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第十六章 第四次マガツヒ宙域の戦い(後編)




A.F.682/11/25 19:52

 航宙機による機動戦、独立駆逐艦隊による漸撃(ぜんげき)戦の勝利に沸いたアテラス第1艦隊旗艦巡航戦艦イブキに通信が入る。発信者は総合艦隊司令長官チュン・シャンチー元帥、内容は『布陣完了』のみである。

 第1艦隊司令長官カルロ・アンドラーダ大将は、それを見てニヤリと笑う。

「シャンチー元帥閣下が到着されたぞ、いよいよ総仕上げだ。」

 参謀長ユジュン・マツナガ中将と参謀マコト・カイ中佐もそれを聞いて頷く。

「では、至急マガツヒ方面に向かいましょう。接近したら索敵機を出し、イザナ艦隊の位置を確認、…指定します。」

「そうですね、次の作戦は位置が重要です。我々が通信でやりとりする訳にはいきませんが、クラフトマン大将とクロフォード中将なら、その真意は理解できるでしょう。」

 そうして、アテラス第1艦隊はマガツヒに進路を取った。


 その頃、アズリア連邦エトワール艦隊旗艦ル・アーヴルでは司令長官テオ・メルシエ大将に参謀長イザック・モラン中将が必死の訴えをしていた。

「司令長官、護衛艦なしで更に敵地に踏み込むのは無茶です。事ここに至っては、主要艦の損害を出さない内に撤退するのが上策です。」

 メルシエは怒気を発して、参謀長の意見を否定する。

「何が上策だ。主要艦が無傷でいるのだ。まだまだこれからと言うことではないか。それに、イザナ艦隊もいるのだ。」

 モランにはある懸念が芽生えていた。

「そのイザナ艦隊ですが、日和見にしても度が過ぎています。何か隠された意図が有るとしか思えません。」

 メルシエは益々、頭に血が上る。彼は普段それほど、怒りを表に出すタイプではないのだが、立て続けの敗北により完全に我を忘れていた。

「隠された意図とは何だ!何が言いたい!」

「では、はっきりと申し上げます。イザナは我々を裏切るつもり、いや既に裏切っていると考えます。」

 メルシエは顔にははっきりと怒気を表していたが、直ぐには否定しない。2呼吸ほど置いてから、反論する。

「そんなバカなことが、我が連邦の提案はイザナにとって不利になることは何一つない。そのイザナがアズリアに反旗を(ひるがえ)す…」

「詳しい事情は小官にも予想がつきません。ですが、イザナの動きは不自然すぎます。」

「確かにな…だが、証拠もなくイザナの反意を前提にして、撤退するなどということはやはり出来ん。イザナの司令官、クラフトマンとか言ったか、そいつに直接問いただす。リアルタイム通信はできないか。」

 イザナ艦隊からの応答は一切無い事を、オペレーターが報告する。

「では、やはりマガツヒに向かおう。イザナ艦隊の真意を確認せねばならん。皇国にとって極めて重要な情報だ。」

 モランはメルシエが更に敵地に踏み込む決断をしたことは残念に思った、だが彼が冷静さを取り戻したことは歓迎した。



A.F.682/11/27 00:28

 イザナ軍第41任務艦隊旗艦 戦艦コネチカットの艦橋に司令部部員が集合した。参謀長グレース・クロフォード中将が参謀たちを前に、ある宣言をする。

「我が艦隊は先ほどから、アテラス軍偵察機の接触を受けている。この機は我々をどこかのポイントに誘導したいようだ。この誘導に従った時点で、我々は政府及び軍にとって反逆者となる。責任は司令長官クラフトマン大将と小官が取るつもりだが、司令部に所属の貴官たちには、責任追及の手が伸びるかもしれん。よって、それを望まない者には退艦を許可する。退艦を希望する者はいるか。」

