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第十八章 ヤヒロド条約



A.F.682/12/12 12:40

 独立駆逐艦隊司令官ラジ中将はナプキンで口元を拭い、上座に向かい話しかける。

「駆逐艦などと言う船は馬車馬のような存在でして、大した物は用意できず申し訳ございません。」

 上座に座る男はアテラス國外務大臣ユートン・キョウである。2時間ほど前に高速連絡艇で独立駆逐艦隊旗艦ムツキに乗船して来た。キョウは気さくに笑い、料理を褒める。

「いえいえ、大変美味しいです。艦内見学で厨房も見せて頂きましたが、限られた空間をとても上手に活用していますね。」

 昼食会の会場には、キョウと秘書官1名、司令官ラジ中将、参謀長タイン少将、特務参謀カイ中佐、それに参謀達が座っている。

「それにしても、今年は目まぐるしく情勢が変化する年ですな。5月の開戦からたった半年しか経っていないことが信じられません。今こうして、イザナへ向かっていることも。」

 全員が感慨深げに(うなず)く。彼らは、イザナ共和國へ拿捕艦(戦艦1、重巡航艦1、駆逐艦2、航宙母艦1)を返還するのと同時に、戦役の終結宣言と平和条約締結、更に同盟締結のための特使として航行中であった。尚、各拿捕艦にはアテラスに降伏したイザナ軍の戦時捕虜が分乗している。

 クラフトマン大将によるローソン元帥罷免が宣言されてから、アテラス、イザナ両國は急速に接近し、一気に融和の空気が醸成された。先述の重大事項が極めて短期間で決定されたのは、アズリアの侵攻が間近に迫っており、即断即決で進めなければ手遅れになると言う危機感が、両國に存在していたからである。

「大臣閣下はイザナ駐在大使でいらっしゃったことがおありだとか。イザナとはどのような國なのでしょうか。」

 ラジの問いに、キョウは時々笑い話を交えて語ってくれる。

 キョウはA.F.673からA.F.677の期間、大使としてイザナに駐在していた。戦間期でありアテラスに対する反感も強かったが、國民はみな勤勉で明るく、誇り高くありたいという意識を強く感じていた。一度、連絡の行き違いにより、大使専用車が反アテラス運動のデモ隊に囲まれる事件が起きた。立ち往生する専用車に群がり、『出て行け!』と叫ぶ群衆を制したのは、1人の若い女性であった。彼女もデモ参加者であったのだが、専用車の前で群衆に向かって立ち、大声で叫んだ。

『この方は正当な権利を以ってこの地にいる。その権利を侵す者は誰か!その者に対し、私は抗議する!主義主張によってでも、他者の権利を侵すは暴徒だ!暴徒こそイザナから出て行け!』

 彼女の叫びにより群衆は冷静さを取り戻し、大使専用車に道を開けた。こうしてキョウ達は事なきを得たのであった。

「イザナとは長く対戦國という間柄になっていましたが、信用に足る相手だと考えています。」

「元々は、共に独立を目指した戦友ですしね。」

 タインが相槌を打つ。

「仰る通りです。戦ってきた歴史よりも協力してきた歴史の方が長いのです、共和共生、出来ない訳がありません。」

 キョウは、場を和やかにする才能、或いは能力に恵まれているようだ。昼食会は、終始穏やかな雰囲気のままお開きとなった。


 キョウ達文官が、居室として当てがわれた士官室に戻り、ラジら武官が作戦検討を始める。

「それにしても、次は苦しい戦いになりそうだな。カイ中佐の話ではアズリアは2個艦隊を投入準備中らしい。アテラスはともかく、イザナはかなりの艦艇が失われている。まぁ、アテラスがやった訳だが、単独で戦うのは厳しいぞ。」

