8話
「ここがあかりさんの次なるハウスですね……!」
夕暮れ時、マゴットはざりと地面を踏みしめ、力強い眼差しでとある場所を見上げていた。
視線の先にあるのは、協会の視察団の宿泊施設。
すでに城の魔女たちが料理を配達し終え、そろそろ会食が始まるかどうかといったところ。
「マゴちゃん、やっぱりやめとこうよぉ……。見つかったら怒られちゃうってぇ……」
後ろにいるのは、敷地内への侵入がバレないか怯えているミリヤだった。
ひどく内股になりながら、キョロキョロと周囲を見回している。
「何を言っているんですかミリヤさん! 今夜は3人でマゴちゃん立ち直り記念パーティーのはずだったのに、それを断って自分だけこ~んな美味しい思いをしようとしていたなんて。そんなの許せませんよ!」
「でも、日本の魔女たちの集まりなんでしょ……? だったら、あかりお姉ちゃんが参加しないわけにはいかないし。私たちが行ったら、邪魔になっちゃうし……」
「だからこその、このコスチュームなんですよ!」
マゴットは誇らしげに胸を張る。
彼女の服装は、レプシュネル家に潜入した時の忍者コスプレセット。
濃紺色が全身を包みこんでいる。
「そもそもこの服装って何……?」
ミリヤは自分の体を見回す。
彼女もまた、忍者コスプレセットを着用していた。
マゴットのものとは色違いで、深緑色だ。
「忍者ですよ! 忍者! ジャパニーズニンジャ!」
「にんじゃ……?」
「昔の日本で潜入とかを仕事にしていた者たちです!」
「潜入……? これで?」
ミリヤは怪訝な表情で、背中に目をやる。
そこには。
────堂々と書かれた「NINJA★MASTER」という派手なロゴが。
「いやいやいや! そしたら、絶対いらないよこれ!」
彼女の翼でも覆い隠すことができないほどのサイズだ。
「ばっちり似合っていますよ、ミリヤさん!」
「というか、なんか光ってるんですけど?!」
そして、蛍光色で描かれたそれは、日中の光をたっぷりと吸収し、今も光を放っている。
存在感を盛大にアピールしていた。
「影の国ではそれしか売っていなかったんです! 仕方がなかったってやつです!」
「じゃあ、マゴちゃんにこっちをあげるよ!」
脱ぎだそうとするミリヤ。
その手が、マゴットによって強引に抑えられる。
「いいえ、私たちは与えられたカードで頑張るしかないんです! ミリヤさんは光を背負いし者なんです!」
「背負ってるよ! 今まさに!」
「ああ、眩しい……!」
「そりゃこんな光ってればね!」
「闇に潜みながらも、光を持つ……! その在り方が、私たちの心を揺さぶるんです!」
「てきとうなこと、い! わ! な! い! で!」
両者譲らず、必死の攻防。
言葉の節々で自分の服に手をかけようとするが全て的確に阻止してくるマゴット。
配達で鍛えられているのか、その力は結構なものだった。
やがて、ミリヤの方が力尽きた。
「はぁっ……はぁっ……! 私なんでこんなことしてるんだろ……」
「そりゃあもちろん、あそこに潜入して料理を拝借するためです! このミッションを達成すれば、きっと私たちの絆は今以上に深まります!」
「うぅ、絶対いけないことなのに……」
マゴットは、腰に刺した鈎縄を取り出す。
「さあミリヤさん。ここからが本番です。まずは────」
彼女は縄を振りかぶり、宿泊施設の壁に向けて投げた。
その軌道は美しい弧を描き、2階の窓枠にカチッと完璧に引っかかった。
ミリヤは目を丸くする。
「えっ……一発で……?」
「鈎縄は……私の唯一の得意分野なんです!」
「唯一って言っちゃった……」
ミリヤの最後の呟きが聞こえているのかいないのか。
そちらには反応せず、縄を何度か引っ張って外れないことを確認する。
そして。
「待っていてください……! 私の美味しい料理ちゃんたち……!」
そう言い放ち、飛びつくマゴットだったが。
ギギギギギ……ッ!!
