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過去


約30年以上ぶりに恩人と再会したタカモリは、涙を滲ませ、嬉しそうに声を弾ませている。

また、来根来と呼ばれた男性も、顔を破顔させ、タカモリと握手を交わした。

横では、能面の巫女……寿々と呼ばれた美女が、二人の邂逅に対し、微笑みを浮かべる。


再び、電灯がチカリと揺れた。

色褪せた襖、畳、雪の結晶の様なモノが刻まれているガラス……。

智彦は部屋を見渡し、何となく懐かしい気持ちとなる。

左右に襖がある事から、他にも部屋があるだろうし、彼らはここに住んで、いや、憑いているのだろうと推測する。


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕は、来根来東矢(きねき とうや)。彼女は来根来寿々、僕の妻だ。よろしく頼むよ、若い退魔師さんと、お嬢さん」


姿勢を正し、東矢は智彦と羅観香へ、頭を下げた。

寿々もそれに倣い、頭を下げる。


「初めまして、えと、タカモリさんにお世話になっている、夢見羅観香と言います」

「同じく、八俣智彦と言います。あと、退魔師ではなく一般人です」


同様に、羅観香と智彦も、年上の二人へと頭を下げる。

相手は怪異ではあるが、礼には礼を尽くすべきだ。

智彦が姿勢を戻すと、東矢がなんとも言えない様相に顔を歪めていた。


「ううん、君が一般人とは。つまり君以上の退魔師が今の日本には多く存在しているのか。随分と物騒になったモノだね」

「いやいやいや来根来さん、彼が特殊なだけです!」

「そうですよ!自称一般人なだけですからっ!」


失礼な、と声を上げたい智彦だが、別に自己評価が低いわけでは無い。

自身の異能とその異常性は、自覚はしている。

だがそれは力任せな対処しかできない上に、単独であるが為に色々と限界がある、といった弱点を持つ。


鏡花や養老樹と言った《裏》の組織に蓄積された知識、人脈、権力といったモノの方が、自身の力より遥かに強いだろう。

また、汚れた部分はあるが《裏》はある種の治安を維持している抑制力であり、自分よりは遥かに立派だ、と。

智彦は、そう考えるようになっていた。


「ふむ、ならば君は、僕と寿々を消しに来た……訳では無いのだね?」


東矢の問いに、智彦は首肯で返した。

それを見て、東矢は緊張感を解き、大きく息を吐く。


「良かった……!君が敵なら勝てないと思っていたんだ。であれば、悲願成就は成せそうだ」


東矢の横に座る寿々が、彼へと寄り添う。

無表情ではあるが目と目で通じ合う、そんな素敵な関係の様だ。


「しかし来根来さん、なんで貴方がこんな所に?あと、悪霊ってどういう……」

「何でって、この迷路は僕と寿々が命を捧げ、悪霊となって作ったんだよ」

「……はい?」


まるで世間話のように、衝撃の事実を宣う東矢。

余りの内容に、タカモリ……と羅観香は、言葉を失う。


「よっさんは知ってるだろう?僕が如何に、あのクズ共に人生を狂わされたかを」


東矢の顔が、憎悪へと一変する。

周りに淀む、紫色の瘴気。

生者の精神を蝕む、悪煙。

智彦は手を振り、ソレを霧散させた。


「おっと、……すまない」

「いえ。えと、聞いたところ、復讐の為にこの迷宮を作った、んですよね?」


頭を下げる東矢に、智彦は微かに同情を抱いた。

何となくではあるが、彼も信じていた者に裏切られ、絶望を抱いた人間だと感じたからだ。


復讐。

智彦自身は結果的にはその道を選ばなかったが、裏切られた当時は、毎日のように脳内で復讐劇を妄想していた。

それ故に、命を捧げてまでも復讐を成そうとする目の前の悪霊二人へと、智彦は純粋に興味を持つ。


「こちらも友人と恋人に裏切られた身です、良ければ話を聞かせて頂けませんか」


正直、興味本位だ。

古傷を抉るような行為だろうが、智彦は聞かずにはいられなかった。

横では羅観香が何かを言いたそうに口を開いたが、そのまま閉じる。

タカモリが、東矢と寿々について聞きたいと、眼が訴えていたからだ。


「……面白い話じゃないよ。信頼してた兄に会社と妻を取られ、不便な地に追いやられたのさ」

「そこまでは知ってるよ、来根来さん。でも、貴方はそれでも、寿々さんと幸せに暮らしてたじゃないか」


言い方が悪いが、東矢は落ちぶれた人間に分類される。

それでも、タカモリは東矢と親交を重ねていた。

恩義もあるが、それ以上に、東矢と言う人間が好きであったからだ。


「貴方達が先程の神社で命を絶って、どれだけ悲しかったか……!」

「タカモリさん、ココ……?に来た事、あったんですね」

「うん。来根来さんと寿々さんは、彼岸花が好きだったんだ。だから、もしかしたら関係あるのかも、ってね」


勘は当たったけど、何か悲しいな、と。

羅観香の問いに、タカモリは涙を流しながら頷く。


「休みの日は、よくココに来てたんだ。貰ったお酒や食べ物を持って、寿々さん交えて三人で宴会をしてたなぁ」

「懐かしいな。贅沢な暮らしができなかったから、よっさんが持って来てくれるモノが、毎回楽しみだった」


遠い目をする東矢の横で、寿々がこくりと頷いた。

タカモリも涙を拭いながら、同様に。

その後も、思い出話は続く。

三人の大人は、こんな場所であっても。

