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「ふふ、うふふふ……っあははは!」


 カーチャが、大口を開けて笑っている。腹を抱えて、頭をのけぞらせて、心底おかしそうに笑っている。ロードリックはそれを見て、目を丸くしながら驚くことしか出来なかった。

 ジェシーとデニスは、それなりに長い時間をロードリックの研究室で過ごして帰ったため、カーチャへの報告は後日となった。それが今日だったのだが、カーチャに尋ねられるままに詳細を話した途端、こうして今まででは考えられなかったほどの大笑いをするから、ロードリックは何を笑われているのか皆目見当もつかない。

 話しかけて止めることも出来ず、ただただ茫然とカーチャの笑いが収まるまで待った。そして、ようやく落ち着いたカーチャは、それでもまだおかしそうにしながら、にじんだ涙を拭ってロードリックを見る。感情が現れたままの目こそが、ロードリックにしてみれば初めて見るカーチャの姿で、つい問いかけようとした言葉を飲み込んでしまった。


「ふふ、閣下。あの大人ぶった愚か者たちを相手に、随分とおもしろいことをされましたね」


 また笑いが漏れてしまわないように口元を抑えながら、カーチャがロードリックを評価する。

 

「心当たりがないが、何がそんなに面白い?」


 ジェシーとデニスへの対応に関して、細かい指示はなかったのでほとんどがロードリックの独断で行ったことだったが、そうまで言われるほどのことをしただろうかと首をかしげる。カーチャはそれに頷いて返して、隠す指先も意味をなさないほどニヤリと口元を歪めた。


「彼らへの対応、私でもそうしたでしょう。煽てて、気分を良くしてあげる代わりに、こちらの都合のいいように動いてくれるよう誘導します。そも、私はいつもそのように王太子たちに接してきました。……閣下。私の真似をしたんですか?」


 言われて、カッと顔に熱が集まる。遅れて自覚が追いつき、カーチャがあれだけ笑った理由にも納得した。


「そう、そうだな……君の振る舞いを参考にしていた、らしい。気づかなかったな」

「無意識にでも参考にしていただけて嬉しいですよ。このような搦め手が不得手な閣下の成長の糧になれたのですから、領地にいらっしゃる補佐官様方に褒めていただけますね」

「だろうな。彼らにも気を揉ませていたからな」


 熱い頬を落ち着けようと手の甲でこすってみるが、一向に熱が引かない。カーチャは未だ面白そうにしているし、ロードリックはいたたまれない思いでいっぱいだった。


「それはそれとして、この後はどうするんだ。言われていたことは、一通り終わったはずだが」


 露骨ではあるが話題を逸らすと、カーチャもからかい続けるつもりはなかったのか不満そうにすることもなく返事を返す。


「必ずしておきべきことは終わっていると思います。エルボロー嬢へは王太子に対する疑念を植え付け、閣下への好感を育てることに成功したでしょう。特に、今回彼女側の人間へも好感を持たせたことは大きい。彼らから話を聞いたエルボロー嬢は、より閣下に信頼を寄せるはずです。これによって、彼女は王太子以外の嫁ぎ先という、選択肢を持ちます。今まではエルボロー嬢に釣り合う結婚相手がいなかったので我慢していたことが、我慢出来なくなります」

「……俺に、エルボローの人間と縁を結べと?」

「閣下がそれを望むのなら、それでも良いのでは? その場合、私は用済みになるでしょうけれど」

「おい、本気で言ってるのか!」

「私は、エルボロー嬢に選択肢を与えただけです。閣下に、それに応えろとまでは言っておりません」


 思わず激昂したロードリックだったが、もうすっかり普段の様子に戻ったカーチャに冷静に返され、急激に頭に上った血が同じ速度で下がっていく。体から力を抜いて深く溜息を吐いた後に虫の飛ぶ音ほど小さな声で謝ったが、カーチャに聞こえていたかは分からない。


