第十四章 美しき…
A.F.682/10/12 12:15
アテラス軍に痛撃されたイザナ軍第41任務艦隊は、マガツヒに降り立った攻略部隊が設営した基地を拠点に、残存兵力の集合と再編成を行っていた。主力である航宙母艦は航行不能のサンタクララのみ、護衛艦も軽巡航艦ウィチタと駆逐艦8隻を残すのみである。強襲降陸艦は44隻、輸送艦は6隻、戦傷者や戦死した者の遺体搬送で輸送艦4隻を本星への帰途につかせている。
救いは、陸戦兵力がアテラス軍約2万人に対してイザナ軍は4万人以上と優勢であることだ。アテラス軍駐留部隊を駆逐するのは困難だが、逆撃で即、崩壊することはない。初動で航宙機基地を無力化できたことも、有利な要因としてあげられる。
本星からは、なけなしの艦艇戦力が進発済みである。増援艦隊の編成は、戦艦4隻、重巡航艦4隻、軽巡航艦4隻、駆逐艦12隻、工作艦2隻、補給艦6隻であった。新造艦や整備予定を繰り上げた艦も多く、艦艇数が示す戦力よりも実戦力は格段に劣る。更に問題なのは、本星に残るのは軽巡航艦以下の小規模艦艇のみで数も少ないことだ。充分な予備戦力がない状態では、持てる戦力を自由に使う訳にはいかない、十全な運用は不可能なのである。
だが、前線にいる将兵にとって貴重な戦力であることには変わりがない。彼らはこの増援艦隊を待ちわびていた。
アズリアが提示した和平条件に対する回答期限 10/12正午に、アテラス國はこれへの拒絶を、全宇宙に向けて宣言した。
イザナ共和國第41任務艦隊参謀長クロフォード中将が、司令長官クラフトマン大将にその事を報告する。
「いよいよ、アテラスは始める気か。」
クラフトマンは肯く。彼はクロフォードが持ち帰ってきた停戦条件に当初驚愕した。艦艇の処置を含まない合意が為されるとは、思ってもいなかったのである。そして、その真意を聞いて、驚き、疑った上で、納得した。彼自身も敵将シャンチーと対話し、その誠実さを肌で感じていたからである。
「アテラスの声明文を読むと、イザナとは独自に和平交渉をするので、仲介不要と言う体裁をとっています。ですが、受け取る側はそうは取らないでしょうね。」
「当然だろうな。」
本國からは、アズリアが出兵の準備を進めているとの情報が入っている。名目上、イザナに手を貸すための艦隊派遣である。
「我々も、腹を括る時が迫ってきたと言うことだな。」
クロフォードの表情は暗い。彼女はあの時交渉を決裂させて、全兵力をアテラスにぶつけていたら、と考える時がある。その方が、無能と謗られても、イザナ軍人として名誉と共に死ねたのかもしれない。
「小官は余計なことを聞いて、いや、聞かされて帰ったのでしょうか。」
だが、クラフトマンははっきりと答える。
「私はそうは思っていない。貴官もそうは思っていないだろう。」
その言葉を聞き、クロフォードの迷いも消える。そして、はっきりと答える。
「はい、思っていません。」
イザナ共和國軍第41任務艦隊は、身を窶れさせながらも、誇り高くマガツヒの地にある。
A.F.682/10/13 10:00
アズリアからの和平提案を拒絶したアテラスは、今後予想される大規模戦闘に備え、軍の組織を大きく改編した。
総合艦隊司令部を新設し、司令長官には元帥に昇格したチュン・シャンチーを据えた。艦隊と名は付いていても、基地航宙戦闘隊や陸上戦力をもその指揮下に収めるため、司令部は軍令部内に置かれる。艦を愛するシャンチーとしては、陸に降りる事に若干の寂しさもあったが、実務上の要請に納得せざるを得なかった。参謀長は中将に昇進した軍令部作戦部作戦課課長スルギ・パクが兼任し、作戦部自体が司令部として機能することとされた。