 マコトが(うなず)く。

「アズリア連邦はメッキュロ駐留艦隊 通称コメート艦隊、ルーペ駐留艦隊 通称サテリット艦隊を投入してくることがほぼ確実です。相変わらず、我が軍を舐めきってくれているようで、情報は垂れ流しです。」

「戦いに有利であれば舐めてもらって一向に構わんが、あれだけ痛い目に遭っておきながら、まだ目が覚めないのか、奴らは。罠である可能性はないのか。」

「我が方もかなりの被害を受けているとの偽情報を、スエツミが流しているはずです。おそらくは、それを真に受けているのでしょう。罠の可能性ですか。可能性が全くの0だとは言いませんが、そこは海千山千のスエツミです。シャープ課長の眼力で…」

「まぁ、そうだな。それに、情報を信用しないことには数的劣位の我々は何もできん。」

 独立駆逐艦隊は拿捕艦群の護衛が主任務だが、そのままイワツツ星系に留まり、イザナ軍と共闘する計画となっている。先の戦闘で損傷を負った艦も、イザナ領内のドックで修復作業に当たる手筈となっていた。

「イザナの艦を運び、イザナのドックで修理して、イザナと共に、イザナの為に戦う。…つい先日まで死闘を繰り広げていた相手とは思えん。全て貴官の筋書き通りか、恐ろしい男だ。」

 マコトは唖然とした。彼は、自分が先導しているという意識は持っておらず、シャンチーやアンドラーダなど将官をサポートしているつもりだった。だが、マコト以外の当事者は、ラジのように考える者が多数派だ。

「そんなことはありません。シャンチー元帥や…」

 マコトの言葉を途中で打ち切らせ、ラジは話を変える。

「まぁ、その話はいいさ。イザナとの融和は、本来あるべき姿だと私も考えている。それよりも、敵は何処を狙ってくるかな。」

 イワツツ星系には第4惑星イザナの他にも、基地化に適した岩石の天体が多く存在する。第3惑星アシナヅチ、第5惑星オオヤマツミ、それに惑星イザナの衛星アハジである。イザナ軍はそれぞれに航宙機部隊と陸戦兵力を常駐させている。アズリア艦隊の襲来が予想される1月下旬から2月上旬にかけては、ちょうど3惑星が近接する時期に当たる。

「衛星がなく、ツクヨミを建設せざるを得なかったアテラスからすれば、防衛拠点が多く羨ましくも思うが…微妙だな。」

 その言葉にタインも肯く。

「そうですね、微妙な距離ですね。」

 連携するには遠すぎる。だが、失ってしまうと、そこを拠点に反復攻撃される可能性が高い。

「失いたくはないが、護るのは少々重荷、さてどうする。」

 しばらく沈黙があったが、マコトが口を開く。

「攻めるのを断念してもらうのが一番ですね。」

「何か策がありそうな顔だな、カイ中佐。」

「えぇ、子ども騙しですが。」

 マコトは自分が考えた作戦を説明する。イザナの協力が必要なこの作戦は、イザナ到着後に両軍で検討することになった。


 タインが次の懸念を議題に上げる。

「アズリアがこちらの希望通り攻めてきてくれるとして、イザナ本星とアハジをどう護るかが次の問題です。おそらく来るのはサテリット艦隊、宙母10隻の大機動部隊だそうです。こちらの宙母は2隻、正面から決戦を挑んでも勝ち目は無いでしょうね。」

