3話
「これはあなたの魂を具現化したものだ」
「私の、魂を……!?」
ユースティアの頭上には、黒い霧。
それは確かに彼女自身の姿を象っていた。
「そして、魂は罪悪感によって、その色を変化させる」
淡々と言い放つはるな。
その目は一寸のブレなく、彼女を見据えていた。
「えっと、具体的にはどんな色に……?」
「罪悪感を抱いているほどに、────黒く染まる」
途端にざわつく法廷内。
それもそのはずだ。
事実だとすれば、彼女は嘘の主張をしていたことになる。
レイギベルト学院長の死亡推定時刻周辺の自分の行動を思い出せないという主張は、嘘だと。
対照的に言葉を失ったまま、ユースティアは自分の『感情』を見上げていた。
「罪を認めない者には、この方法を用いることにしている。嘘をついていれば、それが明るみに出るということだ。もっとも、端から罪悪感を抱かないような極悪人には、通用しないが」
もしも、心のどこかで罪悪感を抱いているのであれば、これまで提示されてきた証拠でその感情は増幅されている。
それを狙ってのこのタイミングなのだろう。
「静粛に」
その言葉で、静まり返る法廷。
「さて、返答を聞かせてもらおう」
「そんな……」
罪を認めろと。
無数の視線が、全身に余すことなく突き刺さる。
「被告ユースティア・ミスリット」
震える体。
思わず、後退りを。
一歩。
また、一歩と。
見下ろしてくる自らの魂。
罪悪感で黒く染まった私が。
何を言うわけでもなく、じっとその目が。
見ている。
「あなたは何に罪悪感を抱いている」
私の目に映る私を。
私が見ている私を。
どっちが見ている?
どっちが見られている?
「私は……」
私が見ている私を見ている私が見ている。
「私、は────」
私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている私が見ている私を見ている。
────その末に。
ばたりと。
ユースティアの体は床に倒れ込む。
訪れる静寂の中。
聞こえてくる浅い呼吸音。
それは、自分の口から発せられていることにあかりは気が付いた。
はるなの一声で、急いで法廷に入ってくる救護スタッフ。
ユースティアを取り囲み、容態を確認するその動作は、迅速で一分の無駄もない。
それなのに、その一つ一つがスローモーションのように緩慢に感じた。
そうなのか。
そうだったのか。
ならば、どうして。
何のために。
何が目的で。
しばらくして告げられる裁判の中断。
それを聞いても、あかりはしばらくその場から動けずにいた。
「そういえば、あかりさんは魔女裁判を見るのは初めてでしたね」
隣に座っているサヤが声をかけてくる。
裁判が中断された後、あかりが特区内のベンチで呆然としていると彼女に会った。
何か大きな荷物を抱えている彼女。
その足取りからして、裁判所に持っていくものなのだろう。
急いだ方がいいはずなのに、少し休憩と言ってあかりの隣に座ったのだった。
「もっとも、通常の裁判とは毛色が異なる特殊な事例です」
「いつもは人間に危害を加える魔女を裁くんだもんね」
「はい。今回は魔女に危害を加えた魔女を裁くものです」
裁判の再開は、後日になるとのことだ。
だが、その時期は未定。
彼女の精神状態に問題がないと判断されてからになるのだろう。
「……お知り合いだったのですね」
その言葉に、ぎゅっと自分の服の裾を掴んだ。
夕暮れ時。
膝元に落ちる自分の影を見つめて。
「正直、今でも信じられないよ。本当にしたなんて、今でも」
ため息混じりに言葉を落とした。
「裁判の途中でね、はるなさんがユースティアさんの魂を魔術で具現化したんだ。その色は真っ黒だった。はるなさんが言うには、罪悪感を抱いているほど、黒く染まるんだって」
サヤは黙ってあかりの話を聞いていた。
「でも、何に対して罪悪感を抱いているのかまではわからないから、別のことに対して抱いている可能性だってあるよね。でも、そうだとしたら、どうしてユースティアさんは気絶しちゃったのかな……。もしかして、レイギベルトさんの殺害以上に大きなことだったり、するのかな……?」
