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 ロードリックが学院に来て一か月以上が経つが、与えられた研究室は殺風景なままだった。はじめから備え付けられていた作業用の大きなデスクと無骨な椅子に、座り心地がいいだけで飾り気のないソファセット。壁一面に資料を収める棚はあるが、一か月程度ではデスクに積み上げるだけで十分な量の資料しか集まっていないので、置き場所に困って放り込んだ鞄しか置かれていない。

 ロードリックの前にいるときのカーチャは、見た目だけは華やかだが雰囲気は物静かで、この部屋にもよく馴染んでいた。しかし、本日訪ねてきたジェシーとデニスは、カーチャよりもよほど事務仕事に馴染みがあるだろうにひどく浮いて見える。


「突然の訪問を受け入れていただき、感謝いたします、ライリー卿」

「僕からもお礼申し上げます。キース皇太子殿下より、訪問の許可をいただいてまいりました。お時間の許す限りお話お伺い出来ればありがたいです」


 どうしてか自分に懐いて見えるふたりの少年を前にして、ロードリックは気づかれない程度に顔をひきつらせた。一応は敵方の相手として、カーチャが来た時とは違い後ろには従者が控えている。しかし、彼もロードリックと同じように口がうまい方ではないので、ロードリック以上に困って置物のように固まってしまっていた。それを羨ましく思いながら、ジェシーとデニスの前に資料を置く。


「まず、先んじて連絡をもらっていた件についてだ」


 世事に付き合う気はないと態度で示しながら、用件を伝える。それは、ミュリエルとも話をしたマクラウド男爵の不正に関しての報告書だった。


「これは……こんなに詳細な報告書を、我々が拝見してもよろしいのですか?」

「問題ない部分のみをまとめている。持ち出されては困るので覚えて行ってもらうことになるが、それくらいは出来るだろう」

「はい、出来ます。ジェシー、君は私を補完してくれ」

「かしこまりました。しかし、本当に凄い報告書です。よくまとめられています」


 その報告書は、領地に残っている補佐官が作ったものを元にロードリックがまとめ直した。補佐官の作ってくれた報告書も完成度は高かったのだが、ふたりに知らせるわけにはいかない情報を抜く必要があったためだ。疑いを持たせないようまとめるには苦労したが、この反応であればうまく誤魔化せているのだろうと満足する。

 しばらく報告書を読み込んだデニスは、おもむろに顔を上げて難解な問題について質問をする生徒のような顔でロードリックに訪ねた。


「結局、マクラウド男爵の目的はなんだったのでしょうか……。ここまでするほどのメリットが、あったのでしょうか?」


 報告書にまとめられているマクラウド男爵の不正とは、他国の商人との癒着についてだった。しかし、外患誘致というほどの大事でもなく、単に商売における便宜を図った程度として書かれている。もちろん、不正な外貨獲得としての問題は大きく、裁判ともなれば自国の商人に便宜を図った場合とは比べ物にならない罪になるだろう。


「きっと、この件で稼いだ外貨の価値以上の罰金が発生します。それは、みんな分かっていることだから誰も行わないのです。なのに、マクラウド男爵はなぜ……」


 心底理解出来ないといった様子で尋ねてくるデニスに、ロードリックはその主犯はお前の父親なのだと言ってやりたくて仕方がなかった。

 つまり、マクラウド男爵の不正の主目的とは、他国の商人との癒着ではなく、敵対派閥の首長へスパイとして情報を流すことだった。他国の商人とは、その実、エルボロー公爵の小間使いである。それを省いて報告書にしているのだから、マクラウド男爵が目先の利益しか考えられないとんでもなく間抜けな人物にも見えるだろう。


「あまり考えすぎてもいけない。平民たちの大部分は今日を生きるだけで精いっぱいで、数日先のことも意識していない。そこまでではないにしろ、下級貴族も恒久的な視点を持ってないものがいるのも当然だろう」

「たしかに、おっしゃる通りです。マクラウド男爵家と言えば、三代前のご当主が戦争で功を立てて叙爵された家柄なのに先代からは軍部に関わることもなく目立つことのなかった家柄ですから、未だ平民と同じ価値観でもおかしくありません」

