10話
────会食も終わりに差し掛かってきた頃────
「ほら、もっと飲むっすよ~~!」
「なんだ~~? 私の注いだ酒が飲めないのだ~~~?」
目を向ければ、ころもとはるなが2人集まって誰かに飲酒を強要している様子。
2人が仲良くしているのはよろしいことだが、やっているのは立派なアルハラだ。
あかりは未成年で飲酒ができないため実感は湧かないが、酒が苦手な者にとってはひどく辛いものだと聞いたことがある。
止めようと間に入ると、そこには。
「なんであやめの写真が……」
机の上に置かれたフォトフレームの中には、あやめの写真が入っていた。
そして、その前にはなみなみと酒が注がれたコップが置かれている。
「あやめは今回リモート参加なんすよ!」
「何言ってんの……。というか、なんで白黒……」
「遺影みたいっすよね! あはは!」
悪ふざけがすぎるだろ。
「いえ~い!」
「はるな様、酔い過ぎですよ……。そろそろお控えください……」
醜態を見かねた彼女の部下が声を掛ける。
はるなのクッソつまらないギャグに鳥肌が立った腕をあかりはさすった。
酔うとこんなキャラなのか……。
「お姉ちゃん、この写真の人は……?」
「朝狩あやめ。今の東の魔女だよ……」
「え、えぇ……? どうしてこんなことになっているの……?」
「うん、まぁ。いろいろあってね……」
「深くは聞かないでおいた方がよさそうだね……」
「私たちの酒を飲めない悪いあやめは~~~これをくらえっす!」
掛け声とともに、写真に向けて尻を向けるころも。
一瞬の静寂。
ま、まさか……。
ぷぅ~~~~~↑↑↑
「今のは『シ』の音っす! できたての死をお届けっす!」
「デス◯ーバーイーツさん!?」
「こっちも負けてはいられないのだ!」
そう言って、尻を向けながら服を脱ぎだそうとするはるな。
それを全力で止める彼女の部下たち。
「離すのだ! これは司法部門の威信に関わるのだ!」
「離した方が威信に関わりますよ!」
「おやめくださいはるな様!」
あっちもあっちで大変だな……。
「ええ~~い! こうなりゃやむを得ないのだ!!」
まさかのまさか。
はるなは、部下に担ぎ上げられたまま……。
「滅びよ……」
────────【自主規制】────────
「ふぃ~~~、食べた食べた。食べまくりました!」
大の字で仰向けにベッドへ倒れ込むマゴット。
彼女の腹は食べ漁った料理で大きく膨れ上がっていた。
「協会の魔女って賑やかだね……」
「うぅ……失望しないでミリヤちゃん……」
会食後、あかりは2人を学院まで送り届けたのだった。
ミリヤが戻ってきたことから、あかりはバームガルトに頼み込み、二人部屋へとミリヤとマゴットの生活の場所を移してもらった。
彼女たちは、ひとまずここで暮らすことになる。
対してあかりは、特区に設けられた宿泊施設で視察団と共に。
「……でも、なんだかこの先に何があっても乗り越えられそうな、そんな気がするよ」
あかりとミリヤはもう一つのベッドに腰をかけている。
「そっか。なら、よかった」
「リューベルクさんも戻ってきてくれたもんね」
窓から差し込む月明かりに照らされるミリヤの横顔は、不思議と笑顔だった。
それを見たあかりの表情も柔らかくなり、ふっと目を細めた。
確かにそうだ。
当初は飲み込まれているだけしかできなかったこの混乱だが。
心強い仲間たちが徐々に集まってきている。
依然として、先は見えず、手探りの状態は変わらないが。
みんなの力を合わせればきっと。
「セトさんももったいないことしましたよね~。私たちと一緒にいれば、こんなに美味しい思いができたというのに!」
「でも、セトの紹介をみんなにするにしても、説明が難しいなあ」
「こんな状況だし、危ない目に遭っていないといいんだけど……」
「大丈夫でしょ、あいつは自由に姿を消せるんだし。というか、もうとっくに日本へ戻ってたりして」
「そもそも、セトさんの魔術ってどんなものなの?」
そこで、あかりは腕を組んで、思い出してみる。
「ん~、なんだろ。よくは知らないけど、いろんな物に姿を変えたりもしてたな」
「へ~」
「車になって、私たちを乗せてくれたりしましたよね!」
「あったあった。完全自動運転のやつね。懐かしいな~」
「なにそれ羨ましい! 見た目を変える魔術なんだね!」
「ほんと便利なこと、この上ないよね」
「じゃあもしかしたら、────誰かに姿を変えて、今日の会食も楽しんでいたりして!」
何気ないミリヤの冗談だった。
談笑の中でこぼれた一言。
そうかもしれないねと、返すはずだった。
そうして、笑い合うはずだった。
それなのに、どういうわけか喉奥に張り付いたまま、出てこない。
「……お姉ちゃん?」
反応しないあかりに対し、ミリヤが声をかけてくる。
マゴットも体を起こしてこちらを見てきた。
違和感?
