第十七章 立志
A.F.682/12/01 23:14
ミコト・カイはこの時間になっても職場である軍令部作戦部情報課 通称『スエツミ』のオフィスにいた。1010事件から、アテラスを取り巻く状況は一変し、彼らも激務に勤しんでいる。
ミコトはイザナに張り巡らされたアズリアの諜報ネットワークにアクセスを試みた。様々な攻撃法を駆使して、イザナ共和國宇宙軍参謀本部本部長ペリル・ローソン元帥がアズリアの諜報活動について大きな役割を担っていることを発見、確信するに至ったのである。
また、アズリアを取り巻く各國情勢を調査するにあたり、アズリア連邦内の惑星國家ルーペに反アズリア勢力が生き残っていることを突き止めた。そして、最大の収穫は、アズリア王國の國務大臣クロヴィス・ド・ゲランとのホットライン構築であった。
アズリアの重要機関にハッキングを繰り返すミコトは、ある時自分が誘導されていることに気づく。自分を特定するための罠だと考えたミコトは、幾重にも逆撃のシステムを構築した上でその罠に踏み込んだ。しかし、相手側のシステムは稚拙で無防備なものであり、罠と言えるものではなかった。代わりにあったのはアテラスのハッカーに当てた、ゲランのメッセージであった。
そこには、アズリア連邦の実権を握る連邦軍統帥本部本部長ローラン元帥を、打倒する意図があること、更に、そのためにアテラスと手を組みたいとも記載されていた。ミコトは大した防壁もなく、無防備に置かれた重大情報を当初 訝しんだ。だが、アズリアの中枢にいなければ知り得ない情報が、散りばめられたメッセージを何度も検証し、最終的に本物だと確信した。
ミコトはゲランに、無防備なメッセージを完全な形で削除する方法を伝え、自分の構築した防壁内へと誘導する。そうして、アズリアの中枢にパイプを得ることに成功したのであった。
「あー、疲れた。帰るのもめんどくさい…」
単身者用の宿舎は、歩いて10分ほどの距離にある。だが、帰っても寝るだけならば、軍令部内のシャワーで済ませてしまおうかと思案していると、ミコトの個室がノックされる。
「はい、どなたでしょうか。」
(ヴァルバドス大尉かな、こんな遅くまで残っているかな。)
ミコトもナオミも12/01付け、つまり本日付けで大尉に昇進していた。ドアを開けるとそこには意外な人物がいた。軍令部総長代行のエフレモフ元帥である。
「わぁ!元帥閣下、ミコト・カイちゅう、ではない大尉です。」
慌てて敬礼する。
「昇進したのだったな、おめでとう。これからもよろしく頼む。で、こんな時間に申し訳ないが、ちょっと話を聞かせてくれるかな。」
そう言ってエフレモフとミコトは、上層の会議室へと向かう。道中、エフレモフからひとつだけ聞かれたことがあった。
「予想しているだろうが、ゲラン氏のことだ。彼は信用できるか。」
ミコトは迷わずに答えた。
「できると思います。」
「そうか。」
道中での会話はそれだけであった。
会議室には作戦課課長スルギ・パク中将、情報課課長マイキー・シャープ中将、総合戦略研究班の4名、ナオミ・ヴァルバドス大尉が待っていた。ミコトは、ナオミに呼びに行かせれば良いものを、元帥自ら自分を呼びに来たことに恐縮する。
「こんな時間に申し訳ないな。事前情報は入っているだろうが、アズリア王國國務大臣クロヴィス・ド・ゲラン氏が我が軍に直接コンタクトを求めてきた。これについて意見を聞きたくてな。まず、コンタクトを得た経緯を説明してくれるか、カイ大尉。」
ミコトが掻い摘んで経緯を説明する。ミコトの説明が済むとエフレモフが所見を述べる。
「どうも、アズリアも一枚岩とは言えないらしい。権力的に突出しているのが、ローラン元帥率いる軍部だが、王家や各惑星國家もそれには反感があるようだ。そういう意味で、ゲラン氏のメッセージは信憑性がある。」
エフレモフが会議参加者に意見を求めるが、メッセージ自体は信頼できると全員が考えていた。
