白黒極端にはっきりつけたがる理由
発達持ち、なんでそんな考えが極端なんだよって思うことが多いと思います。私もそうです。なんでそんな思考になりやすいのかをまとめているので、参考にしてもらえればと思います。
こんにちは、みほしです!見に来てくれて、ありがとうございます。おかえりなさい、お茶どうぞ。発達民、考え方が極端になりやすいです。私ももれなくそう。自分でも、たまに手加減しろよと思うような、極端な思考になりやすいです。
発達持ち、とりわけアスペルガー(ASD)は、白黒思考が強くなりがちです。善か悪、0か100。どうしてそんなことになるのよって思いますよね。多くの人が求めるものは、1~99の間にある白でも黒でもないぼかした色の答えなのです。
極端な思考。これは意思表示がはっきりしている反面、偏っている内容になるため敵を作りやすい。敵を作ると、その場に居づらくなることがある。意図していなかったとしても、発達民は考え方が偏りやすく、気づくと敵を多く作っていることが多いです。自分の思考はおかしくない、これが最良なんだと信じ込むのは危険。
では、どうして極端な思考に偏るのか。これは発達持ち全員にいえることではないと思いますが、おそらく曖昧さが苦手。うずうずするというか、どっちなんだよってつっこんでしまう。どっちでもないという宙ぶらりんな感覚が、どうしても許せない。しっくりこないって感じになりやすいです。私の場合はまさにそれ。
健常発達の人を見ていると、グレーな回答や思考のまま、あまりにもスムーズに生活しています。なんとなく曖昧な部分を抱えたまま生きている。あれがどうしてもわからないのです。どうしてそれで平気なんだと思ってしまう。
自前の小説の主人公にも、この特性は持たせています。そのため、割と温和で朗らかな性格であるものの、相手を詰め始めるとガン詰めする場面が何か所かあったはずです。とりわけ心の距離が近く、甘えてしまう関係性の人に対してこの行動はとりやすい。
「どっちなの」「それじゃわからない」「どうして」と、言葉の火力はそこまで持たせていませんが、詰め方は結構なものだと思います。モデルが私の経験なので、全然可愛くないです。主人公に対して、クソじゃないかお前と思いながら書いてます(コラ!)。
曖昧さが苦手。これは、生まれてこの方ずっとそう。
物事には、発生→経緯→結果という流れがつきものです。起きたことに対し、経緯を考慮して、「こうだったからこういう結果になった。ここは悪かったけどこっちはいいから」みたいな話になることが大半。
私の場合、思考の基本が発生→結果なので、経緯を考慮していません。経緯には努力とかなんだとか、無視できないものがたくさん詰まってます。そこを考慮しない。
他人に対してそれをやると、そら嫌われる。そのため、他者に対しては「仕方がない」と「しょうがない」という言葉を用いて、事を荒立てないよう意識を持って行く習慣を持ちました。経緯が大事であることも、他人であれば分かるようになった。
しかし自分に対しては発生→結果の思考しか適応できず、どれだけ苦労した経緯があったとしてもそれを無視。結果が出なかった事実しか目が行きません。白黒思想で言う所の黒、0か100かで言えば0です。そのため、結果が出なければやった意味がないと思ってしまう。経験を積んだとの考えには、なかなかなりません。
これは発達の面もありますが、おそらく生育環境も大きく噛んでいると思います。子どもの頃、結果が出せないことが大半でした。
勉強しても点が出ず、結果が出てないことだけを指摘される。"頑張ったね"がないのです。
ピアノが伸び悩み、いよいよ音大には行けないとわかったことで、親が「もうどうでもいいです」と匙を投げる。練習はしてた。でも縛り付けられるのが嫌で、それを言うと「こっちが悪いの?」と詰められる。
このほかにも、過程ではなく結果だけを見て指摘された経験ばかりが蘇ってきます。書いていて、そりゃこういう考え方になって然りかもなと思ってしまうほどです。
発達持ちの方。思考の偏りは、自覚しておくに限ります。私の場合、少し過度に自覚を持つことで、尖った思考にはなるものの、それは口に出さない術を持ちました。完璧ではありませんが、自分の思考に対して常に疑問を持ち、たとえ正論だったとしてもすぐに口に出すのは控えた方がいいです。
極端な思考の発達持ちと暮らす方。さじを投げないで上げてください。正面からずっと付き合ってると、絶対に疲れると思う。とんちんかんで融通が利かず、納得するまでずっとうるさい。発達持ちとして、申し訳ないと思ってます。それでも、できるだけ思考の幅を広げることができるような声をかけてあげてください。
その声かけは相手のどこかに残り、ふとした時に思考の幅を広げるきっかけにつながることがあります。
今回は、この辺で。
猛者の皆さんに、1つでもいいことが多く起きますように。
明日も朗らかに晴れますように。
みほし ゆうせい
白黒思考は、個性とか考え方の偏りなんかでは片付かないことがあります。敵を作り、四面楚歌になる可能性もある。危険因子を含んでいる。そのことを、発達持ち自身が強く把握しておくことが重要になります。自分の思考は、誰かを傷つけるかもしれない。傷つけ方は健常者の比ではない。これくらい思ってた方がいいことも、多々あるように感じます。
評価などいただけると嬉しいです。
白黒思考になることそのものは、決して害ではありません。口に出すから揉めるのです。ひとまず紙に書いてみて、ちょっと時間を置いて見直してみるのがいいかもしれませんね。客観的自分の思考をとらえる方法を、いくつか持っておくといいように思います。




