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 ミュリエルの行動は早かった。

 ミュリエルは当然ながら、キースの公務の予定を把握している。キースから遠ざけられていても、従者のジェシーが味方であるが故にすべての情報が筒抜けになっていた。なので、キースがいつカーチャから離れるかも簡単に把握出来る。


「お久しぶりです、マクラウド嬢」

「本当に久しぶりですねぇ、エルボロー嬢! 最近どうしてキース様のお傍にいなかったんですかぁ?」

 

 ミュリエルがキースの予定を把握出来る、ということは、カーチャもいつミュリエルが接触してくるか予想出来るというわけで。

 キースはいないが、人の目がある場所。その条件だと本来カーチャを捕まえるのは難しかっただろう。キースを公務部屋の前まで見送って、そのままロードリックの元へ行くか寮の自室に帰るかだからだ。しかし、それでは話が進まない。カーチャはわざわざ、ミュリエルに話しかけられるために学生棟に戻ってきていた。

 そうして用意された場だとも知らずに話しかけてきたミュリエルに、カーチャは開幕から喧嘩を売る。


「キース様もきっとさみしいと思ってます。エルボロー嬢は、キース様の婚約者なんですから、お傍でお役に立たないとだめですよ!」


 相当に覚悟をしてきたのか、ここまで言われてもミュリエルの淑女の微笑みは崩れない。カーチャにとってもそれくらいは想定済みで、この程度は小手調べのつもりだった。


「わたくしは、すべきことは行っております。もちろん、キース殿下のお役に立つことも、お傍に寄らずとも出来ることです」

「そうなんですかっ? そっかぁ、ごめんなさい、キース様が、ミュリエルが公務に来ないせいで仕事が進まないってご苦労されているようだったから、勘違いしちゃいました」

「キース殿下が、そうおっしゃっていたんですか?」

「はい……ご公務に行く頻度が増えてて、一緒にいられないからお願いしたんです。もっと一緒にいたいですって。そしたら、ミュリエルのせいだー! っておっしゃるから……」

「あなた方の言い分は分かりました。しかし、わたくしがご用意出来る資料はすべてそろえておりますので……やはり、しっかりキース殿下のお隣でご説明差し上げなければダメなようですね。ありがとうございます、マクラウド嬢。キース殿下に必要なことがよく理解出来ました」


 如何にもキースのためを思って言っていますと主張して見せるカーチャに、さすがにミュリエルにも怒りが現れる。美しい立ち姿のために重ねられている手のひらだが、表には見えないように手のひらに爪を立てて堪えていた。それを見て、カーチャは飛び切りの笑顔を見せる。


「よろしくお願いします、エルボロー嬢! キース様のお心を慰めるのは、あたしにお任せくださいっ」


 頑張ります! とこぶしを握ってみせると、笑顔の中のミュリエルの目が冷たく細められる。その様子に、煽るのはここまでにしておこうかとカーチャは一歩引いた。あまりにも追い詰めすぎてもいけない。作戦の締めは、もう少し先の予定だった。

 ミュリエルは、カーチャがその場を辞そうとしていることを悟って、自身の目的を忘れていたと思い出す。カーチャのペースに飲まれて、いやな気持を味わうだけで終わっては意味がない。小さく深呼吸をして気持ちを落ち着け、改めてカーチャの名を呼ぶ。


「マクラウド嬢」

「はい、なんですかぁ?」


 ミュリエルの目から見ても、天真爛漫に振る舞うカーチャは魅力的に見える。美しく愛らしい少女として、使い道はいくらでも思いついた。その相手であるキースがあそこまで愚かでなければ、利用することも、共闘することも出来ただろうと落ち着けば分かったが、今更それは意味がない。なので、非情に接しなければならない。


「あなたは、キース殿下のお心を慰めるとおっしゃいました。それは本当に、必要なことでしょうか?」


 きょとんと首をかしげる様に、未だカーチャを未熟な少女と思うミュリエルは心を鬼にする。何も分かっていない幼子に対する教師になるのだと、自分に言って聞かせた。


「キース殿下は、王太子であらせられます。御身はいずれは王として国の一番上に立つために研鑽を積んでおられるのです。そこに慰めは必要ないと存じます」

「そんな! ひどいです、キース様はあんなに頑張ってらっしゃるのに!」

「いいえ、何も酷いことはありません。歴代の国王陛下が王太子であった際も、同じように学ばれていたのです。キース殿下だけが、許されて良いものではありません」


 いくらかの自由が許されている学生とは違い、国王は一挙手一投足を臣下に監視され、ほんの数分の心休まる時もなく公務に励んでいる。側妃の存在は許されているが、それは後継のためであって国王自身の慰めのためではない。それは、少なくとも貴族であれば誰もが知るところであり、だからこそ皆が王家に対して忠実にいる。

 然るに、国王よりも容易い公務で日常にも自由がある王太子の時点で慰めを求めているようでは、即位は叶わない。


「国王陛下のみならず、人の上に立つ者とは誰もが甘えも隙も許されないのです。この学院は、それを学ぶための場です。先日、わたくしは貴女に忠告いたしましたね、ご自身を顧みなさいと。貴女は、貴族として認められないのかと憤っておられましたが、ええ、その通りです。王太子殿下を堕落させ、自らも研鑽することのない貴女は、我が国の貴族としてふさわしくないのです」


 背筋を伸ばした、貴族として完璧な立ち姿のミュリエルが、貴族として求められる振る舞いについて言及する。それだけで、周囲はミュリエルの言う内容のすべてを肯定した。どれだけ修羅の道であろうと、自分たちの首を絞めるものになるだろうと、正しさのひとつだけでミュリエルはすべてを肯定させて見せた。

 カーチャは唇を嚙んで、悔しがっているパフォーマンスをする。カーチャが言い負かされたことで、ミュリエルの言い分が正しいと更に認められたことになった。

 今までは黙ってふたりを見ていた周囲が、ざわめいていく。だんだんと、波のようにミュリエルの勝利が伝わっていく。それはあっという間に、公務部屋に閉じ込められているキース以外の全員に伝わるだろう。


「っでも!」


 それでもカーチャは食い下がった。


「キース様はあたしを大事にしてくださってます、愛してくれてます! あたしもキース様のことを一番に想ってて、なのにダメなんてひどいです!」


 カーチャは最後までキースの味方でいる必要があった。そのためには、ここでただ負けただけの結果で終わってはいけない。中身のない主張だったが、周りにいる生徒たちの噂でキースを想っているとさえ伝わればいいのだから問題はない。なので、ぺらぺらと軽い口を良く回す。


「ミュリエル様は賢いから公務でお支え出来ていいじゃないですか……あたしにはそんなこと出来ないのに、ずるいです! だったらキース様をお慰めする役くらいくれてもいいのにぃ!」

「それが、間違いなのです。あなたは、殿下をお慰めしているわけではありません。国父になられんとしている王太子殿下を弱くさせ、邪魔をしているのです」

「そんな、そんなこと……」

 

 カーチャだってさすがに、心にもないことをいくらでも口から吐き出せるわけではないので、主張をするのはこれくらいで、矛盾したことを言う前に口を閉じる。そして、周りからの冷たい目にたじろいだふりをして見せて、ミュリエルの前から逃げ出した。

 見送ったミュリエルは、話の通じない相手に呆れて首を振り、カーチャとは反対方向にその場を離れる。

 完全に決裂したところを周囲に見せつけ、それぞれの目的は達成した。

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