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第二十二章 ケルンサル・カリッテ動乱




 物語は時を(さかのぼ)



A.F.683/01/04 07:25

 ディスプレイが明滅を繰り返している。

 この部屋の主、ミコト・カイ大尉は仮眠中であった。刺々(とげとげ)しいまでの強烈な光に彼の(まぶた)は防御しきれず、刺激は網膜を通り脳内へと侵入する。

「んん、何だ…」

 椅子から身体を乗り出し、ディスプレイを覗き込むが猛烈な明るさで、眼の奥に鈍痛が走る。

「うぅぅ、誰がこんな設定にしたんだ…」

 彼自身である。何かしらの情報が入った時、ディスプレイが明滅を繰り返すようプログラミングしていたのだ。ディスプレイの明度を下げ、目を細めて内容を読み取る。

「ルーペ、…解放?…シモン」

 寝ぼけているミコトには理解ができない。一旦、椅子に戻り、横になる。

(何のことだっけ。…ルーペ解放戦線 …代表シモン)

 段々、頭が覚醒してきた。脳内を電気パルスが行き交い、判断力を回復させ、記憶を呼び起こしていく。突然、ルーペに存在する抵抗勢力からのアクセスであることに気付く。彼が待ちわびていたものだ。慌ててディスプレイを確認しようとして、椅子から転げ落ちる。

「来た!」

 朝っぱらのオフィスで叫び声が上がった。



A.F.683/01/15 11:17

「それで、その組織に協力したいという訳か。」

 参謀総監であり軍令部総長代行であるジェミヤン・エフレモフ元帥の表情は渋い。当然であろう、軍が協力するにはそれなりの事前調査や信頼関係の構築、様々な取り決めなどが必要とされる。超光速通信のやり取りだけでどうにかなる話ではない。

 ここは軍令部内の会議室である。12月初旬、深夜に行われた会議のメンバーが集合している。エフレモフ元帥、作戦課課長スルギ・パク中将、情報課課長マイキー・シャープ中将、総合戦略研究班の3名、ナオミ・ヴァルバドス大尉とミコト・カイ大尉だ。ミコトの兄マコト・カイ中佐はイワツツ星系の惑星イザナに外務大臣ユートン・キョウを送り届けた後、当地で来るべき戦いに備えている。

「協力と言っても、物質的な協力は現実として困難ですし、先方も求めてはいません。それよりも、思想と言うか拠り所と言うか、『アテラスとの協力関係にある。』と宣言できることが重要なのだと思います。」

「まあ、理解はできるが… 彼らは具体的に何が可能なのかね。ちょっとした破壊工作くらいでは協力する意味もない。また、先日も言及したことだが、テロ行為に至るようなことになれば、協力すること自体がマイナスだ。」

 エフレモフは慎重だ。軍のみに留まらず、アテラスの行く末をも決めかねない事項である、慎重になって当然と言うべきであろう。

「あくまで彼らの主張ではありますが。まず、サテリット艦隊が留守中の2月上旬に、総攻撃を予定しているとのことです。ターゲットは地方駐留部隊司令部及び地方自治政府施設。占拠に成功した場合、ルーペのアズリア連邦からの離脱を宣言するとか。また、留守部隊の半数程は既に味方としていて、蜂起に呼応すると言っています。」

 ミコトの説明を聞いて一同は驚きの表情を見せるが、パクが不安視する。

「なんだか、出来すぎた話だな。本当に信用して大丈夫か。誇大妄想或いは竜頭蛇尾のパターンではないだろうな。」

 ミコトも苦笑いを返す。彼自身、そう思う部分があるのだろう。

「確かに、その可能性もあるのですが、彼らは宣言した通りのことをやってのけているのです。この短期間に3回攻撃を宣言し、その通り実施しています。そして成功を収めています。ターゲットとする部隊も日時も宣言の通りです。このことは、駐留部隊に相当侵蝕しているという証拠にもなります。」

「そうか、少なくとも相当な情報収集能力と作戦実施能力を持った組織であることは、確実な訳だな。だが、それだけに、暴走すると手に負えなくなりそうだな。」

 エフレモフの新たな懸念にミコトが答える。

「彼らは、ルーペのみならずアズリア連邦全土の民衆が解放されることを、究極目標としています。そのためにローラン体制の打倒も必要だとも。民衆をターゲットにすることは考えにくいと思います。」

