一方その頃
智彦達が、彼岸花の迷宮の主と対面している頃。
日本有数の大企業である総合商社HOKUGA本社の会長室で、2つの陣営が対面していた。
「さて、説明願おうか」
「説明と仰られても来根来さん、一体何の事でしょうか」
黒い牛革のイスにふんぞり返る、その風格に合わぬスーツを光らせた中年男性。
左右には妻らしき中年の女性と、30代ほどの男性が共に怒りで顔を歪めている。
その偉そうな言動を、飄々と受け流す、黒い着物に身を包んだ若い男性。
こちらも左右に若い男女が控え、涼しそうな顔を晒している。
「ふざけるな!南葉を拉致したどころか、色々と嫌がらせをしおってからに!」
「そうよ!夜な夜な変な声が聞こえたり、人影が見えたり!悪寒もするし最悪よ!」
「お前達インチキ集団との契約を解除したからと言って、あまりにも悪質だぞ!」
中年男性……来根来北牙が、眼を見開き、大きな声を上げる。
横でも、妻である来根来砂緒、そして息子である来根来西仁が、ヒステリックに追従した。
3人の罵倒を受け、黒い着物の男性……《裏》のまとめ役である九品久遠はにんまりと口角を上げた。
部屋の中の空気が凍てつくが、来根来家三人は体感できず、未だ吠え続けている。
「成程。そちらに起こる奇怪な現象は、保安契約を解約された私達の嫌がらせ……貴方達はそう、仰るのですね」
深まる、笑顔。
その不気味ともいえる様相に、今度こそ、来根来家三人の口が止まった。
「料金に応じて、私達が貴方達を今まで守っていたのです。だから、何も起きなかった」
「それ高い言うて解約したら、あんた達に恨みを持つ悪霊が悪さするのもあたりまえどす。孫娘はんを攫うたのもそいつらの仕業ちゃいますか?」
「あなた達を守る為に一所懸命《裏》と交渉した社員のクビを切っちゃって……、ほーんと、天下のHOKUGAも落ちぶれちゃったわねぇん」
九品の言葉を、スーツ姿の美女である田原坂月花が継ぐ。
同様に、スーツ姿の巨漢、赤銅真朱麿が、来根来家を嘲笑った。
九品、田原坂、赤銅の三人は《裏》の世界のまとめ役だ。
実質的なまとめ役は九品だが、田原坂が渉外として、そして赤銅がネット分野で補佐している。
それぞれ《裏》の世界をまとめる程の力を持ち、秩序をある程度安定させている存在だ。
《裏》の三人の発言に、北牙が思い当たる節があった。
会社の経営が悪化し、コンサルタントの指導の下、立て直しを図る際に見つけた大きな出費。
長年会社を支えていた重役が担当しており、無駄遣いと叱責し解雇にした。
当時は頭に血が上るあまり聞き流したが、確かにそのような事を言っていたなと、今頃になって思い出す。
「だ、だが!月に300万は高すぎるだろ!」
「あんたの買うてる恨みに対してはえらい安おす。あんた程の人間やったら、相場は500万どすえ?」
「あなた、色々あくどい事やって来たんでしょう?窓の外にはあなたを睨むこわーい霊が一杯よぉん?」
北牙の遠吠えを、田原坂は涼し気に返した。
横の赤銅が腰をくねらせ、大げさに天を仰ぎ見る。
来根来家三人が、弾かれたように窓へと目を向ける。
だが見えるのは、周りに立つ巨大ビル群と、売りに出した元所有地のみだ。
とは言え、赤銅の言った事を嘘とは言い切れなかった。
先日から……《裏》との契約を解除した日から、確かに視線を感じるようになったからだ。
それは人間の目線ではなく、明らかに人が存在しない場所からの……。
赤銅の言う通り、会社を大きくする為、いや、自身を誇示する為に、北牙は色々と非合法的な事をやって来た。
結果、バブルの好景気に乗り、北牙は成功者と評されるようになった。
北牙の妻や、息子まで同様にである。
