2話
────東の魔女連合協会特別区域内 魔女裁判所 大法廷内
「被告は魔術学院内において、学院長であるレイギベルト・イシュヴァールに対し魔術を用いて殺害したものである」
重苦しい雰囲気で、レイギベルト殺害の裁判が開廷した。
起訴状を読み上げているのは、ノクスヴェーレの魔女。
扇状に用意された傍聴席。
二階まで用意されたその席は全てが埋まっており、総勢100名程はいるのではないだろうか。
おそらくは、バームガルトもどこかに座っているのだろう。
そして、その中の一つに座っているあかりは様子を固唾を呑んで見守っていた。
裁判が行われているのを生で見るのはこれが人生で初めてだった。
ましてや、これは『魔女を裁くための裁判』だ。
人間だった頃では、このような裁判があること自体、死ぬまで知ることはなかっただろう。
そんなことを考えながら、まっすぐと見据えた視線の先。
そこにいるのは。
「被告ユースティア・ミスリット。起訴事実に間違いはないか」
「間違いありあり! 大ありですよ!」
法壇に座っているはるなが厳格な口調で確認を促すと、ユースティアは間髪入れずに否定した。
彼女の背後で掛けられた手錠が触れ合って音を立てる。
あかり側からは背後しか確認できないが、その声からしてもやはり彼女はユースティア本人。
何かの間違いだ。
騒ぎ立つ心をそう押さえつけて。
「具体的には?」
「私は学院長を殺害なんてしていません!」
「では、提出された鑑定書の情報を」
そうして、続けて読み上げられたのは、死因と死亡推定時刻。
内容はバームガルトからすでに聞いているとおりだった。
魔術的作用による外因性の急性心停止。
それが、レイギベルトの死因だと。
「そして、そこから検知された魔力反応は、鑑定の結果、被告の魔力と一致するとの報告書も提出されているが」
「それが私の魔力と一致しているという結果は、確かにこの目で確認しましたが……。でも、私はそんなことしていませんよ!」
「では、被害者の死亡推定時刻、あなたは何をしていた?」
「そのときですか? そりゃあもちろん!」
よくぞ聞いてくれたと胸を張るユースティア。
だが、様子がおかしい。
その姿勢のまま、硬直したように動きが止まっていた。
「もち、ろん……。……あれ?」
「……被告ユースティア・ミスリット?」
「いや、ちょっと待ってください! おかしいです! 私はそのとき……!」
慌てて記憶を探っている。
その様子を見て、はるなは眉をひそめていた。
「……死亡推定時刻前、最後に被告の姿を見た証言は?」
「はい。学生寮の見回りをしていたという生徒からの証言が最後です。それを終えて、どこに向かったかを知っている者はいませんでした」
アリバイはなしということか。
「あれ、どうして……!?」
「記憶が曖昧という理解でよろしいか」
「う~ん、いや、でも……」
困惑している彼女の姿を見て、あかりは一つの可能性に思い至った。
前東の魔女であるひなたの殺害。
あの事件と同様に、何者かによって彼女は殺害するように仕向けられたのではないか。
「あなたがペストマスクを着用している理由は?」
「え……?」
「私の目でも写真とあなたの顔を照合し、本人確認をしたい。何か合理的な理由があれば、考慮の余地はあるが」
「あ~。そうですか、まあ、そうですよね」
「……?」
「あ、いや。私は全然大丈夫なんですけど……引かないでくださいね?」
そう言って、するりと外されたマスク。
中から薄色の髪が現れる。
彼女の背後であるこちらからは素顔は見えない。
学院で初めて彼女と会ったときから、着用していたマスク。
その下に隠された顔は一体。
「マスクをしているのは、こういうわけなんです」
はるなの眉が一瞬だけぴくりと動いた気がした。
「私は魔術学院で毒魔術についての研究をしていました。それで、過去に失敗をしちゃって、顔がこんな風に……」
「被告の顔面に外傷があるとの説明を受けた。着用を許可する」
「あはは、その方が良いかと思われます」
そうしてマスクをもう一度着用し直す。
なるほど、普段からずっとマスクを身に着けていたのにはそうした理由があったのか。
だとすれば、同じマスクを身に着けていれば、彼女の犯行に偽装できる?
