第十章 フソー星系機動戦(後編)
A.F.682/10/02 04:09
アテラス、イザナ、両軍の放った矢がお互いの喉元に突き刺さろうとしている。
各航宙隊の陣容は次の通りである。
アテラス國國防軍
第1次攻撃隊
第1機動戦隊
・制宙隊 40機(対宙誘導弾X4)
・攻撃隊 32機(対艦推進弾X2)
第3機動戦隊
・制宙隊 32機(対宙誘導弾X4)
・攻撃隊 40機(対艦推進弾X2)
第2次攻撃隊
第1機動戦隊
・制宙隊 32機(対宙誘導弾X4)
第3機動戦隊
・攻撃隊 40機(対艦推進弾X2)
イザナ共和國宇宙軍
第41任務艦隊
・制宙隊 64機(対宙誘導弾X4)
・攻撃隊 64機(対艦推進弾X2)
アテラス第2機動戦隊にイザナの戦爆連合編隊が迫っていた。前方に制宙隊、その後ろに対艦推進弾を装備した攻撃隊が続く。
第2機動戦隊周辺には援護機の40機と、第1、第3機動戦隊からの応援計48機が合流していた。未だ、イザナに発見されていない第1、第3機動戦隊に、多くの援護機は必要ない。シャンチーの判断による航宙機の柔軟運用であった。
アテラス軍の迎撃隊隊長カスン・ジャヤスリヤ大尉は部下を叱咤する
「いいか!俺らの攻撃隊は随分と歓迎されたらしい、今度はこっちの番だ!全機叩き落としてやれ!」
隊内通信に時おり、イザナの通信が混線してくる。
『ちくしょう!なぜ、こんなに敵が多いんだ!宙母は2隻じゃなかったのか!』
イザナの搭乗員たちは迎撃機の数を見て混乱している。これほどの迎撃体制は想像していなかったようだ。
ジャヤスリヤは、自らが先頭になって敵編隊へ突入していく。敵味方が入り乱れる乱戦になる。復讐に燃えるアテラス軍機は数の有利もあり、宙戦を有利にすすめている。
後続のイザナ攻撃隊は宙戦域を迂回してアテラス航宙母艦へ接近を図る。
突然、ジャヤスリヤの声が隊内通信を駆け巡る。
「宙戦終了!攻撃隊を墜とせ!」
アテラス機は一斉に戦闘を止め、機首を返してイザナ攻撃機に襲い掛かる。
ジャヤスリヤは血の気が多い演技をして、敵制宙隊との格闘戦に応えた。だが、タイミングを測って攻撃機への突撃に切り替えたのである。
イザナ制宙隊は突然の変化に対応が遅れる。ジャヤスリヤは敵攻撃機に一気に接近しパルスレーザーを放つ。火炎が上がると、すぐにその先の敵機に照準を合わせ、誘導弾を放つ。続けざまに2機を撃墜したジャヤスリヤに、仲間を墜とされ、怒りに燃えるイザナ制宙隊機が襲いかかる。
イザナ軍攻撃隊のジェーン・リベラ大尉は敵迎撃機の攻撃を躱し、航宙母艦に接近する。先ほどまで8機いた中隊が、敵の急襲に遭い一瞬で5機まで減ってしまった。
(敵にもずる賢い奴はいるのね。)
周囲を守る護衛艦が必死の対宙砲火を上げてくる。だが、そのようなことは気にもせず宙母への攻撃コースに機体を載せる。
「借りを返すわよ、宙母にね。いくぞ!ついて来い!」
リベラの中隊は彼女を先頭に、宙母に突進していく。
「これを受け取りなさい。てぇ!」
推進弾を発射し、機首を翻して離脱する。後続も続く。宙母手前で次々に爆発が連続する。彼女を含め3機が投弾に成功するがまだシールドを破れない。4機目は推進弾を放った後、ぐらりと機体を傾け、そのまま宙母に激突した。
旋回をしつつ、リベラは宙母の上げる火炎に敬礼をする。
周囲を確認すると、数に勝るアテラスの迎撃隊はイザナ制宙隊を躱し、攻撃隊を追い散らしている。効果的な集団攻撃が出来た隊は、それほど多くないようだ。
2機のアテラス機が、イザナの攻撃機編隊に襲いかかっている。リベラは敵機右側からパルスレーザーを放ちつつ接近する。先頭の1機がこちらに機首を向け、誘導弾を放つ。
リベラ機はフレアを放出し、右旋回で躱す。だが、動きを読まれていた、見越し射撃のパルスレーザーが機体を貫く。
(被弾!…でも大丈夫、アラームなし!)
