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第十三章 1010事件


A.F.682/10/10 08:21

 軍令部内でリドル・リー元帥及びジェミヤン・エフレモフ元帥が拘束されるという前代未聞の事件より、若干時を(さかのぼ)る。

 アテラス首都アマノイに程近い首都防衛基地に1隻の高速連絡船が着陸した。降り立つのは、臨時本星防衛司令部司令長官チュン・シャンチー大将、参謀長カルロ・アンドラーダ中将、次席参謀マコト・カイ中佐の3名である。普段は迎える者などいない。と言うよりも、戦時下において司令官職の移動は秘匿されることがほとんどだ。敵による、部隊行動の予測や要職者の暗殺を防ぐための措置である。だが、今日は迎える者がいた。

 タラップを降りたシャンチー達に敬礼するのは、作戦部情報課課長マイキー・シャープ少将とミコト・カイ中尉であった。驚いたマコトが声をかける。

「どうした、ミコ…ではなくカイ中尉。どうして、我々の到着を…」

 マコトは聞くだけ無駄に思えて、途中で口を(つぐ)んだ。スエツミにかかれば、自軍の情報など、デスクの引き出しから取り出すペンと同じだろう。

「君がミコト・カイ中尉か。なるほど、よく似ているな。」

 アンドラーダは気さくに声をかける。シャンチーも頷いている。だが、シャープが独特の間を取りながらも、彼らを地上車に乗るよう促す。

「失礼ながら、到着予定時刻を調べさせて頂きました。その理由は道中お伝え致しましょう。さ、どうぞ。」

 前車後部座席にシャンチーとシャープ、後車後部座席にアンドラーダとマコト、助手席にミコトが乗り込み、車は走り出す。

 前方にシャンチー達の車を見ながら、アンドラーダが切り出した。

「さて、カイ中尉。我々を迎えにきてくれた理由を聞かせてくれ。随分と楽しそうだ。」

「はい。まずは何からかな…」

 ミコトは自分たちが接触しているティアナ・サーンのこと、爆破未遂事件のこと、その犯行組織に軍関係者がいる可能性について話をした。

「なるほど、確かにサーン氏を狙ったのは、軍関係者である可能性が高そうだ。だが、その事と今の状況との関連性がまだ見えんな。」

「すいません、話が長くて。で、シャンチー大将閣下とアンドラーダ中将閣下をお待ちしていた理由ですが、その軍内のアズリア協力者と言うのが、我が軍のNo.1かNo.2、或いはその両者であると判明しました。」

 アンドラーダとマコトが固まる。

「リー元帥かエフレモフ元帥が…それはまた、笑えないジョークだな。」

 ミコトは正面を見据えたまま、明確に否定する。

「残念ながら、ジョークではないのです。逆検でも確認しました。これは確かです。」

 ここで言う逆検とは、何かしらの情報をターゲットに持たせ、その情報が相手組織で検知されるかによって、諜報員をあぶり出す手法である。

「そうか…そうなのか。どちらかは判らないのだな。」

「はい、意外と片方の方にだけ渡る情報、というのが難しいところでして、リスクヘッジの観点からは歓迎すべき事なのでしょうが。それと、アズリアが恫喝に出ます。」

 マコトとアンドラーダが顔を見合わせる。アンドラーダが尋ねる。

「恫喝?どう言う事だ。」

「ちょうど今ぐらいでしょうか。外務大臣が呼び出され、和平条件の提示を受けているはずです。内容は、イザナに一切のマガツヒ権益を譲渡すること。です。」

 アンドラーダが声を荒げる。

「ちょっと待て!アテラスにとっては、今戦役が始まる前より、遥かに後退するじゃないか。戦端を開いたのはイザナの方だぞ。」

「おっしゃる通りです。ですが、アズリアにとっては、政治的整合性はおろか、軍事的整合性すら関係ないようです。」

 アンドラーダとマコトは座席に深く腰掛け直し、ため息をつく。

「なるほど。無理難題を押し付け、受諾すればアテラス内部で分裂が生じる。拒否すれば、平和の敵として叩き潰す。と言うわけか。」


 2台の地上車は、軍令部正面玄関前に減速して進入していく。前車が停車し、運転手が降り後部のドアを開ける。シャープ、シャンチーが降りてくる。

 後車の後部座席でアンドラーダがマコトをつつく。マコトは小さく頷く。車が停止すると同時にマコトはドアを開け、小柄な前車の運転手に密着し、腰に銃を突き付ける。アンドラーダは車に乗ったまま、運転手の後頭部に銃を突きつける。

