9
「あれ、佐藤くんも洗面台使う?」
アイロンの電源を切る。
「えっ、なんで…」
戸惑う一ノ瀬の腰に腕を回す。
肩に顎を乗せる。
「なぁ…」
「ん?」
「……俺だって男なんだけど」
一ノ瀬の香り。
真っ白な首筋。
ぴくっと上がる肩。
鏡には真っ赤な一ノ瀬。
でも、
拒絶はされない。
そのまま手を引く。
壁に押し付け、逃げ場をなくす。
一ノ瀬の瞳。
涙がたまり、きらきらしている。
赤い、唇。
無性に、
喉が渇く。
顔を傾ける。
あと少しで、触れる距離。
「……っ」
ーーーーーピピピピッ
「………ゆめ」
天井を見たまま、固まる。
数秒遅れて、
一気に意識が戻る。
「……は?」
心臓がうるさい。
思わず顔を覆う。
「いやいやいや」
なんだ今の。
なんだよ今の。
夢?
夢だよな?
距離。
表情。
あと少しだったのに、
「……っ」
布団に顔を押し付ける。
無理。
何考えてんだ。
あと少しってなんだよ。
自分で思って、自分で引く。
……いや、だめだろ。
でも、
頭から離れない。
あの距離。
あの顔。
「……っ」
起き上がる。
強引に思考を切る。
あれは状況が悪い。
ホテルだったし、
距離近かったし、
変な空気だったし。
……だからだ。
そういうことにする。
洗面台に向かう。
冷たい水で、無理やり意識を戻す。
鏡にはいつも通りの自分。
でも、
さっきの夢の感触だけが
妙に残っている。
「最悪だ……」
もう一度、深く息を吐く。
「……忘れろ」
そう言い聞かせる。




