第十九章 フソー・イワツツ連動戦(前編)
A.F.683/01/25 07:54
〈フソー星系方面〉
アズリア連邦連邦軍メッキュロ駐留艦隊 通称コメート艦隊はフソー星系に向けて最終の、亜空間跳躍の準備に入っていた。艦隊の陣容は次の通りである。
・戦艦 10隻
・重巡航艦 8隻
・軽巡航艦 12隻
・駆逐艦 30隻
・航宙母艦 5隻
・補給艦 8隻
・強襲降陸艦 40隻
・輸送艦 8隻
陸戦部隊
・兵員 5万5千人
・戦闘装甲車 3千2百輌
・各種車輌 6千輌
司令長官クリストフ・フェリング大将は旗艦戦艦ペルピニャンの艦橋で、戦術ディスプレイに編成表を表示させている。参謀長ブリュノ・ド・プレヴォ中将がその意図を読み取る。
「司令長官、跳躍序列を変更いたします。」
フェリングが右手を前後に振る。それで良いと言う意味だ。プレヴォが指示を出す。
「各艦、序列に従い、跳躍開始。」
コメート艦隊は次々と亜空間跳躍に入る。残像を引く姿はまるで彗星のようだ。
フソー星系外縁宙域、空間が歪み巨大な何かが虚空から飛び出す。最初のそれは強襲降陸艦であった。次々に同型艦がワープアウトしてくる。フェリングはワープアウト後の待ち伏せを警戒し、定石を敢えて外して強襲降陸艦を先頭に送り込んできた。鈍重だが防御力の高い艦種である。
だが今回、アテラスの艦艇は現れなかった。
「待ち伏せは無いようですね。周辺哨戒を実施します。」
フェリングが右手を前後に振る。
A.F.683/01/27 12:34
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊は周辺を警戒しながら、比較的抑え気味の巡航速度で航行する。今のところ、アテラスの阻止行動は見られない。イザナとの戦いを伝え聞くに、積極的な機動防御を展開したらしいが、今回は随分と消極的だ。プレヴォも訝しがる。
「アテラスは現れませんね。拍子抜けです。」
フェリングは戦術ディスプレイに、潜入中の諜報員が送ってきたアテラス軍の予想戦力を表示させる。アテラスは、イザナから奪取した艦艇の返還を発表した。また、駆逐艦級を10隻程度イザナに派遣しているようだ。
〈アテラス主力艦隊〉
・戦艦 健在 2 戦線離脱 2
・巡航戦艦 健在 2 戦線離脱 1
・重巡航艦 健在 3乃至4 戦線離脱 3乃至4
・軽巡航艦 健在 2乃至3 戦線離脱 5乃至6
・駆逐艦 健在 10程度 戦線離脱 8程度
・航宙母艦 健在 2 戦線離脱 3
〈イザナ方面派遣艦隊〉
・駆逐艦 10程度
言うまでもなく、これはスエツミが操作した数字である。スエツミは、アテラス軍は保有艦艇の半数程度が損失か行動不能に陥っている、との偽情報を流していた。そうとは知らないプレヴォは、常識と言う物差しで現状を考える。
「エトワールの実力からして、妥当な数と考えますが、作戦可能な艦艇はもっと少ないのではありませんか。だから、阻止行動に出て来られないということでは。」
プレヴォの言を聞いても、フェリングはじっとディスプレイを見たまま動かない。だが、右手の人差し指と中指を立てて前に振った。そのまま行け、と言う意味だ。コメート艦隊は当初の予定通り、第5惑星タチハヤオと第6惑星ヤサカトメの間に広がる、アステロイドベルト(小惑星帯)を目指す。
〈イワツツ星系方面〉
ちょうど同じ頃、アズリア連邦連邦軍ルーペ駐留艦隊 通称サテリット艦隊は、イワツツ星系外縁の亜空間跳躍可能域に向け、跳躍を開始するところだった。
旗艦航宙母艦リモージュの艦橋で、司令長官セシル・ド・ベルジェ大将が指示を出す。
「駆逐艦より順次跳躍開始、ワープアウト後は時空波振動があっても直ちに最大戦速で離脱、後続艦は先頭艦を基準に集合すること。行け!」
サテリット艦隊の艦艇も次々に跳躍を開始した。