いや、違う。
これは何かパズルのピースがはまったときのような。
窓は開いていないはずなのに、ひどく冷気を感じる。
自分は何に気が付いた。
何を恐れている。
「どうしたの……?」
ミリヤがあかりの顔を心配そうに覗き込んできた。
彼女が動いたことで、ぎしとベッドが軋む音がした。
「────ううん、なんでもないよ」
あかりは嘘をついた。
言葉にすれば、繋がってしまいそうな気がしたから。
「……なんか、私も疲れが溜まっているみたい。今日は早く寝よっかな~」
「本当に大丈夫ですか、あかりさん?」
「大丈夫大丈夫! 2人もあんまり夜ふかししちゃだめだよ?」
「うん、もう寝ようと思ってるけど……」
見せかけの笑顔を貼り付け。
この感情を悟られないように。
「じゃ、おやすみ! またね!」
足早に去っていくあかりがドアを閉じる。
しんと静まり返った室内で、2人は目をパチクリとさせながら、無言で顔を見合わせた。
「行いは、廻り廻って自分に返ってくるとよく言うでしょ?」
女は寒空に浮かぶ月を見上げながら問いかけた。
白い吐息が、立ち上っていく。
「誰かに手を差し伸べたのなら、いつか手を差し伸べられるし。誰かを傷付けたのなら、いつか同じように傷付けられる。それは、こうして見上げればそこに月があるように。吐いた息が空へと昇っていくように自然で当然なことだって」
女の後ろには、総勢100人ほどの魔女が立ち並んでいた。
「だからこそ、悪い行いは慎み、善い行いを積んでいくべきだと」
因果応報。
誰もが一度は耳にしたことのあるその言葉を指しているのだと、その場にいる全員が思っていた。
「これは『した側』に限った話。なら、『された側』には何が廻ってくるのか。幸せが与えられたなら、さらなる幸せが? 不幸が与えられたなら、さらなる不幸が? いいえ、そのどちらでもない。答えは『何も廻って来ない』。奪われ、欺かれ、凌辱されたところで、待っているだけでは、何も。その先に未来はない。抜け出したいなら、『した側』になる必要がある」
女は白を基調とした軍服を纏っていた。
「でもね、この言葉を最初に広めたのは、きっと『された側』なんじゃないかって私は思うの。だって、『した側』がそんなことを思う? 何度でも、成功するまで続けられる強さを持つ者が。こんな話を聞いたところで、素直に納得して辞められる?」
彼女が髪留めを外すと、夜風がプラチナブロンドの長髪を靡かせる。
その様子はまるで、掲げられた旗がたなびいているかのようで。
「傷付いても、痛みを知っても、誰も助けてくれない。そんな絶望的な状況を味わった弱者だからこそ、こんな悲劇が誰にも起きないように願って、広めたんだと思う。なら、同じように絶望を味わった私たちはせめて、その願いを尊重しないと。そうでしょ? だから、教えてあげるの。魔術などという再現性のない非科学的なものを引っ提げて、上位存在の面をしているやつらに」
やがて、風は止み。
動きがなくなった髪の毛。
その一本一本の全てがまっすぐに背中へとかかったとき。
色の異なっていた部分が、一つの紋章となって浮かび上がる。
「────自分たちがいつでも『奪われる側』に廻り得るのだということを」




