第二十六章 第四次フソー星系の戦い(中編)
A.F.683/05/10 09:01
アズリア連邦連邦軍アズリア駐留艦隊(通称:ソレイユ艦隊)とキャスナ駐留艦隊(通称:ルナ艦隊)は、既に惑星アテラスと人工惑星ツクヨミを攻撃圏に捉えようとしていた。アテラス軍は星系外縁部にその戦力を集中させたため、現在のアテラス本星周辺は手薄の状態だ。外縁部で旧サテリット艦隊を降伏させたアテラス艦隊は、全速で本星救援に向かっているだろうが、その到達には5日ほどの時間が必要である。
ソレイユ艦隊司令長官リュドヴィック・ラコスト元帥は、ソレイユ艦隊旗艦戦艦マルセイユの艦橋で腕を組み、惑星アテラスと人工惑星ツクヨミを睨みつけている。
「まったく、こんな田舎惑星を相手にこのソレイユが出撃することになろうとは。」
ラコストの言葉に参謀長ジョゼット・ド・ルナール大将も同調する。
「仰る通りです。地方軍の質が低下しているようですね。サテリットの例もそうですが…」
ゾエ・トルトゥリエ中将率いるサテリット艦隊を中核とする部隊は、亡命政権であるアズリア正統政府軍への参入を宣言し、それまでの敵と味方を入れ替えた。今は彼らに敵対する勢力としてこちらに向かっていると予想される。
「敗残軍がいくら集まったところで脅威にはなり得ないが、鬱陶しいことには変わりない。いっそ、連れてこなければ良かった。」
酷い言い草だが、寄り集まっただけの部隊では充分な連携が取れず、戦力的に見劣りすることも事実である。
「裏切り者どもには、後で相応の報いをくれてやるとして、まずは田舎者の本拠地を叩く。ルナにツクヨミを強襲させ、ソレイユが、ルトナとか言う大陸の基地を制圧するぞ。」
惑星アテラスには大陸が2つしかない。首都アマノイのあるガヒ大陸と工業集積地の多いルトナ大陸である。それぞれの大陸の中心地を取り囲むように陸上基地が設けられ、対宙軌道砲等の防御火器が配備されている。
指示を受けたルナ艦隊司令長官パトリス・ダーノー大将は麾下の艦隊の速度を上げさせる。
参謀長ジャン=ミシェル・ド・ニザン大将が、敵航宙機を狙った作戦の実施を具申した。
「航宙攻撃を仕掛けるように見せかけて、戦闘兵装で出しませんか。上手くいけば敵航宙戦力を大きく削げます。」
ダーノーはこの提案を採用した。航宙母艦からラファエール5が飛び立っていく。
宇宙空間での防御を一任されている、総合艦隊司令長官チュン・シャンチー元帥はツクヨミの司令室で指揮を執る。
シャンチーは正面に展開した敵艦隊の規模に頭痛がしたのか、後頭部を手で揉んでいる。
「やれやれ、なんとまぁ、大仰な艦隊だ。」
参謀長スルギ・パク中将も頭が痛そうだ。顔を歪めている。
「強襲降陸艦などの非戦闘艦は後方のようです。今回はこっちの動きにも注意しておかないといけないですね。」
頷くシャンチーは、増速した艦と航宙機の群を認める。
「早速来たぞ。対宙砲、対艦砲、各個に射撃開始。航宙隊、遊撃隊は出撃準備だ。」
ツクヨミに設置されている対艦砲がレーザーの矢を吐き出し、ルナ艦隊巡航戦艦と砲火の応酬を始める。だが、敵の航宙隊は積極的に攻撃をして来ない。パクが首を傾げる。
「敵の航宙隊は様子見してますね。何を狙っているのか。」
シャンチーは顎に手を当ててしばらく考えていたが、顔の前で手を振って、
「やめよう、やめよう。我らの基本戦略は守り抜くこと。相手を出し抜こうとするより、しっかり守ることだ。攻撃してこないならそれで良い。防御火器やシールドが健在なうちは、これらに頼って引き籠ろう。」