「あかりさん、それについてなのですが……」
見上げると、サヤは引き締まった表情をしてあかりを見つめていた。
「具現化した彼女の魂はどんな形をしていましたか?」
「形……? えっと、ユースティアさん自身の姿をしていたけど……」
「完全に、ですか?」
「完全ではなかったと思う……。霧状だったから……」
「初めてだそうです」
「え……?」
「────具現化した魂が霧状になることは、今までになかったそうです」
「まさか、あなたが直接こちらに訪れるとは思わなかった」
「ふふ、私もだよ。こうなることは誰も予想していなかったんじゃないかな。────黒幕以外はね」
影の城の城門。
部下からの報告を受けて、ハルバドルが向かったその場所には、思いも寄らぬ存在が待ち受けていた。
二代前の北の魔女であるハンブラッド・アデンスフィアの娘。
ルクラット・アデンスフィア。
彼女は懐かしい目で周囲を見回す。
「変わらないね、この場所も」
そして、彼女の背後には。
「(ミリヤ・スティールフォーレ……)」
遠慮がちにこちらを見ている。
二人は教団に身柄を拘束されていたはずだ。
教団が壊滅したことで、彼女たちは自由になったということか。
彼女らは本来、教団によって公開処刑されることとなっていた。
ならば、教団を壊滅させた元凶はその仲間によるものと考えるのが自然だが。
合図をすれば、自分の背後にいるノクスヴェーレがすぐに拘束しにかかる。
そういう手筈になっている。
「そう警戒しなくても大丈夫だよ。ここに来ているのは私たち二人だけだから。後のみんなにはダレンたちを回収して、先に家に戻るよう言ってあるんだ」
「……それで要件はなんだろうか」
「私はここに取引をしに来たんだ」
「取引……」
「教団を壊滅させた黒幕の正体、知りたくない? 私はそれを教えに来てあげたんだよ」
「まさか、それは自分たちだと言うのではあるまいな」
それを聞いて、ルクラットから笑みがこぼれる。
「……何がおかしい」
「いや、意外と冗談を言う方なんだなぁって」
「冗談を言った覚えはないが」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん。そっちからしてみたら、確かにそう考えても仕方ないかもしれないね」
「復権を狙っていると考えれば、十分に可能性はあるだろう」
「でも、だとしたら、ここに二人きりでは来ないよ」
あの場にいた教団の者たちは全員死亡していた。
にも関わらず、囚われていた彼女たち二人は生存しているのだ。
疑わない理由がない。
「これが終われば、私は大人しく家に帰るからさ」
「……見返りは何だ」
そこで、彼女はミリヤの肩に手を置く。
「ミリヤちゃんの生活の保障をしてあげてほしいんだ。それに魔術を学べる環境の提供も。教団に囚われる前と同じように。北の魔女はこの子を歪みの魔女と考えてはいない。むしろ被害者だと考えているんでしょ? なら、これはもはや取引ですらないのかもしれないけどね」
確かに、ミリヤ・スティールフォーレの処刑は、教団が勝手にやったことだ。
「この子には魔術の才能があるし、学ぼうとする意欲もある。私たちのところでくすぶっているのはあまりにもったいないんだよね」
むしろ、彼女の存在は歪みの魔女に繋がる重要な手がかり。
だからこそ、リューベルクは彼女を庇い、教団を罰しようとしていた。
「私はただこの子を送りに来たついでに、情報を伝えに来た。伝えるのは、ミリヤちゃんが暮らすところを守るため。そう考えてもらって大丈夫だよ」
「ひとまずは承知した」
「だってさ。よかったね、ミリヤちゃん」
「あ、えと。はい……」
「もしかして、緊張してる?」
「……」
「大丈夫、ちゃんと仲直りできるって」
「……一体、あなたたちは何の話をしている」
「────黒幕のことを伝える場には、あかりちゃんにも同席していてほしいんだ」