「全く無いな。カイ中佐、策はあるのかな。」

「実は、総合艦隊司令長官閣下や参謀長閣下とも相談したのですが…」

 マコトが事前に、シャンチーら総合艦隊司令部と相談していた内容を告げると、独立駆逐艦隊司令部の面々は声を失った。皆、唖然としている。

「それはまた大胆な…」「いくらなんでも…」

 動揺する司令部部員にマコトは決然と言い放つ。

「シャンチー元帥閣下は不退転の決意です。全体の作戦が成功するか否かは、この独立駆逐艦隊にかかっています。」

 戦いの相談を繰り返しながら、イザナへの道を急ぐ。



A.F.682/12/26 16:22

 ムツキ以下11隻のアテラス独立駆逐艦隊と戦時捕虜を乗せた拿捕艦群は、惑星イザナの周回軌道に到達した。

 外務大臣ユートン・キョウら文官と護衛兵、それに武官代表としてマコト・カイ中佐がシャトルに乗り込みイザナの地に降り立つ。彼らはこれから、分刻みスケジュールの指揮の下、様々な会議や式典に出席する。一方、ラジら武官は航宙母艦グラナダに移乗し、戦時捕虜及び艦艇の引き渡し式典に、出席する手筈となっている。


 引き渡し式典は、イザナ共和國軍クラフトマン大将とアテラス國國防軍ラジ中将とが、互いに敬礼することから始まった。

「アテラス國國防軍スニール・ラジ中将です。閣下にお会いでき、光栄です。」

「イザナ共和國宇宙軍ポール・クラフトマン大将です。こちらこそ、…閣下の船は」

 クラフトマンは、船外モニターに映るムツキに視線を移す。

「…いや、美しいですな。何と言うか、凛としている。」

「はい、小官も自慢としております。」

 それから、引き渡し証を互いに手渡す。2人が筆記台に向かいサインをして証印を押す。再度、引き渡し証を交換する。

 クラフトマンがもう一度ムツキに視線を送り、言葉をかける。

「閣下やあの船と共に戦えること、誇りに思います。」

 ラジはにこやかに言った。

「共に暴れまわってやりましょう。」

 最後に一同が敬礼し、式典は滞りなく終了した。

 式典終了後、航宙母艦グラナダ始め各艦にイザナ将兵が散っていく。グラナダの艦長室に最初に入ったイーサン・ハント軍曹は、部屋の壁を見て涙した。歴代艦長肖像写真の最後に、僅かに規格の異なる額がある。そしてそこには、乗員の安全を確約させた後自決した、スプール艦長の階級章と認識票が入っていた。


 地上組の方は、シャトルから降り立った直後に小さな事件に見舞われた。

 キョウが出迎えの人々に手を振っている。その人々の中から、キョウに向かって飛び出そうとする男がいた。アテラスの警備兵とマコトがキョウの周りに立ちはだかり、イザナの警備隊が男を取り押さえた。

「あの方は何と言っていたのですかな。」

 イザナ側の警備兵はキョウの質問には答えず、急ぎ地上車に案内した。防弾の施された地上車内でキョウがマコトに尋ねる。

「カイ中佐はわかりましたか、あの方が何と言ったか。」

「はっきりとは…ですが、おそらく『父と兄の仇』と」

「そうですか。」

 キョウは帽子を胸に当て、暫く目を閉じた。そして、以後その話題には触れなかった。


 キョウ達特使は、次々にスケジュールをこなしていく。

 2番目の会場で、アテラスーイザナ平和条約が調印された。両國は、係争を解決するに武力を用いることを禁止し、平和的協議によって解決を図ることを約束した。同時に、両國の平和への脅威には共同で当たることとし、同盟の締結を宣言した。

 これら一連の取り決めは、開催地ヤヒロドに因み、『ヤヒロド条約』或いは、締結年から『A.F.682の盟約』と呼称される。


 宿舎として用意されたかつての大使館に到着したのは、時計の針が次の日の到来を指してからであった。フラフラになっているマコトに対して、キョウは平然としている。苛烈な外交戦を戦うには、並外れた胆力と体力が必要なのだと、キョウを見て学ぶマコトであった。

 大使館室に入ったキョウがじっくりと部屋を見回していく。怪訝に感じたマコトが尋ねる。

「大臣閣下、何をなさっているのですか。」

「あぁ、ええと。」

 キョウは適当な返事をしながら、左に左にと視線を流していく。その場で一回転して止まった。マコトは黙って見ている。すると、キョウは部屋の端に行って、手のひらに乗るくらいの小さな箱状の物を取り外した。似たような物を別の場所からも持ってくる。3つの何かを手のひらに乗せて、マコトに向き直る。

