第二十章 フソー・イワツツ連動戦(中編)
A. F.683/02/06 09:00
〈イワツツ星系方面〉
アテラス國國防軍第1艦隊とイザナ共和國宇宙軍統合艦隊は、アズリア連邦連邦軍ルーペ駐留艦隊(通称:サテリット艦隊)への追撃戦を終え、イワツツ星系第5惑星オオヤマツミに待機していたイザナ軍補給艦から燃料、弾薬類、酸素などの補給を受けていた。アテラス軍のカルロ・アンドラーダ大将とイザナ軍ポール・クラフトマン大将はリアルタイムビジョンによる通信をおこなっている。
「補給へのご協力、感謝致します。」
「何を仰いますか、貴軍がこの地におられること、そのこと自体、感謝の念に絶えません。」
クラフトマンの言葉に、アンドラーダが笑顔で応える。
「なんとかサテリット艦隊の侵攻を食い止めました。ですが、戦いはこれからです。」
「仰る通りです。一刻も早くシャンチー元帥閣下の救援に向かわねば。」
アンドラーダの部下が彼を呼びに来た。
「では、作業に戻ります。戦場で。」
「戦場で。」
2人は敬礼し、通信は切れた。
「独立駆逐艦隊から連絡はあったか。」
アンドラーダの問いに通信参謀が答える。
「補給は無事完了したそうです。亜空間跳躍可能域に向かうとの連絡がありました。」
軽快で艦載機用のマニピュレーターを持つ独立駆逐艦隊は、航行しながらの補給を実施し、全速力での航行を続けている。だが、大型艦を含む第1艦隊はそうはいかない。
「とにかく、急げ。シャンチー元帥閣下がお待ちだ。」
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊旗艦戦艦ペルピニャンの艦橋で司令長官クリストフ・フェリング大将は、戦術ディスプレイに映し出されたツクヨミの姿を凝視している。参謀長ブリュノ・ド・プレヴォ中将は寡黙な上官に報告する。
「航宙攻撃隊、準備整いました。ご指示通りの編成です。」
フェリングはツクヨミの航宙機基地を指し示し、そこに向かって素早く右手人差し指を振る。プレヴォが意味を翻訳し、部下に司令官の指示を伝える。
「航宙戦闘隊発艦!目標、航宙機!」
コメート艦隊の航宙母艦から艦上戦闘機ラファエール5が次々に飛び立っていく。
アテラス軍が建設した人口惑星ツクヨミの司令室に、総合艦隊司令長官チュン・シャンチー元帥はいる。司令室にオペレーターの声が響く。
「索敵27号から入電『敵艦隊発見、戦艦6以上、重巡6以上、軽巡8以上、駆逐艦16以上、航宙母艦5、位置F61U95、進路175°仰角11°」
参謀長スルギ・パク中将はシャンチーの斜め後ろに控えている。
「遂に来ました。我々の戦力からすると、巨象ですね。更に、マガツヒから10隻程度の強襲降陸艦と補給艦が航行中です。」
戦術ディスプレイに映し出された無数の光点が、迫力を持って迫ってくる。こちらの戦力は、軽巡航艦3、駆逐艦6、それにフリゲート以下の小艦艇300艇と100機程度の航宙機のみだ。シャンチーはひとつ溜め息を吐いて、
「独り相撲をずっと取っていてくれれば良かったんだが、いつまでもそういう訳にはいかんか。」
彼らは、アズリアの圧倒的な戦力に対し、極めて微小な戦力でこれに当たり、救援艦隊の到着まで耐え抜かねばならないのである。イワツツ星系からは、どんなに急いでも2週間程度の日数がかかる。
「さて、定石では航宙攻撃だな。こちらも全機戦闘兵装で準備しておいてくれ。我々は基本、守りだ。」
「はっ」
航宙参謀となったクアン・グエン少佐が指示を伝える。彼は作戦部に異動する前は航宙機搭乗員だったからだ。シャンチーの予想通り、航宙機が接近中との連絡が入った。
「迎撃隊、発進。」
シャンチーの命令が即座に伝えられていく。ツクヨミから、92機の79式艦上単座戦闘機が発進していく。航宙機隊を率いるタケル・ユゲ大尉は、ツクヨミ、マガツヒ、再度ツクヨミと各地を転戦した大ベテランだ。だが、彼にはひとつ不満がある。
「いいか、全員よく聞け。なんだか、基地航宙隊は宙母組より腕が劣ると思われている節がある。んなことは、てめぇの勘違いだってことを教えてやるんだ!いくぞ!」
「おぉおお!」
隊員たちの士気は高い。
アズリア軍の戦闘機ラファエールは前後に別れて進撃してくる。セオリー通りなら制宙隊が前、攻撃隊が後だ。だが、自分たちアテラスはその先入観を利用した戦術で、何度も敵を出し抜いた。同じことをやってくる可能性もある。ユゲは前後それぞれの機体の動きを見定める。後編隊の1機が僅かに列を離れ、また戻った。ユゲには判った。
(推進弾を抱えてあの機動は出来ない!戦闘兵装だ!では、前か!)