イワツツ星系外縁の亜空間跳躍可能域、空間が歪み、虚空から艦艇が飛び出してくる。飛び出した艦は間髪入れずに最大出力で、ワープアウト宙域から離脱する。サテリット艦隊もまた、戦場に到着した。
サテリット艦隊の陣容は下記の通り、
・巡航戦艦 8隻
・重巡航艦 6隻
・軽巡航艦 8隻
・駆逐艦 24隻
・航宙母艦 10隻
・補給艦 8隻
・強襲降陸艦 52隻
・輸送艦 8隻
陸戦部隊
・兵員 6万4千人
・戦闘装甲車 3千8百輌
・各種車輌 7千5百輌
参謀長ゾエ・トルトゥリエ中将は、無防備になってしまうワープアウトを、無事こなしたことに安堵する。
「ワープアウト後を狙ってはこなかったですね。いずれにせよ、無事到着できて良かったです。」
「そうだな。奴ら、アテラスとの戦いで相当消耗しているとの情報だ。拠点に引き付けての迎撃戦を意図しているのだろう。」
この時、アズリア側が把握していたイワツツに展開する艦隊の規模は、下記の通りである。
〈イザナ主力艦隊〉
・戦艦 5隻
・重巡航艦 5隻
・軽巡航艦 5隻
・駆逐艦 22隻
・航宙母艦 2隻
〈アテラス軍イザナ方面派遣艦隊〉
・駆逐艦 10隻程度
サテリット艦隊は惑星イザナへ舵を切る。
A.F.683/01/29 17:59
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊は目標としていたアステロイドベルトに到達した。ここは岩石や氷の塊が分布する航行上の難所だ。大型艦ほど航行が難しくなるが、それだけに敵襲があっても容易に突破できず、護るに固い地形と言える。各艦は手頃な小惑星の影に停泊する。プレヴォが戦術ディスプレイを凝視しているフェリングに声をかける。
「アテラスの奴ら、未だに現れませんな。さすがに何らかの抵抗が有るものと考えていたのですが、ここまで何も無いと少し不気味です。」
顎に手を当てフェリングは考えている。暫くしてから、ディスプレイ上の現在地から、1つの光点をアテラス本星方面に、もう1つをマガツヒ方面に動かした。
「はい、駆逐戦隊をアテラス方面とマガツヒ方面に派遣します。4隻規模でよろしいですか。」
フェリングが右手を前後に振る。
〈イワツツ星系方面〉
一方のサテリット艦隊も航行自体は順調そのものであった。
が、しかし、本國からの情報を受けたトルトゥリエが、慌ててベルジェに報告する。
「本國から新情報が入りました。第3惑星アシナヅチ、第5惑星オオヤマツミの防衛体制ですが、想像以上です。アシナヅチには航宙機300機以上、兵員6万人以上。オオヤマツミには航宙機350機以上、兵員8万人以上が展開しているようです。」
そう言って、諜報員が撮影したと見られる少し不鮮明な映像をディスプレイに映す。そこには無数に立ち並ぶ仮設兵舎や防御施設、対宙軌道砲の群、綺麗に整列した駐機中の航宙機などが写っていた。
「な、なんだと。これほどの防御体制を構築していたのか。」
予想を遥かに超える規模に、ベルジェも愕然とする。
「い、いや。合成されたものではないのか。」
ベルジェの疑念も当然である。到底、短期間に構築できる規模ではない。だが、トルトゥリエは首を振る。
「判定結果は『リアル』です。間違いなく、アシナヅチ、オオヤマツミの現状を撮影した物だということです。」
「信じられん。」
「そして、こちらは未確認なのですが、各地に配備の航宙機はイザナの新型機で、超長距離進出が可能だとか。」
「超長距離?どの程度のことを言っているのだ。」
「惑星間航行が可能だとか…」
ベルジェは息をのむ。
「バカな!そんなこと、できるはずがない!…だが、だからこそ、他惑星にも配備しているのか…いや、しかし…アハジ!アハジの体制はどうなんだ!」
