1話
「みんな! 来てくれたんだ!」
影の城の応接間で待っていたサヤたち一行。
開いた扉の方へと目を向けると、そこにはあかりがいた。
「あかりさん! ご無事でよかった……!」
座っていた全員が立ち上がり、あかりに駆け寄る。
久方振りの再会に、安堵でお互いの顔がほころんだ。
「よかったです……。本当に、よかった……!」
「よかったぁ……! ね、なっちゃん……!」
「うん……!」
「心配かけちゃってごめん」
一人ひとりに目を向ける。
サヤ、まつり、まり、ころも、なな、ここ、なつ。
懐かしい顔ぶれに、思わず涙が出てきそうになる。
心の隙間が確かに満たされていくのを感じた。
ようやく、一息つけたような。
「あかりは何も悪くない」
「なな……」
「悪いのは全部西の魔女たちっす! あの金髪シスターズっす!」
「き、金髪シスターズ……?」
いつの間にかそんな呼び名ができていたのか。
「というか、みんながここに来た本来の目的は視察なんだっけ? あやめも来てるの?」
「いえ、あやめは来ていないわ。来ているのは、私たちと司法部門の魔女たちよ」
「私たちは、司法部門の手伝いもしに来たんすよ」
「そうなんだ」
「彼女たちは先に特区の方へ向かっているわ。一応、裁判所と収容施設は完成しているみたいだから」
東と北の同盟のため、影の国の中に設置されるという東の魔女連合協会の特別区域。
協会の法に基づいた裁判で罪を問い、然るべき罪があると判断された者は収容施設に収監される。
思えばこの国を訪れてから、そちらの方に足を運んだことはなかった。
「北の魔女の調子はどうなんすか?」
「私もまだ少ししか話せてなくて。部屋にこもりっきりみたいだけど……」
魔法を使いこなすための試練中であることは黙っておいた。
「その最中、この異常事態に見舞われたというわけですか……」
「うん、そうなんだよね。後で詳しい話があると思うんだけど……。どれくらいで日本に戻る予定?」
「2週間ね。それで一度情報を持ち帰って。あやめからの許可をもらえたら、また来る感じ」
「そっかぁ」
「これまで相容れなかった東と北が手を取り合うんだから、慎重にいかないといけないのよ」
2週間。
おそらく、自分もそのとき一緒に日本へ戻ることになるのだろう。
だが、それまでの間にこの事態を収拾できるとは到底思えなかった。
「あかりさんは、事態収拾の力になりたいのですね」
「えっと……」
「顔を見れば誰だってわかるわよ」
『この国をどうか。どうか……!』
スージラメアの言葉が脳裏で響く。
揺れていた。
自分の立場で。
東の魔女連合協会所属の魔女。
それもひなたの魔法を継ぐ、重要な立場。
協会には協会の考えがある。
それこそ、自分が思いも寄らないほど深くて、緻密な。
これは自分のわがままなのではないか。
組織を振り回してしまうことにならないか。
でも、だからこそ、自分の気持ちを言葉にすることにした。
ここにいるのは、信頼できる自分の仲間だから。
一緒に悩み、これからを考えてくれる仲間だから。
「……こっちに飛ばされてから、いろんな事があったんだ。たくさんの人たちと会って、繋がって。いっぱい助けてもらって」
その場の全員が、黙ってあかりの話を聞き入れていた。
握るこぶしに力が入る。
「そんな人たちが傷付いて、中には殺されていたりもして。この国そのものが存続の危機に陥ってる。そんな中で、私のことを信じて、頼ってくれて。そこには東だとか北だとか関係無くて。だから、私もできるかぎりそれに応えたくて。協会に所属しているからっていう理由で、この国の状況を見過ごせない。見過ごして、日本に戻りたく、ない……私のこの考えって、間違ってるかな……?」
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたみんなの顔は、温かい笑顔が浮かんでいた。
「そう言うと思っていましたよ、あかりさんなら」
「え……?」
「間違っていません。間違っているわけありません。誰かの役に立ちたい。それは私たちの誰もが心の奥底で抱えている思いです。それに、実際あかりさんにはそれを為しうるだけの力があります」
「そうっすよ! 魔法でちゃちゃっとこの国を救っちゃうっす!」