前編隊の数機が翼を返して旋回を始める。
(こっちも戦闘兵装だ!)
「宙戦中止!宙戦するな!ツクヨミの裏へ回れ!こいつら全機戦闘兵装だ!無理に戦うな!」
戦闘が始まる寸前でアテラス軍機は急旋回し、ツクヨミを周回する軌道に入る。
作戦が空振りとなったことを悟ったアズリア軍機が追いかける。アズリア軍機がツクヨミの裏側に回り込んだ時、ツクヨミに設置されている対宙砲が一斉に火を噴く。たちまち、数機のラファエールが火を噴いて軌道を外れる。
「よし!全機、旋回!」
予期しない方向からの攻撃に混乱し、編隊を乱したアズリア機に、急旋回をしたユゲたちアテラス機が襲いかかる。
「小隊単位で宙戦開始!だが、無理するな。堕とされないことが第一だ。」
ツクヨミ周辺宙域のあちこちで、猛禽が乱舞する宙戦が繰り広げられる。
ユゲも僚機を連れて宙戦に突入する。狙いを付けたラファエールは、動きが明らかにぎこちない。経験の浅さが機動に現れている。だが、ここは戦場だ。かわいそうと見逃す訳にはいかない。照準機に敵機を捉え、パルスレーザーを撃ち込もうとしたその瞬間、斜め上方から眼前をレーザーの軌跡が走る。急旋回し攻撃を躱す。
「あっちをやる。そいつは任せた!」
僚機に指示をして、抜けていった敵機を追う。これはベテランだ、動きがまるで違う。右旋回した後、上方に逃げる敵機を追いかける。更に左に旋回したところでロックオンした。
(いけ!)
対宙誘導弾を放つ。
だが、敵機は対赤外誘導フレアを放出し、逆にこちらに向かってくる。
「やる!だが、こっちも!」
敵のレーザーを躱し、スラスターを放出して強引に敵機に機首を向ける。照準機を通過する敵機の姿に目掛けて、レーザーを撃ち込む。
パルスレーザーを受けた敵機は火炎を噴く。
「よし!」
バランスを崩したアズリア機は、回転しながらあらぬ方向へ飛び去っていった。
「ふぅ、あぶねー、さて、戦況は。」
周囲を見廻す。相変わらず各所で宙戦が繰り広げられている。機先を制し、技量と経験で上回るアテラス迎撃隊が、当初は優勢だったが、数で勝るアズリア航宙機隊が巻き返してきたようだ。
(まずい。互角じゃ負けだ。)
「宙戦中止!振り切って離脱しろ!俺らの相手はコイツらじゃない!」
アテラス機がツクヨミ周回の機動に戻っていく。アズリア機はアテラス機が宙戦に応じなくなったため、隊をまとめ、母艦の方向に帰っていった。
司令室で宙戦の様子を見ていたパクが、シャンチーに声をかける。
「航宙攻撃隊、と言っても戦闘兵装だったようですが、撤退しました。」
「うむ。すぐ次が来るぞ。迎撃隊は順次補給に戻し、再出撃させろ。航宙隊の隊長、ユゲ大尉と言ったか、非常に良い判断だった。あのような現場指揮官がいてくれると助かる。」
その言葉を聞いて、クアンが笑顔になる。彼らは同期なのだった。
コメート艦隊旗艦 戦艦ペルピニャンの艦橋でも同じ光景を見ている。作戦が嵌らず、大きな成果は無かったようだ。だが、戦いは始まったばかりだ。フェリングは2本指を立ててから右手を振り、手のひらを下にして前に突き出した。プレヴォが部下に伝える。
「第2次航宙攻撃隊発艦、第32駆逐戦隊攻撃開始。」
ラファエールが再度、発艦していく。と同時に、艦隊から駆逐艦8隻が飛び出し、ツクヨミに向かって増速していく。
「今度はどうでしょうか。」
プレヴォの呟きに返答はない。
ツクヨミでは、シャンチーが接近する航宙機と駆逐艦を見て、迎撃の指示を出す。
