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 キースは未だ学生の身であるために、任された公務はあれどもそれは最後に城勤めの官僚たちによって確認をされる。学院内で行なっている公務など、言わば卒業後のための練習でしかなかった。なので、本来であれば間違えてそれを官僚たちから直されることで仕事を覚えていくべきだったのだが。


「殿下、こちら明日処理予定の書類に関する資料です。ご確認下さい」


 ジェシーが抱えた紙束の中から半数程度をキースの机に置く。返事もせずにそれを手に取ったキースは、自身が大人しく資料を手に取ったことで満足そうなジェシーが離れて行ってからほっそりとため息を吐き出した。

 この資料は、ミュリエルが作っている。ジェシーや城の役人が作ることもあるが、結局はそれにもミュリエルの検閲が入り手直しされるので、キースにとってはすべてミュリエルが作っていることに変わりなかった。この資料の通りに書類を埋めて行けば、官僚たちから差し戻されることはない。

 ぺらり、ぺらり、ゆっくりと呼んでいるふりで資料の紙を一枚づつめくる。どうせ今読まずとも、書類の作成時にまた確認しながら書き写すのだからこんな時間は無駄だった。それにも関わらず大人しく言うことを聞いているのは、資料を書き写すだけで書類が出来てしまうので時間が余るからだ。余った時間でカーチャに会いに行きたい気持ちはあれど、あまりにも早く終えてしまうと仕事をしているのか疑われるかもしれないと恐ろしく思うくらいの理性はあった。


「そうだ、殿下。お聞きになりましたか、来年はテレンス殿下と一緒に辺境伯家の者も入学してくるそうです」

「あの出不精の辺境家が、人を送ってくるのか。テレンスの補佐としてかな?」

「おそらくそうかと。辺境伯家の直系ではないそうですが、なにせ辺境からの入学生は数十年ぶりです」


 キースの弟、テレンスの母の生家である辺境伯家コロンネッティは、ひときわ中央政治に興味のない家だった。他の地方にも辺境伯家はあるが、コロンネッティとその臣下の家は自らの領地の運営と他国からの侵略に対する防衛ばかりに執心している。だからこそ、国への帰属意識を疑われて娘を王へ嫁がせろとの政略結婚が発生したほど。

 貴族の社交に重要な役割のある学院なのに「中央」と名がついているのも、なにかと理由をつけて中央学院まで子弟を送りたがらない辺境地の貴族たちのために中央学院よりも規模の小さな学院がまだいくつかあるからだった。


「辺境家が、中央政治に関心を持ったのか?」


 わずかに声を震わせながらキースが尋ねるが、ジェシーはその動揺に気づかないまま軽く肩をすくめて返す。


「どんな思惑かは分かりません。単に第二王子派からはテレンス殿下の従者になる者がいなかったため、王妃殿下がご実家に頼んで呼び寄せただけの可能性もあります」

「そうか。第二王子派の首長は、ライリー卿だったかな。彼はまだ若いし、派閥をまとめきれていないのだろうか」

「学院をご卒業されてからは、あまり目立った活躍を聞きませんね。いくら優秀生とは言え、卒業してすぐでは領地の管理で手一杯なのでしょう」


 嘘とも本当ともつかない言葉でジェシーに煙に巻かれたことに気づかないまま、キースは考え込む。その手からは資料の紙束は抜け落ちていたが、さすがにジェシーもそれを指摘することはなかった。

 キースの母は、伯爵家の出身だったが王家に嫁ぐのだからと公爵家に養子入りしている。しかし、その公爵家は何代か前に不祥事を起こし今になっても政治に関わる力がない。そして、テレンスの母の生家は中央政治に興味がない。たとえそれが孫が国王に即位する可能性だったとしても変わらなかった。そのため、多くは母親に関わる家が首長になるはずのそれぞれの王子を支持する派閥を、関係のないエルボロー家とライリー家が先導している。