「カイ中佐、これの中身を見られますか。」

 マコトには何のことだか判らない。

「えぇと、破壊してもよろしいのですか。」

「大丈夫です。」

 マコトはその何かを机の上に置き、ハンドガンの銃把の底で叩き壊す。何やら電子部品とマイクらしき部品が出てきた。もう一つはレンズが有る。最後の一つはどちらも有った。マコトは、電子基盤を叩き壊し感嘆する。

「閣下、なぜこんな短時間に見つけられたのですか。小官も、仕掛けられている可能性には思い至っていましたが、まるで位置が全ておわかりになられているかのようでした。」

「事前に部屋の映像を送ってもらいました。その上で、前日に、部屋が無防備になるように依頼をしたのです。『前日からは誰にも入ってもらいたくない。』と、神経質なフリをして。アズリアの諜報員は、そのタイミングでこれらを仕掛けたのでしょう。以前と異なっているところを探してみました。」

「えっ、閣下には異なっている場所がわかるのですか。」

「はい。フォトアイと言うらしいのですが、見た映像を写真を撮るように頭の中に残すことができるのです。それと今の状態を見比べていました。まぁ、今回の場合は、写真を持って来れば、比べることはできるのですが、私は記憶と実際見ている映像とを、重ねることも出来るのです。こういう時にはなかなか便利ですよ。」

 キョウは平然と言っているが、マコトは唖然としている。そんな特殊能力を持っているとは、思ってもみなかった。キョウは他の部屋も回り、不審物を次々に発見していく。結局、7個のデバイスが見つかり、処理された。

「イザナの方に頼んで、不審電波がないか確認しておけば、ほぼ完璧です。でも、最近はメモリ型もあるから電波がなくても安心はできないですね。」

「…閣下…すごいですね。軍の情報課でもやっていけますよ。」

「それは良かった。失業しなくて済みますね。」

 皆が笑う。その日はそこまでで、各員の部屋に解散となった。


 

A.F.682/12/27 15:04

 マコトはキョウ達を残し、シャトルでムツキに戻った。キョウ達は引き続き、外交に関する取り決めの、会議三昧の日々が暫く続く。シャトルの中でマコトは思う。

(『父と兄の仇』か…『母さんの仇』…いや、仇は人じゃない。戦争だ。戦争そのものだ。アテラスとイザナは、共に乗り越える道を歩き始めたよ、母さん。)


 ムツキに到着すると、別のシャトルが用意されていた。今度はイザナ軍が用意したものだ。ラジやタインは一足先にイザナ艦隊の旗艦戦艦コネチカットで会議を行っているはずだ。マコトが乗り込むと、シャトルは滑るように虚空を走る。

 マコトが戦艦コネチカットに乗艦するのは2回目だ。司令室前で衛兵に銃を渡そうとすると、笑顔でそれは不要だと断られる。前回と同じ衛兵であることにそこで気が付いた。司令室に入るとラジやタイン、更に、クラフトマンやクロフォードの姿が見えた。

「おぉ、カイ中佐。ここに座ってくれ。」

 タインが、自分の横の空席を手のひらで叩き教えてくれる。

 マコトが着席すると、会議が再開された。

 クラフトマンが力強く断言する。

「カイ中佐の策をラジ閣下からお聞きした。イザナの全工業力をかけて用意させる。そして間に合わせる。子ども達には暫く我慢してもらおう。」

 クロフォードが付け足す。

「今、ヤヒロドは冬です。大丈夫、子ども達の分も夏には間に合います。」

 ヤヒロドはイザナの首都の名前である。冬なら大丈夫、どういうことか。

「では、その件はお任せするとして。イザナ本星とアハジの防衛についてですね。」

 マコトが話題を変える。その件については、クラフトマンは困惑しているようだ。

「そちらもラジ閣下から聞いたが、そこまでアテラスにしてもらうのは気が引ける。だが、我が軍の現有戦力で対応出来るとはとても言えん。シャンチー元帥閣下は本当に承諾されたのか。」