「こいつらも話を聞いた。どうするんだ。」

「だ、大丈夫です。この人達は信用できます。」

 当事者の内、ミコトだけが慌てていた。

 マコトは、自分が銃を突きつけている相手が誰か、気が付いた。

「なんだ、ジュエン少尉じゃないか。」

 前車の運転手は、総合戦略研究班のジュエン・グエン少尉であった。シャープは軍令部の中でも信用ができ、トップ2名の息がかかっていない人物を割り出していた。アンドラーダが銃を突きつけている運転手も名乗る。

「小官は作戦部情報課ナオミ・ヴァルバドス中尉です。カイ中尉と共に爆破未遂事件に遭遇しました。」

 アンドラーダは構えていた銃を下ろす。

「さすが、シャープ少将、抜かりないな。」

 アンドラーダとマコトが銃を収めた。シャンチーはシャープから聞かされていたのか、全く動じていなかった。説明をしていなかったミコトの落ち度と言うべきだろう。

「ちょっと、焦りました…」

 ミコトは、なぜかナオミに謝っている。ナオミは何も気にしていない様子だ。

 マコトがシャープに尋ねる。

「ジュエン少尉がメンバーに加わっていると言うことは、作戦課は味方と言うことでしょうか。」

「いや、総合戦略研究班の3名のみだ。実を言うと、パク少将はグレイだ、エフレモフ元帥派と言うべきかな。判断が付かなかったので話はしていない。」

 確かに、パク少将はエフレモフ元帥の部下だった期間が長かった。マコトは、自分が任官する前の時期なので、2人の仲について詳しくは知らなかった。

 ここにいるのは7名、仲間になっているというクアン・グエン少佐とギータ・ココ大尉を入れても、信頼できるのは9名のみである。だが、軍組織のトップ2名が容疑者では、息がかかっていない人間を探す方が難しい。絞られた少人数で動くべきと言う判断は納得できた。


 ナオミとジュエンが地上車を置くために別れ、5名はシャープが用意させていた部屋へ入る。クアンとココが待っていた。

「さて、で、これからどうするか、だな。シャンチー大将、カイ中佐、小官の3名は本日午後、先日の作戦経過と結果について、元帥御二方に報告する予定となっている。その時に御二方を拘束させて頂くか、それが手っ取り早い。」

 アンドラーダは冗談のつもりで言ったようだが、シャープの反応は違う。

「さすがです、アンドラーダ中将。それこそが、シャンチー大将にこの行動に加わって頂いた、最大の理由です。御二方が護衛から離れ、副官とも離れる唯一の機会だと判断しました。」

「そ、そうか。」

 アンドラーダは複雑な表情だ。シャープが考案した作戦が披露される。

「シャンチー大将の演技力に期待するところなのですが、御二方を拘束し、自分が実権を掌握すると宣言して頂きます。」

「私がか…自信がないな。」

 シャンチーは弱り顔だ。

「大丈夫です、閣下。No.1、No.2が退場したら、No.3がトップに躍り出ます。閣下に自覚がなくとも、現役大将の中で実績・人望が抜きん出ているのは明らかです。全軍が納得しますよ。」

 アンドラーダが励ます。周りの者には多少、的を外しているようにも思えたが。

「私には、艦隊指揮が性に合っているのだが…」

 こうして、弱気のシャンチーを主演に、舞台準備は整えられたのであった。



A.F.682/10/10 15:58

 一世一代の演技を終えたシャンチーが、控え室に帰ってきた。

「さて、休んでもいられない。次は全軍へのビジョン放送か。」

 シャンチーは、リーとエフレモフの職権を一時凍結した旨、全軍に対して放送する手筈となっている。憶測による動揺が広がる前に、先手を打って公開してしまう作戦である。

 階級や職位はともかくとして、直近2度の大規模戦闘を指揮し、優勢なイザナ軍を相手に完勝を収めたシャンチーは、全軍で最も人気がある。本来、人気で左右されるべき組織ではないのだが、現実として、彼が語ることに耳を傾けない軍人はいないだろう。放送準備が整い、シャンチーがカメラの前に立つ。

