11話
「いい加減慣れなよ、マゴちゃん。別にやましいことがあるわけじゃないんだからさ……」
会食の翌日。
ノクスヴェーレとすれ違う度、ロボットのように体の動きがぎこちなくなるマゴットを見て、あかりは呆れていた。
「怪しい動きを繰り返してたら疑われちゃうよ?」
「そそそそそうなんですけど。じじじじ自分の行動すべてがかかかか監視されているようなきききき気がして……」
「まあ、気持ちはわからんでもないけど」
町中で警察官に会うと緊張してしまうのと同じだろう。
権力の象徴としての存在が近くにいることで、脳はその相手を自分に直接影響を与えうる強い存在として扱い、刺激しないように行動を細かく調整しようとする。
その結果、無意識の自己チェックが過剰に働き、まるで自分の一挙手一投足が見られているかのような錯覚に陥ってしまうのだ。
2人は影の国の中心部を散歩していた。
だが、これはあかりの本意ではない。
むしろ、こうしていることに後ろめたさを感じている。
ほかのみんなは忙しいのに、自分だけこんなサボっているような。
それが、足取りを少しだけ重くする。
当然、手伝いをしたいと申し出た。
申し出たが。
サヤたちからは、影の国の手伝いをしてあげてほしいと。
リューベルクからは、しっかり休むことが手伝いだと言われてしまっている。
とはいえ、ゲーム機の一つもないこの場所で、日がな一日部屋でぼーっとしているのも退屈。
そこで、惰眠を貪っていたマゴットを叩き起こし、こうして見回りがてらに歩いているというわけだ。
ミリヤは、学院にいない間に溜まった大量の課題を片付けるため、今も机に向かっている。
「だいぶ数は多くなったよね」
リューベルクの復帰後、ノクスヴェーレの体制はさらに厳戒に。
国中で不審がないか、隅々に渡って目を光らせている。
「あのあの、あかりさん」
「ん?」
「これから行くところって、どこか決まってたりしますか?」
「特には決まってないよ。でも、みんなと同じ場所を見てもしょうがないし、ちょっと遠くまで行ってみようかなって思ってるけど」
マゴットは遠慮がちにあかりを見上げる。
「もしあかりさんがよければなんですけど、ちょっと行きたい場所があって……」
「付き合ってくださってありがとうございます」
マゴットは胸の前で組んでいた手を解き、あかりにお礼を言う。
2人が訪れていたのは、郊外にある共同の墓地。
ここまではノクスヴェーレも来ていないようだった。
「ううん、全然いいよ。むしろ、私も来たいなって思ってたし」
隣接した4つの墓に目を向けながら、返答する。
それぞれの前には、置かれて間もないと思われる花が添えられていた。
マゴットが置いたものではない。
おそらくは。
「(バルロットさんが来たんだろうな……)」
当然そのことにはマゴットも気付いているだろう。
だが、彼女がそのことについて言及することはなかった。
だから、あかりも口には出すことはしない。
「来ることができて、良かったです。本当に……」
呟いた横顔は、雲一つ無いこの青空のように晴れやかだ。
その表情を見た瞬間、胸の奥に残っていた『みんな働いているのに自分だけ休んでいる』という後ろめたさが、すっと溶けていく。
彼女が家族の死と向き合ったうえで、前に進むことができて本当に良かった。
あかりは心の底からそう思っていた。
そこで、墓の一つに一羽の小鳥がとまっていることに気が付いた。
「そっか。影の国が地上に出たから、動物たちも来れるようになったんだ」
「えへへ、かわいいです」
「ほら、ずっとこっち見てるよ。何か伝えたいのかもね」
「なんですか~? ほ~ら、ちゅんちゅん♪」
「もしかしたら、家族の中の誰かの生まれ変わりだったりして」
「だとしたら、心配してくれているんでしょうか」
「きっとそうだよ。だって、全然逃げないもん」
2人が近付いても、全く逃げる素振りはない。
マゴットは屈んで、目線を合わせる。
「私は大丈夫ですよ。だって、一人じゃありませんから。生きていてほしいって言ってくれる方がいますから」
「そうだよ、マゴちゃん。私がついてるからね」
「はい! ……そういうわけなので、他のみんなにも心配しないでって伝えてくれますか?」
彼女が言い終わると、小鳥は飛び立つ。
高く。
空高くへ。
本当に、彼女の思いを誰かへ伝えるように。
────その姿が見えなくなるまで、2人は見送った。
「なんか美味しいものでも買って帰ろっか」
帰路の途中、あかりはマゴットに提案した。
「そうですね! ミリヤさんが勉強を頑張っているご褒美に、とびっきりのお昼ご飯を買いましょう!」
彼女が午後も勉強に集中ができるよう、好きなものを買っていこうか。
見れば、ちょうど橋に差し掛かったところだった。
ここは、かつてミリヤが教団の魔女に連れ去られた場所。
『もう、生きているのが、辛いんだよ……』
本当によくあの状態から立ち直ってくれた。
それはもちろん隣にいるマゴットも。
よく、こうしてもう一度、集まってくれた。
そんなことを考えていたときだった。
「やっとだ」
聞き覚えのある声が背後に舞い降りた。
続いて、こつと石造りの橋に響く靴の音。
「やっとこの時が来た」
あかりは振り返り、息を止めた。
自分の目を疑う。
どうして、こいつがここにいる。
「────気に入らないお前のことをぶち殺せるこの時が」
ゴスロリファッションに身を包んだ紫髪の女。
「紫峰、ことね……!?」
「私のことを追って、一人ではるばるここまで来たってわけ? 好きすぎでしょ、私のこと」
まずい。
「いや、あたし一人だけじゃないよ」
「……どういう意味?」
「その足りない頭で考えてみれば? これから死ぬまでの短い時間で、だけど」
まずいまずい。
「えっと。あかりさんの、お知り合いですか……?」
まずいまずいまずい。
「マゴちゃん、ノルン・チケットは何枚持ってる?」
「え……?」
周囲には自分たち以外誰もいない。
郊外まで来たことが仇になった。
いや、こいつはどうして自分がこの場所にいるということがわかった?
後をつけられていた?
何の気配も感じなかったが……。
「いや、隣のお友達がしていたみたいに、祈る時間くらいは与えてやってもいいかな。調子に乗っていたやつがこれまでのことを後悔して、何かに縋り付く惨めな姿は滑稽だもんね!」
お友達がしていたみたいに……?
あかりは一瞬、ことねが何を言っているのかわからなかった。
だが、胸の奥がざわりと逆立つ。
さっきの小鳥が──脳裏をかすめた。
『そっか。影の国が地上に出たから、動物たちも来れるようになったんだ』
『えへへ、かわいいです』
『ほら、ずっとこっち見てるよ。何か伝えたいのかもね』
「(視覚共有────あの鳥か……!)」
「1枚もないです、あかりさん……」
「じゃあ逃げて。全力で逃げて」
「あかりさんは、どうするんですか……?」
瞬間。
バチリとマゴットの足元に、ことねの放った魔力が穿たれる。
「おいおい、悠長にお話する時間は与えてねえぞ?」
「いいから逃げて!!」
叫ぶと同時に、あかりは手に時計の針の形を成す剣を出現させた。
それを見たことねの体から、青白い魔力が迸り始める。
そして、低く呟いた。
「……忌々しい剣だ」
ことねは過去にあやめを病院送りにしている。
そんな相手に果たして自分は勝てるのか。
────あかりは剣を強く握りしめた。




