8
「髪、触ってみていい?」
チェックアウトの話をしていたのに、
布団の中から不思議な質問が飛んでくる。
何故髪……?
この状況分かってんのか。
大人の男女が密室で、ベッドの上。
……もしかして俺、意識されてない?
対象外ってこと……?
許可を出すと、
のそのそと布団が動く。
一ノ瀬が目の前で座り直して、手を伸ばす。
その手が触れずに宙で止まる。
徐に一ノ瀬が膝立ちになる。
距離が、一気に詰まる。
近い。
視界に入る。
いや。
やめろ。
見んな。
ジャケット着てないだけで、こんな—
やめろ。
考えるな。
一ノ瀬の指が、髪に触れる。
手触りを確かめるみたいな、優しい手。
優し過ぎて、少しもどかしい。
指が動くたびに、変に意識が引っ張られる。
……いやいやいや。
もどかしいってなんだよ。
これは、あれだ。
えと、一ノ瀬は髪フェチなんだ。
いや違う、フェチはだめだ。
フェチは興奮してしまう。
なんだ、あー……えと、
ペットだ。俺は犬。
……犬も興奮するな。
そうだ、わかった。
一ノ瀬だと思うからだめなんだ。
この手は一ノ瀬じゃない。
えーと……そう、部長だ。
部長に頭を撫でられている。
うん、大丈夫だ。
めちゃくちゃ気持ち悪い。
……いや待て。
手は普通に柔らかいし、
指の動きも優しいし、
全然部長じゃない。
これは部長、これは部長……
ふいに、耳に何かが触れる。
一気に意識が集中する。
部長はそんなことしない!
したとしてもこんな、
こんな、わけ—
だめだ、考えるな。
耐えろ俺。
反応するな。
集中するんだ。
……集中はだめか。
全神経を尖らせるんだ。
いや、違うか?
逆効果か?
やばい。
逃げ場がない。
俺の葛藤と比例して、
一ノ瀬の指も止まらない。
え、なんなん。
……誘われてる?
据え膳ってやつ……?
男の恥なのか!?
一瞬、考える。
いや、
……違うだろ。
やめろ。
冷静になれ。
違う。
これは違う。
反応するな。
わかってる。
わかってる、けど……
……これはだめだろ。
なんでこんな無防備なんだよ。
1回わからせた方が良くないか?
男とラブホ来て、ベッドの上で耳に触るって、
は?
ばかなん?
自分が女って自覚ない?
一瞬、手が動きかける。
——やめろ。
なんか、止める方法、
意識させる?
……いや、怖がらせるかも。
なんかないのか。
……時間。
時間!!
「……一ノ瀬、支度」
理性が乗った、思ったより低い声。
一瞬、空気が止まる。
バレたか……?
「あ、うん、洗面台使うね」
バレてない!!
一ノ瀬の姿が見えなくなって、
そこでやっと息を吐く。
肺が一気に動く。
よくやった。
頑張ったな俺。
帰りにケーキでも買ってやるからな。