「アテラス國國防軍諸官、小官は第1艦隊司令長官チュン・シャンチー大将です。小官の責任と権限を以って、軍令部総長リドル・リー元帥及び参謀総監ジェミヤン・エフレモフ元帥の職権を、一時的に停止したことをお伝えします。両人には、國防軍機密事項を國外敵性勢力に提供した嫌疑がかけられています。この処置はあくまで、捜査期間における暫定的なものであり、明後日正午を以って解除することを誓約致します。リー元帥、エフレモフ元帥、また小官への面会を求める者は、この後にお伝えする手順に従い、申請を行なって下さい。御二方の安全は保証されています。諸官におかれては、動揺無きよう軽挙無きよう重ねてお願いする次第です。以上」

 全軍でこの放送が送信されなかったのは、軍令部ビル内の2室のみであった。その1つの主、リー元帥はソファに座り、ローテーブルにコーヒーを置いている。彼はどうにかして外部と連絡をとろうと思案していた。部屋の入り口には2名の武装兵が立っている。武装兵排除の方法を考えていると、悩む必要もなかったことが明らかとなる。武装兵の1人が部屋に入り、リーに声をかける。

「リー元帥閣下、副官サトル・ハラ中佐が面会をご希望です。」

 リーは驚く。拘束していながら面会を許可するとは想定外であった。

「どうせ、盗聴しているのだろう、映像もか。何を期待しているのか知らんが、お前らが望むことなど何も喋らんぞ。」

 武装兵は何も答えないまま、敬礼して部屋を出る。

 ハラ中佐が部屋に入ってくる。リーの姿を見て安心したようだ。

「閣下!ご無事で何よりです。」

「おぉ、ハラ中佐。まあ、座ってくれ。」

 ハラ中佐を正面のソファに座らせる。

「どうだ、外の様子は。どうせ盗聴されているだろうが、様子を教えてくれ。」

「はい、シャンチー大将は全軍に対して、閣下とエフレモフ元帥閣下の職権停止を宣言しました。ただ、明後日正午までの時限措置であると明言しております。」

「時限措置、どうせ方便であろう。それよりも、明後日正午…何の意味が。」

 彼には、アズリアへの回答期限と揃えている意図が判らない。シャンチーは受諾回答をした上で、イザナとの戦闘を継続すると言っていたが…

「シャンチーが今何をしているか、知っているか。」

「國防省に向かっているはずです。シャンチー大将は期日までの自分の行動予定・所在を全て公表しました。徹底的に公表することで、呼応者を集合させ暗殺や捕縛を防ぐ意図かと。申し上げにくいのですが、各部隊は次々にシャンチー大将への支持を表明しております。ある意味では狡猾です。」

 リーは歯噛みする。彼は、シャンチーの艦隊指揮や作戦遂行の能力を高く評価していたが、政治的活動などには無縁であると考えていた。従って、彼が自分の立場を脅かす存在になる可能性は、考慮したことがなかったのである。

(國防大臣と会って何を話す。現在の状況は当然として、アズリアへの返答についてか…)

 武装兵が部屋をノックし、面会時間の終了を告げる。リーは少しぐらい融通するよう抗議しながら、ローテーブルの影で右足の靴を脱ぎ、テーブルの下を通してハラの方に押しやる。ハラはそれに気付き、自分の靴を脱いでリーの方へ押しやる。この位置だったら、ソファ、ローテーブル、2人の体の死角になり、どこにカメラがあっても見えないはずだ。靴を交換したハラは何食わぬ顔で敬礼をして部屋を出て行った。

(よし、これで外部と連絡が取れる。しかし…キツイな、この靴は。)


 一方のエフレモフ元帥は、拘束された時に感じた違和感について考えていた。本星や軍令部に伺いも立てず停戦に踏み切ったシャンチーが、イザナとの更なる戦いを企図するのかが、まず第一の疑問だ。

(シャンチー大将は、『政府に()、承諾の回答をしてもらう。』と言った。『にも』とはどういうことだ、誰かが承諾済みと言うことか…『彼ら(・・)には、黙っていてもらう。』彼らとは誰だ、そういえば、『奴等(・・)を叩き潰す。』と言ったな。なぜ、イザナとアズリアの名を伏せる…そもそも、あの時点でなぜ我々に、今後の方針を暴露する必要がある…私たちは泳がされているのか。

 彼は面会を求められても、面会者を部屋に入れず、ドア越しに自分の安全を伝えるのみに留めた。



A.F.682/10/10 21:02

 ミコトは臨時総司令部となっている軍令部の一室に、自分の情報端末類を持ち込み、サイバー空間戦闘の最中にあった。戦闘の副産物として、主戦派と和平派の別なくアマノイで活動する政治団体に、アズリア企業を源泉とする資金の流れがあることを突き止めた。しかし、今となっては気にするほどの収穫でもない。