「メッセージは信頼できるとして、我々はどう動くかだが、何か意見のある者は。」
ココ大尉が意見を述べる。
「正直に申し上げて、大して我々の役には立たないのではないでしょうか。実権がないから関係を結びたいと言っている訳ですし。軍事的には無力に等しいと思いますが。」
何人かが肯いている。続けて、クアン少佐が意見を述べる。
「ですが、そうは言っても國務大臣ですから影響力が全くないとは思えません。例えば、アズリア政府内で我が國との調停を提案することなどはできるのでは。」
「でも、ゲラン氏はローラン体制の打倒を図っているのですよね。調停を結ぶ方向よりも、戦闘を継続する方向に誘導されるのではないでしょうか。」
このジュエン少尉の意見にエフレモフ元帥が肯いた。
「私の懸念もそこにあるのだ。協力によって、戦火が拡大しては意味がない。アテラスがいいように使われるのは避けねば。」
ゲランと結ぶ事が、アテラスにとって益となり得るかについては意見が分かれた。シャープが総括する。
「情報課としては、アズリア中枢に諜報のパイプを打ち込めたことだけでも、価値があります。とりあえずは、そこから流れ出す情報という水を掬っていれば、良いのではありませんか。」
次の議題に移ろうとした時にナオミが挙手して、意見を述べた。
「情報課が接触中のティアナ・サーンという政治活動家がいます。彼女は、アズリアがアテラスとイザナの紛争原因であると主張し、活動しているのですが、現在のローラン体制の打倒も視野に入れています。彼女とゲラン氏とを組み合わせる事で、アズリアを動かす原動力となり得るのではないでしょうか。」
エフレモフは肯く。
「そうだな。今すぐどうのとは、ならないだろうが、うまくいけばアズリアの民衆を味方につける事ができるかも知れん。接触を続けてくれ。」
続いて、ルーペに拠点を置く反アズリア組織に話が及んだ。この組織は王家で起きた航空機事故の後、アズリア連邦全土に吹き荒れたローランとソシュールによる弾圧の嵐を耐え抜き、今なお抵抗を続けている。アズリアの基地や車両に攻撃を仕掛けるのが主な活動であるが、巧みな目標選択と神出鬼没な攻撃で、大いにアズリアを苦しめているようだ。だがアズリアは、被害も抵抗組織の存在も認めていない。
「エトワール艦隊に我が軍が勝利したことで、こうした地下組織の活性化が予想される。だが、こうした団体との関係は慎重を要する事項だ。」
エフレモフの言葉にシャープが答える。
「閣下が仰っているのは、テロ攻撃への懸念でしょうか。レジスタンスとテロ組織は、似て非なるものなれど表裏一体、と言ったところですからね。」
「その通りだ。ルーペで行われている攻撃は今のところ、軍に対するものが大部分だが、今後アズリア本星の市民を標的にする可能性もある。支援するのも考えものだ。」
エフレモフの懸念に一同頭を悩ませる。これは非常に厄介で難しい問題だ。下手を打つとアテラスがアズリア民衆の憎悪の対象となってしまう。様々な意見が出たが結論は得ず、この件についてはしばらくは情勢を見守ることとなった。
「そして、イザナだな。こちらは喫緊の問題だ。」
クラフトマン大将が率いる第41任務艦隊はイザナへの帰路の途上にある。彼はアズリア艦隊攻撃の決断をした。当然だが、これが両國間で大問題となり、アズリアはイザナに対し、宣戦を発している。
「攻撃は、クラフトマン大将が持つ士道精神の表れだったのでしょう。ですが、正直に申し上げれば、手は出さずに、しらばっくれていて貰いたかったところです。」
マコトは、会議参加者に展望を語る。
「済んだことは仕方がないとして、クラフトマン大将が実権掌握に動くかが五分五分、動いた場合、成功するかが五分五分と言ったところでしょうか。」