「こちらは映像がありませんが、情報では航宙機100機弱、兵員は2万人程度ということです。」
それを聞いて、ベルジェは少しだけ落ち着いた。
「そうか、アハジは従来通りなのだな。では、やはり攻撃目標はアハジに設定しよう。索敵哨戒範囲を広げて航宙攻撃を警戒させろ。」
ベルジェもトルトゥリエも、不安に囚われ始めた。
A.F.683/01/31 23:09
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊所属第31駆逐戦隊司令クレマン・ノアイユ少将は困惑していた。彼は偵察任務のため、4隻の駆逐艦でアテラス本星方面へ進出した。敵地での偵察は、生存率の低い危険な任務だ。敵はいたるところから襲いかかり、待ち伏せしているのが常だ。今回も、割に合わない貧乏くじを引いたと思っていたが、どこまで行っても敵が現れない。とうとう、アテラス本星のすぐ至近まで来てしまった。
「司令、本隊に何と報告すればよろしいでしょうか。」
部下の質問にノアイユは考え込む。だが、いつまでも黙っている訳にもいかない。
「『我、アテラス本星に到達せり。敵艦発見できず。敵襲なし。以上』そんなところじゃないか。」
「はぁ、では、そのように。ところで、我々は戻って良いんですかね。」
ノアイユはまた考え込んだ。
「偵察に出した第31駆逐戦隊第1小隊から入電しました。『我、アテラス本星に到達せり。敵艦発見できず。敵襲なし。』
第2小隊からも入電です。『我、マガツヒに到達。指示を乞う。』…一体どういうことでしょうか。」
プレヴォは困り顔だ。フソー星系に入って6日間、アテラス軍は全く姿を見せない。フェリングは、フソー星系のマップを表示させたディスプレイをじっと見ている。表情は変わらず、何を考えているのかはわからない。プレヴォは辛抱強く待つ。
するとフェリングは、アテラス本星を指してから手を手前に振る。マガツヒを指してから下を指さす。その動きの意味をプレヴォが翻訳する。
「第31駆逐戦隊第1小隊は本隊に戻れ。第2小隊にはマガツヒ基地の強行偵察だ。」
強行偵察の命令を受けた4隻の駆逐艦は、マガツヒ基地に近づき砲撃を開始する。だが、航宙機を発進させる様子はない。対宙軌道砲の発砲は疎らにあるが、大した密度ではなく降陸の支障をきたすほどのものでもない。
悔しそうな表情のプレヴォがフェリングに伝える。
「第31駆逐戦隊第2小隊から入電しました。『敵、航宙機なし。反撃は微小。降陸可能と認む。』だそうです。マガツヒの防御を固めているという情報は虚偽だったようです。」
それを聞いてフェリングは、ディスプレイに表示された編成表から強襲降陸艦、輸送艦、補給艦を表示させ、光点をマガツヒに動かした。プレヴォが指示を出す。
「強襲降陸艦、輸送艦、補給艦部隊はマガツヒへ進路を取れ。」
指示を出したプレヴォが、フェリングに尋ねる。
「虚偽情報に踊らされ、時間を大きく浪費してしまいました。しかし、アテラスは何の意図でこのような小細工をしたのでしょうか。」
フェリングが答えてくれる訳がない。
〈イワツツ星系方面〉
サテリット艦隊は未だ、順調な航行を続けていた。だが、疑心暗鬼の種は成長を始めている。
「なぜ、イザナは迎撃に出てこない。このまま本星まで引き込む気か。それだけ自信があるということか。」
ベルジェの問いにトルトゥリエは答えられない。だが、別の提案があった。
「司令長官、速度が遅くステルス性能もない艦は分派しませんか、このままでは機動性と秘匿性が損なわれてしまいます。」
ベルジェは肯く。
「そうだな。強襲降陸艦、輸送艦、補給艦に護衛の駆逐艦8隻を付けて分派しよう。」
だが、すぐに撤回する。
「いや、だめだ。敵の各基地からの航宙攻撃範囲が不明だ。宙母を付けなければ攻撃を防ぐことができない。宙母4隻も付けろ。」