 エフレモフはしばらく考えていたが、決意したらしい、ミコトに向かい宣言した。

「よろしい、協力しよう。まあ、放っておいてもカイ大尉が情報面での協力はしてしまいそうだしな。サテリットの本拠地に一手打ち込めることは大きな魅力だ。」

 ミコトは安堵した。だが、同時に不安にもなった。今まさに、彼らの戦いが民衆を巻き込んだ形で進むことを決定づけたからだ。だが、ルーペ解放戦線は、たとえアテラスの協力が得られなくても、戦う道を選ぶだろう。そうであれば民衆の側に立って戦うべきだ。ミコトはそう考えた。



A.F.683/02/03 03:33

 ルーペ首都ケルンサル・カリッテの廃墟ビルの一室、シモン・ルーセルとその仲間たちが、入手した地図と建屋内見取図を広げている。この日、駐留部隊基地の警備は、ルーセルに呼応することを約束したセバスチャン・エーメ中佐が担う。エーメは、ルーセルがルーペ解放戦線を再興した頃からの同志であり、親友である。西門から敷地内に戦線メンバーを引き込み、兵器庫の一角を爆破して、保安部隊の注意を引きつける手筈となっている。その混乱の中を突入し司令部中央室を占拠、システムを乗っ取り基地機能を麻痺させる作戦だ。

「エーメがうまくやってくれれば、司令部までは到達できるだろう。問題は司令部建屋の中だ。一般基地エリアとは切り離されていて警備体制が違う。エーメも手出しができない。」

 アズリア連邦の地方駐留部隊は、現地出身者によって構成される一般部と、アズリアから派遣される司令部との2層構造となっている。司令部は一般部を監督・指揮する責任と権利を持つ。地球時代において、強国が発展途上の国を支配した、植民地政策の軍政に類似した構造である。この構造は非支配地域に人員や装備の調達を担わせることが可能なため、支配階層の費用は低く抑えられる。だがその反面、司令部と一般部は反目が生じやすく、体制の維持には本国の圧倒的軍事力の存在が不可欠である。そして、一般部の反目と民衆の不満とが化学反応を起こした時、支配階層を打倒する原動力になることは歴史が物語っている。

 部屋の隅で情報端末を操作していた黒髪縮毛小柄なダヴィッド・サンソンが、頭を上げて会話に加わる。

「このキーコードが使えるかもしれない。一時的に全てのロックを無効にできる可能性がある。」

 ルーセルが口笛を吹く。

「ダヴィッド、すげえな。そんなもんまで手に入れたのか。」

「俺じゃない。名前も知らないが、アテラスのアイツだ。こっちが提供した断片的な情報から、信じられない手法とルートでセキュリティを破りやがった。」

 実は、サンソンにはアイツが誰なのか、思い当たる人物が1人だけいた。あの天才、誰も太刀打ちできなかった、12歳で宇宙一になったアイツ。

「ダヴィッドが他人を褒めるのを初めて聞いたな。それほどのヤツってことか。」

「別に褒めちゃいない。だが、このキーコード、ワンタイム、つまり一回限りだ。そして有効なのは6分だな。」

「6分の間に、3つのゲートを通過しろってか。面白くなってきたな。」

「嫌なら爆破だな。でも、設計上弾道ミサイルの直撃にも耐えるらしいぞ。」

 ルーセルはキーコードが収められたカードを受け取る。

「やるさ。やってやる。アズリアを追い出すためならなんでもな。」

 そう言ってルーセルは、宝石を模しキラキラ光る加工が施されたキーホルダーを握りしめる。男性には似つかわしくない物だ。

 彼には妹がいた。3年と半年前、ルーペに潜伏しているとされた、反アズリア組織の殲滅のために派遣されたアズリア軍は、調査と称してルーペ民衆に暴虐の限りを尽くした。殺人、強奪、強姦、まだ12歳だったルーセルの妹は、辱めを受けた上に口封じのために殺された。犯人たちは、身内軍人ばかりの裁判で証拠不十分となり釈放された。今、奴らはアズリアに戻り、悠々と暮らしているはずだ。ルーセルは、アズリアに法の力で立ち向かうことの無益を悟り、壊滅状態となったルーペ解放戦線に身を投じた。そして、ルーペからアズリアを追い出すことに生命を賭ける、そう決意したのだった。

(ソフィー、待ってろよ。もうすぐルーペを取り戻す。アズリアを追い出しケルンサル・カリッテが安心できる街になったら、あの家に帰ろう。その後、兄ちゃんが奴らを…)