「……頼むから、もう二度と、エルボローの奴と縁付かせると勘違いするようなことを、言わないでくれ」

「それは困りましたね。今の閣下のおかげで、王太子罷免が叶った後の面白い作戦を思いついたのですが」

「状況によって考えると言っていた、あれか」


 冷静さを保ち続けているカーチャの態度が他人事だからに思えて、ロードリックはまたむかっ腹が立ってくるが、話を続けるために深呼吸を繰り返す。


「それは、どうしても必要なことなのか」


 絞り出すように尋ねると、カーチャは心底不思議そうに首を傾げた。


「閣下は、エルボロー家はともかく、エルボロー嬢には好意があるものと思っておりましたが、違いましたか?」

「なぜそんな勘違いを。いや、ありえない。決してだ」

「ですが、ずっとエルボロー嬢は私の言うようなひどい人間ではないと庇われていたではありませんか」

「俺の見たまま、正当に評価していただけだ。彼女に好意があるわけじゃない」

「ふむ、まあ、そうおっしゃるのならそうなのでしょう。往々にして、人に対する評価に差異があるための祖語は起き得ますから。それに、閣下がエルボロー嬢に好意がないのであれば、その方が都合がいいですね」

「都合? 俺にとっては何も良くない。結局、俺とエルボロー嬢の婚約話を持ち上げるのだろう」

「ええ。いいではないですか、それで閣下がこっぴどくエルボロー嬢を振ってさしあげれば」


 暖簾に腕押しで、まるでロードリックの気持ちを汲んでくれないカーチャに悔しくなってしまう。

 しかしロードリックは、なぜここまでミュリエルとの婚約に忌避感があるのか、自分でも上手く説明出来なかった。口の上手いカーチャを言い包めるなど出来ようはずもないが、ある程度納得出来るだけの理由があれば気持ちや事情を汲んでくれるカーチャだ。この案は取り下げてくれただろう。けれど、ロードリックが嘘でもなんでも理由を言わずに、ただ嫌なのだと子供のように駄々をこねるから、カーチャも理解しようとはせずにいる。

 エルボローと縁付くなど考えられない、その理由は明白だろうと、ロードリックは思い込んでいる。カーチャは、それは理由にならないし、そも婚約の打診を餌にするだけの予定でいるつもりだから話が嚙み合わない。そのもどかしさで、ふたりが同時に溜息を吐いた。


「いずれにせよ、まずは王太子の誕生パーティを終えなければなりません」

「……うむ。正念場を目前に、喧嘩をしている場合ではないか」

「はい。そのために準備をしてきましたから、この話はそれを終えて落ち着いてからまた、ですね」


 ひと月後に学園と王城で行われる二度の王太子誕生パーティ。その学園で行われる方のパーティに合わせて、カーチャとロードリックは準備をしてきている。それを思い出して、ロードリックは姿勢を正した。


「これ以上おかしな勘違いをされたくないので言っておくが、誕生パーティでの俺の役割も、必要なことだと納得したから受け入れただけだ。決して、エルボロー嬢に好意があるからではない」

「それについては理解しました。あまり言いすぎると、むしろ怪しいですよ?」


 どうせなら鼻で笑ってくれた方がマシだったくらい、カーチャは何とも思っていないような顔でロードリックに釘を刺す。では一体どうしたらよかったのかと頭を抱えるロードリックにかまわず、カーチャは続けて言った。


「閣下がエルボロー嬢になんの気もないのであれば、遠慮は必要ないでしょうからやりやすくて助かります。閣下も、そうおっしゃったからには働きに期待しておりますよ?」

「任せてくれ。きっと、成功させて見せよう」


 顔を上げたロードリックの目に映ったのは、柔らかく笑うカーチャの顔。更に、ロードリックがそれだけは自信を持って頷いて返すと、カーチャがとても可憐な少女だったことを思い出す笑顔に変わる。

 笑顔ひとつだけではロードリックの胸が高鳴るなんてことはない。しかし、あのカーチャがそんな笑顔を見せてくれるほどまで心を許してくれている事実に、嬉しく思う気持ちは抑えが利かなかった。

 自身の復讐のための作戦だというのに、カーチャの期待に応えるために働きたくなっている自分に、ロードリックはまだ気づかない。

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