トルトゥリエは異論がありそうな表情を見せたが、結局は命令に従った。彼女もまた疑心暗鬼に囚われ、判断に迷っていたからである。
サテリット艦隊は、その宙域に強襲降陸艦らの分艦隊を残して、惑星イザナ方面に進んでいく。
そのサテリット艦隊の背後を、息を殺して航行する艦隊がある。アテラス軍独立駆逐艦隊である。
実のところ、この艦隊はワープアウトの直後から、サテリット艦隊の背後にいた。彼らはサテリット艦隊のワープアウトも見ていたのである。だが、手は出さなかった。そして、搭載の81式艦上複座偵察機を放ち、艦艇ではなく哨戒機をターゲットに追跡を続けていた。前方に注意がいく進撃時、後方への索敵は甘い。
彼らのレーダーには、ステルス性能の低い艦艇が光点として表示されている。その情報から、見えない敵の行動をも予測する。
「停泊したな。だが、全体ではないだろう。戦闘艦部隊と降陸艦・輸送艦部隊に分派したと見るが、特務参謀はどうだ。」
ラジの意見にマコトも同意する。
「小官も同意見です。降陸艦部隊にどれほど護衛を付けたかが、気になるところですね。」
ラジたちは、スエツミが入手した人事情報を見ながら、
「うむ、これは指揮官の性格にもよるところだが…ベルジェ大将、トルトゥリエ中将、共に女性か。プロファイルを見る限り、2人とも、冷静で、慎重で、完璧を目指すタイプ。参謀長、どうだ。」
タインが答える。
「同意見です。であれば、それなりの護衛を用意するでしょうね。戦力を分散させてくれるのはありがたいことです。それにしても、スエツミは凄い。」
「同感だ。スエツミがいなかったら、今戦役は一回戦負けで終わりだったな。」
ラジとタインは、提供される精緻で豊富な情報に、感嘆と感謝の念を持つ。マコトも弟の活躍を想い、感慨深いものがある。
彼らを載せて、11隻の戦乙女は、漆黒の闇の中を忍び寄る。
A.F.683/02/03 04:44
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊の強襲降陸艦部隊はマガツヒに対して降陸を開始した。対宙軌道砲が散発的に砲撃してくるが、大した密度ではない。マガツヒの空は、すぐに降下舟艇の群れで満たされた。地上に降り立った兵士たちを歓迎するものは何もない。花の首飾りはおろか、レーザーライフルの閃光すら無かったのである。マガツヒは無人であった。砲火を上げていた航宙軌道砲もオートモードでの発砲であった。コメート艦隊はマガツヒの無血占領を果たした。
「司令長官、マガツヒの占領に成功しました。アテラスはマガツヒ防衛を諦め、放棄したようです。」
プレヴォの報告にいつも通り無言のフェリングは、戦術ディスプレイの自艦隊を示す矢印をゆっくりとアテラス方向に動かした。プレヴォが指示を伝える。
「本隊は第2戦速でアテラスに向かう。」
〈イワツツ星系方面〉
「そろそろ、イザナとアハジがサテリット艦隊艦載機の攻撃圏内に入るな。」
ラジの言葉に一同が肯き、タインが答える。
「そうですね。良い頃合いでしょう。」
「よし、では追跡中のキサラギ1を接敵させろ。」
ラジの指令が通信電波に乗って伝えられる。この電波によって独立駆逐艦隊もサテリット艦隊に発見されることになる。
サテリット艦隊本隊が惑星イザナとその衛星アハジを攻撃圏に捉えようとしている時、遂に敵の姿を捉えた。だが、その偵察機がやってきたのは予期していた惑星イザナの方向からではなく、星系外縁方向からであった。裏打ちする様に同方向からの通信電波を捉える。ベルジェは背後への注意に欠けていたことを悔やむ。
「ちっ、背後にいたか。アハジを攻撃できるまで、あとどのくらいだ。」
「2時間程です。こちらは敵に発見されてしまいました。新型機の情報が本当であれば、じきに攻撃隊がやってくるでしょう。援護機を上げます。」