 仲間の声にルーセルは我にかえり、キーホルダーを胸のポケットにしまう。そして、彼を信奉する仲間達に向き直る。

「よし!みんな、行くぞ!」

「おぉおお!」

 ルーセルの声に43名の戦士達が応える。彼らはトラックに分譲し、駐留部隊司令部に向かった。



A.F.683/02/03 04:19

 西門の突破は予定通り成功し、4台のトラックが入構した。ルーセルとエーメが握手する。だが、ここで問題が生じる。司令部保安隊の隊員が予定にないトラックの入構に気付き、エーメに問い合わせをしてきたのだ。

「クソッ、普段は居眠りばかりしているくせに!」

 守衛所にエーメが戻り、問い合わせに対して適当な言い訳をしている。

「予定より早いが、やるか。」

 ルーセルは各支部の集合を待たず、本部メンバー44名での突入を決めた。この時間に司令部に詰めている部員はおよそ120名、全員が陸戦の専門家ではないが軍人だ、それなりの訓練は受けているはずだ。

 装備保管室は2つ。ここを確保できるかが作戦のカギだ。隊を2つに分け、突入のタイミングを計る。

 ルーセル達は入り口横の壁沿いに身を屈めて並ぶ。

「3、2、1、行くぞ!」

 扉を蹴破り、銃を乱射する。ヘッドホンを付けた保安員が倒れる。廊下を走り、最初のゲートに到着する。右の壁にコンソールボックスがあり、認証を求めている。ルーセルはヘッドホンのマイクに語りかける。

「こちら、シルバー。」

 返答がない。

「レッド、どうした。」

 ヘッドホンから銃撃の音が聞こえる。レッド班は早くも保安部隊に捕捉されたようだ。

「やむを得ない。シルバーだけで行くぞ。」

 ルーセルはサンソンから預かったカードをコンソールボックスに差し込む。

「頼むぞ!」

 これがダメなら、作戦は水泡に帰す。

 一旦、表示が暗くなる。1秒、2秒、何も起きない、3秒、4秒、仲間が溜め息を()く。5秒、コンソールボックスが再度起動し、『解除』を表示する。

「よし!行け!全速だ!」

 扉を開け、廊下を全速で走る。突き当たり、左の扉が装備保管室のはずだ。カギがかかっている扉を蹴破る。だが、そこには空の空間しかなかった。

「クソ!移動させたな!」

 駐留部隊司令部は基地外に出るたびに襲撃を受け、しかも司令部所属の車輌ばかりが狙われていることから、一般部に抵抗組織に協力する者がいると予測を立てていた。そして、狙われるであろう装備品を別の場所に移していたのであった。

 やむを得ず、装備保管室を後にして再び走る。2番目のゲートも難なく通過した。

(そこを曲がれば最終ゲートだ!)

 ルーセルと数人が角を曲がろうと飛び出すと、通路奥から猛烈な銃撃を浴びた。慌てて、角を戻る。だが、1人が撃たれその場に倒れる。脚と腹部に銃創が見える、被弾は他にもありそうだ。

「セヴラン、こっちまで這って来られるか!」

 ルーセルが銃撃の中、大声で叫ぶ。

「…へへ、無茶言うねぇ。一杯貰っちまったよ。」

 レッド隊の突入が露見し、司令部保安部隊は防御体制を整えていた。なぜか解除してしまったドアを背に防衛線を構築している。ルーセル達は角から銃だけ出して発砲を返すが、そんなものでどうにかなるものではない。刻一刻と時間が過ぎる。セヴランが何かを取り出そうとボディアーマーの中を(まさぐ)っている。ルーセルが叫ぶ。

「動くな!狙われるぞ!」

「…へへ、時間がねぇんだろ。ふぅ、大丈夫だ。俺がなんとかするさ。」

 そう言って、手榴弾(グレネード)を取り出したセヴランが、それを床に叩きつけ起動させる。そこに銃撃が集中し、セヴランの頭部に命中する。

「まずい!」

 グレネードがその場に転がる。ルーセルは2歩下がり、勢いをつけて角に滑り込む。滑りながらグレネードを廊下の先、保安部隊のいる方向に蹴り込み、そのまま頭を抱える。転がっていくグレネードはちょうど保安隊の前に来たところで、爆発した。


 爆風が抜け埃が舞う廊下に、セヴランの亡骸に並んでルーセルは頭を抱えて転がっている。

「シモン、大丈夫か!」

 仲間の問いかけに、ルーセルはゆっくりと上半身を起こす。

「…大丈夫だ。セヴランが護ってくれた。」

 セヴランの亡骸には、グレネード外装の破片が突き刺さっている。一つ深呼吸をして時計を見る。

(あと、13秒!)