リベラ機が離れた隙に、後ろにいたアテラス機が立て続けに誘導弾を放つ。イザナ攻撃隊の3機が餌食となり、コースを外れていく。
リベラは旋回し機体を安定させる。距離が離れてしまった、もう援護には行けない。
更に攻撃を受けている攻撃隊を遠目に見送り、必ず仇をとると誓う。そして宙戦域を離脱していった。
戦場は復讐の炎を動力に、その動きを加速させる。
一方のイザナ艦隊には攻守を入れ替え、アテラスの第1、第3機動戦隊が放った戦爆連合144機が接近している。
アテラス制宙隊は獲物を求め、前に出ていく。イザナの迎撃機は制宙隊を躱し、アテラス攻撃隊に近づこうとするが、制宙隊はそれを阻止しようとイザナ機の前に立ち塞がる。イザナ機の群にアテラス制宙隊が中隊単位で突入していく。
アテラスの攻撃隊は今回の戦いに際し、1つの新戦術を用意していた。これはツクヨミの戦いにおいて、敵艦に突入した攻撃隊の損害が極めて大きかったことを反省し、作戦部と航宙機部隊が共同で研究したものであった。
新戦法の考案者、シンイー・カツ少尉もこの攻撃に参加している。彼はまだ軍歴2年目、周囲からはヒヨッコ呼ばわりされる存在だ。
「よし!訓練通りいくぞ!攻撃機編隊組め!攻撃支援機いけ!」
中隊長の指令を合図に、先頭にいたカツの機体が隊列から離れる。
「よし、遂に出番だ!」
若者らしく、大声で自分を鼓舞する。
スロットルを最大にして速度を上げる。彼の機体は軽い、攻撃隊でありながら推進弾を装備していないからだ。螺旋状の軌道を取り、その軌道を細ばめながら敵宙母に接近していく。
「大丈夫、訓練で何度もやった。同じことだ。」
自分で自分に言い聞かせる。
宙母や護衛の駆逐艦からは、対宙砲が噴き上がってくる。カツの機の動きに合わせるかのように、自動追尾の対宙パルスレーザーが円を描く。
「よし、いいぞ。撃て撃て、俺を狙え!」
大小の砲がカツの機体を狙う。カツは操縦桿を倒し切ったまま、襲ってくる恐怖と戦う。
「大丈夫だ!大丈夫!大丈夫!」
叫んでいないと正気を失いそうだ。螺旋が細くなり速度が上がる。
「IRCM射出!」
味方への合図のフレアが断続的に視界に入る。
「5、4、3、2、1」
螺旋が限界まで細くなり、レーザーが機体に吸い込まれそうになるその瞬間
「離脱!」
一気に螺旋が広がる。カツの機体は、紐を付けて振り回した石のように、勢いをつけて彼方に飛び去る。
対宙レーザーの銃口はカツが飛び去った方向を睨み付ける。その駆動限界まで振られた銃口が、新たな標的を探す一瞬に、前後に超密集陣形を組んだ攻撃機7機が宙母に肉薄し、次々に推進弾を撃ち込む。14機の対艦推進弾が船体の一部に命中していく。
「やった!」
離脱したカツからも、宙母の甲板上で連続する爆発が見えた。
「よくやった。カツ!航宙母艦撃沈確実、お前の戦果だ! だけど、お前、うるせえ、隊内通信が入りっぱなしだ。」
「わぁあ、すいません…」
シンイー・カツ少尉は、部隊の仲間からこの日のことを散々茶化されることとなる。
ともあれ、カツが考案し、実証もした戦術は極めて大きな効果を発揮した。1機の支援機と7機の攻撃機とを組み合わせた編隊が、次々にイザナ艦を破壊していった。
攻撃隊の戦果を待っていた旗艦サンタクララの通信室は、自艦隊からの悲報に溢れていた。
「航宙母艦デートン命中弾多数、艦内にて誘爆発生、復旧の見込み立たず」