「第2波が来たな。第1、第2遊撃隊、出撃開始。但し、第3港湾を使え、ツクヨミ裏で待機だ。航宙機隊、頼むぞ。」
アズリアは、2手目を駆逐艦と航宙機の組み合わせで来た。アズリア航宙攻撃隊にアテラス迎撃隊が向かっていく。今度は正真正銘の攻撃機のようだ。前部にある港の入口を目掛け、突入態勢をとる。そうはさせじと、ユゲたちが翼を振って攻撃に移る。航宙機同士の戦闘が始まった。その至近を、駆逐艦8隻が急速にツクヨミに近付いてくる。先頭艦が砲撃を開始し、ツクヨミの対艦砲も応射する。
「閣下。」
パクが声をかけるが、シャンチーは動かない。被弾の衝撃が、ツクヨミ全体に広がる。アズリア艦は次々に砲撃を開始し、7番艦までが射程に入った。港湾横の対艦砲が被弾し爆発したその時、シャンチーの指示が飛ぶ。
「遊撃隊、いけ!下からだ!」
ツクヨミの裏に潜んでいた群狼40艇が、一気に最高速となる。ツクヨミの下を廻り駆逐艦の列に躍り出る。と、同時に艦対艦推進弾を撃つ放つ。推進弾が先頭艦と2番艦に吸い込まれていき、着弾と同時に爆発した。2隻の駆逐艦は誘爆を起こしながら衝突する。ツクヨミ内に歓声が上がる。だが、退避中の小艦艇にアズリア駆逐艦から砲撃が浴びせかけられ、次々に血祭りにあげられていく。小艦艇にはシールドも装甲もない。機動力だけが頼みだが、航宙機も捉えられる対宙砲から逃れる術はない。次々に炎上、爆発していく。第1、第2遊撃隊がツクヨミの第3港湾に辿り着いた時には、半数程度まで打ち減らされていた。
だが、怯んではいられない。ツクヨミを護るため、シャンチーは更に2個遊撃隊を出撃させる。
今度は、正面の港湾から飛び出す。すぐに、直前に迫る駆逐艦に推進弾を撃ち込む。駆逐艦からは容赦のない砲撃が続けられる。そこに、航宙隊が駆逐艦への突入態勢に入る。だが、彼らは戦闘兵装、対艦推進弾は装備していない。フリの突入態勢に駆逐艦は針路を変え、遊撃隊に対する攻撃が一瞬だけ止む。その間に群狼は全力で逃げる。
4隻の駆逐艦に命中弾を浴びせる代償として支払ったのは、38艇の撃沈と167名の生命であった。死闘はまだ始まったばかりである。
A. F.683/02/09 14:39
ペルピニャンの艦橋でフェリングは表情を変えない。激戦は丸3日続いたが、大きく戦況を動かすには至っていない。アズリア軍は正面の港湾入口付近を再三攻撃しているが、その都度巧みな戦術で撃退されている。特に、小艦艇と航宙機を連動させて基地対艦砲・対宙砲射程に引き込む戦術は見事だった。戦況を振り返りながら、プレヴォが語りかける。
「敵もなかなか、頑強ですな。」
フェリングは作戦を変える決断した。顔の前で手を円を描くように回す。そのあと、手を細かく振った。『囲んで波状攻撃をかけろ』だ。一点突破を目指すのではなく、断続的に攻撃を続けアテラスを消耗させる作戦だ。
A. F.683/02/11 21:07
ツクヨミでは装備も将兵も疲弊していた。航宙機隊隊長のユゲ大尉は廊下に壁を背に座り、起きているのか寝ているのかも定かではない状態で動けないでいた。出撃回数はすでに40回を超え、機体も搭乗員も半数以上が失われている。周囲には似たような状態で行き倒れている者で溢れている。隣に膝をついた男が、ユゲの腕を自分の肩にまわし、立ち上がらせた。
(なんだよ、余計なことすんなよ。疲れてるんだよ、こっちは…)
