12話
先に仕掛けたのはことねだった。
上下左右から襲いかかってくる雷撃。
その一つ一つをあかりは身を捩って躱しながら接近していく。
「(大丈夫、よく見れば避けられないほどじゃない……!)」
魔女相手の実戦は初めてだ。
だが、ミリヤの町で赤い怪物と戦ったときの経験がいきている。
経験が自信となって、さらなる力を与えてくれる。
「へえ、少しはやるじゃん」
徐々に迫ってくるあかりに対し、余裕の表情を浮かべていることね。
彼女が目を細めると、雷撃の勢いがさらに増していく。
直撃した場所からは銃声にも匹敵するほどの破裂音が発生し、鼓膜はおろか体の芯にまで鈍く響き渡る。
一つでも体に当たれば、致命傷になることは考えるまでもない。
だから、全意識をつま先に至るまで集中させる。
「(いける……!)」
縫うように、あるいは掻い潜るようにして進んでいく。
そして、ついに。
ことねの眼前へと迫る。
蛇行する雷撃を跳ねて躱し、あかりは剣を大きく振りかぶった。
「(とった!)」
そして、重力を利用しながら振り下ろす。
だが。
────あかりの腹部にことねの足が沈んだ。
気が付けば、目の前には青空が広がっていた。
自分は蹴り飛ばされたのだと気付いたときには、背中が地面に叩きつけられる。
「褒められたからっていい気になってんじゃねえよ、雑魚。評価したのは、あくまであたしの予想よりかはってだけ。お前ごときがあたしに勝てるはずないだろうが」
呼吸が、上手くできない。
「接近すれば勝てると思った? 甘い甘い。こちとら日常的に魔女と殺し合ってんの。対策済みに決まってるじゃん」
でも、立ち上がらないと。
マゴちゃんを、守らないと。
「ねえ、浜野田あかり。お前、誰かを殺したことないでしょ」
「そんなの、ない方が良いに決まってる……!」
肘を突いて、立ち上がろうとする。
手放さなかった剣をもう一度握り締めて。
そのとき、しゃがみ込んだことねがあかりの髪を掴む。
そして、無理矢理に顔を上へ向けさせた。
「うん、そうだ。そうだよ、そんなのない方が良いに決まってる。でもね、それじゃいくら魔法を使えるようになったとしても、あたしには勝てないよ」
心底楽しそうに言葉を吐きかけてきた。
「何度でも言ってあげる。お前とあたしの決定的な違い、決定的な差を。────それは、『覚悟』」
覚悟。
「そんなの、私にだって、ある……!」
「いーや、ないね。だってお前、『あたしを殺すイメージ』ができてないでしょ?」
「……?」
「単に命を奪うっていう話じゃないわよ? 相手の主義主張、誇り、信念。そういったこれまでに積み上げてきたもの全てを引っくるめた、『存在そのもの』を否定することができるのかっていう話」
髪を掴む手が離され、あかりの顔が地に落ちる。
解放されたのか。
いや、そんなわけがない。
こいつはこれで終えるようなやつじゃ。
────案の定、あかりはそのことを己の身を持って、実感することになる。
背部へと走る衝撃と共に、重く鈍い痛みが襲ってくる。
ことねの足が、杭を打つように、勢いよく振り下ろされたのだった。
さらに、体重をかけながら、乱雑に動かして。
「こうやって踏みにじる覚悟がねえだろ! お前には!! なぁ!?」
ごりと背骨が悲鳴をあげた。
逃げようにも、体の芯を固定され、身動きが取れない。
それどころか、体を動かす度に、さらに痛みが走る。
「ぐぁ……ああっ……!」
ことねの気が済むのを待っている余裕はない。
そう考えたあかりは、手当たり次第に剣を振り回す。
魔法を使うことはできなかった。
ただでさえ、行使するのには集中する必要があるのだ。
「あははっ! なにそれ、抵抗のつもり? 無駄無駄。何もかも無駄。お前のやってきたことは、何一つ実を結ばない!」
「ああぁぁぁああああっ!」
「やめてください!!」
そう叫んだのはマゴットだった。
ことねは動きを止め、声の方へと視線だけを向ける。
凍てつくような目の鋭さに、彼女は一瞬怯んでしまいそうになる。
だが、それに負けず、手に持っているものを掲げた。
「あかりさんを、離してください……!」
それは、水晶玉のような透明な球体。
その中には散りばめられた砂のような物質が煌々と光り輝いていた。
「……もしかして、脅してるつもり?」
ことねの低く冷たい問いかけに、マゴットの喉がごくりと音を立てた。
これは賭けだった。
ことねにこれ以上の攻撃を躊躇させるための。
彼女が持っているのは、ことねに一撃を与えられるようなものではない。
割れた瞬間、中に含まれた魔力を帯びた塵が包んだ者を、あらかじめ魔力を込めたもう一つの球体の場所へと転移させる魔道具。
そして、もう一つの場所は、学院の寮。
彼女とミリヤが生活を送っている場所だ。