 手をあげる者はいない。しばらく待ってからクロフォードは頷き、クラフトマンを見る。クラフトマンも頷き、誘導に従うように指示を出す。

 イザナ艦隊はアテラス偵察機の誘導に従い、マガツヒから3光秒の位置、便宜上S63と呼ばれる宙域に布陣した。その宙域には2隻の艦艇が主人もなく浮遊している。

「あれは、マイカジャとセントビンですね。今戦役開戦時の戦いで拿捕された。どう言うことでしょうか。」

 クロフォードの疑問に対して、クラフトマンは重々しく答える。

「我々は何もしなければ良い。そう言う約束だ。」



A.F.682/11/27 02:55

 S63では、イザナ艦隊がマガツヒを背に横隊で布陣している。彼らの前方には無人のマイカジャとセントビンが浮遊している。その宙域にアテラス第1艦隊が現れた。イザナ艦隊の正面、索敵範囲ギリギリの位置で待機している。2隻の浮遊艦を挟んでアテラス艦隊とイザナ艦隊が対面している格好だ。30分ほど遠距離での睨み合いをした後、アテラス艦隊がゆっくりと前進を始める。すると、アテラス艦隊の右斜め後方からアズリアのエトワール艦隊が現れた。エトワール艦隊はイザナ艦隊の姿を認め、合流する方向に変針した。

「では、始めよう。砲撃準備。」

 アンドラーダが右手を上げて、振り下ろす。

「撃て。」

 大小様々な艦から光の矢が放たれ、マイカジャとセントビンを貫く。一瞬のうちに2隻は爆発して粉々になった。


「アテラス艦隊砲撃、イザナ艦隊先頭の駆逐艦級2隻、爆沈。アテラス艦隊転進210°、こちらに向かってきます。」

 エトワール艦隊旗艦ル・アーヴルの艦橋でオペレーターの声が響く。メルシエはディスプレイに映し出された光景を見て、嬉々として指令を下す。

「アテラスとイザナはやはり敵対しているな!よし、進め!この位置ならイザナ艦隊と挟撃が出来る!」

 懸念を持っていたイザナの反意が明確に否定された、と考えたメルシエのエトワール艦隊は、戦艦8隻を中核にアテラス艦隊目掛けて突進する。一方のアテラス艦隊は、後退を始める。だが後ろにはイザナ艦隊がいる。艦列の後部がイザナ艦隊至近の位置まで後退すると、中央が停止し右翼左翼が前進する。中央に位置する戦艦サツマと戦艦イヨがエトワール先頭艦のリヨンと猛烈な砲火の応酬を始める。戦艦8隻の突進力は凄まじい。サツマとイヨは押し込まれ左右に別れる。

 メルシエが大声で指揮をとる。

「よし、分断できる!行け、突っ込め!」

 エトワール艦隊はアテラス右翼に砲撃を加えながら、中央を走る。サツマとイヨの間に完全に割り込み、アテラス艦隊は左右に分断された。だが、イザナ艦隊は全く動かず、エトワール艦隊の行き先を塞いでいる。左右に別れたアテラス艦隊は上下に艦列を伸ばし、艦艇の壁を作った。

「イザナは何をやっているんだ!アテラスを攻撃しないばかりか邪魔をしているだけでは無いか!」

 エトワール艦隊はイザナ艦隊の直前で隊列を乱し、滞留する形となってしまった。

 そこに、イザナ艦隊の後背から艦の隙間を縫って飛び出してくるモノがある。それらはアテラス軍のフリゲート、コルベット、ピケットと言った小艦艇の群であった。これらの艦艇は亜空間航行能力を持たず、星系外での運用は困難だ。また航続距離が短いため、主に本星や拠点周辺の警戒・監視に使用される艦種である。総合艦隊司令長官シャンチー元帥の指揮のもと、200艇余りが、マガツヒに進出していたのである。そして、イザナ艦隊がつくる死角に秘匿されていた。本来、小艦艇の天敵が駆逐艦なのだが、ここにいるエトワール艦隊はその全てを失っている。