文句を言ってやろうと顔を見ると、そこには懐かしい顔があった。
「おぉ、なんだ。クアンか。…どうだ、調子は。」
「ボチボチだ。」
「へへっ、ボチボチか。」
「そうだ、ボチボチだ。」
そうして、同期の友はユゲを部屋へ帰還させてくれた。
パチャラ・チナワット技術少佐も激務に追われていた。小艦艇も航宙機も、出撃の度に数を減らし、傷を増やして帰ってくる。穴を塞ぎ、破損した部品を交換し、また戦場に送り出す。直しても直しても終わらない、無間地獄にいるかのようだ。
「いつになったらおわんだよ!」
悪態も心なしか元気がない。
「あー、酒が飲みてぇ。」
何度この言葉を発したか。覚えている限り、これほど酒から離れたことはない。
「医者のやろぉ、ちっとも健康になんねぇじゃねぇか。それにしても、こんなこと続けてるとみんな死んじまうぞ。」
若い部下が声をかける。
「少佐、航宙機4機来ます。」
スパナを下に投げつける、真似をする。
整備兵も共に戦っている。
司令長官シャンチーも、疲労の極みにあった。だが、部下の前でそれを見せる訳にはいかない。同様に、使命感で辛うじて立っているパクが、戦術ディスプレイに被害状況を表示させる。航宙機隊は半減、小艦艇群は7割の損失が出ている。
「第1艦隊の到着予想は02/20前後、あと9日か…厳しいな。」
「そうですね。敵にもそれなりの出血は強いていますが、なにせ、巨象対アリの対決なので。同じ出血量では、先に死んでしまいます。」
シャンチー率いるアテラス軍は善戦していた。アズリアの宙母艦載機は6割以上の損失を出し、戦艦1隻、重巡航艦1隻、軽巡航艦1隻、駆逐艦6隻を撃沈か航行不能にしている。
アズリアの指揮官は断続的に攻撃をかけ続け、アテラスの守備隊に出血と疲労のペンキを塗り重ねていく。
「将兵の疲労も限界です。」
そういうパクの後ろで、1人の士官がバタリと倒れてしまった。駆け寄る救護班を見ながら、シャンチーもあくびをかみ殺す。
「うむ。だが、アズリア側も弾薬や砲術エネルギーに欠乏し始めているはずだ。」
6時間ほど前からアズリアの攻撃は止んでいる。これが物資の欠乏によるものか、それとも油断を誘う罠か。
「ぐーすか寝ている間にやられるのは、頂けないですね。」
シャンチーが、マガツヒからツクヨミに向かってくる光点に注目する。
「この艦隊をなんとかしたいところだが…」
制宙権を確保したと考えているアズリアは、マガツヒからの強襲降陸艦と補給艦の艦隊に、多くの護衛を付けていないはずだ。この艦隊の到着を阻止できれば時間が稼げる、とシャンチーは考えた。だが、敵に囲まれたこの状況で、囲みを突破することができるか。そこに、フラフラと怪しい足取りで通信士官が近づいてきて報告する。
「司令長官閣下、軍令部総長代行閣下より、リアルタイムビジョンの回線接続を求める電文が入っております。」
「そうか。では」
シャンチーは死屍累々の司令室を見回し、司令官室の方に繋ぐよう指示した。
回線が繋がり、エフレモフ元帥が姿を現す。お互いに敬礼をかわす。
「司令長官、苦労をかける。」
「いえ、現場に比べれば小官など。」
言って、エフレモフ元帥の後ろに立つ、若者に注目する。
「貴官は確か、カイ中佐の…」
ミコトが敬礼をする。
「はい。ミコト・カイ大尉です。」
シャンチーとミコトは1010事件で顔見知りだった。
「彼が1つの提案をしてくれた。一考の価値ありと思ってな。連れてきた。カイ大尉、説明を頼む。」