「駆逐艦ラレード、ララミー、撃沈」
「航宙母艦ビクトリア命中弾多数、総員退艦発令」
「航宙母艦フリーモント命中弾多数、現在消火作業中」
「軽巡航艦ローリー、タルサ 撃沈」
「航宙母艦マリオン命中弾6、大破」
「駆逐艦ヤキマ、ヨーク、ラボック撃沈」
クラフトマンはスクリーンをじっと見つめている。と、振り返り、茫然自失になっているクロフォードに声をかける。
「参謀長、貴官の言葉通り、航宙機の可能性は無限だな。」
言葉をかけられ、我に返ったクロフォードが呟くように語る。
「これほどとは…誤解を受けるかもしれませんが、素晴らしい、そう思います。」
そこに、彼らの攻撃隊からの報告が入る。
「ソウリュウ級航宙母艦2に対し命中弾多数、大破」
本来なら歓喜する場面だが、受けた損害の大きさがそれを邪魔する。
だが、司令官がまず叫ぶ。
「よぉし!攻撃隊がやってくれたぞ!さぁ、みなで火を消せ!甲板を修復しろ!英雄たちを迎え入れ、第2次攻撃だ!」
ポーズであることはみな解っている。だが、全力で応える。
「おぉぉ!俺たちはまだ、負けてないぞ!アテラス艦を沈めてやる!」
「援護機の補給急げ!グズグズするな!」
表面上活気が戻った艦橋で、クラフトマンがクロフォードに呟く。
「捨てたものではないだろう、我が隊も。」
無論、戦果だけのことではない。クラフトマンもクロフォードも、率いる兵たちを誇りに思う。
だが、戦場は非情である。アテラスの第2次攻撃隊がイザナ艦隊に到達した。
A.F.682/10/02 05:24
シャンチーの下には、自艦隊の被害、攻撃隊の戦果、攻撃隊の被害、艦艇攻撃の状況など様々な情報が入り乱れて入ってくる。
「航宙母艦ウンリュウ、ライリュウ に命中弾 被害甚大」
「敵フリーモント級航宙母艦1隻に命中弾多数 撃沈確実、ベミジ級駆逐艦2隻 撃沈」
「第12駆逐戦隊より入電『我、敵艦隊αと会敵、これより攻撃開始す』」
「航宙母艦ライリュウ、総員退艦発令」
「敵フリーモント級航宙母艦3隻に命中弾 大破以上確実」
「マガツヒ防衛隊より入電『敵の攻勢を排除、航宙隊基地設備 奪還』」
「第1次攻撃隊 未帰還38機 損傷45機」
「第12駆逐戦隊より入電『敵強襲降陸艦7隻を撃沈、我、残エネルギー微小、帰投す』」
「敵サンタクララ級航宙母艦2隻に命中弾多数 大破、軽巡航艦メサ級2隻 撃沈」
「第3機動戦隊より入電『敵偵察機の接敵を受く、通信封鎖解除す』」
「第2次攻撃隊 未帰還12機 損傷20機」
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A.F.682/10/02 06:00
航宙機を用いた機動戦は終盤に差し掛かったかに見える。そんな時、状況を一変させる出来事が起きた。
第12駆逐戦隊の攻撃を生き残った強襲降陸艦3隻が、ツクヨミに強行突入を敢行したのだ。
アテラスはこの動きに気付いてはいた。しかし、ツクヨミ基地航宙隊は兵装変換に手間取り、順次上がった航宙機は五月雨的な攻撃しかできなかった。搭乗員、整備員共に、熟練者がマガツヒに進出し、欠員を新兵で補充したことが仇となってしまった。
突入の直前に1隻の撃沈には成功したものの、残りの2隻はツクヨミの港湾設備に突入し、艦首を埠頭壁に激突させて停止した。
司令室でアンドラーダが叫ぶ。
