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ざわめきとグラスの音。
会社とは違う、少しだけ軽い空気。
「ここ空いてる?」
「空いてるよ」
隣に座ったのは佐藤くん。
それだけのやり取り。
会話は続かない。
周りの声に自然と混ざる。
隣にいるのに、距離だけがそのまま残る。
「一ノ瀬ちゃん何飲む?」
隣の女の子がメニューをみせてくれる。
「飲み慣れてなくてさ」
少し笑いながら答えると、
「じゃあこれとかどう?軽いよ」
「じゃあそれで。ありがと」
少しして、注文したグラスが運ばれてくる。
「じゃあ乾杯しよ!」
「「「おつかれー!」」」
グラスが軽くぶつかる音。
ジュースみたいな甘さのあとに
ほんの少しだけ苦味が残る。
「あ、これ飲みやすい」
「でしょ?」
「思ったよりいけるかも」
自然に笑って、会話に入っていく。
質問されて、返して、また笑って。
空気はちゃんと楽しくて、無理してる感じもまだない。
「一ノ瀬ちゃんおかわりは?」
少しだけ迷ってから、
「じゃあ同じのお願いしようかな」
そう言ってしまう。
二杯目。
気づけば三杯目。
「それでさー!」
笑い声が広がる中で、ふと自分のグラスに目がいく。
(……ちょっと早いかな)
ちゃんと話せているし、ちゃんと笑えている。
(まだ、大丈夫)
そうやって、自分で自分に言い訳する。
「一ノ瀬、いい飲みっぷりじゃん」
向かいから声をかけられる。
「そう?」
「普通に強いじゃん」
「いや、全然」
笑って返しながらも身体の熱に気づく。
視界も、ほんの少しだけぼやけている。
グラスを持つ手を少しだけ止める。
(……これ、やばいかも)
ふと横を見ると、
佐藤くんはほとんど飲んでいなかった。
誰かと話して笑ってはいるけど
誰とも近づきすぎない距離を保っている。
そのまま、ふと視線が合う。
ほんの一瞬だけ、動きが止まる。
「一ノ瀬」
少し低い声。
「ん?」
「それ、何杯目?」
「んー……」
グラスを見て、少し考えてから、
「……分かんない」
「だろうな」
軽く笑われる。
でも、その目はちゃんとこっちを見ている。
「ペース早いって」
「大丈夫」
そう言いながらも、言葉が少しだけ引っかかる。
「全然――」
途中で止まる。
「……ちょっとだけ」
素直に認める。
「水飲む?」
「……ありがと」
冷たい感触が、少しだけ頭をはっきりさせた。
「外、出る?」
「……うん」
今度は迷わず頷く。
店の外に出ると、夜風がそのまま肌に当たる。
「はぁー……」
さっきまでの熱が、少しずつ抜けていく。
「酔ってる?」
「ちょっと、でも大丈夫」
「大丈夫じゃないやつの台詞」
目が合って、少しだけ笑う。
「なんでそんな距離なの」
気づいたらそう言っていた。
一歩、近づく。
少しだけ足元が不安定になる。
それでも止まらない。
「ちゃんとしてるよね」
「……まあな」
「前はさ、全然ちゃんとしてなかったのに」
二人の間を風が通り抜ける。
「だからだよ」
「だから?」
「分かんねえから」
視線を逸らす。
「どこまでいいか」
少し間を置いて、
「分かるまで、引いてる」
距離は近いはずなのに、
触れられない。