「となると、我々側にも同じような家もありそうです。意識調査を奏上いたしましょう」

「そうだね。平民たちの価値観は彼らの生活に根差したものだから否定しないけど、それなら貴族になって生活が変わったなら価値観も変えてもらわないと。父上もそうおっしゃるだろう」


 とんだ勘違いではあるが、それで第一王子派閥の動きが鈍るのなら悪いことではない。ロードリックはふたりの会話を止めずに、のんびりと方針が決定するまで待った。


「っし、失礼しました、内輪の話ばかり、ライリー卿の前ですべきではありませんでした!」


 先に気づいたのはジェシーで、焦りを隠さずに頭を下げる。それで気づいたデニスも、少々顔を青ざめさせながら俯いているか頭を下げているか怪しい具合でロードリックから目を逸らした。

 この対応は失敗している。簡単に敵対派閥の相手に頭を下げるべきではない。デニスの父親、エルボロー公爵であれば、余裕たっぷりにロードリックは如何に自派閥の引き締めをするのかと問うて来ていただろう。自分たちの結束の強さ、若いロードリックの未熟さを、これ以上ないほどからかいながら。

 ロードリックはエルボロー公爵の気持ちがわかってしまった。軽々に失態を晒す若者を見ると、そしてそれが敵であることが明確であればあるほど、政治的な攻撃材料とは全く別の理由でからかいたくなってしまう。


「気にするな。御家はエルボロー公爵の影響が絶大だから、今までそのような心配をしたこともなかっただろう」

「おっしゃる通りです。兄の補佐をするものとして、同じように影響を保つ働きをしなければと……気負ってしまいます」

「気持ちはわかるよ。俺も、父の影を追って試行錯誤するばかりだ」


 意地悪な気持ちを抑えてデニスに理解を示すと、目に見えてほっとしながら気持ちを吐露する。ジェシーも、友人の負うプレッシャーを理解して労わっているのか、止める様子がない。ロードリックはそれを利用して、よりふたりの信用を得ることにした。


「正解のない日々は疲れるだろう。学院に戻ってきて痛感した。学院での正解がある問題を解くばかりだったころは、あまりにも平和だった」


 ぎゅう、とデニスの手が膝の上で握りしめられる。それを見て、ロードリックは殊更優しく聞こえるように意識して、続きを吐き出した。


「君たちは学生のころから兄や父の補佐、王太子の補佐と働いていて、尊敬するよ」

「しかし、ライリー卿はもっと早くから領主として務められていたのでは……」

「就任と言う意味ではそうだが、していた仕事と言えば決済に承認印を押すことくらいで、実務はほとんどを補佐官たちがしてくれていた。君たちは、その補佐官がしているような仕事をしているんだ。誇っていい」


 ロードリックの自身に対する学生時代の評価が低いのは、ここに理由がある。それでも十分に領主として務めているが、ロードリックにとっては足りていない。代わりに学生時代注力していたことは達成出来たが、現在研究生として勉強出来ることに助けられていることで心残りとなっている。

 その心残りも、ここでこの年若いふたりを懐柔出来るのなら報われる。内心の目論見を綺麗に隠して、ロードリックからの賞賛に喜びを隠せていないデニスとジェシーに、更に言葉を重ねた。


「カルヴィン殿も、ミュリエル嬢も優秀だが、何事もひとりでは熟し得ない。君たちの助けがあってこそだ。そして、君たちの支えがあれば、エルボロー家は何があっても盤石だろう」


 過剰なまでの持ち上げだが、ふたりはそれを疑うことを知らない。彼らにとっては尊敬する先輩であって、敵対派閥の首長ではないのだ。ミュリエルであれば、同じようにロードリックに好意的であってもここまで褒めれば裏を疑っていただろう。だが、デニスもジェシーもまだ素直な子供から抜け出せていなかった。

 ロードリックは、中々うまく事が運べたことに安心してしまう。それで集中が切れたせいか、にこにこと顔を見合わせながら喜んでいる少年たちを前に、彼らとほとんど年の変わらないはずのカーチャがなぜあそこまで冷めきってしまったのかと、その過去に思いを馳せた。

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