第十一章 平和会館事件
A.F.682/10/04
第12駆逐戦隊はツクヨミ近傍の宙域にあって、周辺の掃宙作業を行っている。一度、戦闘を行うとその宙域には大小様々、膨大な量のデブリが発生する。これらを放置する訳にはいかない。後に航行する船舶の安全を護るため、後片付けが必要になるのである。
フソー星系には一応の小康が訪れているが、日常が戻るには、まだ数ヶ月の時間が必要だろう。第12駆逐戦隊の各艦は、レーダーに映る無数の光点を追って奔走していた。
ムツキたちアテラス艦のすぐ隣で、イザナの駆逐艦も作業に当たっている。当宙域から転出するまでの期間、掃宙作業の応援を申し出たのであった。
奔走中の旗艦ムツキの艦橋で、司令官スニール・ラジ少将は腕を組んで作業を見守っている。傍に控えるのは、参謀長のトン・タイン准将だ。
「今回は、どうにも好きになれない任務だったな、参謀長。」
「そうですね。いくら戦闘艦とは言え、無抵抗の艦を痛めつけるのは、気持ちが萎えます。ですが、4隻分の搭乗兵は救えたのですし、これで良しとしなければ…」
「まあな、それはそうなんだが。しかし、我々もイザナも何をやっているのだろうな。自分たちで散らかして、自分たちで回収・掃除して。」
ラジは両手の手のひらを上にして、肩をすくめて見せた。
「おっしゃる通りですね、なんともバカバカしい。『だったらやるな。』と自分に言ってやりたくなります。」
タインも同じポーズをとる。2人は顔を見合わせて、苦笑いする。
その時、周辺捜索に出ていた艦上偵察機ムツキ1から、漂流中の救命ポッド発見の報が入る。
「よし、直ちに発見宙域に急行!搭載酸素が限界に近いはずだ、急げ!」
すぐにラジが指示を出し、艦橋がにわかに慌ただしくなる。ラジは部下に指示を出しながら、将来についてタインに語る。
「こういう仕事だったらやる気にもなるんだがね。平和になったら救難救助艇の艇長なんてのもいいな。」
「いいですね。私も司令の船に乗せてください。」
すると更に、4艇のシャトルを発見したとの報告がミナヅキから入る。発見した艇の数が多いので応援を求めている。
「ムツキはポッドの回収に向かう。そっちには、そこのイザナ艦に行ってもらおう。発光信号を送ってくれ。」
通信士官が信号の文面を持って艦橋を降りていく。
信号を受諾した旨、返信が送られてきた。すぐに回頭して、出力を上げ始めた。ラジは去りゆくイザナ艦を見つめて呟く。
「きっと付き合ったらいい奴らなんだろうな。仲良く出来りゃいいのに。」
あの船でも同じことを考えていてくれれば、とラジは願う。ムツキとイザナ艦は、別々の方向に走り出した。
ツクヨミにイザナ駆逐艦セドナが近づく。港湾施設側からの誘導ビーコンと艦艇側の進路ビーコンがシンクロし、ゆっくりと開口部に進んでいく。比較すること自体が滑稽だが、先日の強襲降陸艦アンツィオ3、サレルノ1の来訪と異なり、誘導に従った静かな入港風景だ。
イザナ陸戦隊の決死の突入により、ツクヨミの港湾施設は凄惨な戦場となった。施設も大きな被害を受け、半分程のエリアは今も封鎖中である。
セドナは、被害が比較的小さかった第4埠頭に誘導される。緩やかに接岸し、セドナは平和理にツクヨミに到着した、初のイザナ軍艦艇となった。
埠頭に舷側からタラップが伸びてくる。出迎えるのは、ツクヨミ基地航宙隊司令ズージェン・ジャオ中将と臨時本星防衛司令部次席参謀マコト・カイ中佐、及びイザナ圏内軍攻略部隊副将のウェイド・ハドソン准将であった。
駆逐艦イザナから1人の中将肩章を付けた女性が降りてくる。わりと小柄で軍人らしからぬ細身の身体、だが、その眼光で只者でないことがわかる。彼女はグレース・クロフォード、今回フソー星域に侵入した第41任務艦隊の参謀長であり、イザナ軍内で最も高位の女性だ。