第1艦隊の司令長官には大将に昇格したカルロ・アンドラーダが任ぜられ、参謀長には第3機動戦隊から転出したユジュン・マツナガ中将が当てられた。第1艦隊はアテラス軍が保有するほとんど全ての航宙艦艇をその指揮下に置き、総合艦隊司令部の実行部隊として前線に立つこととなる。
第12駆逐戦隊は新造艦4隻を加え、独立駆逐艦隊に再編された。司令長官は中将に昇進したスニール・ラジ、参謀長は少将に昇進したトン・タインである。この艦隊は、主力とは独立して行動し、搭載の艦上偵察機と快速を活かした遊撃戦によって、戦況を有利に運ぶ役割が期待された。
・総合艦隊司令部(司令長官チュン・シャンチー元帥)
(参謀長(作戦課課長兼任)スルギ・パク中将)
・第1艦隊司令部(司令長官カルロ・アンドラーダ大将)
(参謀長ユジュン・マツナガ中将)
・戦艦 5隻
・巡航戦艦 3隻
・重巡航艦 8隻
・軽巡航艦 10隻
・駆逐艦 26隻
・航宙母艦 6隻
・独立駆逐艦隊(司令長官スニール・ラジ中将)
(参謀長トン・タイン少将)
・第11駆逐戦隊(司令官スニール・ラジ中将直率)
・駆逐艦 6隻
・第12駆逐戦隊(司令官チャンタサック・クンタニット少将)
・駆逐艦 6隻
総合艦隊司令部と兼任となる作戦部を中心に、今後の作戦案について会議が開催される。作戦部外部からの出席者は艦隊司令官と参謀長に限定されている。
最初にスエツミからアズリア動向について説明される。アズリアはアテラスの和平条件拒否を責め、フソー星系への派兵を準備中である。今回中核となるのは惑星ボルバスに拠点を置く、通称『エトワール艦隊』とみられ、主要艦は次の通りであった。
〈アズリア連邦軍〉
・エトワール艦隊(司令長官テオ・メルシエ大将)
(参謀長イザック・モラン中将)
・戦艦 8隻
・重巡航艦 8隻
・軽巡航艦 8隻
・駆逐艦 24隻
・航宙母艦 4隻
・補給艦 6隻
アズリアはこれと同規模、或いはこれ以上の規模の艦隊を、他に4個保有している。恐るべき國力である。
アテラス第1艦隊は、艦艇保有数では互角と言えるが、整備や他星系の警戒などで全数を戦場に投入できる訳ではない。より問題なのは、予備戦力がないことである。言うなれば、アズリアは1勝4敗でも全体として勝利であるのに対し、アテラスは5勝0敗で初めて勝利と言えるのである。1人で勝ち抜き戦を戦うようなものだ。
中将に昇進したマイキー・シャープ情報課課長がコメントを付け加える。
「アズリアの出兵名目は和平の結実であり、イザナの救援です。現状、我が軍とイザナ軍とが接している唯一の場所がマガツヒ宙域である以上、ここに来襲することは既定路線と言っていいでしょう。」
シャンチーが肯く。その上で、マガツヒ宙域に展開する彼我の戦力を示すよう指示する。
〈アテラス國防軍〉
・第14駆逐戦隊(司令官マンモハン・ネルー少将)
・駆逐艦 6隻
・マガツヒ基地航宙隊(司令官ヘンダリ・スハルト中将)
・79式艦上単座戦闘機 8機
・76式複座艦上偵察機 2機
・マガツヒ基地防衛隊(隊長ニール・ウォルシュ中佐)
・兵員 約2万人
・戦闘装甲車 2千輌
・各種車輌 約4千輌
〈イザナ共和國軍〉
・第41任務艦隊(司令官ポール・クラフトマン大将)
(参謀長グレース・クロフォード中将)
・軽巡航艦 1隻
・駆逐艦 8隻
・航宙母艦 1隻(自力航行不能、要修理)
・強襲降陸艦 44隻
・輸送艦 6隻
・マガツヒ攻略部隊(司令官クリス・ジョーダン少将)
・兵員 約4万人