 ミコトが声を上げる。

「よし、来た!『アテラスは和平条件を受諾するも、イザナへの戦闘を継続の見込み。アズリアとの戦闘開始の可能性あり。』完璧にかかりました。」

 シャープは、警備に立っているココ大尉とクアン少佐にヘッドホン越しに尋ねる。

「元帥閣下のご様子はどうだ。」

「特にお変わりはありません。ようやく面会がひと段落付きました。これまでの面会は全てドア越しで、内容も特に不審な点はありません。」

 この返答は、エフレモフ元帥の部屋前に控えるココ大尉からである。

「面会はまだ3名です。シャワーを浴びていらっしゃったようで、ガウンにお着替えになっています。」

 こちらは、リー元帥の部屋前、クアン少佐だ。

 シャープはヘッドホンを外す。

「どうやら、決まりだな。エフレモフ元帥は賢明だ。リー元帥の最初の面会者は副官だったな。」

「はい、サトル・ハラ中佐です。なんでも、歩き方がおかしくなって出て来たとか。」

「腹心は副官で、切り札は靴に隠した通信デバイスか。元帥閣下に似つかわしくない安直さだな。」

 ミコトはリーに同情を禁じえない、画面に視線を置いたまま苦笑いをする。

「現場で、戦場で、武勲を立ててこられたお方ですから、こうした真似が本職の我々と比較するのは、申し訳ないです。」

「うむ、元帥も國を思えばこその行動だったのかもしれんが、アズリアの思うまま戦い続けるなど、ごめんだ。」

 ミコトは上司を驚きを持って見た。このような感情を表す人だったのか、今まで知らなかった一面だ。

 シャンチーとアンドラーダが國防省から帰ってきた。

「ご無事なお帰り、何よりです。ライ閣下のご様子はいかがでしたか。」

 シャープがシャンチーに尋ねる。シャンチーとアンドラーダは自分で入れたコーヒーをすする。

「蒼くなっていらしたよ。クーデターに遭ったという認識なのだろうな。無理からぬことだが。」

 シャンチーは國防省で交わされた会話を掻い摘んで話す。要点としては、非常措置の必要性は理解したが、時限を厳守すること。和平条件への回答その他、政府の決定に従うこと。軍内統制を強化し、間違っても武力衝突などの発生がないようにすること。などの政府要求を、裏返りそうな声で聞かされた、ということだった。

 シャープは、アズリア内通者がリー元帥であったと告げる。エフレモフ元帥については、現時点でアズリアと接触はしていない旨が報告された。

「リー元帥がか…あれほどのお立場で私利私欲の行動とも思えないが、看過する訳にもいかんな。リー元帥については拘束を継続させて頂こう。副官のハラ中佐とやらの逮捕準備もしておいてくれ。エフレモフ元帥はどうしたものかな。この場合、片方が黒だから、逆は白とも言えないが…お話ししてみるか。」


 シャンチーが面会に訪れると、エフレモフは初めて部屋のドアを開けた。シャンチーが敬礼する。

「ご不便をおかけしていることを、お詫び申し上げます。」

 部屋に通され、ソファに2人が座る。

 シャンチーは直球を投げる。

「リー元帥がアズリアと内通していることが、判明いたしました。」

 エフレモフは真っ直ぐにシャンチーを見据え、微動だにしない。

「そうか、総長閣下がな。私欲のために國を売るようなお方ではない、國を思ってのことなのだろうが…」

「閣下はどうお考えですか。アズリアが仲介する和平に、我が國の未来があるとお思いですか。」

「平和になることは良いことだ。だが、その平和も遠くない将来、破れるだろうな。だからと言って、イザナを追い詰めることに意味があるとも思えん。そして、貴官らの真意もそこにあるのではないと考えている。貴官は嘘がつけない男だ、あの時の発言の意味が分かった。…イザナと和解し、アズリアと戦う気か。」

 シャンチーもまた、真っ直ぐにエフレモフを見据える。

「はい。本当の敵はイザナではありません。戦うべきはアズリアです。」

「理解はできる。だが、アズリアはイザナとは比べものにならない強大さだ。宇宙艦艇だけでも我が方の4倍は下らない。戦って勝てない相手とは戦うべきではない。」

「小官も、長年そう考えておりました。ですが、勝てないとも言い切れないと考えるようになりました。今戦役において、我が軍はイザナ軍を圧倒できています。これはひとえに情報の勝利です。その情報をもたらすミコト・カイ、情報を駆使し作戦を練るマコト・カイ。彼らは本物です。」