埠頭に降り立ったクロフォードに対し、3名は同時に敬礼し、クロフォードも答礼する。ハドソンはクロフォードの前に進み、突入部隊の現状を報告する。
「第41任務艦隊ツクヨミ方面隊総員311名は、アテラス國國防軍のご厚意により、基地内居住エリアにて待機中です。」
ハドソンは自分の脚を軽く叩き、続けた。
「傷の手当てもして頂きましたし、食事も温かい物を頂きました。あと、酒もね。一人一杯だったのは、残念だったが。…献杯が出来ましたよ。」
通常、他國軍人しかも実質的には捕虜とも言える者に、酒を振舞うことなどありえない。厚意によるものにせよ、トラブルの原因になる可能性が高いためだ。だが、司令長官シャンチー大将は、イザナ軍の風習を知っていた。反対意見を押し切り、彼の責任において用意させたのであった。
クロフォードはうなずき、ジャオ中将に頭を下げて感謝を伝える。
「イザナ軍将兵を代表して、ご厚意に感謝申し上げます。更なるお願いで申し訳ありませんが、この基地内で生命を落とした両軍将兵を、弔わせては頂けないでしょうか。」
クロフォードのこの申し出に、ジャオは返答を言い淀む。この小人は時間を気にしているのだ。マコトがすかさず、快諾の返答をした。
「是非、そうして頂けますようお願い致します。閣下の弔いにアテラス軍責任者チュン・シャンチーも感謝することでしょう。」
マコトは抜け目なく、シャンチーの名前を出してジャオの口を封じた。
4人は連れ立ち、イザナ軍の仮遺体安置所となったアンツィオ3とアテラス軍の遺体安置室に赴き、死者の冥福を祈り、会談の場へと向かった。
会談場所となった応接室には、司令長官シャンチー大将と参謀長アンドラーダ中将が控えていた。それぞれに名乗り、着席する。ジャオとマコトが退室しようとすると、シャンチーがマコトに、部屋に残るよう声をかけた。若干、不満そうなジャオが退室し、会談が始まった。マコトはアンドラーダの斜め後ろに起立したまま、話を聞く。
最初にクロフォードが謝意を表明する。
「シャンチー大将閣下、ここにいるハドソンから聞きました。我が軍将兵へのご厚意、感謝の念に絶えません。」
「いや、此方こそ我が軍の戦死者まで弔って頂き、感謝しております。」
さしあたって、ここまでは淀みなく進む挨拶の範疇である。
クロフォードが本題について切り出した。
「貴軍と我がイザナ軍とは、停戦、に合意しましたが、小官及び司令長官クラフトマンは事の状況をわきまえているつもりです。」
シャンチーはクロフォードをじっと見つめている。クロフォードは続ける。
「我が軍将兵のイザナ本國帰還を、ご承諾頂きたい。この条件は絶対です。貴軍がこれを受け入れられないのであれば、まこと不本意ではありますが、再び戦場で相まみえる以外にありません。」
シャンチーはクロフォードを見つめている。だが、承諾とも拒絶とも答えない。ただ、続きを促したのみである。クロフォードは意外に感じた。アテラス軍は、この条件については承諾してくれるものと踏んでいたからだ。明らかな降伏を停戦と言い換えてくれたアテラスなら、と。
クロフォードは続ける。
「次に我が軍艦艇については、自沈の権利を認めて頂きたい。」
「自沈…」
シャンチーは一言だけ発した。
「都合の良い話であることは、十分に承知しております。ですが、曲げてお願いしたく存じます。艦を接収されることは、武人として、どうしても耐え難く。閣下のお情けにすがるより他、ございませんが、なにとぞ。」
アンドラーダが口を開きかけるのを手で制して、シャンチーが短く答える。
「自沈は、許可できません。」
回答を受けたクロフォードはうつむく。だが、予想の範囲内だったのか、驚いている様子はない。実はこの条件、クラフトマンは提示していなかった。彼は、将兵の帰還をアテラスが認めるならば、残存艦艇は接収されるもやむ無し、と考えていた。クロフォードが独断で、クラフトマンの名誉を護ろうと、条件に追加したのだった。だが、その意図は脆くも崩れ去った。クロフォードは自分に言い聞かせる。