「陸戦になるぞ!ジャオ中将、迎撃の指揮を!」
しかし、ジャオはアンドラーダの言葉に狼狽し、右往左往するばかりである。
「ええい、私が指揮を取る。保安員は第1種戦闘配置、防衛優先度は基地送電ユニット、司令部、航宙隊基地設備の順だ。動ける者は銃を取れ。」
シャンチーは一言
「頼みます。」
とだけ言って、アンドラーダを送り出す。
アンドラーダはシャンチーに敬礼し、陣頭指揮に向かう。
「カイ中佐」
シャンチーはマコトを呼ぶ。アンドラーダについて行こうか迷っていたマコトは、慌ててシャンチーの前に出る。
「貴官が参謀長だ。我々は全体指揮を継続する。」
「はい。」
マコトは自分がやるべきことを思い出す。
ツクヨミに突入を果たした強襲降陸艦アンツィオ3及びサレルノ1には、兵員1800名が搭乗していた。ツクヨミの守備隊は3000名を数えるので、単純に兵力を比較すれば十分排除可能である。だが、守備隊には対宙砲担当や消火防災担当なども含まれるのに対し、攻撃する側はれっきとした陸上戦闘専門の戦士たちであった。
アンツィオ3とサレルノ1の内部で、イザナ圏内軍第1師団の精鋭が装備を確認している。彼らは牙を研ぎ、艦外に躍り出るタイミングをはかっている。
「閣下はここで指揮を取ってください。」
部下の一人が、突入隊を率いるウェイド・ハドソン准将に進言する。だが彼は、ようやく得た主演舞台を他人に譲る気など毛頭なかった。
「バカなことを言うな。こんな面白い所に来て、艦内に引き籠もってなどいられるか。橋頭堡を確保するぞ、私に続け!」
自らが先陣を切って艦外に走り出ると、パルスレーザーが四方八方から浴びせかけられる。だが、彼らは陸戦のプロ集団だ。コンテナの影に飛び込み、銃撃を返す。グレネードランチャーで銃座を沈黙させ、素早く占領範囲を広げていく。
整備兵と思しき集団が港湾施設の入り口付近に潜み、盛んに銃撃してくる。ハドソンが突撃しようと構えた時、アンツィオ3の舷側が突然吹き飛んだ。そして、煙とガレキが舞う中を装甲車が姿を現す。イザナ兵から大きな歓声が上がる。装甲車は砲塔を旋回させ、入り口付近に砲弾を連射する。勇敢な整備兵たちは一瞬で吹き飛ばされてしまった。
ハドソンは振り返り、満足げな顔の部下たちに向かい、拳をあげる。
「よし、港湾施設は確保したぞ。次は司令室だ!」
「おぉぉ!」
決死のイザナ兵は勇敢であった。今までの鬱憤を晴らすかのように、パルスレーザーの雨の中を果敢に突入し、机や棚を積んだ即席のバリケードを我先に乗り越えていく。鬼気迫る迫力にツクヨミ守備隊は一気に押し込まれ、一時は司令室のドア付近まで戦線は後退した。
だが、アンドラーダは狡猾だ。ツクヨミの三次元図面を見て基地構造を確認する。
図面を指しながら保安部指揮官たちに指示を出す。
「よし、第3中隊はこの部屋からこの廊下に出ろ。そうすれば、敵を分断できる。」
「閣下、壁が、ありますが。」
「そんなもん、ぶち破れ!」
ツクヨミ守備隊はアンドラーダの指揮によって神出鬼没に攻撃を仕掛ける。構造に不案内のイザナ兵を分断し、狭路に追い込み孤立させる。
徐々に形勢は逆転し、イザナ軍が押し込まれていく。
「港湾施設の装甲車は厄介だな。さすがに対装甲車火器の準備はない…ないよな。」
「有りません。」
常識に囚われないアンドラーダに、保安部指揮官も呆れ顔だ。