いや、でも、彼女の魔力という証拠が残っているし……。
それに気になるのは彼女の記憶の件だ。
目撃証言はなく、彼女自身もその時間何をしていたのかを思い出せないとなると。
「お前が学院長を殺したんだろ!」
そのとき、傍聴席から声が聞こえた。
見れば、学院の魔女と思われる者が立ちがっている。
静寂に包まれている法廷内で、その声はよく響き渡った。
「……静粛に」
「さっさと白状しろ!」
はるながそう促すも、ユースティアを責め立てる声は続く。
「自分の行動を思い出せないというのは、とぼけているに違いない! その顔の傷だって偽装している可能性が────」
瞬間。
法廷内は、閃光に包まれた。
少し遅れて甲高い破裂音が耳を劈く。
思わず閉じてしまった目を恐る恐る開くと、先程声を上げていた者が床に倒れ込んでいる。
さあっと血の気が引いていくのを感じた。
体が痙攣している様子から、生きてはいるようだが。
周囲に漂う焦げた臭い。
先程の正体が雷であったことを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「静粛にと言ったはずだ」
再び訪れた静寂は、これまでものとは意味合いが異なっていた。
この法廷という場で、彼女の力は大幅に増幅されている。
それが魔女裁判長である来栖川はるなの魔術。
逆らわない方が賢明だと、本能で理解させられる。
「……はぁ。まだ勘違いしている者がいるかもしれないから、この機会に言っておくのだ」
はるなは深く息を吸い込む。
「傍聴者は観客ではない。裁判の公正さ、透明性を確保するための機構に過ぎない」
ことりと、外した眼鏡を机上に置く。
「この裁判が始まった瞬間から、ここでは私が法だ。秩序も、裁きも、許しも、全ては私が定める。従わない者には相応の代償を支払ってもらう」
喉が凍てつく。
体が微動だに動かせない。
これも彼女の魔術によるものなのか、そうではないのか、判別がつかなかった。
「私が裁く対象は、被告のみではないということだ。そこに、一切の区別はない。────わかったか? 北の魔女ども」
明らかに反感を買う行動にあかりは身が縮こまるような思いだった。
だが、先程の彼女の行動を見た影響か、抗議の声は一つも出なかった。
これが東と北の関係を悪化させるようなことにならなければいいのだが……。
「……裁判を続行する。ノクスヴェーレ側、他に提出可能な証拠があるかを尋ねたいが、いかがか」
「あります。それは────現場に落ちていた彼女の髪の毛です」
「よろしい。見せてみよ」
ノクスヴェーレが取り出したもの。
それは六角柱の形をした保管容器だった。
側面は黒く覆われており、中身が見えなくなっている。
「……それが、被告の髪の毛だと主張する根拠は?」
「髪色です。被告と一致したものになります」
そうして、彼女が容器の上部のボタンを親指で押す。
すると、徐々に側面が透け、ガラスのような材質となる。
だが、そこに入っていたのは。
「おかしい。そんなわけは……」
────赤銅色の髪の毛。
「確かに入れた時は、同じ色だった……」
先程見た、ユースティアの髪色とは異なっていた。
「この容器に入れた物は魔術干渉を受けないはずだ……!」
見間違いか。
ありえなくはないのかも知れない。
だが、似ている色ならともかく、はっきりと違う色だ。
そんな初歩的なミスをするものなのか……?
法廷内は依然として誰もが口を噤んだままだったが。
先程までと比べ、明らかに空気が乱れているのを感じる。
きっと誰もが感じているのだろう。
おかしい。
何かがおかしいと。
「他に提出できる証拠は?」
「……いえ、以上になります」
納得がいかない。
そんな様子で、髪の毛を証拠として提示した彼女は顔を伏せた。
「えーと……これは証拠不十分ってことでいいですかね?」
遠慮しがちにユースティアが言う。
確かに、この手は素人であるあかりの目から見ても、彼女が犯人だと断定するにはいささか証拠が弱い気がした。
いや、ここまでの流れからするとむしろ『魔力反応が一致していること』の方が怪しくなってくる。
「それでは次に、重要参考人から話を聞くこととする」
「(重要参考人……?)」
裁判はまだ続くようだ。
はるなの発言に周囲を見回すユースティア。
法廷に誰かが入ってくる様子はない。
だが、その存在はすでに姿を現しつつあった。
「な、なんですかこれは……!?」
ユースティアの体から黒い霧が徐々に発生しているのだ。
やがて、それは彼女の上に集まっていき。
そして、ある形へと変貌していく。
「(嘘……!?)」
あかりの自分の目を疑った。
なぜならそれは。
「これは、私……!?」
────被告であるユースティア・ミスリットの姿だったからだ。