・戦闘装甲車 3千3百輌
・各種車輌 約5千輌
・増援艦隊(司令官ティモシー・ロバーツ少将)
・戦艦 4隻
・重巡航艦 4隻
・軽巡航艦 4隻
・駆逐艦 12隻
・工作艦 2隻
・補給艦 6隻
マガツヒ基地航宙隊は地上攻撃によって壊滅的被害を受けた。再建のための機材がアテラス本星で準備中であったが、機材調達に手間取り、再建を10月中に終えることは難しい情勢であった。
「現状、マガツヒは小康状態です。双方、暫定停戦に従っており、戦闘は発生していません。ですが、攻略部隊を撤収させるような動きもありません。そして、イザナ本星から増援とみられる艦隊が進発しました。内容は現状イザナが持てる航宙艦艇のほぼ全てです。数としてはそれなりですが、完熟航行が未完の新造艦や整備繰り上げ艦なども含まれており、実戦力としては疑問があります。」
シャープの説明にパクが続ける。
「そうは言っても、到着まで手をこまねいている訳にもいかないでしょう。到着すれば第14駆逐戦隊も基地の守備隊も、窮地に陥ってしまいます。基地航宙隊が機能していない状態では、攻撃を防ぐことは不可能です。」
イザナ増援艦隊のマガツヒ到着は10/22前後と予測されている。独立駆逐艦隊は、その到着前にマガツヒ方面に進出し、第14駆逐戦隊と協力して残存艦隊の撃滅を図ることが決定された。
第1艦隊は独立駆逐艦隊を追ってアテラス本星を進発し、イザナ軍の増援艦隊を撃滅する。然るのち、アズリア軍エトワール艦隊との決戦に挑む。これが現段階での作戦骨子である。
未だ、停戦会合時にイザナの参謀長クロフォードに伝えた内容を知るものは、シャンチー、アンドラーダ、マコト、それに自力でたどり着いた参謀総監エフレモフ元帥に限られている。それに、いかに清廉な人物であっても、敵将が自分たちの思惑通りに動いてくれると考えるのはあまりに危険だ。
アンドラーダが発言する。
「イザナ軍の撃滅はタイミングが重要だな。早すぎれば、エトワール艦隊はマガツヒに拘る必要がなくなり、行動の自由を与える事になってしまう。逆に遅すぎれば、我が方は、イザナ艦隊とエトワール艦隊の2正面作戦を強いられると言う訳だ。」
その懸念にシャープが応じる。
「エトワール艦隊の拠点惑星ボルバスからの進発は、早ければ10月末と予想されます。ボルバスからマガツヒ宙域への航行標準時間は4週弱、11/25前後に姿を現すことになります。今のところアズリアは我が方を舐め切っているようです、情報管制は極めて甘い状態です。」
亜空間跳躍航行は距離に比例して、その航行時間が延びるわけではない。イザナに比してアズリアは30倍ほども遠方にあるが、その所要時間は3倍ほどである。
シャンチー元帥が会議を総括する。
「よろしい。何にせよ、戦場が敵と比較して近く、準備時間を取れることはありがたい。ひと月あれば、修理艦を復帰させることも、練度を上げることも出来るだろう。当面は11/25を戦闘開始日と定め、準備に抜かり無いよう努めること。」
会議が閉まり各位が解散する中、シャンチーは独立駆逐艦隊から会議に参加していたラジ司令官とタイン参謀長を呼び止める。
「ラジ中将、タイン少将、少し時間を取らせてもらえるだろうか。作戦について打ち合わせたい。」
そう言って、司令長官室に連れ立って入っていった。
A.F.682/10/13 12:20
ミコト・カイとナオミ・ヴァルバドス、それにティアナ・サーンの3名は報告会を兼ねて、アマノイの若者に人気だというレストランでランチ会を開いていた。場所の選択は言うまでもなく、ティアナによるものである。軍人2人は食事場所にこだわりを持ったことがない。
