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世界は滅亡したのに、俺の視界だけゲームUIが起動しています  作者: Laz
第1章:『目覚めと青い光』

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第6話:『錆びたプライド』






薄暗い店内の奥から、商品棚をなぎ倒すようなガタガタという物音が漏れ聞こえていた。



ガラス張りの自動ドアは半分開いた状態で電源が落ちており、入り口のマットには誰のものとも知れない乾いた靴跡と、黒ずんだ血痕が点々と続いている。



だが、湊がまず警戒の視線を向けたのは、その入り口ではなく――店舗脇のゴミ集積場、金網フェンスの影だった。



(……隠れてるつもりなんだろうが、丸見えだ)



敏捷と体力が上がった影響か、視力や聴覚といった五感の解像度も以前とは段違いに上がっていた。



青いゴミバケツの裏から、すり減ったビジネスシューズの爪先がわずかに覗いている。荒い呼吸を必死に押し殺そうとして、喉がヒューヒューと鳴る音まで聞こえていた。



湊は金属バットを片手に提げたまま、あえて足音を立ててゴミ集積場の方へ歩を進めた。



「おい。隠れてないで出てこい。バケツの裏のあんただよ」

ピクッ、と青い大型バケツが揺れた。



数秒の沈黙の後、恐る恐る姿を現したのは、薄汚れたワイシャツにネクタイを緩めた、四十代半ばほどの男だった。



髪は乱れ、目の下には濃い隈が張り付いている。手には護身用のつもりなのか、折れたビニール傘の親骨を震える手で握りしめていた。



「ひっ……! た、助けてくれ! 私は一般市民だ、害はない! 金なら……金なら財布にある、全部やるから!」



男は湊の血まみれのバットと、左手に構えたモップスピアを見て、感染者以上に怯え切った様子で両手を挙げた。



視界の端に、システムの淡い光が文字を紡ぎ出す。




【対象:生存者(一般人)】


名前:遠藤 雅之(46)

職業:中堅商社 営業部長

脅威度:極小

カルマ値:保身・日和見

状態:脱水症状(軽度)、強いパニック状態




(金、ね……。紙くず持ってても腹は膨れないんだよな、もう)



「金はいらない。落ち着けよ。俺はあんたを襲う気はない」



湊が冷淡に言い放つと、遠藤と名乗った男は少しだけ安堵の表情を浮かべた。しかし、湊がただの若い男だと分かると、その顔にわずかな「大人のプライド」のようなものが戻ってくるのが見て取れた。



「き、君……その武器、さっき外の化け物たちを一人で倒したのか? 信じられない……警察か自衛隊の人間なのか? いや、それにしては若いな。大学生か?」



矢継ぎ早に質問を重ねてくる。どうやら、相手が若年者だと認識した途端に、かつての社会的な上下関係を持ち出そうとするタイプらしい。



「ただの無職だよ。それより、このコンビニの中はどうなってる」



湊が無愛想に遮ると、遠藤はバツが悪そうに唇を噛み、小声で店の方を指差した。



「な、中は地獄だ……! 私が逃げ込んだ時、店員と客がすでに襲われていてね。奥のバックヤードに逃げ込もうとしたんだが、扉の前で店長らしき男が化け物に噛みつかれて……私は命からがら裏口からここへ逃げ延びたんだ」



「中に何体いる?」



「見、見えただけでも三体……いや、四体はいたはずだ。しかも奥から唸り声がずっと聞こえる。とてもじゃないが入れない。君、食料なら諦めて、一緒に大きな通りへ逃げないか? 私の車が近くのコインパーキングにあるんだ。君が護衛をしてくれれば、乗せてやってもいい」



遠藤は値踏みするように湊を見た。



自分の車という移動手段をエサに、腕の立つ若者をボディガードとしてこき使おうという算段が透けて見えている。



その時、湊の視界にポップアップが割り込んできた。



――ピロン♪




【クエスト[フェーズ1:セーフエリアの確保]の進行中】

【対象エリア:コンビニエンスストア内部】


【敵反応:感染者×4、変異種(フェーズ1・肥満型)×1】

【追加情報:店舗奥の事務所金庫に『高純度エナジードリンク(MP全快)』を感知】




(変異種……? ただの感染者じゃないやつが混ざってるのか)



湊は遠藤の提案を鼻で笑った。



「車? ガソリンスタンドも機能してないのに、都内の道路が車で通れると思うか? とっくに乗り捨てられた車で玉突き事故だらけだよ。あんたの車まで行くだけ無駄死にする」



「な、何だと……!? 君、年長者に向かってその口の利き方はなんだ! 私はこれでも一部上場企業の――」



「うるさい。声が大きいと中から出てくるぞ」



湊が低く凄むと、遠藤は慌てて口を両手で塞ぎ、青ざめた。

世界がどれほど壊れても、肩書やプライドを捨てられない人間は、終末では真っ先に死ぬタイプの典型だ。



見捨てるのは簡単だが、囮や荷物持ちとして使い道がないわけでもない。



「俺は中を制圧してここを拠点にする。食料も水も手に入る。……ついてくるなら、俺の指示に絶対従え。嫌ならその傘の骨でも握りしめて、一人で車を探しに行けばいい」



「う、く……」



遠藤は悔しそうに顔を歪めたが、薄暗い路地の先から響く不気味な遠吠えを聞くと、背筋を震わせてコクコクと頷くしかなかった。



「わ、分かった……指示に従う。だから、見捨てないでくれ……」



「よし。じゃあまず、これを持て」



湊は長谷川たちから奪った【バール】をインベントリから取り出し、遠藤の足元に放り投げた。



空間から突如として鉄の棒が出現した光景に、遠藤は「ひっ!? い、今のは……?」と目を白黒させたが、湊は気にも留めず指示を飛ばす。



「武器だ。振る自信がないなら、俺の後ろでドアを押さえてろ。逃げたら置いていく」



湊は金属バットを強く握り直し、半分開いた自動ドアの隙間から、コンビニの店内へと足を踏み入れた。



鼻腔を突くのは、腐敗臭と、割れた酒瓶から漏れ出したアルコールの混ざり合った異臭。



雑誌コーナーのラックは倒れ、少年誌や週刊誌が血まみれの床に散乱している。



奥のおにぎりやサンドイッチの棚は粗方荒らされていたが、日持ちするレトルト食品や缶詰、ペットボトルの飲料はまだ棚に大量に残されていた。



宝の山だ。だが、その宝を守るように、通路の奥――ドリンク用大型冷蔵庫の前で、異様な影が蠢いていた。



通常の感染者ではない。



体の皮膚が異常に膨張し、まるで水死体のようにぶよぶよと膨れ上がった、二メートル近い巨体の怪物。



その足元には、貪り尽くされた店員の成れの果てが転がっている。




【警告:変異種『ブロート(肥満型)』を検知】


特性:【高耐久】【死亡時破裂(強酸性消化液の飛散)】

弱点:頭部、および首の付け根




「……死んだら爆発するタイプかよ」



湊は舌打ちし、後ずさりしかける遠藤の襟首を掴んで引き戻した。



「おい、ドアの前に立て。俺が合図したら、外のゴミ箱を引きずってきてこのドアを塞げ」



「ひ、ヒィィッ……あんな化け物、無理だ、勝てるわけがない……!」



「いいからやれ。死にたくないならな」



湊の瞳が鋭く据わった。



退路を塞ぎ、店内の怪物を一掃する。



青い光が網膜の上で静かに明滅し、湊の心拍数を一定の冷たさへと縫い止めていた。





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