ベルジェは肯く。
「うむ。それと、索敵だ。背後方向を重点的に探せ。」
すぐに敵艦発見の報が入る。
「ミカエル17より入電『駆逐艦10乃至11発見、位置Q64P72、進路177°俯角7°』離れる方向に進んでいます。」
ベルジェは判断に迷う。
「駆逐艦か…宙母はいないのか。」
すると、全く別の方向に進んだ索敵機から、イザナ艦隊発見の報が入る。
「ミカエル22より入電『航宙母艦2、戦艦5、重巡5、軽巡5、駆逐艦16以上、位置A59K19、進路260°仰角31°』」
トルトゥリエが首を傾げる。
「アハジの至近ですね。こんなところに艦隊を置くとは、宝の持ち腐れでは…」
「意図はわからんが、宙母は見つけた。距離を詰めるぞ。」
ベルジェはそう言って、戦術ディスプレイのマップをじっと見つめる。
イザナ艦隊はアハジ周辺宙域に布陣している。旗艦戦艦コネチカットがにわかに騒がしくなる。アテラス軍の索敵機からアズリア艦隊発見の報が入り、更に、こちらも敵偵察機の接触を受けたからだ。だが、まだ、航宙機の作戦行動半径外である。
クラフトマンが大きく息を吸い込む。そして、耳をつんざくような大声で戦闘開始の指示を出す。
「よおし、やるぞ!攻撃隊発艦!航宙母艦は直ちに転舵し、アハジの裏側に進路を取れ、打撃部隊は全速前進!」
艦橋が一気に活気付く。クロフォードが航宙参謀に細かく指示を出す。彼らは今まで、姿を見せぬよう息を潜めていた、溜まった鬱憤を侵入者にぶつけてやるのだ。
対艦推進弾を抱えたCFー32Dが次々に発艦していく。全機が爆装である。各機は一体となってはいるが、編隊を組まずに進撃していく。
120機の攻撃隊を率いるのはジェーン・リベラ大尉だ。彼女はアテラスとの戦いで何度も出撃した歴戦の勇者である。だが今回の戦い、アテラスは敵ではなく味方なのだ。
後方からアハジを発進した96機の攻撃隊が合流する。ここに集結した216機がイザナが持てるほぼ全ての航宙戦闘機だ。では、アシナヅチ、オオヤマツミで撮影された機体は何だったのか。答えは、ガス膨張式塩化ビニル製の模造品である。平時は子供用ビニールプールなどを製造している工場もフル動員して、ひと月の間に準備したのだった。だが問題はまだある、宙母(サンタクララ、グラナダ)もアハジ基地も行動半径外のはず、なぜ攻撃隊を出せるのか。
まとまってはいるが乱雑なまま、216機の猛禽が獲物に近づく。サテリット艦隊は150機以上のラファエール5を迎撃に上げてきた。彼らは、編隊も組まずに近づいてくるイザナ機の群に面食らっている。隊内通信にアズリアパイロットの会話が混線してくる。
『何なんだ、あいつら。まともに編隊も組めないのか。』
『隊長、攻撃していいんでしょうか。攻撃隊なのか制宙隊なのか全く判りません。』
リベラはほくそ笑む。
「あは。困ってる。困ってる。」
イザナ機の群がそのままアズリア艦隊をのみこんだ。
「さあ、始めるわよ。各機、戦術コンピュータをR6にセット。発動5秒前、3、2、1、発動!」
各機のディスプレイに、各機に当てがわれたターゲットが指示され、秒読みが始まる。
「ターゲットZ7 3、2、1、突入!」
リベラは急旋回をして、Z7と符号が付けられた航宙母艦に向かい突入する。同時に7機のイザナ機が、他の位置、他の角度からZ7に突入する。対宙砲火は、全く同時に様々な方向から接近するイザナ機に対応できない。
「よーい、てぇ!てぇ!」
ギリギリまで敵艦に接近し、2機の推進弾を僅かに時間差をつけて放つ。8機の推進弾が様々な角度から全くの同時に着弾、爆発し、シールドを消滅させる。立て続けに各機2機目の推進弾が艦に突き刺さり爆発する。Z7は一瞬にして、全身ボロボロの状態になってしまった。
「航宙母艦リモージュ級大破!」「巡航戦艦ブレスト級に命中弾多数!」「軽巡ル・ポール級轟沈!」