生きている者とそうでない者であっても。

共に共有した記憶を、感情を乗せた言葉でなぞって行く。


「……羨ましい、な」


大人達を眺めていた羅観香が、そう、ぼそりと呟く。

目に浮かぶのは、羨望。


「私も、嶺衣奈とあんな風に、話したり笑ったり、したいなぁ……、えっ?」


そう、羅観香が呟いた瞬間。

羅観香の肩に、何かが触れるような感じがした。


「あ、あれ?ねぇ、智彦君、もしかして!?」

「うん、嶺衣奈さんだね」


智彦には、嶺衣奈の霊が羅観香の肩に顎を乗せ、そのまま、コテンと羅観香に頭をくっ付けるのが見えた。

急いでビデオを回したので、その様子は撮影できているだろう。

羅観香も感じたようで、笑みを浮かべる。


「ネットでは、羅観香の後ろに居る嶺衣奈さんは本物だ、って声が大きいみたいだね。謙介が言ってた」

「……うん、合成やアバターって声もあるんだけどね」

「もしかしたら、嶺衣奈さんの事を本物だと信じる人が増えれば、彼女とコミュニケーション取れるようになるかも知れない」


言葉でなく、ネットの世界でやり取りされる情報が生み出す、言葉無き言霊。

謙介の恋人である口裂け女の紗季をこの世に生んだ、とてつもない力。

それらが、確実に、嶺衣奈を……言い方がおかしいが、命ある存在に変えようとしている。


「そう、なんだ……」

「うん。今日録画してるのもちゃんと嶺衣奈さん映ってるから、ネットで話題になれば近い内に実現するかもね」


智彦の言葉は、信じられないようなものだった。

だが、肩に感じた大事な存在により、羅観香はすんなりと受け入れる。

一方通行の気持ちが、返ってくるようになるかも知れない。

羅観香の心に、希望が芽生えた。


「おっと、若人をほったらかしにして盛り上がってしまった、すまない」

「あ、ホントだ。八俣君、羅観香ちゃん、ごめんよぉ」


「い、いえ!その、あんまり口出ししちゃいけない話、だったので」


大人達から謝罪されるが、智彦も羅観香も、気を使ってしまった。

所々に交わる内容から、東矢と寿々がどのように悲惨な目にあったか読み取れたからだ。


兄に会社を奪われ、女を奪われ。

先程の神社……来根来家の分家が管理する地へと追われた、東矢。

そこで分家の少女……能面の巫女である寿々と出会う。

二人は互いに惹かれ合い、静かに、幸せに暮らし始めた。




だが、東矢の兄である北牙の悪意は、止まる事は無かった。

ある日、東矢の落ちぶれた姿を見に来た北牙は、苛立ちに苛まされる。

不幸であるべき東矢が幸せそうに、しかも若い美少女と寄り添っていたからだ。


しかも、寿々の美貌は、北牙へ劣情を抱かせるのに充分であった。

その夜、夜のお勤めをしようとした寿々に、北牙が襲い掛かる。

寿々は必死に抵抗した際、近くで燃える篝火を倒してしまう。

その結果、その美しい顔に治る事の無い火傷を負い、精神的なショックから言葉を失ってしまった……との事だ。

勿論、北牙は知らぬ存ぜぬ。

いくら東矢が警察に訴えても、罪に問われなかったと言う。


この北牙と寿々の件は、タカモリも初耳であったようだ。

怒りに体を震わせ、ドンと畳を叩く。


「何ですかそれ!寿々さんは事故で火傷を負ったって……!と言うか、何故僕に教えてくれなかったんですか!そしたら知人の!マスコミの力を使ってでも!」

「あの時の君は、まだ売り出し中だった。相手は大企業だ、逆に潰されると、考えたんだ」


東矢が憂鬱そうに言葉を吐くが、タカモリは目を輝かせた。

大きく両手を広げ、鼻息を荒くする。


「でしたら今こそです!来根来北牙の会社は今や傾きかけてます!一方僕はそれなりの地位に居る!今こそ罪を暴きましょうよ!」


確かにそれは可能だろうな、と智彦は顎に手を添えた。

タカモリと言う存在は、いまや芸能界で大きなモノとなっている。

もしHOKUGAが力を弱めているなら、追い込めるだろう。


羅観香も、同じ考えのようだ。

芸能界にもHOKUGA斜陽の話は届いており、多くの番組のスポンサーを降りているというのは有名だ。

タカモリがこの件をテレビで発信すれば、多くの人が味方になってくれるだろうと、頷く。



「ダメだよ、よっさん。君が手を汚す事は無いんだ。コレは、僕と寿々の復讐だ」




なのに、東矢と寿々は、首を横へと振る。

タカモリが言葉を紡ごうとするが、二人の雰囲気に、動きが固まった。


「その為に、【恨み神】様へと、命を捧げたのだから」


東矢は笑顔のまま、寿々を優しく抱き寄せた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いっちゃ悪いけど恨みをはらすの難しいと思う。恨み先が恨まれすぎて恨みをはらすまえに破滅してそう。霊関係でなくても経済的にもやろうとする人もどんどん増えてきそうだし。
[良い点]  「個」としてなら主人公が飛び抜けていそうだから恨み神とやらと協力したら凄いことになりそう。  組織や集団で復讐されるよりもアイツらには効くだろう。  問題はこの世界に居ると思われる例の女…
[一言] 復讐を果たしたら、智彦くんに恨み神を物理的になんとかしてもらって、彼岸花の迷宮で幸せに暮らしていきましょう
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