「だが、これからは必要だ。このような事例が起こり得ることが証明された。」
しばらく図面を見つめていたアンドラーダの脳裏に、あるアイディアが浮かぶ。
「そうだ、あれが使える。」
37分後、基地外壁に取り付けられていた対宙レーザー砲が人力によって外され、10人がかりで引き摺られていった。
A.F.682/10/02 07:48
投降を拒否して抵抗するイザナ兵を、包囲して射殺する映像が保安モニターに映し出される。
(なぜ、こんなことをやっているんだ。)
マコトは気が遠くなりそうなぐらつきを何度も覚えたが、なんとかシャンチーと共に指揮を続けていた。
「情報を総合すると、敵航宙母艦は6隻とも、撃沈或いは大破の状態にあると考えられます。我が方は第1、第3機動戦隊の4隻が無傷ですから、勝負あったというべきです。航宙隊を敵艦隊へ進出させた上で、降伏勧告をすべきかと考えます。」
「そうだな。もう十分すぎるほど血は流したな。」
シャンチーも同意する。
A.F.682/10/02 08:04
艦内で火災を起こしているサンタクララの艦橋にクラフトマンの姿はあった。
彼は満足していた。周囲の者が必死に駆けずり回り、消火復旧に全力を傾けているこの時分に、少し後ろめたい気もしたが、しかし、クラフトマンの気持ちは、満たされていたのである。
「司令長官、軽巡ウィチタに将旗を移す準備ができました。」
クロフォードがクラフトマンに旗艦の変更を具申する。一瞬迷った後、拒否の意を示す。
「私は一度、旗艦を捨てる経験をした。あの経験は一度で十分だ。」
(オースティン中将にまた、叱られてしまうな。)
「しかし…わかりました。」
クロフォードは何かを言おうとしたが躊躇し、彼の言葉に従った。だが、
「火を消せ、サンタクララはまだ生きている!絶対に諦めるな!」
部下を叱咤し、自らも消火作業に加わる。
(まさか、歩く冷静と呼ばれていたクロフォード中将がな…ふっ、捨てたものではないな。)
更に司令官も加わり、全員一丸となって消火に当たる。
1時間ほどの炎との闘いを制して、サンタクララの火災は鎮火した。しかし、機関には大きな損傷があり、自力航行は不可能な状況であった。
残る艦は軽巡航艦ウィチタと駆逐艦8隻、それに自力航行ができない航宙母艦サンタクララのみであった。
「さて、ツクヨミに突入したハドソン准将の隊を救出せねばならん。その後はマガツヒだ。」
司令官の言葉に一同は言葉が出ない。だが、クロフォードは作戦案を提示する。
「現有戦力では、駆逐艦にて突入し、彼らを救い出すほかありませんね。」
「サンタクララを引いていこう。航宙攻撃がサンタクララに集中し、突入するチャンスが生まれるだろう。」
「なるほど。では、そのように。」
司令官と参謀長の作戦会議に、他の者は何も言えなかった。
「敵機来襲!」
艦橋にいる全員が身構える。いよいよ最後か、そう言外の声がこだまする。
その時、通信士官が艦橋に上がってきた。
「クラフトマン司令長官閣下、アテラス軍より通信が入りました。リアルタイムビジョン回線の接続を求めています。」
沈黙の後、クロフォードがクラフトマンに、わかり切っていることを口にする、あるいは周囲の者に聞かせるためか。
「降伏勧告、でしょうね。」
「だろうな。」
「受諾、する意思はありませんよね。回線接続を拒絶しますか。」
一瞬の間の後、クラフトマンは答える。