シャンチーはコメート艦隊との戦いとは異なる戦略で臨んでいた。より強大な敵を相手とするに、より防御に徹し、戦力を温存することを優先したのである。
ツクヨミは、設置された砲での反撃はするが、保有する航宙機や小艦艇を出撃させてはこなかった。その消極姿勢を見て、ニザンが手を広げ肩をすくめる。
「もう少し、面白みのある司令官だと聞いていたんですがね。まるで穴に籠る熊ですな。」
ダーノーも頷く、だが、敵将の力量を却って評価したようだ。
「こちらの圧倒的戦力を見ての判断だろう。理に叶っていると言える。益々手強いぞ。」
アテラス本星に向かったソレイユ艦隊も、対宙軌道砲の猛射を受け一時撤収してきた。だが、彼らにはまだ余裕がある。機動力を持つ艦船搭載砲と、動くことのできない施設砲との砲戦は、一般的に艦船搭載砲が有利である。この戦いでもアズリア側の損害1に対して、アテラス側は2程度の損害比率で推移していた。
ラコストは、損傷を受けた艦を後方に下げて応急処置をさせ、無傷の艦で再度、砲戦を再開する。間断なく攻撃を継続し、相手に回復力を上回る損害を与え続ける作戦である。大軍であればこその作戦と言える。
A.F.683/05/11 21:55
アテラス本星の対宙軌道砲もツクヨミの対艦砲も徐々に損害が増し、防御体制に穴が生じ始めていた。シャンチーは各設備の損害状況に溜め息を吐く。
「1日半で対艦砲の6割を損失か、予定よりも随分と早いな。」
「そろそろ、彼らにも活躍してもらいますか。」
パクの提案にシャンチーが頷く。
「独立駆逐艦隊に出撃命令を出せ。目標は敵後方の補給艦だ。」
「やっと、出撃命令だ。こんな穴ぐらに閉じ込められたままじゃ堪らない。暴れてやるぞ!」
そう言って司令官スニール・ラジ中将は腕をグルグル回している。
「遊撃隊が同時に進発して、敵艦隊前面に攻撃をかけるそうです。どうしますか、裏口から出ますか。」
参謀長トン・タインの言葉に首を振って、ラジは答える。
「いや、正面玄関から出て大暴れしてやろうじゃないか。」
ツクヨミ前面に展開するルナ艦隊は波状攻撃をかけていた。巡航戦艦に砲撃させつつ突撃させ、敵前で回頭し引き返す。12隻がこの攻撃を繰り返してツクヨミの防御体制に穴を穿ち、これを拡大させようとする作戦だ。3隻目のクレルモンが突撃し回頭を始めたところで動きが止まる。ツクヨミ背後から小艦艇で構成されるアテラス遊撃隊が飛び出してきたのだ。上方向と下方向に別れてクレルモンに艦対艦推進弾を撃ち放つ。クレルモンは単調な水平方向の艦隊運動に慣らされていたところで、突然垂直方向の攻撃を受け、対応が遅れる。上下から迫る推進弾に回避行動が間に合わず、上部1機、下部3機の命中弾を受けた。
対艦砲の攻撃を避けるため、距離をとっていたルナ艦隊の駆逐艦群が大急ぎで巡航戦艦列に近づく。本来、小艦艇を駆逐するのが駆逐艦の主任務なのだ。攻撃を行ったアテラス遊撃隊は上から来たものは下へ、下から来たものは上に抜けていく。これを追撃するためにルナ艦隊駆逐艦は上下に別れる。その間をめがけ、ツクヨミの正面港湾から独立駆逐艦隊が躍り出る。
「第11駆逐戦隊は上方、第12駆逐戦隊は下方に砲撃集中!進路そのまま、抜けろ!」
ラジの指令が飛ぶ。ルナ艦隊駆逐艦が作った隙間を、独立駆逐艦隊は砲撃をしながら通り抜けていく。後方に控えていた巡航戦艦が港湾から飛び出した独立駆逐艦隊に気づき、砲撃を開始する。だが、アテラス艦を逸れたレーザーカノンの光はクレルモンに命中してしまった。推進弾4機の命中で瀕死だったクレルモンは、味方の砲撃によってトドメを刺されてしまった。