一方その陰では多くの人間が傷つき、命を絶ち、北牙とその一族へと怨嗟を叫んでいたのだ。
来根来一族への恨みと言う執着。
その集合体は莫大なエネルギーを生み出し、来根来一族を地獄へ落とす……筈だった。
「今は私達が施した結界の残滓が残っているから、その程度で済んでいるんです。再契約をお勧めしますよ」
「え、ええい!黙れ!貴様ら日陰者が何を偉そうに言うか!」
金で買える、安全。
九品はその重要さを勧めるが、北牙には届かなかったようだ。
いや、届かなかったというより、北牙は相手が折れると、確信していたからだ。
「お前達の様な《裏》の組織が、月30万で安全を保障してくれると言ってきてるんだ、それ以下なら払ってやる!」
「……おかしいですね、そのような話は聞いて……あぁ、もしかして『はぐれ』が接触してきましたか」
九品の不愉快さを滲ませた言葉に、田原坂と赤銅も顔を歪ませた。
『はぐれ』。
己の力を過信し、増長し、《裏》の縛りを拒絶し、好き勝手力を振るう勢力。
知識がない人から見れば《裏》も『はぐれ』も同じに見え、名声を貶める厄介な存在である。
「そいつらは悪質な存在です。そちらの安全を第一に考えはしないでしょう。もう一度言います、再契約を」
「30万以下なら考えてやる!それ以上な」
「そうですか、では、御縁はここまでと言う事で」
九品は頭を下げ、黒いハンチング帽を被り、退室し始める。
慌てたのは、北牙だ。
彼自身、『はぐれ』の値段は安すぎると正直不安を抱いている。
なので、《裏》がごねるならば、50万ほどで手を打ってやろうと考えていたのだ。
「ま、待て!なら40万ならどうだ!それだけで我がHOKUGAと関係を持てるなら安いもんだろう!」
「出来高なら、ど、どうかしら?それなら貴方達もやる気が出るでしょ?」
「せめて娘を!南葉を探し出してはくれないか!」
来根来家の言葉は、届かない。
道を塞ごうとする警備員に殺気を飛ばし気絶させ、九品はドアをガチャリと開けた。
「縁?近々この会社と消えてしまう無価値なもんどすなぁ」
「精々『はぐれ』に利権を食い破られない様にねぇん?それじゃ、もう会う事も無いでしょうけど、さようなら」
九品に続き、田原坂と赤銅も部屋を出る。
最早ここには縁も用も無い。
むしろ、《裏》を見下し、助言すら聞かず安く買い叩こうとした敵だ。
三人は今後霊障に悩まされるであろう社員を見ながら、建物外へと出た。
会社周りに渦巻く霊は、北牙個人にもだが、HOKUGAと言う会社への恨みも持っている。
つまり、ここで働いている人も、恨みの対象、なのだ。
「会社が傾きだして金が惜しいのは解るけど……、馬鹿な選択したわねぇ、あの人達」
「むしろあのトップで、どないして会社をここまでにしたのかがわからへん」
「社員が優秀、だったんでしょうねぇ。それ以上に優秀な人材がいたようですが、会社乗っ取り時に多くが辞めたそうです」
後ろ……HOKUGAのビルより、ガラスが割れる音が響いた。
同時に、悲鳴が上がり始める。
「結界の力も今夜迄でしょうし、明日からが大変でしょうね。じきに、彼らは彼岸花の迷宮に飲まれるでしょう」
「孫娘さんも生きてるか解らないわねぇん。生きてても、返す義務はないのだけれど、ね」
「どの道、50万程度の値段付けられたの知って絶望するだけちゃいますか?」
「彼がもし来根来南葉を見つけた場合、50万相応の謝礼を出さねばなりませんね」
九品の言葉に、二人が頷く。
HOKUGAはどうでも良いが、八俣智彦と敵対だけはしてはいけない。
コレだけは、三人が共有する考え、いや、自戒だ。
三人が歩く、道沿い。
今は潰れてしまった駄菓子屋の軒先から、チリンと。
季節に忘れ去られた風鈴が鳴った。




