4話
「久し振りだね、あかりちゃん。こっちの生活には慣れた頃かな?」
言われるがままに、影の城の会議室へと向かったあかり。
彼女を待ち受けていたのは、予想外の人物だった。
「ルクラットさん……!?」
「最初に会ったときが懐かしいね。って、あ。私があげた上着、まだ着ていてくれてるんだ。なんだかちょっと嬉しくなっちゃうな」
「本当に、ルクラットさんなんですか……?」
思わず疑ってしまった。
日本からこちらに飛ばされてきたときにお世話になった彼女。
その彼女があのときと全く同じ笑顔を浮かべながら、ここにいる。
この影の城に。
それがどうにも信じ難かった。
「うん。本当の本当に、私はルクラット。『ルクラット・アデンスフィア』だよ」
ああ、やっぱり。
やっぱりそうなのか。
彼女はかつての北の魔女の娘。
「あかりちゃんには一つ謝らないといけないことがあるんだ」
「謝らないといけないことですか……?」
一体、何を言われるのだろうか。
「私の家に泊まったあの日。実は、私は寝ているあかりちゃんから魔力を分けてもらったんだ。時の魔法は、この先きっと役に立つと思って。ごめんね」
「いやいやいや! そんな謝らないでください! むしろそのおかげで、バームガルトさんは助かったんですから!」
「本当は断ってからするべきだったんだけど」
「あの状況で説明されても、不信感を植え付けるだけだったと思いますし! むしろ、ルクラットさんになら、喜んであげます! いくらでもあげます! じゃんじゃんあげます! お好きにどうぞ! さあ!」
これでもかと両手を広げる。
いつでも受け入れる準備は万端だ。
「ふふっ、ありがとうね。でも、上着にゴミが付いちゃってるよ」
「え」
「そのまま動かないで。払ってあげるから」
そう言って、彼女はあかりの上着に付着したゴミを払い、形を整える。
なんだか、母親にされているような気分で、少しこそばゆくなった。
「うん、これでよし。じゃあ、次はあなたの番だよ。ほら」
疑問符を浮かべるあかり。
すると、ルクラットの背後からおずおずと姿を現した。
その正体を見て、あかりの目には涙が滲み始める。
「あかりお姉ちゃん……って、わ!?」
駆け寄り、ミリヤを強く抱きしめるあかり。
「よかった……! 教団が壊滅したって聞いて。二人は大丈夫なのかなってずっと心配だったから……! ずっとずっと心配だった……!」
「……ごめんなさい」
「謝る必要なんてない!」
「でも、でも……。私、お姉ちゃんにひどいこと言って……」
「そんなの私だってそうだよ……。自分の気持ちを押し付けて、ミリヤちゃんの気持ちに寄り添っていなかった。ごめんね……」
「ううん。お姉ちゃんの言っていることは正しかった。私が生きることを諦める必要なんて、何一つなかった」
「……」
「ルクラットさんのおかげで気が付いたんだ。私はもう魔女。人間じゃない。こんな力を持っているんだもん。それはそうだよね。でも、こんな人を殺せるほどの力だからこそ、誰かを助けられることにも気が付いた」
「ミリヤちゃん……」
「なら、私はこの命がある限り、私が信じたい人のためにこの力を使おうと思ったの。それが私がしたいこと。たとえ、私が歪みの魔女だったとしても、この思いは変わらない。もたらす歪みを押さえつけられるほどにこの力を使いこなせばいいだけ。だって、この力は私の力だから。他の誰でもない、私だけの力だから。どうやって使うかは私次第だから……!」
「そっか。うん、そっか……!」
「でも、私はまだまだ未熟だから、力を貸してほしいの。お姉ちゃんたちの力が必要なの。だから、お願いします。どうか、私に力を貸してください」
「当たり前じゃん! そんなの! 未熟なのは私だって!」
もう一度、強く抱きしめる。
すると、同じ強さで抱きしめ返される。
「こちらこそ、お願いしますだよ……!」
