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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 4章 
106/128

5話

全員が言葉を失った。

初代北の魔女。

現在の北の方針を築き、この国の支柱となっている魔導書と教典を作り出したという。

その存在が、現在も生きている。


「信じられないよね。でも、当然だと思う。それで、教団の中で仲間割れをしたんだって。もっとも、シュトラープケ1人と他全員だったっていう話らしいけど」

「それで、そのシュトラープケが教団をあんな、大穴が空いている状態に……?」

「彼女の目的は不明。教団本部を消滅させた後、どこに行ったのかも。でも、教団を地上に浮上させたのも、囚われている教団長をそこに連れてきたのも。影の国から他の誰も出てこれないように閉じ込めたのも自分だって主張した。なら、一連の事件に関与していることは明白。だから、彼女の捜索を主眼に置くべきだと思うよ」


言い終えると、ルクラットはミリヤの肩に手を置いた。


「ね、仲直りできるって言ったでしょ?」

「ルクラットさん……」

「だから、大丈夫だよ。ミリヤちゃんの居場所はここにある。困ったら頼れば、みんな力を貸してくれる」


そう言って、笑顔のまま彼女に自分の顔を寄せる。

額をミリヤの額に当てながら。


「大事なのは、自分の気持ち。ミリヤちゃんの人生は、ミリヤちゃんのものなんだから」

「自分の気持ち」

「そうだよ。それをこの先もどうか忘れないでほしいな」


そうして、額を離すと、今度はあかりに微笑みかける。


「あかりちゃんも元気でね。色々と落ち着いたら、二人で顔を見せに来てくれると嬉しいな。マーガレットたちも喜ぶと思うからさ」

「ルクラットさんは、これからどうするんですか……?」

「うん? 家に帰るよ?」

「家に帰った後は……?」

「……残念だけど、私たちが協力するのは難しいんじゃないかな」


あかりの真意を見抜いたルクラット。

なおも、笑顔を崩さぬまま。


「今の北の魔女はオーガルフェルデン。私たちが関わると差し障りがあるんだよ。過去の北の魔女の系譜である私たちだと」

「……」

「これがお互いのためなんだ。まあ、脱出するときに教団の魔女を殺したことは事実だし、これから裁くというなら、受け入れるつもりだよ」


ちらとルクラットはハルバドルに目をやる。


「この状況下ですることがどんなことに繋がるか。それがわからないほど愚かじゃないと思いたいけどね」

「わかっている。あなたたちが大人しくしている限りは、こちらからも干渉しない」

「うん。それがいいと思うよ」


身を翻すルクラットを見て、あかりの心に得も言われぬ感情が染みを広げていく。

本当にここで別れるのか。

あの山奥での生活に戻ってしまうのか。

人目を避けるような生活に。

この事態は力を合わせて乗り越えるべきではないか。

手を取り合って。

むしろ、良い機会なのではないか。

その生活を変える。


あかりがもう一度口を開きかけたそのとき。

ミリヤがすでに声をかけていた。


「さっき……。困ったら頼れば、みんな力を貸してくれるって言ってくれましたよね……?」

「言ったけど、それがどうしたの?」

「その『みんな』には、ルクラットさんも入っているんですよね……?」


その問いかけにきょとんとした表情で瞬きを繰り返すルクラット。

だが、すぐに吹き出した。


「ぷふっ、それはそうでしょ! そんな自分は含まれていないなんて、つまらない言葉遊びみたいなことはしないって!」

「じゃあ、今困ってるって言ったら、力を貸してくれるんですか……?」

「もちろん! でも……」


つま先を軸に、彼女はくるりと半回転する。

そうして、今度はこれまでに見せたことのない、いたずらっぽい笑みを浮かべて。


「────それは最終手段だよ」

「最終手段……」

「さっきはああ言ったけど、私は別にこの国を見捨てるつもりはないんだ。……色々あったけど、この国も元はお母様が守ってきたところだしね。だから、万策尽きて、どうしようもないってときには手を貸してあげるよ」

