62話 幻影
ギィイイン!
ガィィィィイイン!
ズシャアァア!
ズバァァァア!
鈍い金属音と鋭く切り裂く斬撃の音が何度も響き渡る。
王都正門から出て来た魔王軍本隊の第一陣は防ぎきったものの、第二陣からジリジリと押されていく第一次防衛線。
副団長であるレナは第一次防衛線を下げ、魔王軍本隊の戦力をなるべく削ぎながら時間を稼ぎ、第二次防衛線まで後退する判断をした。
ただ、そのまま防衛線を下げたのでは魔王軍本隊に押し切られ、防衛線が瓦解する可能性がある。
その為、再構築と時間稼ぎのためにレナが殿となって魔王軍の侵攻を遅らせようと単騎で奮起していた。
基本的な作戦は事前に連絡済みであるし、戦線後退の指示伝達も済ませた。
その為、副団長のレナは単騎で自由に動くことが出来ているのだ。
通常の一般団員では単騎で魔王軍に立ち向かうなど無謀でしかない。
それは、一騎当千である副団長レナだから可能である。
とは言ったものの、それ自体は無茶な行動である。
それはレナ本人が一番良く分かっていた。
「……それでも」
「リナ姉さんなら……」
猪突猛進で正面突破大好きな団長のリナであれば、些細な心配もせずに全力で立ち向かうであろう。
レナはそんなリナを誇らしいと思っている。
深く思案し考えて行動する自分とは対象的であり、自分には無い強みであり憧れでもあった。
「私は、任されたのだから……この騎士団を、この魔導師団を」
「そしてこの国の命運を!」
レナは自分に言い聞かせる様に叫び、魔王軍本隊へと単騎で突撃する。
ギィイイン!
ガィィィィイイン!
ズシャアァア!
ズバァァァア!
孤軍奮闘するレナのおかげで、致命的な損害を出さずに戦線は下がっていく。
それと共に徐々に空が明るく、赤く染まり始めた。
日の出が近いのであろう。
「……はぁ、はぁ」
たった一人で魔王軍の侵攻を遅らせるレナだが、体力は無尽蔵では無く、疲れが見え始めてくる。
周囲に居た団員達も戦線の引き下げにより、後方へと下がっていた。
「このあたりが潮時かしら……」
レナは周囲に団員達が居なくなったのを見計らうように呟く。
「出来るならこの辺で……魔王軍の戦力を一気に削っておきたい、わね」
防衛線を下げたとはいえ、戦線の再構築の完了まではもう少し時間を稼ぎたかった。
「少々……本気で行かせて貰う」
レナはそう言うと目つきが変わった。
「幻影虚風剣二重奏」
そう叫んだレナの動きがブレて見え始め、あたかも二人居るような華麗なコンビネーションでゴブリンを切り裂いていく。
ズシャアァア!
ズバァァァア!
一瞬の内にゴブリンやゴブリンチーフ、ゴブリンコマンダーまでもが倒されていく。
その猛攻にゴブリン達が一瞬怯み、侵攻が遅くなる。
ズサァ……
レナはそんな魔王軍から一旦間合いを取る。
「ふぅ……」
レナは何故か魔王軍側ではなく周囲や後方を気にする素振りを見せる。
「大丈夫ね、見られてない」
「私が隠密特殊部隊の陰の調律者No.2コードネーム幻影って事は」
「まだ秘密にしておきたいからね」
そう副団長であるレナは隠密特殊部隊の陰の調律者No.2のコードネーム幻影でもあるのだ。
リナより作戦立案や内務が出来るのに副団長をしている理由もそこにあった。
副団長としての立場のほうが暗躍するには都合がいいからなのだ。
とは言え、リナ姉さんがモモと勇者探しに出かけてしまってからは、思う様に動けない事がままあった。
だけど今は自分一人で思う様に動くことが出来る。
敢えて一人で殿を買って出たのもその理由からである。
「……さて」
「もう少しだけ、踏ん張り……ますか」
レナはそう言って再び魔王軍本隊に立ち向かう。
ズシャアァア!
ズバァァァア!