(えむを得ない、イザナは完敗したのだ。将兵の生命を助けてくれたことで充分ではないか。感謝しよう。)
「承知、致しました。では、イザナから輸送船を召喚します。到着次第、艦を引き渡します。」
シャンチーはそれにも同意しない。黙っていたハドソンが激昂し、口を開く。
「貴軍はどういうつもりなのだ!結局は我らを虜囚にするつもりなのか!」
クロフォードがハドソンを制する。彼女は既に諦めていた。
(負けた我が軍を捕虜にするのは当たり前のこと。アテラスが狭量なのではない、『停戦』と言ってくれたアテラスの厚意に、更に厚意を重ねさせようとする、我らの方が浅ましいのだ。)
失意のクロフォードが受諾の意を伝えようとすると、シャンチーが重々しく言葉を発した。
「貴軍艦艇には、イザナへ帰國して頂く。最終的には、ですが。」
クロフォードは、何を言われたのか理解ができなかった。呆然としたままで問い返す。
「艦をイザナに帰らせても構わない、とおっしゃるのですか。」
「左様です。」
クロフォードには、この状況で戦闘艦を帰國させることは、あり得ない選択に思えた。通常は接収して自軍に組み入れる、損傷艦などでそれが難しい場合でも、処分するのが当然だ。帰國させれば、その砲口が再度アテラスに向くのである。シャンチーは、いや、アテラスは一体何を考えているのか。彼女には、その意図を読み取ることができない。
「それでは、将兵の帰國も認めて頂けるのですね。」
問うたのは、クロフォードではなくハドソンであった。
シャンチーは、ゆっくりとかぶりを振って答える。
「貴軍諸官には、今しばらくは、かの地に留まって頂きたいのです。」
クロフォードとハドソンは顔を見合わせた。彼らは完全に、理解不能の領域に入り込んでしまった。
シャンチーはマコトを指し、混乱しているイザナの勇将たちに紹介する。
「そこにいる者は、我が軍内でもひときわ異質の責務を負った者です。この者に説明をさせましょう。カイ中佐、よろしく頼む。」
「はっ」
短く返事をして、マコトが話を始める。
アテラス、イザナ両軍は停戦に際し、合意済みの2項に加え、下記の4項を付随させた。
・両軍の艦艇は一般公宙域において、その航行を妨げられない権利を有す。
・アテラス軍ツクヨミ基地に到達せりイザナ軍将兵は、直ちに当基地より退去する。
・惑星クラミツハ衛星マガツヒに到達せり両軍将兵は、現時点での確保領域を維持し、拡大を行わない。
・衛星マガツヒに関する懸案は、以後の平和的協議によって解決せらるるものとする。
これらの停戦条項が協議された時点において、戦況は圧倒的にアテラス優勢であった。一般的に信じ難いほど、アテラスが譲歩したこの合意について、当の本人たち、特にイザナ軍将兵は首を傾げた。だが、生命の危険が払拭される合意を、歓迎しない理由などなく、歓喜を持って受け入れたのである。逆に、アテラス軍将兵には『流した血に見合う成果ではない』と、憤懣を表す者もいるにはいた。が、しかし、能力と実績において比類ない、司令官シャンチーと参謀長アンドラーダが決定したことである。2人への絶対的信頼により、大きな声にはなり得なかった。仮定の話ではあるが、例えばこの合意が政府主導のものであったならば、こうはいかなかったかもしれない。
また本件はあくまで、戦略上要請からの軍事的取り決めであり、かつ暫定処置であることが強調された。そして奇妙なことに、一般市民への公表は見送られたのであった。軍及び政府の公式発表は『ツクヨミ基地及びマガツヒ基地にイザナ艦隊が襲来。ツクヨミ方面は敵勢力の排除に成功、マガツヒ方面は現在も戦闘継続中。』と、極めて淡白なものであった。