ミコトが一歩前に出て、説明を始める。
A. F.683/02/12 02:46
コメート艦隊旗艦 戦艦ペルピニャンの艦橋でも疲労の蝶は乱舞を続け、眠りの鱗粉を振り撒いていた。だが、ツクヨミに比べると、その密度は遥かに薄い。
アテラス軍は疲弊しており、ここらで起死回生の一手を打ってくる。フェリングはそう考えた。そこで敢えて攻撃の手を休め、チャンスだと思わせることにしたのだった。プレヴォが上官の意図を確認する。
「戦艦は主砲照準を各港湾に設定しています。出てくれば蜂の巣です。」
フェリングは頷く、そして視線をディスプレイに戻す。戦術ディスプレイにはツクヨミが大きく映し出されている。
オペレーターが裏返った声で報告する。
「港湾から艦艇出現、軽巡級。次々に来ます。」
プレヴォは感嘆する。
(さすが、フェリング大将。見事に敵の意図を読み切った。)
フェリングが右手を立てて振る。
「砲撃開始!」
上官への敬意と自信に溢れたプレヴォの指令に返って来たのは、各艦からの悲鳴であった。
「なんだ、これは!」
「戦術コンピュータダウン!」
ペルピニャンの戦術ディスプレイも暗転する。
プレヴォが指示を出す。
「うろたえるな、技術官を艦橋へ!システムをサブに切り替えろ!砲術はマニュアルオペレーションだ。急げ!」
復旧を試みる間にも、ツクヨミを飛び出したアテラスの艦艇はペルピニャンの脇を抜け、全速力で走る。至近の艦が手動で砲撃するが、多くはあらぬ方向に吸い込まれていく。追跡しようと、駆逐艦が回頭するが動きが鈍い。
フェリングが、指を3本4本と示し、腕を大きく横に振る。プレヴォが司令官の意図を伝える。
「第34駆逐戦隊は追撃だ。逃すな!」
だが、第34駆逐戦隊は回頭に手間取り、距離が離れていく。
走り込んできたシステム専門技術官がメインコンピュータに情報端末を接続し、何やら操作をしている。すると、ようやくディスプレイが回復した。プレヴォが怒鳴る。
「各システム確認せよ!第34駆逐戦隊、状況知らせ!」
「第34駆逐戦隊から入電、『システム回復、これより追撃す。』」
「遅い!」
プレヴォは驚愕した。そう発したのは自分ではなかったからだ。そして、自分が知っている限り、初めて言葉を発した上官の、怒りの表情を確認した。
軽巡航艦オオヨドの艦橋で、シャンチーは頷く。
「カイ大尉がやってくれた。このチャンスを我々が活かさなければ。」
軽巡航艦オオヨドに従うのは駆逐艦3隻、特に機関の調子が良く、速力の出る艦を選抜した。追い縋るアズリア艦との距離をじわじわと広げていく。
ミコトは、第4次マガツヒ宙域の戦いで拿捕したアズリア重巡航艦のシステムについて、調査を行なっていた。その調査の中で、多くの防壁に護られた戦術システムに、単純だが深刻な欠陥が存在することを突き止めた。ある符号を連続入力すると、ループ回路に囚われてしまうのである。一旦、シャットダウンすれば解消してしまい、比較的容易に修正できてしまうこの欠陥は、5分程度アズリア軍の行動を妨害できる可能性があるが一回限り、という切り札であった。この切り札をアテラス軍は手に入れ、そして活用したのであった。
シャンチーたちはレーダーに映る光点を目指し、全速で駆けていく。
「第34駆逐戦隊より入電、『敵艦、優速 捕捉、困難』」
プレヴォは歯噛みする。フェリングの言う通り、遅かったようだ。