再び幻影虚風剣二重奏を使い、魔王軍本隊に対し孤軍奮闘するレナ。
それはまるで二人で踊っているような華麗な剣技であった。
すると、王都正門から第三陣なのかゴブリンコマンダーよりも屈強なゴブリンが姿を現す。
「あれは……ゴブリンジェネラル?」
明らかに今までの雑魚ゴブリンやゴブリンコマンダーよりも格上である事が一瞬でわかる。
「あれを……倒せれば」
「侵攻が一時的にでも止まる、はず!」
あれ程のゴブリンが倒されたのなら魔王軍の指揮系統能力や士気が下がり、侵攻を遅らせることが出来る。
そう判断したレナは狙いをそのゴブリンジェネラルに定め、向かって行く。
そこまでに居る雑魚ゴブリンやゴブリンチーフ等の攻撃を躱し、ゴブリンジェネラルの懐に飛び込むレナ。
「……くらいなさい!」
そう叫び、鋭い剣技でゴブリンジェネラルに斬りかかる。
だが、レナはその判断を後悔する事になる。
確かに万全の状態のレナでであればゴブリンジェネラル程の強者に対しても十分戦える事ができるし、勝つことも可能である。
だが、今のリナは魔王軍本隊の足止めの為に孤軍奮闘し、さらには休むことない連戦により激しく消耗している状態であった。
普段のレナであれば普通に気付けることなのだが、その事を一瞬でも失念していた。
「ヴォォォォオオオ!」
襲いかかるレナに既に気付いていたゴブリンジェネラルの反応は速く、手に持った巨大な棍棒をレナに向けて力任せに振り下ろす。
「……くっ!」
レナはそのゴブリンジェネラルの反撃に反応出来たものの、自身の反応速度がいつもより遅い事に気付く。
このままだとゴブリンジェネラルの攻撃が直撃し、ただでは済まないと瞬時に判断するレナ。
「幻影虚空!」
咄嗟に技を繰り出すレナ。
その技は幻影を作り出し、その幻影が身代わりとなって攻撃を受けたり、敵の攻撃を惑わしたりする技である。
ズガァァァァアアン!!
ゴブリンジェネラルの棍棒が勢い良く振り下ろされ、激しい衝撃と土煙が舞う。
周囲のゴブリン達はゴブリンジェネラルが敵を倒したと思い浮かれ始めるが、当のゴブリンジェネラルは警戒を解いていない。
振り下ろした地点から離れた場所に気配を感じ、そこを睨みつけるゴブリンジェネラル。
「……くっ」
その視線の先には間一髪で直撃を免れたレナが居た……が完全には躱しきれず、足から血が流れている。
「直撃は、避けられたけど」
「少々不味い……かもね」
足を少し引きずりながら立ち上がり、再び剣を構えるレナ。
そもそも魔王軍本隊を単騎で相手して、なおかつ致命的なダメージも食らわず、ここまでの損害を与え続けていた事自体凄まじい。
しかしレナの剣技の強みはその華麗な剣捌きと、それを可能にしている機敏さだ。
だが機動力の根底であるその足が負傷している、その事実の重大さはレナが一番良く分かっている。
そんなレナの想いを知ってか知らずか、ゴブリンジェネラルがゆっくりとレナの方に近づいてくる。
空がどんどん明るくなり、朝を迎えようとしている。
本来爽やかな朝風が吹き抜けるその場所には……緊張感が張り詰めていた。
「……せめて」
「相打ちになってでも……止めないと!」
もはやこの足ではこの魔王軍本隊から逃げ切ることなど到底無理……であると判断したレナは決心する。
「てぇえぇぇい!」
一矢報いる、その為に再びゴブリンジェネラルに向かい向かって行き剣を振る。
ギィイイン!
明らかにレナのスピードが落ちている。
その為、ゴブリンジェネラルはレナの攻撃を棍棒で防ぎ、そのまま棍棒を振り抜きレナ吹き飛ばす。
ズサァァァァ……
「……ぐふっ」
致命傷では無いものの、レナのダメージは深刻なものであり、なおかつここまでの戦いにより激しく消耗している。
ゆっくりと近づいてくるゴブリンジェネラル、そして右手に握られた棍棒が振り上げられる。
倒すことも退くことも出来ず手詰まり……レナはそう感じ、その振り上げられた棍棒を見ながら呟く。
「……ごめんリナ姉さん」
「ここまで……みたい」
そして勢い良くその棍棒が振り下ろされる!
ズヴァァァァアアァァァン!
もはやここまで……と思ったレナだったが、
「ぇ?」
何故か振り下ろされたはずの棍棒が、斬り裂かれ……ゴブリンジェネラルの右腕と共に吹き飛んでいる。
ドサァアア……
そしてレナから少し離れた場所にゴブリンジェネラルの吹き飛ばされた右腕と、握られていた棍棒が落ちる。
「……!?」
気付くとレナの前にはその腕を斬り裂いた人物が立っており、再び剣を構え何か技名を呟いたかと思うと……
ズゴォォォアアァァァァアアァァァァ!
ァァァ……
「……ぇ!?」
闇なのに輝いていて、眩しいのに昏く光っている。
斬撃と言うには余りにもスケールが違いすぎる。
まるで次元すら切り裂いているかの様な凄まじい攻撃がゴブリンジェネラル含め、魔王軍本隊へと向けられたかと思ったら……その大半が吹き飛んでいた。
一瞬助けに入ったのはリナ姉さんかと心をよぎったが、違う。
この人は……
この人が勇者?
でも北の塔でやられたはずじゃ……
色々な事が起こりすぎて考えが纏まらない。
先程のとてつもない技の残滓か、昏く眩しい光が辺りを包む。
それと同時に昇る朝日の光が、その人物の背後から差し込みそれはまるで……
「……昏き太陽の勇者」
レナはそう呟いていた。