 ルーセルは立ち上がり全力で走る。血と硝煙の匂いが充満する廊下の、突き当たりに到着した。右の壁にあるコンソールボックスのボタンを押す。だが、扉は動かない。ボタンを連打する。だが、やはり開かない。時計を見る、『0』の表示だ。

「クソォ!」

 銃底でドアを殴りつける。すると、(きし)む音をたてながら扉が開いた。仲間達から歓声が上がる。

「よし!制圧しろ!」

 仲間達が一斉になだれ込む。司令部中央室には武装した者はおらず、オペレーター達が手をあげ、投降した。そこに、サンソンが息を切らせて走ってきた。滑り込むように床に(ひざまず)き、情報端末を中央制御コンピュータに接続する。

「頼むぞ、ダヴィッド!お前だって天才だってことを見せてやれ!」

 サンソンの指が情報端末のボード上を走る。ブツブツ何か言いながら、他の者には全く理解不能なサイバー空間戦闘を必死に戦う。

「クソっ、防壁が高い!」

 サンソンはかつて天才と持て(はや)されていた。そして、彼自身も自分がそうであると信じていた。そんな彼は、全星サイバーコンペに『攻撃』でエントリーし、最後の3名に残った。だが、最終戦はあっさり敗北した。彼の攻撃プログラムは、相手の構築した防壁に全く歯が立たなかったのである。彼の敗北で優勝者が決定した時、本当の天才がこの世に存在する事を知った。更に追い討ちをかけるように、優勝者の年齢が伝わってきた。あの時の衝撃と敗北感は忘れ得るものではない。その時のアイツ、おそらくはアイツがアテラスにいる。

「このルートはダメだ…じゃあ、こっちは…これもダメか…どこだ、ホールは必ずある…どこだ…」

 サンソンが孤独な戦いをしている最中、中央室に閃光が走る。ルーセルが叫ぶ。

「伏せろ!」

 だが、銃撃を受け3名が倒れる。レッド班を壊滅させた保安部隊が中央室の異変に気付き、とって返して来たのだ。(たちま)ち激しい銃撃戦になる。

「ダヴィッド、まだか!」

 その呼びかけを完全に無視して、サンソンの指はボード上を軽やかに舞う。

「あの時に似ている…あの時の防壁に…どこだ…どこだ…どこだ…、ここだ!」

 サンソンが叫ぶのと同時に、保安部隊がいる側の扉が閉まる。中央室にいる仲間たちから歓声が上がる。

「やったぁー!」「よくやった!ダヴィッド!」「お前、天才だ!」

 扉の向こうでは認証を繰り返すが(ことごと)く拒否されている。サンソンは肩で息をしながら放心状態だ。そして、アイツの名前を思い出していた。

(この防壁構築方法はカイ式だ、カイ、…カイ、…ミコト、…ミコト・カイ、そうだ、ミコト・カイだ。)


 司令部中央室を占拠したルーセル達は、各設備のコントロールをも手中に収めた。更に、集結してきた各支部メンバーや駐留部隊一般部の呼応者が、司令部建屋を完全にとり囲んだ。その様子を見せられた司令部所属の将兵は、抵抗を諦めて投降した。

 意気あがるルーセルらルーペ解放戦線は、主要自治政府施設を占領し、要職にあった者たちを悉く逮捕した。その時点で、首都ケルンサル・カリッテに駐留するほぼ全ての部隊が反乱に呼応した。

 


A.F.683/02/17 11:50

 ルーセルに、ソレイユの陸戦隊約9万人が向かっているとの情報が入ったのは、蜂起直後のことだった。アズリア事実上の支配者である統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥は、惑星國家ルーペがならず者集団に占拠されたこと、幕僚総監シャルル・ド・ソシュール元帥を以って鎮圧に当たらしめることを宣言した。

 蜂起に呼応した駐留部隊は2万人弱、数的劣勢は明らかであった。しかし蜂起部隊は、サテリット艦隊の帰還で情勢が変わるのではと言う期待を持っていた。駐留部隊と同様に、高級士官を除くほとんどの将兵がルーペ出身者だったからだ。アズリアから派遣されている高級士官がいくら命令しても、兵たちはルーペの同胞を撃ち殺すことはできないであろう。サテリット艦隊が中立状態でルーペ近傍に布陣すれば、それが抑止力となり、積極的な攻撃はためらうであろう、という期待である。だが、それ以前の問題であった事をルーセルは思い知らされる。