前方にいる味方に撃ち込むことを恐れて、砲撃を躊躇う巡航戦艦の脇を抜け、独立駆逐艦隊は全速で駆けながら砲撃を繰り返す。ようやく、ツクヨミ側にいた数隻の駆逐艦が回頭し、独立駆逐艦隊の艦列を後ろから追い縋ってきた。
「第11駆逐戦隊は上、第12駆逐戦隊は下へ転舵!」
上下2隊に別れた独立駆逐艦隊を追って、ルナ艦隊駆逐艦も上下に別れて追撃する。
「第11駆逐戦隊は下、第12駆逐戦隊は上方向に転舵、すれ違いざまに互いの追撃艦を始末しろ!」
上下に別れた独立駆逐艦隊が再び近づき、合流せずにすれ違う。第11駆逐戦隊は第12駆逐艦戦隊の後ろにいた艦に、第12駆逐戦隊は第11駆逐戦隊の後ろにいた艦に反航戦の要領で砲撃を浴びせかける。追撃していたルナ艦隊駆逐艦4隻は、罠にかかったことを悟る間も無く撃沈された。
「よし、抜けた!後方の非戦闘艦群に向かい全速だ!」
独立駆逐艦隊は、そのままルナ艦隊の非戦闘艦群に突撃し、補給艦4隻の撃沈に成功した。
A.F.683/05/11 23:08
「クソ、巡戦1、駆逐艦4、補給艦4撃沈に、駆逐艦2大破、その上、敵の行方も不明だ。いいようにやられた。」
ダーノーは味方の損害に苛立っている。ニザンはそんなダーノーを宥めているが、まだ余裕の表情だ。
「敵もなかなかやりますな。いつまで穴ぐらに閉じ籠っているのかと思っていましたが、飛び出すチャンスを狙っていましたね。見事な艦隊運動でした。」
「呑気なことを言っている場合ではない。敵主力の到着前に、本星はともかくツクヨミは落としておかねば、作戦全体に支障をきたす。」
だが、ダーノーの言を聞いても、ニザンの口調は変わらない。
「大丈夫です、司令長官閣下。ツクヨミにはもう、充分な防御火器は残っていません。敵が出てきたことが何よりの証拠です。後は更なる波状攻撃と航宙攻撃を実施し、強襲降陸艦の突入で片がつきます。」
「確かにそうだな。では、宙母には攻撃隊準備、巡戦部隊は2艦体制で波状攻撃だ。」
巡航戦艦が2列で迫り、同時に航宙機の群れが接近してくる。シャンチーはルナ艦隊が第2段階の攻撃に切り替えたことを察した。
「さて、こちらも耐えるだけの戦闘はここまでだ。機動防御に移るぞ。航宙隊発進!遊撃隊は前後の港湾内で待機しろ!」
「久しぶりの攻撃任務だ、各隊遅れるなよ!」
攻撃隊隊長のマグダ少佐が隊員に檄を飛ばす。コメート艦隊との戦いでは防御戦闘に徹していたため、専門の艦艇攻撃は久しぶりであった。
「今回は軸線攻撃で行くぞ!訓練の成果を見せてみろ!」
通常、艦艇攻撃は投射面積が最も広くなる標的艦の垂直方向からアクセスする。そして、この方向からの攻撃に対処するため、艦搭載対宙砲は垂直方向に最も多くの砲門が向くよう配置設計されている。逆に、狭い投射面積に推進弾を撃ち込むだけの技量があれば、対宙砲火密度が疎の艦前後からの攻撃が可能になるのである。ツクヨミの航宙隊は激戦中での生存率を高めるため、敢えてこの方向からの攻撃訓練を繰り返していたのであった。
マグダ達はツクヨミを背に編隊を組む。そして、銃弾を銃弾で射落とすかのように、突撃してくる巡航戦艦に真正面から突入していく。ルナ艦隊の制宙隊は通常の突入態勢をとらないアテラス攻撃隊を、攻撃機だとは認識しなかったようだ。制宙戦闘機にも対宙砲火にも邪魔されず、ターゲットの先頭艦に肉薄する。後は技量の勝負だ。
「いくぞ!当ててやる!、、、てぇ!」