 テレンスの従者として辺境から人がやってくるのならば、そのバランスが崩れることを意味していた。


「ジェシー、ライリー卿の近況を調べてくれないか」


 キースは今まで、敵対派閥なんてものを意識したことはなかった。第二王子派が権勢を誇っていたのは前侯爵が生きていた時までで、前侯爵夫妻が亡くなった時はまだ幼く政治など関心のないころだった。それ以降はすっかりと鳴りを潜めていたので、ロードリックと在学期間がかぶっていたにも関わらず興味すらなかった。

 だが、エルボロー公爵はそれを良しとはしていない。もちろんそれはミュリエルも同じで、旗頭となるキースに派閥関係を意識させるためにこの情報をジェシーに伝えさせた。まんまとそれに嵌ったキースに深く頷きながら、ジェシーは了承の返事を返す。


「ひとつだけお伝え出来ることがあります」

「なんだって?」

「これは僕が先日教授から聞いたことなので、まだミュリエル様にもご報告していないのですが、ライリー卿は現在研究生としてこの学院に戻ってきているそうなのです」


 キースが大きく目を見開く。キースにとって研究生とは、二種類いた。学園卒業からそのまま在籍し続ける優秀者層と、卒業後しばらくしてから戻ってくる落第者層だ。これは、領地運営に関わる専門的な職に就くために学び続けることを選んだか、領地運営のための能力が足りないまま卒業してしまったせいで失敗をして戻ってこさせられたかの違いのせいだ。

 ロードリックの首席卒業は当時の在学生たちの中では非常に話題になった。話題の中身はさまざまあれど、ロードリックの優秀さについては否定されていなかったくらいで、そんな者が戻ってきたことはキースにとって信じがたかった。


「本当のことなのか? あのライリー卿がなぜ」

「教授も詳しくは教えてくれませんでした。なので、出来ましたら直接ライリー卿を訪ねてみたく思うのですが、よろしいでしょうか?」

「それは……大丈夫なのかな。なにか、不都合はないのか」

「ご心配には及びません。僕も卒業後は研究生となる予定ですから、単に、優秀な先輩に研究棟の様子ついてお話を伺いに行くだけですので」


 にっこりと笑って何も問題はないと言い切るジェシーに、キースも頷いて返す。結局、キースには派閥関係の小難しいことなんて分からないのだから、大丈夫と言い切るジェシーを信じるほかなかった。


「分かったよ、では頼んだ」


 あっさりと許可を出したキースに見えないよう、体の後ろに隠してこぶしを握り締めるジェシー。これで、ジェシーが公的にロードリックを訪ねる理由が生まれ、そこにミュリエルやデニスが共にいても言い訳は立つようになった。さっそくこのことをミュリエルに報告したいジェシーは、この場からの退室を申し出る。


「本日お知らせすることは以上です。殿下の業務も終了となります。お疲れ様でした」

「ああ、そうか……。いや、私はもう少しここに残るよ。君は帰っていい」

「左様ですか? では、お言葉に甘えまして。また明日、お目にかかります」


 本当ならキースもさっさとカーチャに会いに行きたかったが、少し考えてジェシーだけを帰した。それに眉を跳ね上げさせながら、しかし余計なことを訪ねて帰れなくなるのも嫌だったジェシーは、深く聞かずに礼だけは身に沁みついた仕草で行う。そしてあっさり、部屋から出て行った。

 残ったキースは、部屋の中にひとりで残ったことを良いことに、だらしなく机に伏せる。この部屋は、公務の機密情報を流出させないために窓もなく、中に誰もいなければ人に見られていない信頼があった。キースにとっては、仕事の積み重なる忌々しい場所でもあり、従者のジェシーや護衛のイライアスが合鍵を持つ領の自室よりも余程心休まる場所でもあった。


「あぁ、疲れたよ、カーチャ……」


 哀れな嘆きは、誰にも拾われない。

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