「司令長官、このままでは補給艦部隊が敵艦に捕捉されます。転進を指示しますか。」
言いながらも、転進は無駄だとプレヴォは知っている。速度が遅くステルス性能も低い艦を、捕捉出来ない相手ではない。護衛の艦隊が、敵の攻撃を排除することに賭けるしかないのだ。
フェリングはディスプレイを見つめたまま、右手の人差し指と中指を立て前に振った。『そのまま行け。』だ。
マガツヒからツクヨミに航行中の艦隊は、補給艦4隻、強襲降陸艦10隻、護衛として軽巡航艦1隻、駆逐艦3隻が随伴していた。完全に包囲しているはずだったツクヨミから、互角の戦力が脱出し、自分たちに向かって航行している、と聞かされた分艦隊司令アレクシ・ド・ルー准将は、その報を歓迎した。彼は、フソー星系に到達しておきながら戦う機会がなく、従って武勲をたてる機会にも恵まれていないことを残念に思っていた。このまま退屈な護衛任務で終わるところを、千載一遇の機会を掴んだのである。
「よし、邪魔な補給艦と降陸艦はここに残し、戦闘艦だけで進出するぞ。軽巡マラコフから索敵機を出せ。」
「しかし、我々の任務は護衛です。補給艦らを無防備に残すのは、」
反対する部下の意見に耳を傾けず、ルーが怒鳴る。
「うるさい!だから、我々が敵を撃滅してやるのだ。」
ルーが率いる軽巡航艦マラコフと駆逐艦3隻は、会敵を目指し速度を上げる。
「なぜ会敵しない。もう出会っていてもおかしくないだろう!」
ルーは苛立つ、そこに追い討ちをかける通信が入る。
「後方の補給艦部隊から緊急連絡!『我、会敵す。軽巡1、駆逐艦3』」
ルーは怒りを露わにする。
「なんだと!クソっ、迂回したのか!回頭180°!」
シャンチーはレーダーに映る光点の速度が変わったことを見逃さなかった。護衛艦隊が単独で進出してくることを予想し、そのルートを迂回して補給艦を攻撃したのであった。コメート艦隊主力が待ちわびている補給艦4隻は、あっという間に撃沈されてしまった。
「閣下!補給艦4撃沈です!」
報告する部下の語勢が荒い。判断を詰っているかのようだ、事実詰っているのである。ルーは焦る。
(しまった。補給艦を失うとは大失態、かくなる上は敵艦隊を撃滅する以外にない。)
ルーの分艦隊は、撃沈された補給艦から脱出したポッドやシャトルを回収している、強襲降陸艦の群まで戻ってきた。
「敵はどこだ!どこにいる!」
マラコフは降陸艦の群に近づき速度を落とす。そこに背後から、シャンチー率いるアテラス艦隊が突撃してきた。シャンチーは補給艦を撃沈した後、迂回してルーの艦隊の背後に回り込んでいたのである。
「クソっ!反撃しろ!撃て!撃て!」
慌てて叫ぶが、前方を味方に阻まれ速度も落ちた艦は的以外の何物でもない。マラコフはオオヨドの主砲に貫かれ、爆発して粉々になってしまった。旗艦を失った上に、旗艦のせいで最悪の状況に追い込まれた駆逐艦3隻は、必死の抵抗を見せたが健闘虚しく撃沈された。
軽巡航艦オオヨドの艦橋で、シャンチーは今後の行動について指示を出す。
「ツクヨミに戦果を打電だ。補給できないと判れば、コメート艦隊主力はツクヨミの包囲を解いて、マガツヒ方面の艦隊と合流を図るだろう。我々は、星系外から戻ってくる第1艦隊と合流、するべきかな。」
シャンチーは考えがまとまっていないようだ。
「元帥閣下、残りの強襲降陸艦はどうなさいますか。」
シャンチーは眠そうな眼で
「降陸艦を沈めるのはなかなか骨が折れる。当初の目的は果たしたから、いいんじゃないか。」