マグダは敵艦にギリギリのところまで接近し推進弾を放つ、後続の小隊機もマグダに続く。刃の切先同士が打ち合ったかのような激烈な衝突が起きる!推進弾の運動エネルギーに加えて艦の運動エネルギーも加わり、初弾から艦内部にめり込んで爆発する。マグダの小隊は4機の命中弾を得て巡航戦艦の前部を吹き飛ばす。他の小隊も次々に巡航戦艦を血祭りに上げていく。ルナ艦隊は、経験したことのない攻撃方法により大きな損害を受けた。そして、マグダ率いる攻撃隊32機は、巡航戦艦4隻を撃破しながらも未帰還0という、攻撃任務としては戦史史上に残るレコードを打ち建てたのである。
それまで余裕を見せていたニザンも、巡航戦艦部隊の損害を目にして青ざめる。
「制宙隊、何をやっている!艦船に敵攻撃機を近付けるな!こちらの攻撃隊はどうなった!」
ニザンの叫びにオペレーターが叫び返す。
「ツクヨミ前部港湾入口に命中弾多数!大破口、形成しました。」
ダーノーとニザンが同時に拳を握る。ダーノーが新たな指令を出す。
「隠れる場所を失った小艦艇が大挙して出てくるぞ。駆逐戦隊前へ、出てくる奴らを掃討しろ!強襲降陸艦、突入に備えろ!」
「第1港湾メインゲート破損!内部からの修復不可!」
シャンチーは自分の額を手のひらで叩く。
「早い!が、やむを得ん。遊撃隊全艇出撃!航宙隊全機出撃!偵察機もだ!」
パクがシャンチーに、更なる状況の変化に備えるべきと具申する。
「閣下、ルナ艦隊はツクヨミ攻略の足掛かりを得ました。陸戦準備と非戦闘員の退去も準備させた方が。」
シャンチーは頷く。
「その通りだ。戦闘要員、陸戦備え。非戦闘員退去準備。」
ツクヨミ内部に警報が鳴り響き、戦闘員が駆け足で配置についていく。
A.F.683/05/12 06:48
ツクヨミから出てきた小艦艇群による遊撃隊は、天敵の駆逐艦を相手に勇猛果敢に戦った。ある艇は、撃沈された味方の残骸を踏破し、ルナ艦隊駆逐艦に肉薄して対艦推進弾を叩き込む。またある艇は被弾し炎上したまま敵艦に突っ込んだ。だが健闘はしたものの、多くの艇が撃沈され、生き残った艇はアテラス本星の裏側に退避していった。
ツクヨミに残る戦力は、陸戦部隊6千と彼らが退去時に載るための強襲降陸艦6隻のみである。
ツクヨミ基地防衛隊の連隊長ニール・ウォルシュ大佐と副長ケンジ・ササキ少佐は大破口の開いた第1港湾に、起倒式のバリケードを構築した上で装甲車を並べ、宇宙装甲服を着込んで敵を待ち構えている。
「さーて、ようやく出番が回ってきたぞ、ケンジ。お待ちかねだろ。」
ウォルシュの言葉にササキは嫌そうな顔をする。
「もう、そんな変態じゃないですよ。戦わないのが一番、平和サイコー」
「なんだ、なんだ。随分な変わりようじゃねえか。そりゃそうだろうが、何があったんだ。」
ササキは銃を握りしめる。
「死ぬ訳にはいかなくなったんです。子供が出来たんですよ…」
ウォルシュはニヤリと笑い、ササキの背中を手のひらで力一杯叩く。ササキが悲鳴をあげる。
「生きて帰るぞ。絶対にな。」
彼らの前に白く輝く降下用舟艇の群が現れ、侵入してきた。
A.F.683/05/12 19:31
ダーノーは、ツクヨミに突入した陸戦部隊が港湾部から先に進めていないことに、苛立ちを隠せないでいた。
「まだ、港湾部でチンタラしているのか。いったい、いつになったら掌握できるのだ。」
ニザンはまた余裕の表情に戻っていた。
「司令長官閣下、落ち着いて下さい。敵守備部隊はどうやら5千ほど、こちらは10倍以上の兵力があります。交代しながら戦っていれば、時期に限界が訪れます。」
ダーノーはまだ納得していない。