「いや、繋いでくれ。」
その言を聞き、参謀や艦橋詰めの士官が口々に訴えかける。
「閣下、我々は降伏などしません!閣下と共に!」
彼らをクラフトマンが制する。
「いや、受諾すると言った訳ではない。敵将の顔を見てみたいじゃないか。」
皆が沈黙する。
「あまり、先方を待たせるのも悪い。こちらの画面に繋いでくれ。」
すると突然、クロフォードがガレキや散乱した消火部材などを片付け始めた。
(敵将の前、せめて誇り高く)
それは虚勢ではない。皆がクロフォードの心内に共感し、一斉に片付け始める。
作業は直ぐに終わり、クラフトマンがスクリーンとカメラの前に立つ。クロフォードは一歩下がって斜め後ろに控える。他の者は背後に整列し、背筋を伸ばす。
通信士官が回線を開く。
特に特徴のないグレイヘアの男性が現れた。彼は背後に1名のみ伴っている。
その場にいる全員が、それぞれが属する國の敬礼を行う。直った後、両将が名乗る。
「アテラス國國防軍大将チュン・シャンチーです。」
「イザナ共和國宇宙軍大将ポール・クラフトマンです。お会いでき光栄です。」
シャンチーが口を開く。
「貴殿と貴殿の率いた将兵諸官は十分に戦い、その職責を全うされたと思います。どうでしょう、ここらでよろしいのではないでしょうか。」
「ご配慮、感謝致します。ですが、我らイザナ共和國の軍人は、貴殿のご好意に報いることはできません。」
「ですが、貴殿に残された戦力は限られ、失礼ながら、戦況を好転させる見込みは立たないと考えますが。」
クラフトマンはかぶりを振る。
「シャンチー大将閣下、兵の寡多は問題ではありません。閣下にはおわかり頂けるでしょう。」
シャンチーは暫しの沈黙の後、同意する。
「そうですね。失礼致しました。」
両将は沈黙する。
クラフトマンは交渉を終了させようと、口を開こうとした。だが、シャンチーが先に口を開き、新たな提案をする。
「では、現場判断での停戦と言うのはいかがでしょうか。」
動きはしないが、イザナ側に動揺が走るのが見て取れる。シャンチーが続ける。
「現在、我が軍ツクヨミ基地にて貴軍の陸戦隊が敢闘中です。我が軍は航宙攻撃を中止します。貴軍もツクヨミから兵を引いて頂きたい。」
クラフトマンは答えない。シャンチーが更に続ける。
「貴軍の兵士諸君は精強で、我が軍も些か手を焼いております。いや、些かではない、実を言うと、この司令室も危ない。停戦は我らも望むところなのです。」
クラフトマンはシャンチーの嘘を見抜く。本当にそうなのであれば、それは言えないはずだ。この嘘は、イザナが誇り高いまま剣を置けるよう、これ以上の犠牲を出さぬよう、用意してくれた道である。
戦い死んでいった者、生きて戦い続けている者、彼らに責任を負う自分は、いかに生き、いかに死するべきか…
しばし考えた後、彼は敵将の用意した道を歩くことにした。背筋を伸ばし、重々しく答える。
「よいでしょう。停戦と致しましょう。」
「御英断に感謝いたします。」
こうして、ツクヨミ周辺での戦闘は終結した。
戦闘中止の指令を即時、各々の部隊に伝えることを確認し、具体的な条件については1時間の後、再度リアルタイムビジョン通信によって協議されることが決定された。
通信を切った後、クラフトマンはクロフォードに向かい、指令を出す。