「はぁ、そうですか。」
「それに、…眠い。」
そう言って仮の居室になっている士官室に入り、眠りに落ちてしまった。
A. F.683/02/12 06:20
コメート艦隊旗艦ペルピニャンの艦橋に悲痛な通信が入る。
「強襲降陸艦ペリグー1より入電、『護衛艦隊壊滅、補給艦4撃沈、敵艦隊、行先不明』」
プレヴォはフェリングの表情を伺う。フェリングは顎に手を当て、下を見て考え込んでいる。プレヴォも考える。
(補給出来なかった今、このまま包囲を続けても弾薬、エネルギーが尽きてしまう。それにサテリットを撃退したアテラス主力艦隊が星系外から戻ってくるはずだ。マガツヒにいる部隊が危険に晒される。主力は補給が必要、マガツヒ方面部隊は護衛が必要。では…)
フェリングは、ディスプレイ上で最初に布陣したアステロイドベルトに光点を移動させ、右手をそこに向かって伸ばし五指を握った。『ここに集合せよ』だ。
A. F.683/02/12 08:13
ツクヨミ周辺に展開していた無数の艦艇が集合し去っていく。パクはディスプレイに映るその光景を感慨深く見つめていた。
(シャンチー元帥閣下がやって下さった。)
ツクヨミのあちこちから歓声と敵への罵りが聞こえてくる。
「敵が引いてく、俺たちは勝ったんだ!」
「やったぞー!遂に耐え抜いたぞ!」
「二度とくるな、バカヤロー!」
「アテラスばんざーい!アズリアくたばれー!」
ユゲとクアンが肩を組んでビールを飲んでいる。チナワットも一緒に飲んでいる。歓喜の宴の後、彼らは寝たいだけ寝ると言う権利を得たのであった。
A. F.683/02/15 16:49
コメート艦隊は、第5惑星タチハヤオと第6惑星ヤサカトメの間に広がる、アステロイドベルト(小惑星帯)に再度、布陣した。占領を果たしたマガツヒも、アテラス艦隊の襲来が予想されるため、徹底的に破壊した上で放棄され、強襲降陸艦や輸送艦に部隊を撤収させている。
1/25にフソー星系に侵入してから、彗星の如く星系内を駆け回ったコメート艦隊は、結局同じ位置に戻ってきた。マガツヒもツクヨミも占領維持出来なかったことは、彼らにとって屈辱であり、来たるアテラス艦隊との決戦に何としてでも勝つ、との決心を新たにした。
ちょうど同じ頃、アテラス國國防軍第1艦隊はフソー星系外縁の亜空間跳躍可能域に到達した。
「やっと戻って来られた。宇宙空間なんてどこも同じだろうに、ちょっと落ち着く気がするな。」
アンドラーダの言葉にマツナガも肯く。
「確かに、そんな気がします。なぜですかね。」
亜空間跳躍航行中に、ツクヨミが自力でコメート艦隊の攻撃を撃退したとの連絡を受けた。アンドラーダとマツナガはシャンチーの指揮能力に感服し、益々敬意を高めたのであった。
「シャンチー元帥閣下のおかげでツクヨミ救援の必要性は薄くなった。置いてきてしまったイザナ艦隊を待つのも手か、参謀長はどう思う。」
彼らはフソー星系に戻ることが目的ではない。アステロイドベルトに布陣するコメート艦隊に決戦を挑み、これに勝利せねばならないのだ。
「待つべきでしょう。ツクヨミの奮闘があったとは言え、コメート艦隊は依然、戦艦9隻を擁する大艦隊です。イザナ艦隊も合して、ようやく互角ではないでしょうか。」
「そうだな。では、この宙域で待機しよう。索敵機だけ念のために上げておこう。」
この後、アテラス第1艦隊とイザナ統合艦隊は再度、合流を果たした。




