるから信じる』んじゃないんだよ。『信じたいから信じる』んだよ。その気持ちが、世界に色を戻してくれるの」


微笑みながら、ミリヤは立ち上がる。

その様子をただ、見上げることしかできなくて。


「────だから、私は行ってくるね」


言葉を残し、出ていってしまう。

辛うじて伸ばした手は、何も掴めない。

静寂の中、時計の針の音だけが響いていく。

床に伏しながら、声を押し殺して泣くマゴット。

その姿は、どこか祈りを捧げているようにも見えた。

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