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ロードリックは、カーチャに言われたことを参考にして早速ミュリエルに面会を求める手紙を送った。礼儀に則って書式を整えた手紙を、互いの従者を介して送ったため、内心がどうであれ無視出来なかったミュリエルからはすぐに了承の返事が来た。
町にある飲食店の、どちらかと言えばお堅い方の店での待ち合わせに、ふたりとも時間にぴったりあわせて到着したため店の前で鉢合わせる。
ロードリックは少々の懐かしさもあって当時から学友だった従者と歩いてきたが、ミュリエルは授業が終わってすぐだったためか馬車で来ていた。さすがに個人の馬車は学院に持ち込めないので学院からの貸し出しだが、乗っている人物にあたりをつけたロードリックがその扉が開く前に待ち構えるとミュリエルははっきりと驚いた顔を見せる。いつも笑顔で感情を隠す教育を受けている貴族令嬢にしては珍しい表情を見て、思い出したのはつまらなさそうな顔のカーチャだった。
「エスコートさせていただけるか?」
「……え、ええ、ありがとうございます、ライリー卿」
カーチャは心から笑うことがあるのだろうかなどと考えながらも、ミュリエルに警戒を抱かせないよう親切に振る舞うロードリック。紳士的な態度で店内までエスコートされたミュリエルの方は、こんなに丁寧な扱いを受けたのはいつぶりだろうかと思い馳せていた。
それぞれ他所事を考えながらも、傍目には貴族の鑑のように完璧な姿で予約した席に着く。大っぴらに出来ない話をするため個室にしたのだが、互いの従者も同じ室内に入っていることで浮気には当たらないと既成事実を作った。
「本日は急な呼び出しに応じていただき、ありがとうございます」
「とんでもございません。すでにご卒業されたライリー卿とは、まだしばらくお話しする機会もなかったことでしょうから、今お話出来るなど大変ありがたいことです」
「それはよかった」
まずは当たり障りのない挨拶を交わして、店員の給仕が終わるのを待つ。ふたりの着くテーブルと、従者それぞれが控えるテーブルにティーセットが揃い、店員が優雅な所作で部屋から辞すとわずかに空気が冷え込むように変わった。
「恐れながら、わたくし学院にライリー卿がいらしているとは知りませんでしたの。どのような御用でこちらに?」
「俺がゴーチェ伯爵領を陛下に賜ったことは知っておられるだろう。その運営のため、少々勉強しなおしたい事柄があったので研究生として数か月の滞在を申請した。しかし、到着してみたところ驚くことがあったのだが、エルボロー嬢にはなにか思い当たるか?」
これもカーチャが考えた、無理のない言い訳だった。学院側も優秀な成績を収めたロードリックとは言え難しいこともあるだろうと、疑うこともなく研究生として受け入れたほどだ。
実際、ロードリック腹心の家臣のほとんどがライリー領に残り、ロードリックが不在の間の運営を請け負っている。そして、ゴーチェ領はライリー領から王都を挟んで真反対といっていいほど離れた地方にあり、天候や風土なども全く違う。言い訳のためとは言え、学院にある豊富な資料を調べられる機会は大変ありがたかった。
ミュリエルも、ロードリックが学院に戻ってきた理由については疑うことはなかった。その代わり、尋ねられたことについてもしっかりと反応を見せる。
「心当たりがあるようで何より」
表情を崩さないように、少々崩れても分からないようにティーカップに口を寄せたが、そんな小手先をすぐに見破ったロードリックがわざとらしく言った嫌味に、ミュリエルはむしろ飛び切りの淑女の微笑みを作った。ロードリックはそれをさすがだと、同じく笑顔で返す。
「ライリー卿がおっしゃりたいことは、つまり、学園の風紀の乱れが目に余るので正せ、ということでしょうか。でしたらご心配なく。対策はしておりますわ」
「そうだろうとも。君は完璧なご令嬢だから、あのような振る舞いをする輩へも対処出来るだろう。しかし、こちらも陛下の忠実な臣下として、知ってしまったからには報告をしなければならない」