帰路にいるクラフトマン大将の手には、スエツミが調査した宇宙軍トップ ペリル・ローソン元帥の、アズリア内通の証拠が握られている。更に、イザナが保有するほぼ全ての宇宙艦艇が、彼の指揮下にある。実権掌握は比較的容易に思えるが、問題は彼の為人である。祖國に弓引くことを潔しとするか。
「アズリアの陣容をイザナに伝えれば、覚悟が決まるかもしれません。それと一つ提案なのですが、こちらからイザナに歩み寄る姿勢を見せたいのです。」
マコトが検討していたことを伝え、エフレモフに裁可を求める。
「そうか、それは國防大臣の御裁可も必要な事項だな。だが、了解した。そう、とり図ろう。」
深夜の会議は明け方まで続けられた。
A.F.682/12/05 10:32
ここは、惑星イザナが属するイワツツ星系外縁である。ここでは、イザナに命の営みを与えている主星イワツツも、他の恒星よりも僅かに明るいだけの存在だ。漆黒のキャンバスに針で刺したように星の灯りが漏れる。この空間に、イザナ共和國第41任務艦隊がワープアウトしてきた。9月中旬より3ヶ月弱ぶりに祖國に戻ってきたのだ。早速、本星へ通信を送る。すると直ぐに、リアルタイム通信の回線を繋ぐよう指示が返ってくる。
スクリーンに参謀本部本部長ローソン元帥が現れる。クラフトマンは敬礼して挨拶をする。
「閣下、お久しぶりです。第41任務艦隊、戻って参りました。」
ローソンは気が急いているようだ、適当な敬礼をして、話に入る。
「よく、戻ってきた。だが、聞きたいことが山ほどある。早速だが、アズリア艦隊を攻撃したと言うのは事実か。」
「事実です、閣下。」
ローソンは狼狽しながらも問いただす。
「なぜ、そのような暴挙に出たのだ。アズリアとの関係をどう考えておるのだ。」
クラフトマンは淡々と答える。
「本当の敵は、アテラスではなくアズリアだからです。イザナはアズリアと戦うべきです。」
「そのような判断は、一現場指揮官の職権を超えるものだろう!」
クラフトマンは動じない。
「仰る通りです。ですが、閣下はイザナが閣下に課した職権を全うされておられるのでしょうか。」
ローソンはクラフトマンの意外な質問に訝しがる。
「なに?何が言いたい。」
クラフトマンは右手に持ったデバイスを開け、3Dディスプレイにローソンがアズリア諜報員と交わした文章を表示させる。
ローソンの目が見開かれる。明らかに狼狽の度合いが上がった。
「閣下は先の出兵を先導なさいました。これもアズリアからの指示があったこと、証拠がございます。」
「何のことだ、適当なことを言うのはよせ。」
「閣下。小官は、閣下が私利私欲のため、或いはイザナを陥れるために、謀略に手を貸したとは思いたくありません。どうか、ご自身でご決断下さい。」
ローソンは視線を泳がせる。
「そうだ、アズリアと戦ってはいかん。勝てるわけがない。私はこんな事態になることを防いでいたのだ。私はイザナのために…」
その言葉を聞いてクラフトマンが吠える。
「無駄な出兵で多くの若者が死んだ!それがイザナのためか!」
ローソンの身が縮む。
「閣下。アズリアのためにアテラスと戦うのは、もうやめましょう。アテラスは賢明です。本当の敵を教えてくれました。」
「な、何を言うか、切れ!通信を切れ!」
通信は切られ、クラフトマンの前には暗転したスクリーンが広がった。
クラフトマンはスクリーンを見て溜め息を一つ吐く。そして振り返り、クロフォードに指示を出した。
「イザナ全星に向けて通信だ。」
クラフトマン大将は、宇宙軍参謀本部本部長ローソン元帥がアズリアの諜報活動に加担していたことを示し、これまでの軍事行動はアズリアの意向によるものであったと発表した。そして、宇宙軍はローソン元帥を罷免し、その職権を停止すると宣言した。
その情報は、スエツミ諜報員を介してアテラスにも伝わる。直ちに、アテラス政府と軍はクラフトマン大将の支援を発表し、艦隊の派遣を決めた。と同時に、アズリアが出兵準備中のサテリット艦隊、コメート艦隊の陣容を、諜報網を逆流させイザナ軍内に流布した。