「ほら、素敵でしょ、この内装。一度、来てみたかったんだ。」
はしゃいでいるティアナを他所に、2人はなんだかいたたまれない気持ちになる。
「どうしたの?お料理もすごく美味しいって評判なのよ。」
2人はメニュー表を見てみるが、キラキラしたお洒落な名前に圧倒され、それだけでお腹いっぱいになった気分だ。2人はメニューを閉じる。ティアナは楽しそうに料理を見ている。
ウェイターを呼び、ティアナが料理を注文する。軍人2人は安易な決定をしていた。
「僕もそれで。」
「わたくしも同じものを。」
ウェイターが去ってから、ティアナが2人に抗議する。
「なんで同じものを頼むのよ。せっかくだから、違うものをシェアしたかったのに。」
「あなた、王族の出ですよね…」
「私が王様だった訳じゃないわ。」
ふてるティアナに、ナオミが本題を切り出す。
「料理が来る前に話を進めておきましょう。まず、爆弾騒ぎの黒幕が判明しました。」
ナオミは1010事件について、要点を掻い摘んで説明した。
「てことは、軍令部総長のリー元帥って人が『余計なことするな。』と私を脅した訳ね。あんまり詳しくないんだけど、軍令部総長って偉さで言ったらどのくらいの人なの?」
「ナンバーワンです。制服を着てる人の中では。」
「え…、そんな人に狙われたの、私。恐ろしい…でも、そんな偉い人がスパイだったって、軍としても相当まずいわよね。」
「えぇ、まずいです。ですが、軍人は皆知ってしまいました。直ぐに一般市民へも知られることになるでしょうね。」
ミコトが女性2人に釘を刺す。
「レストランで『まずいまずい』言わないで下さい…」
ウェイターが料理を運んできた。ティアナは目を輝かせて、2人は黙って、配膳されるのを待つ。ウェイターが去り、3人の前で、美しく彩られた料理が芳香を上げる。
「わぁ、素敵、美味しそう!いただきまーす!」
ティアナが真っ先に手をつける。2人は苦笑いをしつつ、食事を始める。
3人は同じ料理を食べながら、今後について相談する。リー元帥の逮捕はアテラス軍や政府にとって大きな恥であるが、アズリアにとっては致命的な痛手となっているだろう。情報のパイプを失ったことに加え、意思決定への影響力を大きく減じてしまった。また、これまでの軍や政府の方針が、アズリアに誘導されていたと考える者が多いはずだ。一気に反アズリアの機運が高まると考えて間違いない。これは、ティアナが主張していたことの根拠として、大いに活用できるはずだ。
だが、ミコトは以前のティアナの言葉に不安を感じていた。
「サーンさん、以前『アズリアを傷つけることは絶対に容認できない。』とおっしゃっていましたが、どうも、アズリアとアテラスは矛を交えることになりそうです。その場合、あなたはどうされるのでしょうか。」
ティアナは下を向き、暫く黙っていた。すると突然、料理をフォークで突き刺し、意を決したように顔を上げる。
「言いにくかったんだけど、コレ、まずくない?」
ナオミとミコトは何を言われたのかわからず、固まってしまった。ナオミが顔を振り、なんとか返答する。
「えぇ、塩気がキツ過ぎで火も通し過ぎですね。はっきり言ってまずいです。」
「同感」
ようやく我に返ったミコトも同意する。
ティアナは嬉しそうに2人の感想を聞いた後、やはり嬉しそうに語り始める。
「つまり、そういうことだと思うのよね。私が選んだお店だし、見た目も香りも良かったから、言いづらい。だけど、まずいものはまずい。誰が食べてもまずい。私はアズリア出身だから言いづらいわ、だけどアズリアのやり方は非道よ。それはアテラスにとってもイザナにとっても非道なの。まずいことに気づいたんだもの、味をなおさないといけないわよね。」
