「できない」「いや」に対する否定が招く信頼関係崩壊の危機
発達持ちの場合、経緯の説明が下手くそなことがあります。また、感情優位になっているときは、結論のみしか口に出さないことがあります。「いや」「できない」と否定的な言葉を言うことも、恐らく多い。でもそれを無碍にすると、関係にひびを入れる原因になるかもしれません。
こんにちは、みほしです。見に来てくれて、ありがとうございます!おかえりなさい、お茶どうぞ!発達の人とかかわりを持ってると、結構頻繁に「できない」とか「いや」って感じの否定的な言葉を言いがちだと思います。
健常発達の場合、年齢と共にそれなりに語彙が増えていきます。そして、増えた語彙はスルスルと出てくることが多いのではないでしょうか。
同じ内容の授業を受けたとき、健常者と発達持ちとでは記憶できる量に差が出ます。そういったことも、言葉吸収の面でなんらかの影響があるのかもしれません。
発達持ち全員にいえることではないと思いますが、いいタイミングで自分の表したい内容を言葉にしてとっさに出すことができない人がいます。私がまさにそれです。
文章を書くことを生業としているので、書かせれば本当にずっと字を書いています。全然苦じゃないです。じゃあ喋れるんじゃないの?と思いますよね。それがどうも違っているようです。
何かとっさに理不尽だと思うことが起きたとします。
これがこうでこうだから、納得できない。健常者であれば、こういった文言が口からスラスラと出るのかもしれません。これは私の想像なので、もしかしたら違っているかもしれないです。私が持つ健常者のイメージは、言葉が出ずに困っている場面が少ないように思います。感情優位だと、多分健常者でも言葉は出ないのかな。
発達の中でも言葉がなかなかポンと出ない場合、説明の部分を全部ぶっ飛ばして「いや」とか「できない」が先頭に来ます。自分の気持ちや、できないことを伝えることが最優先になるケースがある。
健常者の場合、これを最初に言われると、多分「否定された」「わがままばかり」となるのかもしれない。そりゃそうだと思います。口を開けば、「できない」「いや」って。聞いてる側は苦痛です。
でも、この「いや」「できない」を、「甘えるな」「嘘を言うな」「ちゃんとやれ」と否定し続けると、発達持ちで言葉が出ない人は、"この人はこっちの話を聞いてくれる気配がない"と感じやすい。
発達持ちで言葉が出にくい場合、「いや」「できない」の言葉の裏側に理由が潜ってることがあります。そのため、「なんでいやなの?」「どこができない?」という一言があると、理由を引き出しやすくなります。
この時圧をかけると、絶対喋らない人がいます。そう。私みたいなタイプです。あくまで、表面だけでいいので平静を装ってください。それだけで話が進みやすくなります。
「なにがいやかな?」と問われれば、自分の中で答えが固まっている場合、「これがいや」と、音やニオイ、場所の雰囲気など理由を話しやすいです。
できないといった場合は、「なにができないか」と聞いてみると、できない箇所を言いやすいです。「どうしてできないの?」と聞かれると、答えられないことがあります。返答の照準が定まりにくいためです。
否定的な言葉が最初に来る場合、口下手な発達持ちだと理由が隠れがち。これを知っておくだけで、だいぶ相手の見方が変わるかもしれない。
これは発達持ち本人と発達持ちとかかわりを持つ健常者、双方にとって関係を悪くしないための一つの手段になる可能性を秘めていると思います。
私の場合、実家にいる頃は「いや」と「できない」は、一定の年齢になってからは言わなかったです。子どもの頃は言葉が出ないので、「いや」が先行していました。「いや!(こっちがいい)」「いや!(そこはうるさくて行きたくない)」と、中身が話せない「いや」が長く続きました。感情優位になると、言葉が出にくいです。
親は私がおかしいとわかっていたものの、健常であると信じ込んでいました。信じたかったんだと思います。
そのため、中学生に上がったくらいの年齢のときに、「ずっといやしか言わなかった」「まだ否定してくるの?」と言われ、意思表示の気持ちを失い、ほとんどのことに対して「はい」「わかった」しか言わなかったです。嫌だなと思ったら、どうしようもないときはだんまりでした。
高校進学の際、学力の面で自分がいける公立高校は分かってた。ここ以外は多分難しいと思っていると、親は一つランクが上の公立校に行くよう言ってきて、もう無理だと思いました。学習障害もあるし、短期記憶も弱い。限界だった。その時ばかりは、「その学校には行けない」と言ったのを覚えています。限界だから行けない。その事実が言えなかったです。
その時の親の返しは、「でも親戚のあの子はこの学校に行った」と最初に比較が来て、公立に落ちたら私立に行くことになるため人権がなくなるどころの話ではなくなると思い、三者面談のときに「その学校はいけない」と担任に言いました。すると隣に座っていた親が、「本人がこういってるので、もう好きにさせます」と投げやりに言ってため息をつきながら鼻で笑っていました。本人は無自覚だったと思います。
見捨てられたなと。確信しました。
こんな風に、「いや」「できない」を否定すると、発達持ちの人の心に修復できない傷が残り、一生しこりになって残ります。
発達持ちの人と生活している方。接することが多い方。面倒かもしれませんが、「なにがいやなのか」「なにができないのか」を聞いてあげてください。責めずに待ってあげると、話し始める可能性は割と高いです。
今回は、この辺で。
猛者の皆さんに、1つでも多くいいことがありますように。
明日も朗らかに晴れますように。
みほし ゆうせい
否定的な言葉を言う場合、相手のことを否定しているのではなく「その事案はこちらでは手に負えません」「可不可で言えば不可でございます」という意味です。あなたが嫌いであなたを否定するために否定的なことを言っているのではなく、こちらの事情の話をしているけど圧倒的に言葉が足りていない状態であると思ってもらえると幸いです。
評価などいただけると嬉しいです。
次回は、発達持ちの子どもの暴言が止まらない理由を公開!