「知っている。分析をすればするほど、彼らの活躍が強調される。だが、個人のレベルでどうこう出来る相手ではない。」

 シャンチーは呼吸を置いてから、

「既に個人のレベルを脱し、軍中枢を動かしていることは、閣下がよくお判りになられているではありませんか。」

 エフレモフが自嘲気味に答える。

「確かにな、軍トップの2名を拘禁しているのだ。個人のレベルではないな。」

 2分ほど沈黙があった後、エフレモフはシャンチー、ひいてはマコトの方針に同意することを告げた。



A.F.682/10/11 06:00

 アテラス國國防軍全軍に向けて、再度、ビジョン放送が配信された。最初にシャンチー大将が、軍令部総長リドル・リー元帥の逮捕、参謀総監ジェミヤン・エフレモフ元帥の解放と職権の回復を宣言した。続いて、エフレモフ元帥が画面に登場する。

 エフレモフは、今回のシャンチー一派の行動は不法行為に当たるが、緊急避難的やむを得ない行動であった、と理解を示した。その上で、リー元帥の職責は自身が代行することを宣言した。更に、各将兵は定常任務に戻り、以後任務に如何なる支障も出さないよう、厳命された。

 最後に、サトル・ハラ中佐が登場し、彼と彼の上司が敵性勢力に機密情報の提供を行っていたことを自供した。放送はリーの部屋でも視聴された。放送を見たリーはソファに座ったまま、全く動かずモニタを睨みつけていた。

 この軍内での会見の直後、政府は軍組織高級士官の人事に変更があったことを発表し、軍の対応を追認した。後に、発生日に因み1010(ひとまるひとまる)事件と呼称される一連の騒動は、わずか半日で軍制服組トップの逮捕という結果を以って、収束した。


 復権したエフレモフ元帥は國防大臣クアンユー・ライに面会を求める。昨日、彼を拘束したシャンチー、アンドラーダ、マコトも随行している。

「おぉ、エフレモフ元帥。ご無事で何よりです。軍令部総長の逮捕という前代未聞の事件でありながら、軍で大きな混乱が生じなかったこと、感服致しました。」

 ライは心痛になっていた軍内の騒動が、思いの外、早期の解決をみてホクホク顔だ。エフレモフらは黙って礼をする。

「それで、面会の目的は何ですかな。エフレモフ元帥を軍令部総長に指名する、と言うことですかな。」

「いえ、将来的にはともかく。しばらくは現職のまま、職責を全うしたいと考えております。お伺いしたのは、アズリアから提示された和平条件についてです。」

 この後、ライは3時間に渡り、軍が持つ作戦案の説明を受けた。そして、政略・戦略両面における方針の大転換について、説得されたのであった。



A.F.682/10/12 12:00

 アズリア連邦のアテラス駐在大使クレマンス・ド・シュヴァリエは、アテラス國外務大臣ユートン・キョウの訪問を受けていた。クレマンスは代々外務官僚の名家シュヴァリエ家に生まれ、長じては、当然のように外務省に入省しキャリアを重ねてきた。その外交姿勢は、アズリアの國力を背景とした高圧的なものであり、相手國からアズリアに有利な権益や条件を絞り出させる手法は、本國では『利益召喚者(ベネフィットメイカー)』と称賛されるのと同時に、相手國からは『悪魔的守銭奴』と苦々しく蔑称されていた。

 彼女は、良く整えられた赤く塗られた爪を、手の平に喰い込ませていた。

「貴國はアズリア連邦の和平仲介を断るのですね。」

 対するキョウは、名家とはほど遠い家の生まれだ。彼は大学に進むにあたり、幼い弟妹を抱える実家の負担を極力低減させようと、必死に働きながら学問に勤んだ。彼には特筆すべき能力があった。文書や風景など見た物をそのまま記憶できる、フォトアイである。幼い頃から高価な書籍データなどを記憶し再構築して、自分の学習に役立てていた故に、身についた能力である。

 キョウは堂々と、アズリアの手を払い退けた。

「左様です。貴國が提示された条件は、弊國にとって毒、イザナ共和國にとっては猛毒です。戦端を安易に開き、窮すれば他國の干渉で利益が転がり込む。こんなことでは、新たな戦の火種になる事は必定です。」