ティアナは晴れ晴れしたような表情だ。だが、ミコトは周囲をうかがい、声を潜めてティアナに懇願する。
「でもやっぱり、店の中で『まずい』と連呼するのは、別の問題が生じるかと…」
周りの客とウェイターがミコトたちのテーブルに視線を送っていた。
3人は逃げるように店を出た。足早に2ブロックほど進み、道の端によって残念なランチ会の口直しを考えていると、ティアナが2人に真剣な表情で訴えてきた。
「あのね。2人にお願いがあるの。助けてほしいの、アズリアを。今日言った事は80年、ううん、もっと長くアズリアが犯してきた罪よ。でも、ローラン元帥が実権を握ってからの3年半はひどすぎる。こんなことをやり続けて繁栄している國なんて、人の心から腐ってしまう。私はそう思っている人を集めて、アズリアを変える、アズリアを取り戻す!どうか、私に、アズリアに力を貸して!」
ナオミは瞬時に答える。
「もちろんです。このミコト・カイ中尉がやってくれます。」
ミコトは、この状況で名前を出されたことに驚愕していた。
A.F.682/10/20 09:40
独立駆逐艦隊の12隻はマガツヒ周辺宙域まで進出していた。ムツキ型は計画にあった12隻が完成し、全て独立駆逐艦隊の所属となっている。
機能的に配置されたムツキの艦橋では、ラジとタインが指揮卓の3Dディスプレイを指差しながら、今後の行動を相談している。そこに通信が入る。
「第12駆逐戦隊から通信、シモツキ1が第14駆逐戦隊を確認したとのことです。」
「わかった。第14駆逐戦隊と一旦合流しよう。進路を当該宙域へ。」
ムツキとその姉妹たちは、わずかに進路を変え仲間の元へ走る。
提督たちの会議に長い時間は要さなかった。それぞれが熾烈な実戦を経験してきた戦士たちだ、要点を掴めば話は早い。
シャトルがムツキを離れ、第12駆逐戦隊司令官チャンタサック・クンタニット少将と第14駆逐戦隊司令官マンモハン・ネルー少将を乗艦に送り届けるために発進する。駆逐艦は小柄でシャトルの接舷も一艇しかできない。フミヅキを経由しクンタニットを降してから、ネルーの乗艦カゲロウに帰る手筈となっている。
離れていくシャトルを見送り、ラジが呟く。
「駆逐艦乗りが何でも屋だとはわかっていたつもりだったが、こんなことまでやるとはな。」
「そうですね。今回はまた一段と奇抜な作戦ですね。」
「わが隊には新造艦もいる、ちょうど良い機会かもしれん。」
18隻の駆逐艦はマガツヒに接近していく。呼応するようにマガツヒの影からイザナ艦隊が姿を現した。
A.F.682/10/20 10:17
アテラス艦隊とイザナ艦隊は徐々に間合いを詰め、2光秒の距離まで接近した。
アテラス艦隊は球状陣、と言うより、ただ寄せ集まっているだけに見える。イザナ艦隊は逆楔陣、矢じりのような陣形だ。
「よし、では、やるか。」
ラジは指揮卓に手をつき、身を乗り出すような格好で大きな声で指示を出す。
「発光信号A7!」
ムツキがA7を意味するパターンの発光信号を送ると、それが伝染していくかのように各艦が同じパターンの発光信号を打ち返す。ラジは全艦がシンクロしていることを確認する。
「よし、3、2、1、発動!」
発動と同時にムツキが発光信号を消す。ほぼ同時に全艦の発光も消える。だが、何も起きない。
「、3、2、1、全速前進!」
発動から7秒後に、各艦は出力を最大にして走り出す。
「次、W2!」