戦果報告の通信が隊内を駆け巡る。一斉にかつ効率的に、多目標を攻撃したイザナ機は、各機そのままの方向に抜けていく。
この多目標一斉攻撃戦術は、クロフォード中将の発案、研究によるものであった。第4次マガツヒ宙域の戦い前に目にした、アテラス駆逐艦隊の艦隊機動にヒントを得たものである。この新戦術の効果は凄まじく、アズリア航宙母艦6隻は一瞬で発着艦不能の状態になってしまった。
アズリアの迎撃隊は一瞬の出来事に茫然とするが、二呼吸後にはやられたことを理解する。
『チクショウ!奴ら、全機、攻撃機だ!宙戦開始!ふざけた真似しやがった奴らを1機も帰すな!』
だが、重い荷物を届けたCFー32Dは速い。ラファエールを尻目に、優速を活かして飛び去る。
「旗艦に打電、宙母6、巡戦2、重巡2、軽巡4、駆逐艦8に命中弾多数!大破以上確実!」
各機は増速し、機首を星系外縁方向に向けて集合していく。だが、作戦行動半径外の出撃であった彼らは、アハジや母艦には戻れない、いったいどこに向かうのか。
その答えはここにあった。
「友軍機より入電、『宙母6、巡戦2、重巡2、軽巡4、駆逐艦8に命中弾多数!大破以上確実!』」
アテラス第1艦隊旗艦巡航戦艦イブキの艦橋にも、イザナ艦隊航宙隊隊長リベラ大尉からの戦果報告が入り、艦橋が歓喜に包まれる。司令長官アンドラーダ大将は頷き、次の指示を出す。
「航宙攻撃隊、発艦せよ。甲板をイザナ機のために空けろ。打撃部隊は全速前進、生き残った奴らをやるぞ!」
アテラス第1艦隊はイワツツ星域にいた。そして、独立駆逐艦隊の更に後方を航行していたのである。索敵機は敵艦を発見すると接敵を続けるため、その先の索敵が行われないことが多い。その死角を利用していたのである。
航宙母艦5隻と護衛の駆逐艦6隻を残し、戦艦4隻、巡航戦艦3隻、重巡航艦7隻、軽巡航艦7隻、駆逐艦12隻がアズリア艦隊に向けて全力で駆ける。
A.F.683/02/03 05:55
〈フソー星系方面〉
電文を持った通信参謀が艦橋に上がってくる。
「サテリットから超光速通信です。『我、敵と戦闘状態に入れり。』それだけです。」
プレヴォは悔しそうだ。先に敵地に到達していながら、未だ戦闘を行なっていないことが口惜しいのであろう。フェリングは無言で頷く。
続いて続報が入る。
「続報、来ました。『航宙母艦6に被弾、他、損傷艦多数。』」
「…何が起きているのでしょうか。」
プレヴォの言葉にフェリングは無言だ。
〈イワツツ星系方面〉
航宙参謀が苦悩に満ちた表情で報告する。
「司令長官、発着艦可能な宙母はありません。援護機のスラスター燃料が順次尽きていきます。」
「やむを得ん、駆逐戦隊に搭乗員の救助に当たらせろ。浮遊する機体は駆逐艦の対宙砲で処分だ。」
ベルジェは拳の背を口に当てる。悔しい時の彼女の癖だ。
「一瞬で我が艦隊を壊滅させた攻撃は凄まじかったが、後続距離の問題が気になる。敵攻撃隊はどこへ行ったのだ。やはり、新型だったのだろうか。」
そこに、索敵機からの通信が入る。その機は母艦に向けて帰投中であったが、イザナ軍機の編隊と遭遇し、燃料切れを覚悟で追跡していたのだった。
トルトゥリエが報告する。
「敵攻撃隊の向かった先が判りました。アテラス軍の宙母です。それに戦艦7を含む艦隊が当方に接近中だということです。」
「なんだと!アテラス本星を敵前において、イザナを救援に来たというのか!」
ベルジェは、このイワツツ星域にアテラスの主力が展開しているとは思ってもみなかった。驚愕と同時に、するべき事に思い至る。
「コメートに打電だ!『アテラス主力艦隊はイワツツ星域に有り、善処されたし。』だ。コメートが奴らの帰る家を粉砕してくれるぞ!」
だが、帰る家を失う危険に晒されているのはアテラスだけではなかった。