 シュヴァリエは、益々手を握りしめる。

「どう言い繕うと、和平の仲介を拒絶した貴國には、それ相応の責任が生じます。その事をよく考えた方が宜しいかと存じますが。」

 アズリアとシュヴァリエの常套手段である。相手國が狙い通りに動かなければ、圧倒的な武力をちらつかせる。だが、キョウは動じたりはしない。

「弊國は平和の招来を拒んだりはしません。ですが、弊國主権を侵す企てに、唯々諾々と従うような気骨無しと見られるのも(はなは)だ不本意です。」

 シュヴァリエは手を握りしめ、口を震わせながら退室を促す。キョウは一礼し、振り返って部屋を出ていく。シュヴァリエは閉まるドアを睨みつけ唸る。

「おのれぇ、アテラスごとき、身の程知らずが。」

 だが、彼女が大使で居られる時間はそう長くないだろう。彼女はキョウに宣言を受けるまで、アテラスは提案の条件を受諾すると考え、そう本國に報告していた。この事は彼女のキャリアにとって大きな汚点となる。

「本星に通信を送れ。『アテラス、拒絶』だ。」

 彼女の拳はいつまでも解かれることがない。黒い負の思考が、いつまでも頭の中で旋回を続ける。

(それにしても、リーは何をやっている!アズリアに有利な方向に政府方針を誘導する、それが不可能でも情報を提供する。どちらも満足にできないとは、役立たずめ!今の高位に着くまで、どれだけ協力してやったと思っているのだ!)



A.F.682/10/12 12:10

 ここは惑星アズリア、連邦軍統帥本部ビルの最上階である。このビルは半年前に竣工したばかりだ。建国時より、王宮より高い建造物は不文律により建設が控えられていたが、明文化されていないことをいいことに、ビルの主は建設を強行した。

 そのビルの主、統帥本部本部長オレール・ド・ローラン元帥は副官マルタン・ルフェーブル大佐の報告を受けて、怒りを露わにした。

「拒否しただと!辺境の田舎者どもが身の程知らずな!」

 ルフェーブルは上官の怒りが落ち着くのを待つ。彼は、ローランが怒りに行動まで支配されるような、可愛げのある男でない事を知っている。わずかに1分ほどで怒りを制御下に収め、計算高い本性が優勢になる。

「ふん、自ら死刑執行書にサインしおったと言う事だな。エトワール艦隊の出立はいつになるか。」

「11/07前後との報告です。」

「10月末までに準備を整えるように伝えろ。」

 ルフェーブルは反論が無駄な事も知っている。ローランには、常人では到底真似できない計算能力を持っている。最大限努力すれば10月末出立が可能である事を、瞬時に計算した。だからこそ、そう言っているのだ。

「小娘には伝わっているのか。」

 瞬間で次の思考に遷移する。これに付いていけなければ、彼の副官は務まらない。『小娘』とは当然、彼らの君主である。

「国務大臣ド・ゲラン閣下が陛下の執務室へ急いでおりました。お伝えしていると思います。」

「ちっ、気の効かん男だ。まあ、いい。小娘が知ったところで、何もできん。」

 敬意のかけらも無い言い草はいつものことだ。彼以外の者が発したら、不敬罪で即有罪であろう。

 ルフェーブルに矢継ぎ早に指示を出し、退室させる。無駄な時間を一切作らないのは、それが信条だからではない。そうでなければ耐えられないのだ。


 アズリア連邦は5つの可住惑星を傘下に持つ。可住惑星の名はアズリア、キャスナ、メッキュロ、ルーペ、ボルバスである。

 それぞれの惑星國家には駐留艦隊が存在し、ソレイユ、ルナ、コメート、サテリット、エトワールの名を与えられている。これらの艦隊は、建造、整備保守、補給の責任が各惑星國家に負わされていながら、運用権はアズリア連邦軍が持つ。この構造が、他4惑星國家を従属させるアズリア王國の、力の源泉であることは疑う余地がない。歴代の王が、王國と王権を盤石にせんと育て上げたこの構造が、野心家に継承され、王の子孫から実権を奪い取っているのである。


 ローランは、王宮にいる君主を見下ろす。そして、王宮へ手を伸ばし(くう)を握りしめる。

(アテラスを葬り去り、イザナを併合し、かつての栄光を取り戻す。それを為し得た時、自分こそが!)




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