同じようにムツキの発光信号が各艦に伝染し消える。すると2秒後に右回頭90°を全艦が行う。
「ナガツキ、サミダレ、遅い!次いくぞ、T5!」
再度、発光信号が灯り消え、艦隊が躍動する。この機動を繰り返す。
一糸乱れぬ(ラジの目には乱れているのだが)艦隊運動を見せながら、複雑な軌道を描いてイザナ艦隊に近づいていく。レーザーカノンの射程ギリギリの位置で、艦隊はムクドリの群れのように2つに分かれた。そしてそのまま、イザナ艦隊を挟んで通り過ぎ、再度合流する。イザナ艦隊の周りを一体となったアテラス艦隊が旋回する。参謀たちが自画自賛する。
「なかなかの機動ですな。」
「まだまだだ!艦型の違う第14駆逐戦隊は仕方ないとしても、独立駆逐艦隊がこれくらいで満足するな!」
スパルタ司令官が吠える。
当然、イザナ艦隊からもこの光景は見えている。
「な、何をやってるんですか、奴らは。司令、突入して砲撃しましょう。」
参謀や艦橋詰めの士官が、その光景に圧倒されている。クラフトマンとクロフォードは動じてはいないが、感嘆をもらす。
「見事な艦隊機動だ、これがアテラスの実力か。突入してあの中に囚われてみろ、向いている方向もわからんうちに蜂の巣にされるぞ。」
クラフトマンは童心に返ったかのように、目を輝かせている。高速で近づく艦隊が2つに分かれ、左右を通過する。
「おぉ!なんと素晴らしい!」
「同感です。でも悔しいですね、我々も見せられるものがあれば良いのですが。」
ここにいるイザナ艦隊にそこまでの技量はない。敗残の身で無理をして衝突でも起こせば、末代までの恥となろう。
「良いのだ。我々は、イザナは、ここにいるだけで良い。それに、イザナ軍人の心意気はハドソン准将が既に見せてくれている。」
「そうでしたね。」
クロフォードは短く答える。だが、彼女はアテラス艦隊の卓越した機動を自軍に取り入れることを思案していた。
(いつか艦隊を再建し、アテラスに勝る規模と技量を見せつける。それが私の目標だな。)
仇敵だったアテラスとイザナの艦隊は、互いの姿を捉えながらも砲火を交えることはなく、再度距離を取った。
ラジは艦橋で頷く。
「よし、総合艦隊司令部に打電だ。『マガツヒ駐留のイザナ艦隊に敵対の意思なし』以上。」
A.F.682/10/22 14:55
アテラス、イザナが属するミズホナ星団より600光年の距離を隔てたマビシェット星系の第4惑星がアズリアだ。単一の惑星國家であり連邦國家の宗主國でもあるこの惑星は、豊富な水資源の青と山林に代表される緑とが調和する美しい星である。だが、ティアナ・サーンの悲哀の通り、住う者の心が皆美しいとは言えない。
首都マシェリにそびえ立つ連邦軍統帥本部ビルは、住民からもその威圧的な容貌を嫌悪されていた。だが、それは口にできない。あのビルの主は國王をも凌ぐ権力者であり独裁者であるからだ。住民は彼を賛美し崇拝していた、表面的に、自分と家族の命を護るために。
独裁者と最高幹部たちは、王宮を見下ろす統帥本部ビルの高層階で、今回の出征について議論していた。参加者は次の者たちであった。
アズリア連邦連邦軍
・統帥本部本部長 オレール・ド・ローラン元帥
・幕僚総監 シャルル・ド・ソシュール元帥
・アズリア駐留艦隊(ソレイユ艦隊)
・司令長官 リュドヴィック・ラコスト元帥
・参謀長 ジョゼット・ド・ルナール大将
・キャスナ駐留艦隊(ルナ艦隊)
・司令長官 パトリス・ダーノー大将
・参謀長 ジャン=ミシェル・ド・ニザン大将
・メッキュロ駐留艦隊(コメート艦隊)
・司令長官 クリストフ・フェリング大将
・参謀長 ブリュノ・ド・プレヴォ中将