「だが、敵艦隊の到着まではあと1日半といったところだ。それに、ソレイユもアテラス本星に降陸を開始したそうだ。我々がツクヨミを攻略できないと…」
ニザンはニヤける。
「大丈夫です。ツクヨミの無力化に成功した我々は、既に戦略目標を果たしています。正直に申し上げれば、ソレイユのアテラス本星の降陸など、戦略的に何の意味もありません。どうせ、最終的には維持できないのですから。そうであれば、首都アマノイにミサイルの1発でも撃ち込んだ方がよっぽど、戦略、いや、政略面で意義があったでしょう。それができないラコスト元帥閣下だからこそ、3番手に甘んじておられるのです。ローラン本部長閣下、或いはソシュール幕僚総監閣下であれば、迷わずアマノイを攻撃されたでしょう。」
ダーノーは上位階級にあるラコストをも平気で論うニザンに内心驚いていた。だが、平静を装う。
「確かに、そうかもしれんな。だが、占領できないよりできた方が良いことは明らかだ。」
「ま、そうですがね。」
同階級とはいえ、敬意を欠いたニザンの言動と態度に、若干の苛立ちと不安を覚えるダーノーだった。
(この男、それこそ3番手になろうと画策しているのではないか…)
A.F.683/05/12 23:47
ウォルシュら陸戦部隊の隊員たちは交代要員もいない中、17時間にわたって戦い続けていた。レーザーライフルを放ち、手榴弾を投げ込み、ハンドキャノンを撃ち込んだ。だが、そろそろ限界だ。気持ちは折れていなくとも身体が言うことをきかなくなってきた。
シャンチー始め総合艦隊司令部部員は、ツクヨミ内に停泊中の強襲降陸艦レブン1に乗艦したまま、指揮を行なっていた。パクがシャンチーに時計を指し示す。シャンチーは頷く。
「陸戦部隊に撤退命令を出せ。背後の第3港湾から逃げ出すぞ。」
撤退命令を受け、陸戦部隊が中隊単位で撤退していく。アズリア兵は17時間も戦い続けた戦士たちに敬意を表してか、それとも占領が可能になるならそれでよしと考えたのか、追撃はしてこなかった。ウォルシュが最後にバリケードから離れる。
時を同じくして、ツクヨミをぐるりと取り囲んだルナ艦隊に、惑星アテラスの陰に撤退していたアテラス遊撃隊と独立駆逐艦艦隊が攻撃を仕掛ける。遠方から、ツクヨミ背後に布陣する部隊を攻撃した後、一目散に逃げ出した。攻撃を受けた部隊がアテラス遊撃隊を追いかける。するとツクヨミ背後の第3港湾から5隻の強襲降陸艦が飛び出した。ツクヨミからの脱出を阻止しようと、アテラス遊撃隊を追ったルナ艦隊の部隊が回頭したところに、強襲降陸艦の脱出と同時に回頭を済ませていた独立駆逐艦艦隊が集中砲火を浴びせる。そして、すかさず5隻の強襲降陸艦の周りを独立駆逐艦隊の12隻が取り囲む。17隻の艦隊は、惑星アテラスの重力を利用したスイングバイで、艦出力以上の加速力を手に入れ、追撃艦を振り切った。
一隻だけ港湾に取り残された強襲降陸艦は、操艦を誤ったのか港湾入口付近の床に突っ込み、入口を塞ぐように倒立して停止していた。
こうして、遂にツクヨミは陥落した。
A.F.683/05/13 20:24
人工惑星ツクヨミをルナ艦隊に奪われたアテラス軍は、小艦艇や駆逐艦による襲撃を繰り返していた。ツクヨミ陥落後の20時間余りで26回襲撃されたルナ艦隊は、そのあまりの執拗さに閉口し、艦隊の大部分をツクヨミ内に収容した。こうして襲撃を防いだルナ艦隊は、マガツヒから急行してくるアテラス艦隊との決戦に備え、安眠する時間を手に入れたのである。