親指を突き立てるころもに対し、ため息をつくまつり。
「あんたはどこまでお気楽なの……」
「当然、私たちも力をお貸しします。西の魔女の脅威を前に、結束しなければならないのは確かですから」
「そもそもこの元凶が西の魔女である可能性だってあるものね」
「2週間が経過しても収集がつかなかったら、あやめに交渉してみるべき」
こわばっていた体がほぐれていく。
────ああ、やっぱり言葉にしてよかった。
「国内の現状としては、以上のとおりだ。本来であれば歓迎会を開きたいところだが、大したもてなしができず申し訳ない」
あかりを含めた協会の視察団は会議室へと集められ、ハルバドルから影の国で立て続けに起きている事件の話を聞いていた。
リューベルクが魔法を使いこなすための試練中であることは伏せられていた。
教典と魔導書の消失。学院長と商会長の殺害。影の国の地上への浮上。
そして、今回あかりも初耳となった情報も含まれていた。
それは────
「教団本部の消滅……」
言葉に出しても信じられない。
かつてそれがあった場所には、今では底が見えないほどの大穴が空いているのみ。
唯一残されたのは、無惨にも下半身を失くした教団長の遺体だったという。
学院、商会、教団。
これで、国内の柱であるこの3つの組織の指導者全員が殺害された。
それぞれの組織の対立によるものではない。
国家転覆を企んでいる何者かがいることは誰の目にも明らかだった。
同時にあかりの中で渦巻いている不安。
ミリヤとルクラットのことだ。
教団そのものが壊滅したのであれば、そこに囚われている二人はどうなった。
加速する自分の鼓動。
それに伴い、徐々に息苦しくなっていくのを感じた。
「現場を目撃していた方はいないのですか?」
「居合わせていた者は全員もうこの世にはいない。だが、遠目からでなら目にしていた者はいる」
「遠目から……? どういう意味でしょうか」
「大規模な魔法陣が教団本部の上空に展開されていた。それは遠目からでもわかるほどの巨大さだったと。そしてそこから魔力が放たれた回数は2度。大した時間も置かずに2度だ。それで、教団はあのような状態になったのだと推測される」
「2度で、ですか」
「うち一回は、地上からも放たれた魔力と衝突し、相殺されていたようだったとも。それが事実だとすれば、────1度で、教団は壊滅したということになる」
「そのようなものを時間を置かずに何度も放つことができる者が……」
サヤは顎に手をやり考える。
「教団長は相殺できるほどの魔術を扱えるのですか?」
「いや、彼女はそこまでの破壊力を持った魔術を扱えなかったはずだ」
「となると相殺されていた場合、それをしたのは別の魔女だということですね」
「だが、現場に一切の痕跡は残されていなかった」
「そのとき、教団本部以外はまだ地上に浮上しておらず、国内から地上に行く手段は封じられていた……」
「逆に言えば、国内にいた者は容疑者から外れるが。だからといって、安心ができるわけではない」
全員の表情が曇る。
それまでの事件とは異なり、確実にその姿を周囲に晒していたはずだ。
にもかかわらず、それを目にした者はいない。
募る苛立ち。
「教団本部を壊滅させた犯人については、今ここで話し合っても、結論は出ないだろう。だが、一連の事件全ての手がかりが無いというわけではない」
「それで、ようやく見つけた学院長殺害の容疑者が本当に犯人なのかを私に見定めてほしいと」
ため息混じりにそう呟くのは来栖川はるなだった。
司法部門の統括責任者兼魔女裁判長である彼女も今回の視察で影の国を訪れていた。
数えてみると、はるなを含めて、司法部門の魔女は11人。
つまり、サヤたち7人にあかりを加えた合計19人が現在影の国にいる協会所属の魔女ということになる。
「ここまで情報を開示したのは、あなたに協力を願いたいからだ、はるな。ようやく掴んだ真相解明への糸口。これを逃すわけにはいかない」
「ま、それは別に構わないけど、な~んかきな臭いというのが率直な感想なのだ」
「と、いうと?」
「真犯人が『あえて残した』という感じがするのだ」
「……」
大きく伸びをしながら彼女は答えた。
「いずれにせよ、やると決まれば早い方がいい。早速準備に取り掛かるのだ」