 艇は艦対艦推進弾をそれぞれ1機乃至2機、搭載している。そして、これが唯一の武器である。

 群狼はその武器を煌めかせ、戦艦、重巡航艦に襲いかかる。エトワール艦隊の戦艦、重巡航艦は主砲を斉射し追い払おうとするが、距離が近すぎて照準が合わない。何より数が多すぎる。

 その群の一つが戦艦リヨンに推進弾を一斉に打ち込む。航宙機搭載の対艦推進弾と比較して、2倍から3倍の威力を持つ艦艇搭載の推進弾は、1機の命中でも大型艦に致命傷を与え得る。この推進弾を6機撃ち込まれたリヨンは大爆発して果てた。

 メルシエは、戦術ディスプレイに映る自分たちを取り囲んだ群狼を見て、悟る。

「おのれぇ、イザナめ。薄汚い裏切り者め。イザナに通信を送れ!出ないなら攻撃だ!」


 戦艦コネチカットの艦橋では、クラフトマンが腕を組んで戦況を見ていた。オペレーターが報告する。

「司令長官閣下、アズリア軍よりリアルタイムビジョンでの通信を求めています。お繋ぎしてもよろしいですか。」

 クラフトマンは4秒ほどじっと目を閉じてから、通信を繋ぐよう指示する。

 ディスプレイに、指揮官席に座ったままのメルシエが映し出された。クラフトマンが敬礼する。メルシエは答礼せずに、忌々しく思う感情をそのままにクラフトマンを罵る。

「キサマ、薄汚い裏切り者め。」

 クラフトマンは黙って頭を下げる。参謀の1人がアズリアの専横を非難しようと口を開くと、クラフトマンが怒鳴った。

「黙れ!司令官同士の会話に口を挟むな!」

 メルシエはその光景を見ても、表情をそのままに罵りを続ける。

「自分たちが直接手を出していないから、裏切りではないとでもいう気か。」

 クラフトマンが答える。

「いえ、裏切りです。小官は、閣下と貴国、それに我が母國イザナ共和國を裏切りました。」

「そうだ。キサマはイザナを死地に追い込んだのだ。アズリアが手を貸そうと言うのにも関わらず、イザナはそれを拒んだ。キサマがどう言い繕おうがアズリアはそう考える。そしてイザナは滅びるのだ。」

「それは、…させません。」

「どうさせないと言うのだ。アテラスごときと手を組んだところで、アズリアの強大さの前には、踏み潰される虫けらが2匹になるだけだ。」

「させません。虫けらであっても、誇りと共に戦う時があるのです。」

「ふん、まぁいい。先に地獄で待っていてやる。どうせすぐにキサマも来ることになる。」

「閣下、剣を置いて下さい。アテラス國は…」

「うるさい!余計なことを言うな!キサマに少しでも、誇りとやらがあるのであれば、他人にやらせるのではなく自分で我がエトワールにとどめを刺すのだな。自分の手を汚さないのは、最も廉恥心に欠けた者のすることだ。」

「閣下。」

「通信を切れ。」

 クラフトマンは暗転したディスプレイを前に、一つため息をついた。そして、右手を上げ、下ろした。


 旗艦ル・アーヴルと司令官を失ったエトワール艦隊はそれでも抵抗を続けた。理由の一つには、実戦に慣れておらず、降伏という選択肢が浮かばなかったと言うことと、イザナに対する憎しみが強く、なんとか一矢報いたいと絶望的な突撃を敢行する艦が続出したためである。

 エトワール艦隊の生き残りは、アテラス軍の群狼に攻撃を受けながらイザナ艦隊へ突進する。旗色を明確にしたイザナ艦隊からも容赦のない砲撃が加えられる。必死の抵抗も力尽きる、機関の損傷で動きが取れなくなり、やむを得ず降伏した重巡航艦1隻を除き、戦艦、重巡航艦は全艦撃沈された。