再び、ミュリエルの表情が崩れた。大きな変化ではないが、しっかりと怯えが見て取れる。
「君も、ほかの者たちも、まだ誰も殿下の行いを学院の外に持ち出してはいないのだろう。しっかりと自らで収集をつけるのなら、それでもいい。だが、そうであるなら、収集をつけられる根拠を示してくれ。それが出来ないのなら、王室への報告もやむなしと分かっているな?」
ロードリックが言葉を紡ぐごとに、ミュリエルは俯いていった。静かにカップを置き、両手を膝の上で握り合わせ、肩に力が入る。従者として控えるジンジャーが、心配そうにその背中を伺っていた。
キースは、王太子である。そのため、本来であれば日常における問題は大小にかかわらず王室に報告され、管理をされなければならない。それをすべき従者や、護衛や、教師たちは、ミュリエルが止めていた。ミュリエルが関わっていない問題だとしても、王室から問題が起こるのを見過ごしていたと評価される可能性があるなど耐えられなかったからだ。逆に、報告が行く前に解決してしまえば迅速に問題を解決したと評価されるだろう。
ロードリックも、学院在籍時は口出しをせずにいたのだから片棒を担いでいたとも言える。この忠告は、だからこそのものだった。
「……彼女は、排除します。近いうちに、必ず」
「俺は数か月の滞在と言ったな。具体的には二か月を予定している。だが、場合によってはそれよりも短くなるかもしれない。それまでに何とか出来ないようであれば、報告させてもらうぞ」
「はい、分かっております」
ミュリエルは忌々し気な感情を隠さず声に乗せる。それが向かう先は、キースではなくカーチャだ。悪感情を煽ったのは自分だが、カーチャが心配になってしまう様子だった。図らずも、次の言葉にその心配がにじみ出てしまう。
「大丈夫か、エルボロー嬢」
「どういう意味でしょうか?」
「王太子殿下の振る舞いは、目に余る。あのようなことを婚約者にするなど、俺は許せん」
「……ご心配には及びません」
「では、誰が君を慮ると? 家族か? 友人か? 最も慮るべき相手から蔑ろにされている傷は、ほかの誰から思われようが微々たるものだろう。どうせ変わらんのなら、俺の心配も素直に受け取っておいてくれ」
それはそのまま、カーチャに言いたいことだった。
ロードリックを共犯者に選びながら、大抵のことをひとりでこなしてしまうカーチャにもっと頼れと何度も言ったことがある。はじめの作戦では、この学院にはカーチャがひとりで乗り込み、終わらせてしまおうとしていた。カーチャの身も、作戦の行く末も心配で自分にも何かをさせろとせまってこの役目をもらったのだが、カーチャに考えさせるのではなく自分で考えるべきだったと後悔し続けている。それだから、カーチャが自分に頼らないのだと。結果的に、自らを犠牲にする作戦に取り掛かったカーチャを心配するくらいしか出来ていないが、カーチャ本人は、ロードリックの抱えるその心配すらうっとおしがっていた。
訴える相手が違うだけで本心であるロードリックの言葉に、ミュリエルは心打たれたのか少しだけ体から力を抜いた。気を取り直したのか、改めて淑女の微笑みで浅くロードリックに向けて頭を下げる。
「ありがとうございます、ライリー卿。どうやらわたくし、心得違いをしていたようです。皆がわたくしの敵だと思い込んでおりました」
「そのようなこと、あるわけがない。君は淑女としてなにも不足がないのだから、君を嫌う殿下の方が少数派に決まっている」
「ええ、おっしゃるとおりです。どうぞ、ご安心なさってください。この件も、きっと無事に解決して見せますから」
「ああ、期待している。だが、数日したらまた話を聞かせてくれ。こちらでも、彼らについて調べておく」
「助かりますわ。ではまた後日、情報交換をいたしましょう」
またこの店で会う約束を取り付け、今日のところは解散となった。来た時と同じように馬車に乗って帰っていくミュリエルを見送り、己で言うところの少数派のロードリックは、いくらか軽くなった肩を回しながら学院への道を戻ったのだった。