通信士官が大声をあげる。
「司令長官!大変です!ルーペ駐留隊司令部に大規模な攻撃があった模様です!各メディアが一斉に報じています!」
戦術ディスプレイに転送された映像には、懐かしいルーペの司令部が炎上し誘爆を繰り返している情景が映し出されていた。トルトゥリエが疑義を呈する。
「虚偽情報ではないのか。」
「有り得ません!各種全メディアが同一内容です。」
一同が沈黙する。だが、その沈黙を破りトルトゥリエがベルジェに尋ねる。
「この宙域から戻るにしてもひと月以上かかります。どうなさいますか。」
ベルジェが拳の背を噛む。離した拳には血が滲んでいる。
(先ほど発見した駆逐艦の艦隊は星系外方面に向かっていた。まずい、退路を断たれる。)
「撤退だ。全艦撤退!分隊に亜空間跳躍可能域に転進するよう伝えろ。本隊は進路194° アテラス艦隊を突破して分隊と合流する。付いて来られない艦は処分だ、急げ!」
だが、処分を自らの手で行うまでもなく、アテラス軍の航宙攻撃隊が到着する。イザナ軍の攻撃で痛手を負っていたサテリット艦隊は、なす術も無くアテラス軍の集中攻撃を受ける。
旗艦リモージュは、先の攻撃で発着甲板が大破したが機関は無傷であり、退却戦の指揮を取っていた。転舵を繰り返し、必死に逃げるリモージュに編隊を組んだアテラス機が襲いかかる。そして遂に、リモージュにも最後の時が訪れる。6機の79式が放った12機の対艦推進弾は、全弾が艦中央に命中し船体を真っ二つに引きちぎった。空気の漏れていく艦橋でトルトゥリエがベルジェを探す。
「司令長官!閣下!」
誘爆の振動で転び、起き上がった時に、吹き飛んだ指揮卓にうつ伏せになって挟まれているベルジェの姿が目に入った。駆け寄り、声をかける。
「司令長官、今助けます。誰か!誰かいないか!」
ベルジェが顔の方向を変え、トルトゥリエを見る。そして、弱々しく呟く。
「これは無理、助からない。ゾエ、早く行きなさい。」
トルトゥリエは、初めてファーストネームで呼ばれたことに驚愕し固まる。
「あなたを妹のように思っていたわ。」
トルトゥリエは涙を流しながら膝をつく。
「閣下、セシル様、」
ベルジェは動く左手を見て、
「指輪をあの人に持っていって、さぁ、本当にいきなさい。」
トルトゥリエは泣きながら、ベルジェの左手から指輪を外した。そして、立ち上がり敬礼をして走りだした。
イザナ軍及びアテラス軍による航宙攻撃、砲撃戦、追撃戦により、サテリット艦隊本隊はそのほとんどの艦艇を失い、途中分離した分隊と合流できたのは、重巡航艦1隻、軽巡航艦1隻、駆逐艦2隻に過ぎなかった。合流後のサテリット艦隊は、鈍足の艦艇を抱えながらもなんとか追撃を振り切り、亜空間跳躍可能域に辿り着いた。そして、イワツツ星系からの撤退に成功した。
A.F.683/02/03 07:51
〈フソー星系方面〉
コメート艦隊はサテリット艦隊からの超光速通信を受け、速度を増して惑星アテラスへ向かっている。アテラス主力艦隊はフソー星域ではなく、イワツツ星系にいるらしい。このことは艦橋にいる全員を驚愕させた。大抵の事には動じないフェリングでさえも、目を見開いていたのである。その上、サテリット艦隊の本拠地ルーペで大規模な攻撃があったと報じられる。
「サテリットは撤退でしょうか。本拠地で動乱発生となると外征どころではありません。」
プレヴォの懸念ももっともである。駐留艦隊本来の役割は、本拠地とする星系での反乱や動乱を抑えることだからだ。その質問の解はすぐに与えられた。
「サテリットから超光速通信です。『我、撤退す。司令長官戦死、被害甚大』」
それを聞いたフェリングはしばらくの間、動かなかった。その後、イワツツ方面に向かって敬礼し、向き直って右手の人差し指と中指を立てて前に振った。