 エトワール艦隊の航宙母艦4隻はアテラスの小艦艇に向け、残った全艦載機を発艦させていた。偵察機のミカエル2も、自衛用の対宙誘導弾で攻撃ができると投入された。だが、当然その宙域にはアテラスの迎撃隊が待ち構えている。絶望的な反撃はやはり絶望しか生まず。ほぼ全ての機が撃墜された。

 アズリアの航宙機の運命は過酷であったが、母艦の運命もまた過酷であった。艦載機を全て失い、武装が対宙砲しかない航宙母艦がアテラス艦隊に突入してくる。数度の降伏勧告を発信した後、アテラス艦隊は砲撃を開始した。航宙機の攻撃もこれに加わり、4隻は仲間の元へと旅立った。

 エトワール艦隊は亜空間跳躍可能域に残した、補給艦6隻と駆逐艦4隻を除いて全滅した。残存した10隻の艦隊は、マガツヒからの通信傍受によって本隊の敗北を悟り、本國への帰途についた。



A.F.682/11/27 05:24

 第1艦隊のアンドラーダたちとマガツヒに進出した総合艦隊司令部がリアルタイムビジョン通信を行なっている。シャンチーが第1艦隊の面々の苦労を(ねぎら)う。

「アンドラーダ司令長官、マツナガ参謀長、以下第1艦隊の諸官、ご苦労様でした。貴官らの活躍でまたも勝利を収めることができました。」

 アンドラーダは変わらず飄々(ひょうひょう)とした口調だ。

「閣下こそ、遠路お疲れ様でした。細かい奴らが迷子にならないよう連れてくるのは、骨が折れたのではないですか。」

 シャンチーは苦笑いを浮かべる。

「確かにな。なにせ数が数だ、補給回数も多い。なんとか間に合って良かった。」

「群狼がいなかったら、主力艦の被害はこんなものではなかったはずです。閣下のお陰で、次も戦えます。」

「うむ。1回だけ、1個艦隊だけを相手にしている訳ではないからな。被害を少なくするためには何でもやらねばならん。」

 アンドラーダは少し表情を険しくする。

「そういえば、ご覧になっていたでしょうが、イザナ艦隊がアズリア艦隊に向けて発砲しました。これは予定になかったことですが、今後に影響を与えるでしょうか。」

 シャンチーも若干表情が渋くなる。

「うむ。どれほど情報管制を厳にしても、アズリアの耳にいずれは入るだろう。当然与えるだろうな。…カイ中佐はいるかな。」

 マコトがカメラの前に進み出る。

「はい、ここにおります。」

「うむ。まず、例のものをマガツヒに取りに来て貰いたい。そして、お使いを頼まれてくれ。それと、本星帰還後だが、貴官と貴官が率いる総合戦略研究班とで、今後の國際情勢を研究するように。これは軍令部総長代行エフレモフ元帥の命令でもある。よろしく頼む。」

「はっ」

 マコトが短く答え、通信は終わった。



A.F.682/11/28 12:02

 イザナ第41任務艦隊旗艦コネチカットは客を迎えていた。シャンチーからお使いを頼まれたマコトがシャトルで来訪したのである。マコトは乗艦の手続きを取り、衛兵に言われる前に自ら銃を預ける。衛兵は黙ったまま両手で受け取った。その後、応接室に通される。

「アテラス國國防軍軍令部所属マコト・カイ中佐であります。乗艦を許可頂き、ありがとうございます。」

 クロフォードはもちろんのこと、クラフトマンもマコトのことを覚えていた。

「貴官はシャンチーたい、ではない、元帥閣下との通信会談の時、閣下の後ろに控えていた若者だな。」

「左様です、閣下。」

 クロフォードが追加で情報を加える。

「ツクヨミでは、カイ中佐が一連の計画を小官らに説明してくれたのです。」

「なるほど、元帥閣下の懐刀(ふところがたな)と言うことだな。その若さで大したものだ。」

「お褒め頂き、ありがとうございます。シャンチーより預かっているものがございます。」

 そう言ってマコトは携帯情報デバイスを取り出した。そしてその中に、イザナ宇宙軍トップ参謀本部本部長ペリル・ローソン元帥が、アズリアと繋がっていることの証拠データが、記録されていることを告げた。クラフトマンもクロフォードも声を失う。