惑星イザナでは、クラフトマンが全星に対して発信した情報の真贋鑑定が為される。その全てが真実の可能性が高いという結果であった。その結果を受け、大気圏内軍グラディス・スタック元帥と宇宙軍レプロン・エーレット大将とが、共同して捜査を行い、軍政を司ると宣言する。スタックは宇宙軍の力が弱まり、圏内軍の発言力が強化されること、エーレットはローソンの地位を自らが占めることを企図して、長年続く軋轢を解消させる決断をしたのであった。そこに、アズリア艦隊の出兵準備情報が追い討ちをかけ、アズリアに加担していた上に、その関係を損なってしまったローソンに批判が集中した。追い詰められたローソンとその取り巻きは、参謀本部の本部長室と同フロアにあるいくつかの部屋を、支配するだけの存在となってしまった。
「本部長閣下、最早これまでです。覚悟を決めましょう。」
ローソンは歯噛みする。
「クソッ、なぜ、これほどまでに味方が集まらん。私は本部長だぞ。」
「閣下。アテラスはクラフトマン大将に戦艦、航宙母艦を含む拿捕艦の返還と、戦時捕虜の送還を約束しました。兵たちはそんな相手と戦いたいと思うでしょうか。一方のアズリアはこちらの言い分には全く耳を傾けず、大兵力で押し寄せようとしています。そんな相手と手を組んで、イザナの尊厳が護られるでしょうか。そういうことです。」
ローソンは正面を見つめ黙っているが、徐々に表情が変わってくる。
「尊厳か、…わかった。みな、武器を置いてエーレット大将に降伏するように。私の罪は諸君らの預かり知るものではなかったはずだ、裁判で正直に話せばわかってもらえよう。長い間、世話になった。」
そう言って、ローソンは部下たちを本部長室から退室させた。そして、机の引き出しから銃を取り出し、自分のこめかみに当て引き金を引いた。
A.F.682/12/06 10:40
アテラスの首都アマノイの遊園地、入り口付近のアトラクションに若い男女が人を待っている。
「遅いねぇ、サーンさん。にしても、なぜにこんな場所で…」
「それは…ほら、」
ミコトの問いに、ナオミの返事は歯切れが悪い。そこに長いマフラーを巻いたティアナ・サーンが走って来た。
「あぁ、来た来た。おーい!」
2人に気づいたティアナが、更に急いで走って来る。
「あんなに一生懸命に走らなくても…」
ミコトは何だか逆に申し訳ない気持ちになる。
「はぁ、ゴメ、はぁ、おそく、はぁ、なりました。」
ナオミが時計を見て冷たく言い放つ。
「10分27秒の遅刻なので、昼食はサーンさん持ちとなりますね。」
「え、いいじゃない、急いでいる訳じゃなし。」
ミコトがティアナを庇う。が、ティアナがそれを拒む。
「はぁ、いいの。私が言い出した事だし。昼は奢るわ。」
10分以上遅刻した者が食事を奢ることにしようと言い出したのは、ティアナであった。しかし、軍人は5分前集合やら10分前集合やら、各隊で決められた時間前集合が身に染み付いている。実際に遅刻するのはいつもティアナであった。罰則制度の導入は自らを律する目的なのだろう。
「で、何かあったのですか。連絡頂いた時点から考えて、充分間に合ったと思うのですが。」
「部屋を出たところで、インタビューに会っちゃって。」
「インタビュー?ネットワークビジョンですか。」
最近、ティアナはメディア出演が増え、かなり世間に知られる存在になってきた。政治的活動が注目されている面も確かにあるが、王族出身で若く可愛らしいティアナを、マスコミが担ぎ上げている面も否定できない。だが、それもわかった上でティアナは出演を続けている。先ずは、多くの人の目に触れる必要があるという判断であろう。
「すっかり有名人ですね。」
「面倒な部分もいっぱいあるけど、自分で選んだ道だからね。さて、何乗ろう。」