クロフォードとハドソン、陸戦隊の311名、それに、戦い、生命を散らした戦士たちの亡骸がツクヨミから去っていく。その姿を港湾管制室から見送っているアンドラーダが、傍に立つマコトに呟く。
「どうだ、これでイザナは変わると思うか。」
「そう簡単にはいかないと思います。おそらく大きな騒動が発生するでしょう。ですが、クロフォード中将ひいてはクラフトマン大将にこの話が出来たことは、後々大きな意味を持つと信じています。」
「そうだな。さてと、まだまだ忙しそうだ。」
そう言って、アンドラーダは振り返り、部屋を出て行った。マコトは暫くそのまま、去りゆく艦影を見つめていた。
A.F.682/10/06
ミコト・カイは惑星アテラスの首都アマノイのメインストリートにいた。今が戦争中だとは思えない賑やかさだ。車輌の侵入は規制され、多くの歩行者たちが出店をひやかしている。ミコトもお気に入りの珍珠奶茶を買った。それを飲みながら歩いていると、奇妙な集団に出くわす。
彼らは真っ青なロングコートに真っ赤なマフラーを巻き、『イザナを倒せ!』などイザナ敵視の文面が書かれたプラカードを持って行進している。20名ほどだろうか、いかにもガラの悪そうな連中と顔色の悪い者たちが半々で、ダラダラと通りを歩いて行く。プラカードに書かれた過激な標語に反して、主義主張があるとも思えない雰囲気だ。ガラの悪そうな連中は大声で私語を、不健康そうな連中はうつろな目で何かを唱えているが、全く聞こえない。
(やはり、この國は戦争中だったか…)
のどかな気持ちだったミコトは、すっかり嫌な気分になってしまった。
すると、別の通りから他のデモ隊で進んで来た、人数は同じくらいだ。こちらは和平主義者グループのようだ、『共存こそ未来』『イザナと手を取り合おう』などと書かれたカードを持って行進している。このまま進むと、主戦派団体と鉢合わせになる。
ミコトは気付く。彼らの中に、妙に目が据わった者がいること、そして、一見バラバラに歩いているようだが、周囲に注意を払い、何かを警戒していることに。和平派は主戦派集団に気付いたようだ、交差点手前で停止した。
ミコトは彼らの行動を、衝突を避けるためにタイミングをずらしたのだと考えた。だが、彼らは意外な行動に出る。交差点に到達した主戦派を一斉に取り囲み、殴りかかったのである。和平派が主戦派に襲いかかるという状況に、ミコトは唖然とする。さすがに総勢40名の乱闘の仲裁に入るわけにもいかない。だが、乱闘というよりも、主戦派が一方的に暴行を受けているようだ。あっという間に、主戦派はみな、路上に転がっているかうずくまっているかの、どちらかになってしまった。その内、サイレンの音が聞こえて来て、和平派が引き波のように、走って去っていった。
ミコトはその場を離れる。彼はサイレンの音が苦手だ。あの日のことを思い出させるから、かもしれない。
(嫌なものを見てしまった。それにしても、和平派が主戦派を襲うなんて…どちらもおかしな雰囲気だったが、どういうことなんだ。)
ミコトは考えを巡らせながら、通りを歩く。
目的地の平和会館前にはナオミ・ヴァルバドスが立っている。ナオミはミコトに気付き、手を上げようとして躊躇する。ミコトの顔が、いつに無く険しかったからだ。俯き気味に考え込みながら歩いていたミコトが、あと2、3歩のところまで来てようやくナオミに気付く。
「どうしたんですか、カイ中尉。」
「えっ、あ、あぁ、こんにちは、ヴァルバドス中尉。ちょっと考え事をしていて。」
「そうですか、じゃあ、後で考えていたことを聞かせて下さい。とりあえず、講演が始まってしまいます、急ぎましょう。」
「あぁ、あ、う、うん」