 マコトは敢えて軽く笑いながら答える。

「シャンチーは『任せろ。』と言いました。あの者の『任せろ。』には疑義が伴いますか。」

 クラフトマンは一瞬目を見開き、破顔する。

「これは失礼した!その通りだ、シャンチー元帥閣下のお言葉に疑義など差し挟む余地はない!では、お任せする!そして、我々も全力で馳せ参じる!」

 シャンチーとクラフトマン、共に全力で戦った者同士、信頼は深く強い。

 その後も盟友となったアテラスとイザナは、共に戦うべく協議を続けた。

 


A.F.682/12/31 23:40

 ミコト・カイ大尉は、鼻唄を唄いながらディスプレイに向かっている。今は、アズリアの諜報機関に対して、アテラスとイザナの虚偽情報を送る攻撃で大忙しだ。だが、ミコトにとっては、楽しくて楽しくてしょうがない作業である。手を変え品を変え、メディアを変えターゲットを変え、ありとあらゆる方法を駆使して、アズリアに偽情報を送り込んでいる。だが、ゲラン氏のパイプはここでは使わない。偽情報のラインは一回限りの使い捨てだからだ。

 受信機(パッシブ)としても、今のところ活用はしていない。他のツールで充分だからだ。このラインを活用する時は、あの作戦を実行に移す時と決めている。

 並行して、ルーペの抵抗組織との接触も試みている。大体の見当はついた。後はあちらから食いついてくるのを待つばかりだ。

「はあ、あー、もーこんな時間か。今年が終わってしまう。」

 と言っても、マコトは軍務でイザナへ行っている。父は病院なので消灯時間がある、もう寝ているだろう。

「ま、仕事しながら、年越しするのも良いかな。」

 と言いつつ、ナオミのことを考えてみる。キリスト教の祭典は一応、一緒に過ごした。軍令部内だったが…仕事をしていただけであったが…

(でも、新年ってイベントは家族で過ごすイメージだよな。まさか、まだ、居たりして…)

 なんとなく気になってしまったミコトは、ナオミの個室の方に行ってみる。

(うわっ、まだ居る。早く帰りなさいよ。)

 自分のことを棚に上げて、人の家庭の心配をしていると、突然、扉が開いた。

「あ」

「あ」

 2人が同時に声を出す。ミコトが何か言おうとすると、ナオミがミコトの手を掴んだ。

「外に行きましょう。」

「え、寒くない?」

「寒いですよ、冬ですから。」

「いやいや、だからさ。」

「いいから、行きましょう。そして、私はキスをします。」

「はい?なんか言いました?」

「私は、星空の下で、ミコトさんに、キスをします。さっき、そう決めたんです。」

「…」

「嫌ですか?」

「…嫌じゃないです。」

 そうして、波乱のA.F.682 が過ぎて行った。




A.F.683/01/01 11:00

 年が明けた。今年が大願を成就させる年になる。そう確信している男は、統帥本部ビルの本部長席から王宮を見下ろす。先ほど、ルーペ、メッキュロから艦隊出立の報が入った。生意気で愚かな、アテラスとイザナを(ひざまず)かせ、アズリアの栄光を取り戻す。然るのち、(じつ)のない王を廃し、本当の王に相応しい自分がその地位に着く。そうして初めて、世界が在るべき姿になる。男の暗い野望が、新たな年に戦の火を吹き込む。