そう言って、マップで挑むアトラクションの順番を決めていく。意外とナオミは絶叫マシンが好きなようだ、積極的にルート作成に協力している。ミコトは大の苦手だ、お金を出して恐怖体験をする意味が解らない。
「僕はここで待ってますよ。」
ミコトの訴えは、異口同音に否決される。
「何言ってんの!ここに来て、見てるとかあり得ないから!」
「そうですよ!士官学校でやった訓練と同じですよ!」
「いや、あれはカリキュラムだから仕方なしに…」
ごねるミコトを引きずり、次々にGの世界へと誘ってくれる。
5つの絶叫マシンを堪能し、泡を吹きそうなミコトが訴える。
「もうダメ、死んじゃう。勘弁してください。」
そう言ってベンチに這いつくばるミコトに、無慈悲な言葉を浴びせかける。
「えー、どうしたの、ミコトくん。だらしないなぁ。」
「さっきのは前評判ほどではないですね。星2つです。」
すっかり動かなくなったミコトに水を買ってくると、ナオミが売店の方に歩いていく。
「ミコトくん、大丈夫。」
「大丈夫じゃないです、よく平気ですね。」
「乗り物は昔から得意なのよね。」
「あれは乗り物という域ではないと…」
弱々しいミコトの言葉を遮り、別の話題に話を振る。
「ところで、ミコトくん!」
「はい、なんでしょう。」
「あなた、ナオミさんのこと、どう思っているの。」
「はい?えっと、同僚ですけど。」
「ただの同僚なわけ?」
「ただの…では…ないような。」
「ナオミさんは、めちゃめちゃあなたのことが好きよ。」
「はい?」
「はい?」
ミコトと、水を買って戻ってきたナオミが、固まっていた。
昼食は遊園地内のレストランに入る。財布を出す必要がなくても、軍人の嗜好は変化しない。どこにでもある家庭向けチェーン店だ。3人は出来るだけ周囲に人がいない席をとって座る。
ナオミがメニューを勢いよく開く。ティアナは小さくなっている。先ほど、ナオミに連行されたティアナはこっ酷く叱られたようだ。
「カイ大尉!好きなだけ頼みましょう!ティアナさんの奢りですから、好きなだけ!」
ミコトも苦笑いを浮かべながらメニューを見る。
(だったら、わざわざチェーン店に入る必要もないだろうに)
子供の頃から決まって頼む、ハンバーグのセットにする。何だか女性陣が盛り上がっているので、デザートだけ付けさせてもらう。ナオミも結局、デザートを付ける程度だった。
「まぁ、ちょっとしたアクシデントがありましたが、気を取り直していきましょう。」
「はい、すいません。よろしくお願いします。」
ティアナの声は、ギリギリ聞こえる大きさだ。
「はい、アテラス軍はアズリア王國國務大臣クロヴィス・ド・ゲラン氏との接触に成功しました。」
ティアナは、頬に指を当て、右を見て左を見て更に右を見ようとして、ナオミの言葉を理解した。素っ頓狂な声を上げる。
「何それ、すごい!そんなことまでできるの!」
「カイ大尉にしか出来ません。」
ナオミは接触に成功した過程を掻い摘んで説明する。だが、先方が誘導したことなどは、故意に省略したようにミコトには聞こえた。そんなミコトは明後日の方向を見ている。
「で、ゲラン氏はなんて?」
「アズリアの実権を握る統帥本部本部長ローラン元帥を共に倒そう、と、そういうことです。」
「何それ、本当にすごい…」
「本当にすごいんです、このカイ大尉は。」
ティアナはすっかり調子を出して、ゲラン氏との共闘の方法について思考を飛躍させる。
「國務大臣ってアテラスで言えば外務大臣よね。確かユートン・キョウって人だ。今度、ネットワークビジョンの対談会で会うわ。」
「何それ、すごい…」
ミコトは、短期間にして、一國の外務大臣と対談が組まれるまでに影響力を増した、ティアナに驚嘆する。
「キョウ氏は知っているのかな。アテラスの外交にも大きな影響を与えるわよね。」
「知っているはずです。1010事件から、軍と政府の関係はより緊密になりましたから。でも、放送中は間違っても口にしないでくださいね。本当の意味で首が飛んでしまいます。我々は職を失う意味で済みますが、ゲラン氏は…」