2人は会館の中に小走りに入っていく、そして大ホール内の席を確保した。今日、2人が訪れたのはティアナ・サーンの講演会である。テーマは『現代の國際関係と平和への道のり』、このひと月の間、ティアナは精力的に活動し、類似のテーマの講演会を数多く開催している。
壇上に上がったティアナは、講演の冒頭に自らの出自を明らかにした。
「本日はお集まり頂き、ありがとうございます。最初に自己紹介をさせて下さい。名前はティアナ・サーン、出身はアズリア王國です。そして、ご存知の方もいるかもしれませんが、私はアズリア王家に由来を持つ者です。ですが、アズリア王國の意を汲む訳でも、アズリア擁護の立場に立つ訳でもありません。私の主張はいついかなる時も、私の良心に寄って発せられていることを、ここに誓約致します。皆様におかれましても、この事だけはお忘れなきよう、お願いさせて頂きます。」
ティアナは方針を変えたようだ。これまでは、ネットワークビジョン局の記者と言う肩書きで、ジャーナリストとして発信をしていた。ジャーナリストに中立性は必須だが、そのくびきからは、良きにせよ悪しきにせよ脱してしまった。より自由な立場から意見を発信するに当たり、自分から出自をはっきり宣言する方が有利、と判断したのだろう。
主義主張を一般に知らしめるには、何らかの話題性を持たせる必要がある。これは誰にでもわかる事だ。が、より強烈な、偏見と悪意に満ちた攻撃を覚悟しなければならない。彼女はそのことも充分に理解した上で、方針を変える決断をしたのだ。
ミコトは少しだけ恥じ入っていた。自分は、自分の経歴や過去から解放されたい、とばかり考えていた。だが、ティアナは自分ではどうしようもない出自の特殊性を、正面から受け止めている。また、それだけではなく、最大限に利用しようとしているのである。
「強いひとだな。」
ミコトの呟きに、ナオミはチラッと視線を投げたが、何も言わずに壇上に戻す。
ティアナの講演は、アテラスーイザナ間の争いを、他國目線に立ち、分析したものであった。
当事国のアテラス、イザナを除く多くの國々は『無関心』にカテゴライズされ、自國への直接の影響が小さい、或いは無い状況においては、火中の栗を拾うことはない。と結論付ける。唯一の例外がアズリアで、建前が『批判』であり、本音が『歓迎』であった。
アテラスとイザナは自國の発展を犠牲に戦い続け、アズリアの一部特権階級や資本家を富ませている。この構造の打破が為し得ない内は、恒久的平和が訪れ得ないことを、様々な経済指標や理性的予測を駆使して、効果的に主張していた。
(だが、弱い…証拠となるものがない。)
ティアナの講演は非常に完成度の高いものであったが、ミコトが感じた通り、証拠と言えるモノに欠けていた。非常に説得力に富むが故に、かえって『よく出来た嘘』と言う印象を、ミコトは持ってしまった。同じように感じた聴衆者も会場には存在し、質疑でこの点が上げられた。ティアナは正直に、確たる証拠は掴めていない旨、回答していたが、まさに画竜点睛を欠く幕切れとなってしまった。
講演が終わり、ミコトとナオミはティアナの控え室を訪れた。部屋をノックする。3秒ほど経ってから返事があった。
「はい。」
ミコトとナオミは顔を見合わせる。いつに無く低いトーンの返事だったからだ。ナオミが名乗る。
「ナオミ・ヴァルバドスとミコト・カイです。」
「あぁ、あ、はい。どうぞ、入って。」
そう言ってドアを開けた。声の調子はいつも通りに戻っている。狭い部屋の中央に、低いテーブルと椅子があり、そこに3人が座る。ティアナが先に口を開いた。
「来てくれてありがとう。どうだった、って聞くまでもないか。」
ナオミが遠慮なく答える。
「最後の質問『証拠はないのか。』に対して、弱い回答でしたね。あれに自信を持って答えられるようにしなければいけません。」
「おっしゃる通り。やっぱり聞くまでもないね。ふー、証拠…」
ミコトは助け舟のつもりで、ティアナの講演を褒める。最後の部分は除いて。