つまり、これを割ることで、一瞬でそこまで逃げることができる。
強力かつ、希少さゆえに非常に高価。
そして何より、焼け落ちたハルトローベ家で彼女が発見した、家族の形見とも言える、二つしかない魔道具でもある。
だが、もう大切な者を失わないため、彼女は片方を安全な場所に置き、もう片方を普段から持つことにしたのだ。
「いいよ、やってみればいいじゃない」
「……!」
「おら、やれよ」
より一層、あかりを踏みつける足に力を入れることね。
あかりはさらに痛みに悶える声を上げた。
「……この魔道具の効果を知っていれば、そんなことは言えないはずです」
「あ?」
「あなたはこの魔道具のことを知らないんじゃないですか?」
「知らねえよ。あたしはそれがどんなものであろうと、脅しにはなんねーつってんの。理解できる?」
「その慢心が、自分の首を締めることになりますよ」
予想通り、彼女はこの魔道具の効果を知らないようだった。
それは、苛立った彼女が今、こちらに歩みを進めてくることからも判断できる。
効果を知っていれば、あかりから離れないはずだからだ。
行き先が安全な場所であれば、逃さないために。
行き先が危険な場所であれば、使わせないために。
自分だけに害を及ぼすものだと思い込んでいるからこそ、彼女はあかりの元を離れたのだ。
そうであれば、あかりだけを逃がすチャンスはあるとマゴットは判断する。
あのままあかりに投げていたら、ことねも転移させていた。
だから、当てるにしても二人の距離を離す必要がある。
そのために彼女はことねを煽ったのだ。
この魔道具のことは、あかりには話していない。
話せばきっと、自分のために使えと言うだろうから。
もちろんマゴットとあかりの二人が有効範囲にいられれば最善だが、この状況では難しい。
ならば、せめて彼女だけでも。
「本当に慢心しているのはどっちか、いやというほど教えてやるよ。彼我の実力差も知らないで、今もこいつを助けられると思っているお前に」
手の汗で滑りそうになる球体を抱え、浅く息を吐く。
一瞬。
チャンスはおそらく一瞬だ。
それを見逃さぬよう、マゴットは今も震える目を必死にことねに向ける。
だが。
「────こうやってな」
ことねが指を鳴らすと、彼女の背後に幾重にも束ねられた雷撃が降り注ぐ。
空を引き裂くような雷鳴は、もはや音の次元を超えており、マゴットの意識を強く揺さぶった。
立ち眩みのような錯覚を覚えると同時に、血の気が引いていくのを感じる。
彼女が狙った先。
その先を悟り。
「あかり、さん……?」
雷撃が収まった後、あかりの体はうつ伏せのまま、ぴくりとも動かない。
うめき声の一つも上げていない。
服の所々は焼け落ち、そこから覗く皮膚には黒い斑点が散っている。
全ての時間が止まったような中で。
かすかに立ち上る煙だけが、残酷に時間の流れを告げていた。
どくんと、心臓が跳ねる。
「嘘、ですよね……?」
嘘だ。
「くだらない挑発に乗るとでも思った? 実力差っていうのはこういうこと。こっちは狡猾な魔女なんて、腐る程見てきてるのよ」
愉快そうにステップを踏みながら、ことねはマゴットの目の前に立ち塞がる。
呆然としているその手から、魔道具を取り上げた。
嘘だ。嘘だ。
「せっかくお友達が心配してくれているのに、うつ伏せのままなんて失礼でしょ。ほら、可愛い顔を見せてあげなよ、あかりちゃん?」
再びあかりに近付いたことねは、靴先で彼女を蹴飛ばした。
ごろりと転がった体。
半開きになったままの目に、すでに光はなく。
そんなわけが。
だって────。
『私は死なないよ』
『口だけなら、どうとだって……』
『死なないよ』
言ってたのに。
『お二人は、いなくならないでくださいね』
『うん、みんなで約束だよ』
『約束の、約束だからね!』
言ってたじゃ、ないですか……。
『私は大丈夫ですよ。だって、一人じゃありませんから。生きていてほしいって言ってくれる方がいますから』
『そうだよ、マゴちゃん。私がついてるからね』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
「念には念を入れておくか。こいつは東の魔女の力を受け継いでるしね」
そうして、動かないあかりの胸元を掴み上げることね。
だらりと腕は下がったまま、一つの抵抗もしない体。
それをいとも簡単に空に向かって放り投げ。
「もうやめて、ください……」
手から迸る青白い雷光。
それはやがて、槍の形を成していき。
「もう、やめて……」
────真っ逆さまに落ちるあかりめがけて投げた。
無慈悲な破裂音。
腹部に開いた風穴。
吹き飛ばされた体は橋を越え。
そのまま橋の下へと。
黒い川へと。
落ちた。