「あぁ、そうね。はしゃいでいる場合じゃないわ。ゲラン氏は命懸けでアクセスしてきたんだものね。」
3人は、アテラスとアズリア中枢とでローラン体制打倒に向けてできることを検討する。だが、思考は決まって同じところで行き詰まる。
「うーん。どうやっても、ゲラン氏とその一派の安全が脅かされてしまうのね。まぁ、ローラン元帥の眼と鼻の先に居るのだから当たり前だけど。」
ティアナとナオミは頭を抱える。ミコトが何の気無しに呟く。
「権力中枢にいるから危険、だったら…」
ティアナとナオミが顔を見合わせる。そしてミコトに顔を向ける。ミコトも何かに気がつく。
「いやいや、いくらなんでも、それは…」
午後の部は心霊系アトラクションと言うことになった。これまた、ミコトは大の苦手だ。ティアナは、なぜこれがアトラクションとなるのかが解らない、と言うくらい何も感じないらしい。ナオミは、ものすごく怖いけど大好きという周りを困らせるタイプだ。1人か2人で廻るということで、自然とティアナが1人、ナオミとミコトがペアになる。
ティアナは先に平然と入っていった。軍人2人は恐る恐る足を踏み入れる。不気味な効果音が彼らを包む。
「すいません。」
ナオミがそう言ってミコトの腕を両手で抱きしめる。
(あぁ、そうしたいのはこっちの方なんですが…)
ミコトは泣きたい気持ちを抑えながら、ナオミを連れアトラクションを進んでいく。
何かが出ては悲鳴を上げ、何かが聞こえれば悲鳴を上げ、お互いの悲鳴に悲鳴を上げ、すっかり気力を使い果たしたミコトに、腕を絡めたナオミが語りかける。
「あの、カイ大尉。」
「はい、なんでしょう。」
ミコトの声は裏返りそうだ。
「さっき、ティアナさんが言ってたことですけど、」
「さっき?あぁ、はい。」
実を言うと、何のことか解っていない。
「そういうことでいいです。」
そう言うと、ナオミは腕を解いて走って行ってしまった。
(そういうこと?なに?なんで1人で行っちゃうの!)
出口で待つティアナが暇を持て余している。アトラクションはいつも通り、ちっとも面白くなかった。ティアナの到着から5分後、ナオミが1人で飛び出して来た。彼女は肩で息をしている。
「あれ?ミコトくんは?」
「はぁ、はぁ、言っちゃった。はぁ、言っちゃったじゃないですか!」
ティアナはニヤける。そして、ナオミの肩を抱いた。
半べそをかいたミコトは、ナオミの7分後にようやく現世に戻ってきた。
ティアナは、茫然としているミコトと、何かとすぐ赤くなるナオミに別れを告げる。
「今日は楽しかった。じゃあ、また面白い話を聞かせてね。」
ティアナはナオミの肩を手のひらで軽く叩く。そうして、踵を返し去って行く。
ティアナの後ろ姿を見送り、なんとなく気まずい雰囲気を打ち消すように、ミコトが声をかける。
「そういえば、いつだったか、紙の分厚い本を読んでいたじゃない、あれって何の本だったの?」
ナオミは恥ずかしそうに答える。
「心霊大全です。心霊系はディスプレイで見ても、ちっとも面白くないんです。」
ミコトは妙に納得した。
「そーでしたか。」
(なかなか良い、先入観の裏切りっぷりだったな。心霊大全ね。)
「あの、お誕生日、おめでとうございます。」
ミコトは、言われて初めて、今日の日付を意識する。
「あぁ、今日は6日だったか。そうだね、誕生日だった。」
(そう言うことか。だから、あのレストランだったんだな。)
そういえば、小さい頃からよく行っていたと話したことがあった。
「あの、プレゼントとかよく判らなくて。ティアナさんから、一緒に買いに行くのもありって聞いて。あの、これから買いに行きませんか。」
ミコトはなんとなく上を見上げてから、返事をした。
「是非、行きましょう。」
ミコトの左手がナオミの右手をそっと握り、2人は歩いて行く。