「なんと感謝を申し上げれば良いのやら……」
遅れて来たバームガルトがルクラットに頭を下げる。
感謝をしたのは、あの町で彼女の治療をしたことに対してだ。
「お礼はあかりちゃんに言ってあげて。むしろ私は非難される側だよ。あの場面であなたの意識を失わせちゃったから。でも、どうしても、他のみんなを庇いたくって」
「ということは、ルクラット様は無実の罪で教団に囚えられていたということか……」
ハルバドルは呟きながら頭を抱えた。
マーガレットたちを庇うため、ルクラットはあの町でヴァイラーヌとアリュールを殺害したのは自分だと主張した。
「でも、よくあの赤い天使を倒せましたね……」
今でも鮮明に思い出せる。
町の人間の魂を練り上げて生み出された顔のない赤い天使。
あの天使によって、バームガルトの体内からいくつもの赤い槍が体を突き破って。
赤。
視界を埋め尽くす赤。
頭の中に浮かぶだけでも、鳥肌が立ってしまう。
「所詮は魔力だからね。私の中にストックしておいたんだよ。それで、教団から脱出するときに使わせてもらったんだ」
「教団からの脱出、ですか……?」
「うん。せっかく庇ったのに、彼女たちは私のことを助けに来ちゃって。だから、一緒に脱出するときにね」
自分の手を眺めながら。
「────たくさんの教団の魔女を殺したよ」
なんでもないように言い放つ彼女を見て、あかりは息を呑んだ。
それは彼女の冷徹さ、残忍さというものが垣間見えたからということもある。
やはり、上に立つ者。
北の魔女としての器を持っている存在なのだと。
だが、それだけではない。
「もしかして、教団をあの状態にしたのって……」
「ううん、教団をあんな風に消し飛ばしたのは私じゃないよ。そもそも、あれが起きたのは私たちが脱出した後だしね」
「なら……」
ならば、その人物とは一体────。
「────シュトラープケ。そう呼ばれていた教団の魔女によるものなんだって」
「シュトラープケだと!?」
「どうしてあやつの名前がここで出てくるのですか!?」
名前を聞いて、ハルバドルとバームガルトが立ち上がる。
シュトラープケ。
どこかで聞き覚えのあるような名前だと、あかりは記憶を辿る。
『家族を襲った魔女に心当たりはあるのか』
『……魔術教団第2席、シュトラープケ。やつによるものだと聞いています』
そこで、あかりはハッとする。
ミリヤの身柄が教団に奪われたあの日。
学院に戻ってきたバルロットとバームガルトの会話。
その中で出てきた名前だ。
ハルトローベ家を襲った教団の魔女。
そして、バルロットが復讐しようとしている相手だと聞いた。
「教団内で仲間割れをしたみたい」
「仲間割れ……?」
「うん。ダレンたちは、私を助けるためにある魔女に協力を依頼したんだ。それは、『名無しの魔女』」
名無しの魔女。
あかりたちには、初耳の存在だった。
「彼女自身に記憶はないんだけど、どうやらとっても長く生きている大魔女みたいでね。それが、教団の悲願である『初代北の魔女の再現』をするための材料に適任だと、教団長は気が付いた」
「初代北の魔女の再現……?」
「初代北の魔女の方針を全うするためには、初代北の魔女自身に統治してもらうのが最善というわけじゃ」
あかりの疑問に対し、バームガルトが答えた。
「そりゃ、そうだとは思うけど……。でも、そんなこと可能なの……?」
「正直な話、わしも現実的に難しい話だとは思っておる。ただ、長く生きている魔女ほど、初代北の魔女の魔力が色濃く残っていることは確かじゃ。そこから抽出した彼女の純粋な魔力情報を用いて再現をする何らかの方法を教団は持っていたということじゃろう」
その方法については、バームガルトも把握していないということか。
「名無しの魔女は、その方法の材料にされてしまった。でも、その過程で教団長は────彼女こそが『初代北の魔女』であると確信したんだ」