「ルクラットさん……」

「私には私の役割がある。私にしかできない役割がね。それは十分に理解しているし、果たすつもりだよ」


表情とは裏腹に、言葉に迷いはなかった。


「それこそ、命を賭して、ね」





「日光を浴びるのって、リラックス効果があるんだってさ」


手を額にかざし、眩しそうに目を細めながら太陽を見上げる。

あかりは魔術学院の敷地内から入口に向かって歩いていた。

周囲には積もった雪が光に反射して、宝石を散りばめたように煌めいている。

雪を踏みしめる音は二つ。


「今日は比較的暖かい日でよかった。散歩日和だと思わない? ねえ────マゴちゃん」


あかりが背後に向かって優しい声で話しかける。

その先にいたのはマゴットだった。

相変わらず、顔色は優れない。

なんとか、外に出てくれるまでにはなってくれたが。

ここまで一言も喋らず、俯いたままあかりの後ろをついてきた。

その足取りはおぼつかず。

風に揺れるろうそくの火のように頼りない。


それを見ながら、あかりは彼女の持ち前の立ち直りの早さを思い出していた。

だが、それをもってしても、依然としてこの状態だ。

家族が殺害されてから、彼女は自分を責め続けていた。


「とはいえ、まさかこの国で太陽の光を浴びながら、雪を見ることになるとはなぁ。本当にどうなっちゃっているんだろう」


学生たちは身の安全のため、寮にこもりっきりのままだ。


入口に辿り着いたあかりは振り返る。

すると、雪上残されていた足跡は二人のものだけだった。

まるで、この世界に二人しかいないかのようだ。


「……まぁ、実際には外に出ている魔女たちは、空を飛んでたりするからなんだろうけどさ」


そんな言葉をこぼして向き直る。

正門を通り過ぎると、目の端で人影が動くのをあかりは感じた。


「待たせちゃってごめんね、ミリヤちゃん」

「ううん、私は大丈夫だよ。あかりお姉ちゃん」


ミリヤ。

その名前にマゴットの動きが止まる。

彼女の目は濁ったように光が灯っていなかったが。

大きく見開き、確かな反応を見せた。


「ここでミリヤちゃんと待ち合わせしてたんだ」

「ミリヤ、さん……?」


絞り出されたのは、か細い糸のような声だった。


「あ、うん……。えと、久し振り……かな。マゴちゃん……」


あいさつ、と言えるのかも微妙なそれを交わした後、二人は黙り込んだ。


「壊滅した教団から、ミリヤちゃんは抜け出せたんだ。だから、お祝いにみんなでご飯を食べに行こうよ! ほら、中心部に到着したとき、食べに行ったレストランがあったでしょ、あそこ!」


気まずそうな様子を見せたままの二人。

その肩にあかりは自分の腕を回した。


「わぁ!?」

「ぁぅ」

「せっかくの再開なのに、な~に暗い顔してんの! まずはまた会えてよかった、でしょ!」





「さ! 今日は私の奢りだから好きに食べて食べて!」


机いっぱいにメニューを広げるあかり。

盛り上げようとはしているものの、二人は相変わらず気まずそうに目をそらすばかり。


三人は例のレストランに到着していた。

この状況でも休業していないことにあかりは感謝する。

学院周辺は静かだったが、店が立ち並んでいるこの地区は、意外と活気が残っていた。

そのプラスのエネルギーが少しでも二人に作用してくれたら……。


「じゃあ、俺は影の国バーガーとコーラで頼む」

「バルロットさん!?」


残った一つの椅子に座りこんだのは、バルロットだった。

突然の来客に驚くあかり。


「何だ、奢ってくれるんじゃないのか?」

「あ、いや……。まあ、言いましたけど……」


それはこの二人に対してだとは言えない圧を感じた。


「なんてな、冗談だ。安心しろ、端から俺が全員分の金を出すつもりだ」


腕を組みながら、白い歯を見せる。

だが、あかりが危惧しているのは、そこだけではない。

案の定、マゴットとミリヤは体を硬直させ、じっと机を見つめたままだった。


「……教団が潰されたんだってな」

「はい」

「だが、潰したのも教団の魔女らしいな」

「……」

「そして、それは俺の家族を殺害したシュトラープケっていう話だ」


彼女は机の上に肘を置く。


「あかり、お前はこの状況をどう見ている」

「私ですか……?」

「第三者目線での意見がほしい。俺たちの目線では、強いバイアスがかかっていると思うからな」


マゴットとバルロットは家族が殺害された当事者。

ミリヤは歪みの魔女と呼ばれた当事者。

彼女が言う第三者というのはそういった意味なのだろう。


「やっぱり、全ての事件は一つに繋がっているような気がします。その根拠ははっきりとは言えないですけど……」

「学院長殺害の裁判を見てもか」

「バルロットさんも見ていたんですか」

「ああ。なら、殺害現場に落ちていたというあの髪の毛を思い出せるか」


それは確か。


「ユースティアさんだと思っていた髪の毛の色が実は違ったというあれですよね」

「その髪色は何だった」

「赤色でした」


影の国で赤色の髪といえば、思い当たるのはハルバドルだ。

だが、彼女の赤よりも、深く落ち着いたものだった。


「正確には、赤銅色というらしい」

「……でも、その色に思い当たるところはありません」

「俺もそうだった。だがな、詳しく調べてみると、やつのものと一致したらしいぞ」

「え……?」


運ばれてきた水の入ったコップ。

側面に付着した水滴をバルロットは指で拭った。


「────シュトラープケだ」

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