「ローソン元帥閣下が…信じられん…」

「我が軍でも制服トップの軍令部総長が、アズリアとの内通容疑で逮捕されています。」

 クラフトマンはなぜそのような情報を、アテラスが得ることができたのか尋ねる。マコトは軍機につき、としか答えなかった。クラフトマンが詫びる。

「それは、そうだな。不躾な質問をしてしまった、申し訳ない。だが、やはりまだ信じられん。」

「根拠になるものも併せて保存されておりますので、ご覧になって下さい。ところで、閣下はアズリア艦隊に対し砲撃をなさいました。正直に申し上げれば攻撃はして頂きたくはなかったのですが、今後の展開をどのように予想なさっていますか。」

「我らには、帰還命令が出された。参謀本部と統合作戦会議に出頭しろとな。」

「アズリアの息がかかったローソン元帥の下で、アズリアへ反旗を翻した閣下たちの安全が、保障されるとお思いですか。」

 クラフトマンは笑って答える。

「安全が保障されている軍人など、レトリックの矛盾問題になる話だ。行けと言われた所に行くだけよ。」

 マコトは間をとって、若干緊張して言った。

「閣下はそれで救われるでしょうが、アズリアの傀儡(かいらい)であると分かった母國はそれでは救われません。」

 一拍おいてから、クラフトマンが凄まじい迫力で問いただす。

「貴官は何が言いたいのかな。」

 迫力に負けぬようにと、マコトも力が入る。

「傀儡を倒すべきです。さもなくば、流血は止みません。」

 マコトは必死にクラフトマンへの説得を開始した。


 1時間ほどの会談の後に、マコトは戦艦コネチカットを辞した。シャトルを見送るクラフトマンにクロフォードが尋ねる。

「閣下、あの話は信ずるに値するのでしょうか。」

「何ともいえん。だが、時間はある。じっくり考えよう。」

 クラフトマンはマガツヒに降り立った陸上部隊に撤収を命じた。そして艦隊をまとめ、母國への帰途についた。



A.F.682/11/28 13:00

 惑星アズリアではエトワール艦隊の生き残り、補給艦6隻と駆逐艦4隻が送ってくる断片的な情報を基に、会議が開催されていた。

 統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥が最初に口を開く。

「エトワールは敗れた、これは確実だ。問題は敗れ方だが、これが判然としない。アテラスの発表も大した情報がない。」

 各艦隊の司令長官と参謀長はそれぞれ思い思い、アテラス艦隊の損耗率を主張する。だが、サテリット艦隊司令長官セシル・ド・ベルジェ大将は損耗率0を主張した。

「エトワールは全滅し、何も情報がないのだ。損耗率は0と考えるのが妥当であろう。」

 それは、確かに道理ではある。だが、戦死したメルシエやモランを(おもんばか)って、それは言えないでいたのである。ローランはベルジェの主張を支持する。

「確かにその通りだ。希望や願望を差し挟むようなことではない。」

 諸将は相手を過小評価するべきでないという意味において首肯した、だが本当にエトワール艦隊が、アテラスにほとんどダメージを与えられていないとは思ってもいなかった。

「それと話は変わるが、どうもイザナは反旗を翻した可能性が高い。」

 諸将が(ざわ)めく。

「と言っても、現場指揮官の独断だったようだが。キツネが慌てて報告してきた。」

 ルナ艦隊の参謀長ジャン=ミシェル・ド・ニザン大将が大袈裟に手を広げる。

「部下の統率も満足にできないのですか、存外だらしないですな、キツネも。」

 ローランは肯く、だが余裕の表情で

「まぁ、こちらとしてはありがたい。キツネの価値も落ちた、そろそろ取って食ってしまうのも手だ。サテリットはイザナへ向かえ、コメートはアテラスだ。」

 サテリット艦隊の参謀長ゾエ・トルトゥリエ中将が異議を唱える。

「そんな。アテラスを倒すのはサテリットだと腕を撫していたのに…」

「不服か。」

 ローランが冷たい視線を送る。トルトゥリエは慌てて前言を取り消す。彼女はこの会議の出席者の中では最年少の30代、それだけ高い能力が認められている訳だが、こういった会議では少し気遅れしてしまう。だが、司令長官のベルジェ大将は気遅れなど全くしない。