・ルーペ駐留艦隊(サテリット艦隊)
・司令長官 セシル・ド・ベルジェ大将
・参謀長 ゾエ・トルトゥリエ中将
・ボルバス駐留艦隊(エトワール艦隊)
・司令長官 テオ・メルシエ大将
・参謀長 イザック・モラン中将
最初に、ローランが王への忠誠を誓う宣誓文を読み上げる。最後の文『ジュレ、フェッデリット』は全員で声を合わせる。本当に王への忠誠心を持っている者は、この中に何人いるのか。
アンティーク調の豪華なテーブルに各員が付き、ローランの着席を待って全員が座る。
ローランが開始の発声をする。
「さて、では始めよう。最初にエトワールの準備状況からだ。」
「はっ」
エトワール艦隊参謀長のイザック・モラン中将が説明を始める。準備状況に遅れはなく、10月末に完了する旨が報告される。次に艦隊の編成と高級士官の人事が続き、具体的な作戦計画が検討される。
「今回、陸戦隊の動員はないのだな。連れて行っても良いと思うのだが。」
ソレイユ艦隊参謀長のジョゼット・ド・ルナール大将が疑義を呈する。彼女は女性でありながら大将の地位にある。生者の内に元帥に昇進すれば、アズリア史上初の王族以外での女性元帥が誕生することになる。この質問にはエトワール艦隊司令長官のテオ・メルシエ大将が答える。
「今出征の目的は、生意気にも皇国が提示した和平案を拒絶したアテラスを叩き、窮地に立っているイザナを救うことにあります。我が軍が陸上戦力を保持すると、要らぬ詮索を受けることになりかねません。」
メルシエは同階級ではあるが、ルナールに敬語を使った。アズリア本星の守備を担うソレイユ艦隊は格が上だと言う意識があるのだ。これはメルシエに限ったことではなく、アズリア連邦軍全体に共通する認識である。
「それは、確かにそうだな。占領に来たと思われるのは心外だ、あのような辺境地の一衛星など、皇国にとって大した価値はない。」
おそらくは参加している全員が、そのような事はなく、重要な意味を持つ地であることを知っている。だが、今はそれを言う時ではない。
「艦隊決戦に際して、何か作戦はあるのかな。」
これは、ジャン=ミシェル・ド・ニザン大将だ。軍人の中では比較的よく喋るタイプで、女性好きと噂されている。が『噂?失礼な。』とだけ答えるので、内容を否定したのか噂であることを否定したのかが判らない。要するに、多くの男から嫌われるタイプだ。
「アテラスの保有戦力は我がエトワールと互角程度だが、イザナ艦隊との戦闘で疲弊しているはずだ。また、到着時点で戦端が開かれていなくても、イザナと挟撃できる。勝利は疑いない。」
メルシエの回答に別の方向から意見が出る。幕僚総監シャルル・ド・ソシュール元帥だ。彼はローランの盟友とも言うべき存在で、時としてローランよりも冷徹で情け容赦のない作戦を取る。そのため、敵だけでなく味方からも恐れられている。
「イザナを当てにしているのか。」
ソシュールが睨みつける。メルシエは気圧されながらも答える。
「当てにしている訳ではございません。もちろん、我らのみでアテラスを葬り去ってご覧にいれましょう。イザナは予備兵力です。」
再反論しようとするソシュールをローランが止める。
「まあ、よいではないか。エトワールで生き残れば、サテリットが行く。それでも生き残りがいればコメートだ。まあ、エトワールだけで十分であろうがな。」
「はっ、皆さまの手は煩わせません。必ずや、アテラス艦隊を叩き潰して参ります。」
メルシエとモランが諸将に敬礼をして、部屋から退室する。彼らは惑星ボルバスに向かい、出征準備の総仕上げを指揮するのである。