 メッキュロ駐留艦隊 通称コメート艦隊は惑星メッキュロを飛び立ち、ミズホナ星団に属するフソー星系を目指す。彼らのエンブレムは二振りの剣に盃、その盃の中には彗星が描かれている。彼らは彗星をも呑み込むのだ。

 司令長官クリストフ・フェリング大将は、戦術ディスプレイにフソー星系のマップを表示させ、何やら思案している。敵アテラスは、第7惑星クラミツハの衛星マガツヒに兵力を集中させ、防衛体制を整えているとの情報が、潜入させた諜報員からもたらされている。参謀長ブリュノ・ド・プレヴォ中将がフェリングの意図を確認する。

「司令長官、マガツヒは防御が固いようですが、侵攻目標を何処に定めましょうか。」

 フェリングは答えず、ディスプレイのマガツヒに輝く光点を、アテラス本星に移動させる。そして、その光点を明滅させた。次に第5惑星タチハヤオと第6惑星ヤサカトメの間に広がる、アステロイドベルトに光点を置いた。

「なるほど、そこですか。」

 フェリングは色の異なる光点をアテラス本星に置き、それをアステロイドベルトの光点に近づけていく。2つの光点が接する寸前にアテラスから来た光点を消した。

「なるほどなるほど、侵攻しつつも逆に敵を引きつけ、待ち受けて撃滅する、と。」

 プレヴォがフェリングの意図を有声化していく。

 このように面倒な手順が必要なフェリングだが、戦略論にかけては右に出るものがいないという逸材である。士官学校の戦略戦術シミュレーションでの戦績は、78勝0敗2分けであった。2分けの相手は、同期である現統帥本部本部長オレール・ド・ローランである。即ち、彼はローランに伍する能力を持っている。緻密で冷静な戦略コンピュータが、100%の確率でアズリアの勝利という解を導き出した。

 彼らのフソー星系到達予想は01/25前後である。



 ルーペ駐留艦隊 通称サテリット艦隊もまた、出征の途に着いている。エンブレムは二振りの剣に盃、盃の中には衛星が描かれている。全ての衛星をも呑み込む、それが艦隊の持つ信条だ。目指すはミズホナ星団に属するイワツツ星系、この星系の惑星イザナがアズリアに対し反旗を(ひるがえ)した。この身の程知らずにアズリア連邦の力を思い知らしめるのだ。

 司令長官セシル・ド・ベルジェ大将、参謀長ゾエ・トルトゥリエ中将、共に女性である。男性社会である軍において、女性でありながら高位を占める、それだけでも能力の高さが(うかが)い知れよう。彼女らが率いるのは航宙母艦10隻を擁する大機動部隊だ。その機動力と破壊力はアズリア随一である。

「司令長官、先ほど情報が入ってきましたが、第3惑星アシナヅチ、第5惑星オオヤマツミには相当数の航宙機、陸上戦力が展開している模様です。更に増援を送っているとも伝えています。」

 トルトゥリエの報告にベルジェが答える。

「元々、イザナは圏内軍強國だからな。基地戦力は侮れん、情報収集を続けてくれ。イザナ衛星のアハジはどうだ。」

「報告は特にありません。本星に近いので、攻められることは無いと踏んでいるのかもしれません。」

 ベルジェは鼻で笑う。

「ふん、バカどもめ。機動部隊の真価を見せてやる。敵の中枢に速やかに接近し攻撃し離脱する。それが機動部隊だ。」

「おっしゃる通りです。何れかの基地を急襲して、イザナを慌てふためかせてやりましょう。」

 2人もまた、勝利を疑っていない。

「ところで、ルーペ本星に潜む抵抗組織の動向は。」

 それは、彼女達が持つ懸念事項であった。他の惑星と比較して、ルーペの抵抗勢力は規模も練度も突出している。相当、優秀な指導者に率いられているのか。だが、実態は掴めていない。