 既にソシュール率いる鎮圧部隊 強襲降陸艦80隻はルーペ周回軌道に到達している。

「指揮官はソシュール元帥か…一番厄介な相手だな。」

 エーメは戦慄し緊張している。

 ルーセルは信頼するエーメに駐留部隊の指揮を委ねていた。ルーセルは都市型ゲリラ戦では比類ない指揮官であったが、正規軍の指揮を取ったことはなかったためだ。

「良い噂はまるで聞かないな。『非道と外道を合わせてもソシュールにはならない。』とか聞いたぞ。」

 ルーセルがソシュールについて知っているのは、その噂くらいであった。

「王家航空機墜落事故後の大粛清を、実質的に指揮していたのがソシュール元帥だ。ローラン元帥は権力掌握で手一杯だったからな。」

 益々顔が強張ったエーメが嫌そうに言う。エーメの言葉を聞いたルーセルの表情も一段と険しくなる。復讐心に燃える者の眼だ。

「そうか、そいつが…ソシュールが…」

 エーメは、ルーセルが3年半前に妹を亡くしていた事を思い出す。

「そうだったな、お前は…」

 その時、轟音と共に地面が大きく揺れた。

「なんだ!どうした!」

 エーメの部下が慌てて司令室に入ってきた。

「爆撃です。宇宙空間からの無誘導爆撃です。」

「なんだと!」

 2人は愕然とする。彼らは、鎮圧部隊が艦砲もミサイル発射管もない強襲降陸艦のみの編成である事は、陸戦に速やかに移行するためだと考えていたが、そうではなかった。物資、この場合爆弾を大量に輸送し放出するため、だったのである。

 このA.F.(アフターフロンティア)の時代、無誘導での爆撃は禁忌となっている。位置エネルギーだけで充分な威力を得られる反面、目標外への着弾がある一定割合で必ず生じるからだ。まして宇宙空間から落下させれば、その着弾範囲は広大なものとなる。基地内に囚われている駐留部隊司令部部員はおろか、ケルンサル・カリッテに住む一般市民までも巻き添えにする作戦を採るとは、想像を超えていた。

「航宙軌道砲で反撃だ!」

 エーメが指令を下す。基地配備の砲が宇宙空間へ砲撃を開始するが、防御力の高い強襲降陸艦はそう簡単に沈められるものではない。それに、他國からの本格的な本土攻撃を受けたことのないルーペは、充分な数の防御兵器を持ってはいなかった。

 基地と街を含むその周囲に爆弾の雨が降り注ぐ。超高空から落下し凄まじい速度となった爆弾は、地表十数メートルの深さまで突き刺さってから爆発する。そして、巨大なクレーターが次々に生み出されていく。

 ケルンサル・カリッテ市長が、市の無防備宣言を発し攻撃の即時中止を求める。だが、そのようなことでソシュールを止めることは出来ない。2時間に渡る爆撃で、駐留部隊基地とケルンサル・カリッテは壊滅的被害を受けた。地獄と化したケルンサル・カリッテに、強襲降陸艦から発艦した舟艇の群が降りてくる。地獄の第2部が開幕した。

 ケルンサル・カリッテに降り立った陸戦部隊の司令官ニコラ・ド・ショーメ中将はソシュールの忠実な教え子だった。彼と彼の率いる部隊は、通りにいる者を片っ端から撃ち殺していった。降伏を求め手をあげる住民を撃ち、逃げ惑う女性たちを撃ち、親に縋り付いて泣き叫ぶ子どもたちまでも撃ち殺した。

「街に降下した陸戦部隊が住民を虐殺しています!」

 その報告を聞いたルーセルとエーメは、自分たちの蜂起と甘さを呪った。だが、今更悔やんでも時計の針は戻せない。ルーセルとエーメは生き残った兵士たちを集め、市中で暴れまわるショーメ軍に戦いを挑む。蜂起した部隊が集結し自分たちに向かっていることに感づいたショーメは、住民の虐殺を止め、今度は住民を捕らえ始めた。

 ルーセルら蜂起部隊は、自分たちの相手が本当の悪魔である事を知る。装甲車を並べ前進したルーセルたちの前には、捕らえた住民を前面に括りつけた装甲車の列が待っていたのである。完全に戦意を喪失した蜂起軍は戦わずして引き返した。