「いや、とても説得力がありましたよ。指標なんかも見事に裏打ちしていたし。なるほど、アズリアが裏で糸を引いているんだなって…」
ティアナはため息をついて、後を引き取る。
「信じそうになった訳ね。でも、証拠はないって聞いてズッコケた、と。」
ミコトはバツの悪そうに答える。
「えぇ、…はい、まぁ、そういうことです。」
ティアナは冷めたコーヒーをひと口飲んでから、頬杖をついて横を向く。
「もちろん、なんとか掴みたいと思っているし、努力もしているのよ。でも、一個人の調査力じゃあ、おのずとねぇ。局の力も借りれなくなってしまったし。」
背筋を伸ばしているナオミが、さも当然のように答える。
「では、軍の調査力を借りましょう。」
背筋を丸めているミコトが、嫌そうに呟く。
「出たよ…」
ジッと見つめているティアナの視線に気付き、ミコトが慌てて弁解する。
「いや、協力はもちろんするんですけど。何をターゲットにしますか。当てもなくハッキングを繰り返すと、やっぱり、…身が危ない。」
「うーん、アズリアの不法行為が明らかになる事例を、何か掴めれば良いのですけど。」
ナオミが腕を組んで考え込む。ティアナは相変わらず、ミコトをジッと見つめている。
(なんだ、僕が何か言うのを期待してるのか。)
「えぇと、あ、そうだ。今日、ここに来る途中にデモの集団に会ったんです、イザナを敵視する主戦派の。で、前からは和平派がやって来て、交差点で鉢合わせたんです。大体、こういうケースで喧嘩っ早いのは主戦派じゃないですか、常識的に考えても。だけど、今日は主戦派が和平派に襲われて、みんなやられてしまったんです。で、来る途中考えていたんですけど、両派とも、誰かに雇われていたのかな、と。なんだか、どちらも主義主張を持っているような感じでもなかったし、和平派はどうも暴力沙汰のプロって感じの手際良さで。」
「それが、いらした時の表情の理由ですか。」
「うん、まぁ、そう。」
ティアナはその話を聞いて、考え込む。3分ほどしてから口を開く。
「あり得るわね。ところで、軍人さんたちに聞くけど、アテラス軍はイザナ軍を相当痛めつけているって噂は、本当なの。」
ミコトは言い淀む。ナオミは明快に答える。
「本当です。痛めつけているという表現には訂正が必要ですが、イザナ軍の超光速航行可能艦で作戦可能な艦艇は半減以下、殆ど無くなっているはずです。軍機ですので、他言しないで下さい。」
ティアナは内容に驚愕する。ミコトは、ナオミが軍機をあっさり喋ってしまったことに驚愕する。
「そんなにも… であれば、アズリアとしては、アテラス、イザナを停戦への方向に誘導したいはず。どちらも雇って、主戦派に属すると痛い目に遭うってことを、知らしめる意図かもしれない。」
「僕もそう考えたんです。ただ、それこそ何の証拠もない訳で。主張するには、相当強い根拠を示してやらないといけないですね。」
「それをミコト君が引き受けてくれる訳だ。」
ティアナは悪戯っぽく笑い、ミコトを指差して言う。
「えぇ、まあ、そうですね。調べてはみます。」
「ありがとーう!やっぱり、仲間は大切ね。アズリアの二枚舌がはっきりすれば、大きな証拠になるし、アテラス、イザナも方針を再検討するでしょ。」
その後も彼ら3人は、アズリア関与の証拠を掴むための相談していた。が、控え室使用時間の刻限が迫ってくる。場所を変えることにして、荷物を整理しているとドアがノックされた。ティアナが対応する。部屋に戻ってきた彼女は、大きな花束を抱えていた。
「見て見て、講演会に花束だなんて、粋な人も居るのね。でも、なんだか重いな、この花束。」
その時、黒い物体が花束から床に落ちる。ゴトリという音が、その重量を示している。ミコトとナオミが音の方を見て、何物か一瞬で判断する。
(グレネード!)