「巡戦5、軽巡2、駆逐艦8、補給艦4が撃沈か、決して小さい被害ではなかったが、それだけの価値はあったな。大破した艦の修繕もここで行えるであろう。」
ダーノーは上機嫌であった。コメート艦隊が攻略に失敗したツクヨミを攻略できたこと、その施設のおかげで決戦に備えて充分な休養が取れること。これで決戦において武勲を立てれば、元帥号を手に入れることも現実味を帯びてくる。そう考えていたのである。
ソレイユ艦隊のラコストたちが、リアルタイムビジョンでの通信を求めてきた。
「ツクヨミの攻略、ご苦労であった。貴官らの敢闘によってアテラスは戦略拠点を失った。逆に我が軍は休養と補修を行うことができる。居心地はどうかな、ダーノー大将。」
ダーノーはにこやかに答える。
「上々でございます。艦艇整備施設には殆ど損害がなかったので、中破程度の損傷であれば修理も行えるかと。ソレイユ艦隊の損傷艦も廻して頂ければ修理に当たれるかと存じます。」
ラコストは手を軽く上げ、その提案については辞退する。
「いや、それはまだ良い。ソレイユで大きな損傷を負った艦はまだないのでな。ところで、基地内は充分に探索したか。爆発物などが仕掛けられていたら、」
ダーノーはラコストの話を遮ってその可能性を否定する。
「実は弾薬保管庫に爆発が仕掛けられていました、アテラスの罠です。ですが、その爆弾は処理しました。アテラスはさぞや悔しがっていることでしょう。その他の場所も念入りに調査して、安全を確認しております。」
ラコストは少し不快そうな表情を見せるが、口には出さずに頷く。
「ならば良い。では、しっかり休んで決戦に備えてくれ。」
そう言って通信を切った。
ラコストとの通信の後、ニザンに振り返りダーノーはかなり無礼なことを言う。
「元帥閣下はお焦りのご様子だ。我らの武勲に対してソレイユは大した成果がないからな。」
ソレイユは陸戦部隊をルトナ大陸の一角に降下させ、アテラス陸上基地に向け侵攻させたものの猛烈な反攻に遭い、部隊を撤退させている。逆に陸上戦力としては圧倒的多数のアテラス軍は、ソレイユ陸戦部隊を遠巻きに包囲し、その包囲の輪を徐々に狭めていた。
ダーノーの言葉にニザンも同意する。
「そうですな。やったことと言えば、アテラス本星の対宙軌道砲を潰したことくらいですか。そんなことは、誰にでもできます。勲一等は明らかに、ツクヨミを落とした閣下です。」
言外に、そして自分だ。という言葉を隠してニザンは笑う。だが、彼らはこの後、予想もしていなかったことに遭遇する。
A.F.683/05/13 23:49
アテラス強襲降陸艦レブン1、シャンチーはアズリアのものとなったツクヨミを遠目に見ていた。ルナ艦隊は前部港湾から出入を行い、強襲降陸艦で塞がってしまった背部の港湾は使用していないようだ。前部港湾入口付近には駆逐艦4隻がいて、周囲を警戒している。
「では、カイ兄弟特製の作戦をお見舞いしてやるか。この情報を光パルス通信でツクヨミに送ってくれ。」
シャンチーはそう言って情報の入ったカードを情報参謀に渡す。
「レブン3を自動航行へ、突入開始。独立駆逐艦隊はレブン3の突入支援だ。」
レブン1からツクヨミに向けて、人間には全く意味不明の言語が光に形を変えて送られる。ツクヨミの警戒カメラがその光パルス通信を受け取る。一旦、シャットダウンした機器が再度起動した時、ツクヨミの中央制御室に陣取っていたアズリアのオペレーターは、なぜか給水ユニットと廃水ユニットとがエラーを出していることに気づく。
「ん、なんだ。給水ユニットと廃水ユニットがエラー、メインのバルブが閉まってます。」