「命令とあらば何処へでも往くのが軍人。喜んでイザナへ出征いたしましょう。ですが、小官らがイザナを屈服させた時、アテラスが健在なれば小官らに転戦の機会をお与えください。」

 ある意味、失礼なこの発言に、コメート艦隊の参謀長ブリュノ・ド・プレヴォ中将が身を乗り出すが、司令長官クリストフ・フェリング大将が肩を押さえる。フェリングは極めて無口だと有名な男で、艦隊指揮も戦術ディスプレイを指さしたり、自ら入力するなどして行なっているらしい。ローランは発言を咎めるでなくその意気を買う。

「その意気や良し。サテリットにはイザナ及びアテラスへの攻撃を命じよう。コメートはアテラス方面に先んじて侵攻し、奴らを消耗させるのだ。決戦を焦らずサテリットの進出を待て。今度は陸戦部隊も連れて行き、どこか適当な惑星なり衛星なりを占領してしまえ、何なら本星の一部でも良い。艦隊の陣容は整っているか。」

 フェリングは黙って肯く。代わりにプレヴォ中将がコメート艦隊の陣容の説明を始めた。続いて、サテリット艦隊の陣容をゾエ・トルトゥリエ中将が説明する。


〈アズリア連邦軍〉

 ・コメート艦隊(司令長官クリストフ・フェリング大将)

        (参謀長ブリュノ・ド・プレヴォ中将)

   ・戦艦    10隻

   ・重巡航艦   8隻

   ・軽巡航艦  12隻

   ・駆逐艦   30隻

   ・航宙母艦   5隻

   ・補給艦    8隻

   ・強襲降陸艦 40隻

   ・輸送艦    8隻

  陸戦部隊

   ・兵員     5万5千人

   ・戦闘装甲車  3千2百輌

   ・各種車輌   6千輌


 ・サテリット艦隊(司令長官セシル・ド・ベルジェ大将)

         (参謀長ゾエ・トルトゥリエ中将)

   ・巡航戦艦   8隻

   ・重巡航艦   6隻

   ・軽巡航艦   8隻

   ・駆逐艦   24隻

   ・航宙母艦  10隻

   ・補給艦    8隻

   ・強襲降陸艦 52隻

   ・輸送艦    8隻

  陸戦部隊

   ・兵員     6万4千人

   ・戦闘装甲車  3千8百輌

   ・各種車輌   7千5百輌


「我々は敢えて2正面作戦を実施し、数的優勢を最大限利用する。アテラスとイザナの愚か者どもは、共闘すれば我がアズリア連邦に対抗出来ると考えたのだろうが、それが甘い夢であったことを知らしめるのだ。」

「はっ」

 コメート艦隊の2名とサテリット艦隊の2名が席を立ち、敬礼して退室する。ローランはその後ろ姿を見送る。

(アテラスめ、エトワールを(しの)いだくらいでいい気になるなよ。)

 彼はまだ勝利を疑っていない。



A.F.682/11/28 17:00

 同じ頃、イザナ共和國は揺れていた。アテラスとの戦いで大きな損害を負っているにも関わらず、あろうことか救援に来てくれたアズリア艦隊を攻撃したと言うのである。宇宙軍参謀本部本部長ペリル・ローソン元帥は声を荒げる。

