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「髪、触ってみていい?」


チェックアウトの話をしていたのに、


布団の中から不思議な質問が飛んでくる。


何故髪……?


この状況分かってんのか。


大人の男女が密室で、ベッドの上。


……もしかして俺、意識されてない?


対象外ってこと……?


許可を出すと、


のそのそと布団が動く。


一ノ瀬が目の前で座り直して、手を伸ばす。


その手が触れずに宙で止まる。


徐に一ノ瀬が膝立ちになる。


距離が、一気に詰まる。


近い。


視界に入る。


いや。


やめろ。


見んな。


ジャケット着てないだけで、こんな—


やめろ。


考えるな。


一ノ瀬の指が、髪に触れる。


手触りを確かめるみたいな、優しい手。


優し過ぎて、少しもどかしい。


指が動くたびに、変に意識が引っ張られる。


……いやいやいや。


もどかしいってなんだよ。


これは、あれだ。


えと、一ノ瀬は髪フェチなんだ。


いや違う、フェチはだめだ。


フェチは興奮してしまう。


なんだ、あー……えと、


ペットだ。俺は犬。


……犬も興奮するな。


そうだ、わかった。


一ノ瀬だと思うからだめなんだ。


この手は一ノ瀬じゃない。


えーと……そう、部長だ。


部長に頭を撫でられている。


うん、大丈夫だ。


めちゃくちゃ気持ち悪い。


……いや待て。


手は普通に柔らかいし、


指の動きも優しいし、


全然部長じゃない。


これは部長、これは部長……


ふいに、耳に何かが触れる。


一気に意識が集中する。


部長はそんなことしない!


したとしてもこんな、


こんな、わけ—


だめだ、考えるな。


耐えろ俺。


反応するな。


集中するんだ。


……集中はだめか。


全神経を尖らせるんだ。


いや、違うか?


逆効果か?


やばい。


逃げ場がない。


俺の葛藤と比例して、


一ノ瀬の指も止まらない。


え、なんなん。


……誘われてる?


据え膳ってやつ……?


男の恥なのか!?


一瞬、考える。


いや、


……違うだろ。


やめろ。


冷静になれ。


違う。


これは違う。


反応するな。


わかってる。


わかってる、けど……


……これはだめだろ。


なんでこんな無防備なんだよ。


1回わからせた方が良くないか?


男とラブホ来て、ベッドの上で耳に触るって、


は?


ばかなん?


自分が女って自覚ない?


一瞬、手が動きかける。


——やめろ。


なんか、止める方法、


意識させる?


……いや、怖がらせるかも。


なんかないのか。


……時間。


時間!!


「……一ノ瀬、支度」


理性が乗った、思ったより低い声。


一瞬、空気が止まる。


バレたか……?


「あ、うん、洗面台使うね」


バレてない!!


一ノ瀬の姿が見えなくなって、


そこでやっと息を吐く。


肺が一気に動く。


よくやった。


頑張ったな俺。


帰りにケーキでも買ってやるからな。




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