「俺が甘かった…まさか、ここまでやるとは…」

 ルーセルの言葉に、周囲はかける言葉がない。

「だが、どうする。降伏するのか。」

 エーメの言葉が、肯定ではなく否定の返答を求めていることは明らかだった。ルーセルは首を振る。

「関係ない住民を平気で虐殺する連中だ、降伏したところで殺されることは目に見えている。俺はまた地下に潜る。お前たちはどうする、軍人のお前らにも降伏はお勧めできないぞ。」

 エーメは地図を開き、

「ここから南に140キロ行くとルルパート補給廠がある。ここに呼応者を集めて立て篭もる。」

 ルーセルには、エーメ達が迎えるであろう運命が如何なるものであるか解っていた。だが、敢えて何も言わない。エーメ達もわかっているに違いない。


 ルルパート補給廠の陥落は2日後のことであった。こうして、ルーセルの蜂起は失敗に終わった。軍人・軍属4万2千人、市民18万人の命が奪われたこの一連の事変は『ケルンサル・カリッテ動乱』或いは『ケルンサル・カリッテの虐殺』と呼称される。



A.F.683/02/19 09:38

 アズリア王國國務大臣クロヴィス・ド・ゲランは王宮の廊下を急いでいた。王に悲報を伝えるためである。王の執務室に繋がる通路で、最も会いたくない人物に出会う。統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥だ。道を譲り、(うやうや)しく頭を下げる。本来であれば國務大臣の方が席次は上である。軽く会釈して通り過ぎようとするローランが、ゲランの前で止まり声をかける。

「國務大臣閣下はどこにお急ぎかな。」

 ゲランは平静を装い、答える。

「國王陛下に戦勝のご報告とお喜びをお伝えに。」

 ローランが冷たい視線でゲランを見据える。

「戦勝?…あぁ、ルーペのことですか。戦勝と言えば戦勝ですね。で、ミズホナ星団方面のことは如何にお伝えするおつもりですかな。」

 ゲランは背中に冷たいものを感じる。

「いえ、ミズホナのことは、…わたくしは詳しくは存じ上げませんので。」

 ローランは益々視線の温度を下げる。

「あまり、余計なことをお伝えして、陛下の御心をお騒がせ(たてまつ)ることのないよう、お願い致します。」

「は、はい。」

 ゲランは眼を合わせず、平伏したまま答える。ローランは正面に向き直り、ゆっくりと歩いていった。

 完全にローランの姿が見えなくなるまで平伏していたゲランが、頭を上げ深呼吸をする。そして再び、王の執務室に急ぐ。

 ゲランが執務室に入ると、國王セリーヌ・ド・ミュレーは待ちきれなかった様子で尋ねる。

「ゲラン、本当のことを教えてくれ。ミズホナは、ルーペはどうなっている。」

 ゲランはもう一度深呼吸をして、自分が知り得た情報をセリーヌに伝える。ミズホナ星団での戦いが惨敗に終わったことを聞いても、セリーヌは冷静だった。だが、ルーペで起きたことに話が及ぶと、セリーヌの顔はみるみる青ざめていった。

「そ、それで、ルーペは如何ほどの犠牲を出したのだ。」

「軍民合わせ22万余り、と伝わっております。」

 セリーヌは眼を見開く。

「22万…ローランは一言もそのようなこと、言いはしなかった。あいつめ、、」

 セリーヌは怒りの表情でゲランに訴えかける。

「ルーペだ、ルーペに行くぞ。被災者への救援物資を集めろ、医師や看護師もだ。」

 ゲランは眼を伏せてからまた視線を上げ、セリーヌに訴える。

「陛下、お止めください。危険です。」

 セリーヌは、その言葉に椅子から立ち上がり、怒りを露わにする。

「危険?何が危険なのだ!連邦の盟主たるアズリアの國王が連邦内を廻って、何の危険があるか!」

「…セリーヌ様、危険なのです。アズリアは今、怨嗟の対象となっております。ルーペの怒りがセリーヌ様に向くやもしれません。」

 ゲランは伏せ目がちに答える。彼自身、忸怩(じくじ)たる思いがあるのであろう。セリーヌはじっと何かに耐えるように壁を見つめている。しばらくしてから、ゲランが口を開いた。

「セリーヌ様、以前お話したアテラスとの通信について、でございます。その回線を用いて、ある依頼をしました。それに基づき、アテラスからアズリアに向かっている船団があります。マビシェット星系には3月上旬到着の予定です。」

 セリーヌは腹心の言葉に耳を傾けた。


 



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