「活動が活発化しているのは事実のようですが、目立った被害は出ておりません。動向に注目しておきます。」

「うむ。反アズリアなど掲げて何の得があるか、よく考えればすぐ解りそうなものだが。」

 彼女らのイワツツ星系到達は01/28前後と予想される。



A.F.683/01/04 07:11

 路地に身を潜める男がいる。彼が向かいの路地に手を振ると、そちらからも手を振りかえしてきた。

「よし、やるぞ。行け!」

 こちら側の路地から2名、向かいの路地から3名が幹線道路に飛び出す。彼らは肩に何かを担いでいる、対装甲車ミサイルランチャーだ。膝をついて一斉に軍用車の車列に撃ち込む。3台目、4台目の輸送車が大きな爆発音を立てて横転する。そこに5台目の輸送車が突っ込む。

 行き過ぎた1両目の装甲車が方向を変え、機銃掃射をしながら戻ってくる。リーダーの男は膝を付いてファインダーを覗いている、至近を機銃弾が着弾しているにも関わらず微動だにしない。充分に引き寄せたところでミサイルを放った。ミサイルは履帯に命中し、装甲車を傾かせる。装甲車後部ハッチから武装兵が次々に降りてきて、男達に発砲する。

「引け!」

 短く叫ぶ声が聞こえた。レーザーライフルに武器を持ち替えた男達は、銃撃を返しながら路地に飛び込んだ。3人チームとなった武装兵が路地を追跡する。彼らは曲がり角に背を付ける。

「チェック!」

 様子を見てから飛び出す。

「クリア!」

 すると、自分たちが来た方向の両壁の上から銃撃を受ける。

「しまった、罠だ。下がれ!」

 だが、もう遅い。正面からも銃撃を受け、3人の武装兵はそれぞれ銃創を負う。

「クソッ」

 落とした銃を拾おうと手を伸ばすと、男が正面に立ちはだかった。

 歯噛みしながらも、男を罵る。

「テロリストめ。」

 男は銃を向けたまま答える。

「違うな。レジスタンス?パルチザン?言葉の意味はよくわからんが、狙うのは貴様ら軍人だけだ。テロリストとは違う。」

 兵は呻きながらも、更に罵る。

「アズリアに抵抗しようなどと、愚か者には違いない。早く駆除されろ。」

「駆除されるのは貴様らアズリアの方だ。ルーペから出て行け。」

「ふん、身の程知らずが、さあ、殺せ。」

 男は銃を下ろす。

「殺さない。俺の名前を覚えておけ、シモン・ルーセルだ。忘れるなよ。」

 そう言い、男は路地を走り去っていく。


 地下道を抜け、地上の路地を走り、また地下に入る。廃墟ビルの地下室に造られたアジトに、ルーセル達は戻ってきた。

 入り口で脚を引きずった男が声をかける。

「シモン、どうだった?」

 ルーセルはニカッと笑い、指を4本立てた。

「輸送車3輌に装甲車だ!」

「おぉお!」

 薄暗い部屋に歓声が上がる。盛り上がる周囲を他所に、ルーセルは銃を置き部屋の奥に声をかける。直毛銀髪大柄なルーセルに対し、黒髪縮毛小柄な男が情報端末を操作している。

「また入っている。本当にアテラスなのかもしれない。」

 ルーセルは煩わしそうに髪をかきあげる。

「そうか、慎重なダヴィッドがそう言うのなら可能性は高いな。こちらからアクセスしてみるか。」

「する価値はあると思う。提供情報はどれも当たっていた。」

 ルーセルは置いてあるビールの缶を開ける。

「じゃあ、頼む。あぁ、あと、ここは明日には撤収だ。準備しておいてくれ。」

 ダヴィッドと呼ばれた男は、視線をディスプレイに向けたまま答える。

「新年早々、また引っ越しか。去年は何回引っ越したっけな。」

「30回くらいか、まあ、仕方ないさ。」

 ルーセルはそう言って、開けたビールを一気に飲み干した。





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