彼女の体重で窓枠の金属が盛大に軋んだ。
ミリヤは青ざめ、震える声で言う。
「ねえマゴちゃん!? なんかすごい音してるよ!?」
「耐え忍ぶのが忍者なんです!」
「それって、自分の精神的な問題じゃない!? 窓枠の方はどうしようも無いんじゃない!??」
「さあミリヤさんも!」
「もう、どうにでもなれぇ……」
見た通りに縄を窓枠に向けて投げるミリヤ。
意外にも彼女も一発で引っかかる。
「ミリヤさん……!」
「え?」
「やはりあなたには『NINJA★MASTER』を背負うにふさわしい才能が……!」
「やめてよ! 失敗しておくべきだったよ!」
「ダークホース登場で私の地位が危うい! 負けていられません! うおお~!!」
蒸気機関のように大量の鼻息を出しながら、全力で登っていくマゴット。
そして、ついに彼女は窓へと到達してしまう。
ガクガクと手足を震わせながらも、その顔は達成感に満ちあふれていた。
そして同時に、やってみろとミリヤに挑戦を促しているようにも見えた。
「明日は筋肉痛確定だよ……」
そう言いながら、ゆっくりではあるが着実に登っていくミリヤ。
体に蓄積していく疲労感。
段々と握力がなくなっていくのを感じ、ちょうど限界を感じ始めた頃。
「はぁ……ようやく辿り着いた……」
なんとかマゴットと同じ位置。
すなわち、2階の窓まで辿り着いたミリヤ。
全身で一つ、深呼吸をする。
周囲はすっかり暗くなっていた。
そしてやはり、気になるのは背中。
恐る恐る目を向けてみると。
────灯台のように眩い光を放つ、ロゴが。
通常ではありえないほどの光量。
魔術的な何かが作用していることは明らかだった。
「もう、一体なんなのぉ……」
「よくぞ辿り着きました! それでこそ立派な『NINJA★────」
「もういいから! わかったから!」
こちらに印を結ぶポーズを見せながら声を掛けてきたマゴットを遮った。
「ほら、見てください。天上のお月様もミリヤさんの忍者としての一歩を称えていますよ!」
「今すぐその一歩を全力で引き返したいところだよ……」
「たたえて……、たた……え……」
「……マゴちゃん?」
突然歯切れの悪くなったマゴットに違和感を覚えたミリヤ。
彼女の方を向くと、魚のように口をパクパクとさせながら空を見上げていた。
しかし、こちらを照らしているはずの月光は彼女には暗く影を落としている。
眉を顰めながら彼女の視線の先を辿る。
そこには────。
「はるな様、怪しげな侵入者を二人捕らえました」
料理が並んでいる1階の広間。
会食を始めようとちょうど全員が集まったときだった。
「怪しげな侵入者?」
疑問の声をあげるはるな。
口元を黒いマフラーで覆った魔女が連れてきたのは。
「ごめんなさい~~! ごめんなさい~~~!!」
「あなたが現代に生ける忍者なんですね!? あのしなやかな身のこなし、やっぱりそうなんですよね!?」
耳を傾けていたあかりは目を見開いた。
「マゴちゃん!? それにミリヤちゃんも!?」
だが、彼女らに駆け寄っていくにつれ、顔がひきつっていく。
「……その格好は? なんかすっごい既視感があるんだけど……」
「忍者です! ニンニン!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「あかりお姉ちゃ~~ん!! ごめんね~! マゴちゃんを止められなかった~~~~!!」
ああ、事情はなんとなく察したとあかりは苦笑いをする。
「壁を伝って2階の窓からの侵入を試みていたようです」
「……なんだか、こっちの桃色の髪の方はどこかで見た顔のような気がするのだ」
「どどど、ドキィッ!?」
なんだなんだと徐々にみんなが集まってくる。
そして。
「あーっ! マゴット・ハルトローベじゃないっすかー!!」
「あらあら、マゴちゃんじゃないの。こんなところでも会うなんてね?」
「橙山ころもと白崎まりー!?!?」
「マゴット・ハルトローベ。協会の地下から二度も脱走した魔女ですか……」
サヤはマゴットの顔をじっと見つめながら呟いた。
「よくやったのだ、かなで。特区に収容される記念すべき最初のお客様なのだ。……もう一人の方は適当に追い返しておくのだ」
「ほっ」
「いやーーー!!」
「みんな、ちょっと待って!」
二人を庇うかたちで、あかりは前に出る。
「この二人は、私がこっちに飛ばされてからずっと仲良くしてきたの! 特にマゴちゃんは、場所を知らない私のことを影の国まで連れてきてくれた!」
「あ、あかりさん……もしや、私のことを……」
うるうるの目であかりを見上げるマゴット。
「だからといって、日本での悪行が消えるわけではないのだ」
「……まあ、それもそうなんですけど」
「な゛っ゛と゛く゛し゛な゛い゛て゛~~~!!!」
「それもそうなんですけど!」
マゴットの叫びをかき消すようにあかりも声を張り上げ。
そして、切り替えるように咳払いを一つ。
「……でも、彼女は意図して誰かを傷付けようとするような魔女じゃありません。むしろ、傷付いている相手にちゃんと手を差し伸べられる子です。それは、これまで一緒に行動してきてわかっています。大切な私の恩人なんです」
「そうやって庇わせるためにあかりを助けたのだとしたら、どうするのだ?」
「マゴちゃんはそこまで頭がよくありません!」
「あ゛か゛り゛さ゛~~~ん゛!!!」
「うっさい! マゴちゃんは黙ってて!」
「ひゃうん!?」
「……それに、彼女の家族は影の国での一連の事件に深く関わっているシュトラープケに襲撃された。黒幕の目的を知るうえで、重要な手がかりとなるかもしれません。北の魔女の反感を買わないためにも、彼女の身柄の拘束は避けるべきだと思います」
だから、と。
あかりは言葉を続ける。
「せめて、この事件が収束するまでは彼女の処遇を待ってもらえませんか? どうかお願いします」
「私からもお願いします」
隣でミリヤも同じように頭を下げる。
はるなはじっとその様子を見ていたが。
やがて、深くためいきをついて。
「……なら、それまで逃げ出さないように責任もってあかりが見張っておくのだ」
その言葉に胸を撫で下ろすあかり、マゴット、ミリヤ。
すると、段々と頭をもたげ始めてくる体の信号。
それに抗う術はなく、2人が恥ずかしそうに顔を紅潮させていく様子を見て。
あかりはもう一つお願いをすることを決心する。
「はい! だから、その、近くで見張るためにも……」
「……?」
くうと3人のお腹が同時に鳴った。
「────2人もこの食事会に参加させてあげたりって、できないですかね……?」