「何を考えておるのだ、クラフトマンは!アズリア艦隊に協力しなかったばかりか、砲撃しただと!アズリアと戦争したいのか、奴は!」

 統合作戦会議議長の大気圏内軍グラディス・スタック元帥も頭を抱える。

「アズリアの大使が抗議文と宣戦書を持ってきたらしいぞ。取りつく島もなかったらしい。」

 形式上、クラフトマン大将の上官となる統合作戦会議副議長のレプロン・エーレット大将は恐縮している。

「第41任務艦隊は攻略隊を引き上げ、帰路についております。惑星イザナ到着予定は12/12前後になる予定です。」

 ローソンが、クラフトマンとリアルタイムで話せる時がいつなのか尋ねる。その問いにエーレットが、惑星イザナが所属するイワツツ星系に到達する見込みが12/5前後、ワープアウト以降はリアルタイム通信が可能の見込みである旨を伝える。ローソンは怒り心頭だ。

「超高速通信の伝聞では埒があかない。通信が可能になったらすぐに教えろ。」

 エーレットが問題を提起する。

「ところで、クラフトマン大将の件は時期を待つとして、今後についてはどうするのでしょうか。」

 ローソンが忌々しげに答える。

「どうするとはなにか。アズリアに真意を話し、宣戦書を撤回して貰う以外にないであろう。」

「我々軍や政府方針としてはそうなのでしょう。しかし、クラフトマン大将の下には、イザナが保有する艦艇戦力のほぼ全てが結集しています。我々の決定に従わないと宣言した場合、彼を止めることができるでしょうか。」

 ローソンとスタックが絶句する。そこに考えが至っていなかったようだ。彼らは、追い込まれているのは自分たちであることを知った。



A.F.682/11/29 09:00

 アズリア王國の女王セリーヌ・ド・ミュレーは、実質的な支配者に1日遅れて敗戦の報を聞いた。国務大臣クロヴィス・ド・ゲランは深く頭を下げている。

「そうか、…どう考える、ゲラン。」

 ゲランは姿勢はそのまま、視線だけを上げて答える。

「皇国の軍を損なったことは遺憾ですが、ローランの基盤が弱体化したという意味では吉です。」

 セリーヌは顎に細い手を当てて考え込む。ゲランの姿勢は変わらない。

「アテラスか…思っていたよりも強力だな。…ローランを介さずアテラスと繋がることはできないものかな。」

「実は、当てがございます。ティアナ・サーンと申す者、陛下はご存知でしょうか。」

「ティアナ・サーン…知らんな。」

「先王グラシアン陛下のご舎弟ヴィクトール様の孫に当たります。彼女の親は民間に下ることを希望した由にて。」

「ほう、なんだか余と境遇が似ているな。そのサーンとやらがどうした。」

 ゲランの姿勢は変わらない。よくそんな体勢で長時間いられるものだと感心する。

「アテラスとイザナの戦役はアズリアの陰謀だとして、非難する運動を展開しています。」

 ゲランはようやく身体を起こした。

「アズリアにとっては耳の痛いことを、王族出身の者が声高に叫んでいる訳か。アズリアの敵ではないか。」

「しかし、セリーヌ様にとっては味方かも知れません。」

 ゲランは、軍令部総長リドル・リー元帥の逮捕や戦役への干渉、更に開戦に至って、ティアナ・サーンの主張がアテラス社会に浸透し始めていることを説明した。

「更に、ローランはイザナへの派兵も決めました。」

「なに、イザナ?イザナも敵にまわっているのか。」

「イザナ政府の真意は分かりかねますが、ローランはそう考えているようです。」

 今回のアズリア出兵に際し、イザナ艦隊の動きは奇妙に鈍く、ほとんど貢献していなかったらしい。またアズリア艦隊に対し砲撃を行ったと言う情報もある。イザナ政府からは、戦闘中の誤射で故意のものではないと、弁明があったことをゲランが告げる。

 セリーヌは頬に手を当てて考え込む。

「なんとも、ややこしいことになりそうだな。私たちも大きな一手を打つ必要があるかもしれない。」

「大きな一手、ですか。」

 それ以上、セリーヌは何も言わなかった。




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