ミコトがティアナを抱きかかえるようにして、そのまま廊下に出て走る。ナオミはティアナから花束をむしり取り、部屋の奥に投げ、自分も廊下を走る。
3人は飛び込むように伏せて、背中から襲ってくる轟音に備えた。が、いつまで待っても轟音は追って来ない…
70分後、封鎖された平和会館の中に、完全防護の爆発物処理班が入った。そして、問題の物体が、起爆装置のない爆発物であることが確認され、処理された。これがティアナに対する警告、或いは恫喝であることは明らかであった。
A.F.682/10/07
テロ攻撃の標的となった3名は、都心のホテルに送致され、そこで一夜を過ごした。
3人はティアナの部屋に集まり、ニュース映像を観ている。ニュースでは事件のあった場所は公表していたが、標的となったティアナのことや、細かい状況などについては伏せられていた。
ミコトは情報端末を操作しながら、ナオミに問う。
「ヴァルバドス中尉はグレネードの写真、見た?」
「見せられました。写真は手製の物でしたね。でも本物は、間違いなく…」
「70式だったね。僕らに対する警告でもあった訳か。」
あれは間違いなく、アテラス軍の70式歩兵用手榴弾であった。アテラス軍の制式品が使われたと言うことは、テロ犯は軍内に人脈を持つ、或いはテロ犯自身が軍内の人間であることを示唆している。軍人2人の前に、これ見よがしに転がしたのだから、その意図は明らかである。
「シャープ課長は何か言ってましたか。」
ミコトが端末から視線を上げて、新たな問いを投げかける。
「『警察が聞くことにだけ答えろ。』とおっしゃってました。あの感じだと、別ルートで既に知っていたと思います。」
「まぁ、情報部隊の責任者だからね。まさか、犯人側ではないよな…」
「それはないと思いますよ。いくら私たちがヒヨコでも、ターゲットの周りをチョロチョロしてたら邪魔でしょう。」
彼ら2人をティアナに接近させたのは、シャープなのである。さすがにテロを画策するとは思えない。
「軍の内部、それもスエツミ課員の行動を知り得るくらい高位にいて、ついでに言うと、警察に証拠品を差し替えさせることができるほどの人物が、手を引いている訳だ。」
「そして、その者はアズリアとの関係が暴かれる事を心良く思っていない訳ですね。」
2人の詮索を他所に、ティアナは自分の腕を抱いて、震えている。
ミコトとナオミはそれに気付いた。
「サーンさん…」
「う、うん、大丈夫。直後は興奮していたのかな、全然怖くなかったんだけど。今になって、だんだん…」
ナオミが寄り添い、肩を抱く。
暫くして多少は落ち着いたのか、ティアナが努めて明るく言葉を発する。
「でも、本当に2人は軍人なのね、あんなことがあったのに、こんなに落ち着いていられるなんて。こんなに可愛い2人が軍人だなんて、実は半信半疑だったんだ。」
「かわっぃぃ?」
「なっ!」
ミコトとナオミは同時に赤面した。