「設備班に言って、開けてもらおう。」
連絡を受けた設備班の隊員が、不案内な奪取施設を捜索し、エラーを発報しているバルブを見つけた。そして、『開』のボタンを押したその時、ツクヨミ内にある、ありとあらゆる蛇口やダクトから、凄まじい量の赤茶色液体が流れ出した。
「なんだ、何があった!」
「何だこれは、毒物か。調べろ!」
「止められないのか!埠頭が満たされていくぞ!」
それは特殊硬化ベークライト、圧力の変化により急激に固まる液体物質であった。埠頭に接舷している艦も徐々にベークライトの海に浸かっていく。
「艦を出せ!動けなくなるぞ!」
「ダメです!推進ノズルに異物が侵入!補助ノズルも動きません!」
怒号と悲鳴が交錯する中、オペレーターが更なる窮地の報告をする。
「敵艦接近、強襲降陸艦です。前部港湾に突入してきます!うわっ!」
なんとか動き出した艦も、入口部分を突入した強襲降陸艦に塞がれ、出口を失う。慌てて、埠頭から離れた軽巡が、前にいた駆逐艦に突っ込む。港湾施設内は大混乱となった。その間もベークライトの水位は上がっていく。
ルナ艦隊の主力はツクヨミ内でベークライトに囚われ、身動きが出来なくなってしまった。
「トリモチ作戦、成功だな。これでツクヨミは使命を終えた。」
シャンチーはディスプレイに映し出されるツクヨミの姿を見て呟く。パクも何か込み上げるものがあるようだ。
「外見は不細工でしたが、なかなかの基地でした。」
ツクヨミはあらゆるタンクに特殊硬化ベークライトを満たしていた。敵艦隊を要塞内部に閉じ込めた状態でベークライトを放出、要塞内を満たし、行動の自由を奪ったのであった。
だが、ありとあらゆる機器や設備を硬化させてしまうこの作戦は、ツクヨミを再起不能にしてしまう、いわば捨て身の作戦である。一同はディスプレイに浮かぶツクヨミに敬礼した。
ツクヨミの司令室から埠頭の旗艦に慌てて戻った、ダーノーとニザンはアテラスとアテラスの罠に落ちた自分とを呪う。
「クッソ、どうにかならんのか!」
ダーノーの声に返ってくるのは役に立たない提案ばかりだ。ニザンも余裕の表情は何処かに吹き飛び、青ざめた顔をしている。
「閣下、ベークライトに浸かってしまった艦は、もはやどうにもなりません。外にいる残存艦とソレイユに救援を求めましょう。」
ダーノーは諦めきれない。壮絶な砲火の中でも連続する爆発の中でもない、全く想像だにしなかった敗北の仕方に、理解が追いついていないのだ。
「何か、何か手はないか、何か…」
だが、彼に打つ手はなかった。
ルナ艦隊は、周辺警戒のため基地に入港させていなかった航宙母艦3隻、駆逐艦4隻、強襲降陸艦8隻を残し、ツクヨミ内で放棄された。残存艦艇はツクヨミ内にいた乗員の救助に当たった後、ソレイユ艦隊に合流した。
A.F.683/05/14 00:58
アテラス第1艦隊は惑星アテラスへ20光秒の位置まで戻ってきていた。ツクヨミの状況が入電し、参謀長ユジュン・マツナガ中将が司令長官カルロ・アンドラーダ大将に報告する。
「シャンチー元帥閣下からです。『ツクヨミ沈む、月と共に』です。作戦は成功したようですね。」
アンドラーダは頷く。そして、特務参謀マコト・カイ大佐に振り返る。
「カイ兄弟の作戦をご堪能頂いたようだ。後は、我々が仕上げだな。」
マコトも頷く。
「はい、なんとかソレイユ艦隊との対決に持ち込みましたが、油断は出来ません。依然、戦艦16隻の大艦隊です。」
いよいよ、アズリア随一の艦隊、ソレイユ艦隊との直接対決が始まる。