「ツクヨミの陸戦隊に通信を繋いでくれ。それと、マガツヒの攻略部隊にも攻撃を控えるよう、通信を送ってくれ。ごねるようなら、私が直接話す。残存艦隊は周囲にシャトル、救命ポッドが漂流していないか捜索だ。」
「はっ」
クロフォードや参謀たちは、指示に従い俊敏に働き出す。だが、働きながら涙を浮かべている者もいる。
ツクヨミに突入を果たした強襲降陸艦サレルノ1と回線が繋がった。スクリーンに少し傾いた態勢で立つ、ウェイド・ハドソン准将が映る、左太腿に赤く染まった布を巻いている。お互いに姿を認め、敬礼をする。クラフトマンが語りかけた。
「ハドソン准将、よくやってくれた。貴官らを誇りに思う。」
「ありがとうございます。ですが、もう少しお待ち下さい。ツクヨミの司令室から占領のご報告を致しますので。」
クラフトマンは苦笑して続ける。
「アテラス軍シャンチー大将閣下から停戦の申し出があった。私はこれを受け容れることにした。」
「左様ですか。まぁ、我らは圏内軍ですから、好きにさせてもらいますが。」
半笑いの口調でハドソンが返す。
「ハドソン准将…」
2人はスクリーン越しに、無言で向かいあっている。
1分ほど対峙していただろうか、沈黙を破ったのはハドソンの方であった。
「わかりました。閣下のご意向に従いましょう。ですが、我々はマガツヒの仲間のところに行きたいのです。それを先方に伝えて頂けますか。」
クラフトマンは肯く。
「わかった、伝えよう。だが、我々は降伏するのではない。停戦に合意するのだ。停戦後に帰隊するのは当然のこと、貴官らの望みは叶うだろう。」
「承知いたしました。では、部下たちを集合させます。」
2人は敬礼し、通信を切った。
ハドソンはサレルノ1の外に出る。破壊された装甲車やコンテナの陰、あるいは降陸艦だった物に身を隠している部下たちに大声で呼びかける。その声は、周囲を取り囲むアテラス兵の耳にも充分に届いた。
「戦闘終了!発砲を禁ずる!発砲するな!…停戦だ。」
おずおずと部下たちが立ち上がる。
ハドソンは銃を置くよう命じた。1人の若い兵が涙ながらに訴えかける。
「なぜ、銃を捨てるのですか!我々はまだ戦えます!なぜ!」
ハドソンはその兵の肩を叩き、答える。
「捨てろなどとは言っていない。こうして、置けと命令したのだ。」
ホルダーがわりの壁に、銃口を上にして静かに立てかける。そして、続ける、大声で、アテラス兵にも聞こえるように。
「我々は捕虜ではない!戦士だ!戦士に『手を挙げろ』とか言う輩がいたら、そいつをぶん殴って礼儀を教えてやれ!」
「…ははは」
古参の兵士が笑いながら、丁寧に慎重に銃を立てかける。次々に兵士たちは銃を立てかける。そして、ハドソンを先頭に整列した。
ハドソンは大きな声で号令をかける。
「アテラス軍、イザナ軍、両軍の戦士に対し、敬礼!」
イザナの兵士たちは敬礼をし、アテラスの兵士たちは捧げ銃で応えた。
意外にも、マガツヒでの戦闘停止は大きな障害もなく周知、実施された。
臨時本星防衛司令部次席参謀マコト・カイ中佐が通信を求めると、アテラス軍防衛隊隊長ニール・ウォルシュ中佐は携帯糧食をかじりながら通信に出てきた。
「おう、作戦課のエース、どうだ調子は?」
ウォルシュは同僚のように喋っているが、2人に面識がある訳ではない。
「概ね、好調です。ウォルシュ中佐の方は如何ですか。」
「まぁまぁだな。初動で航宙隊基地をやられちまったのは痛かったが、地上戦は宇宙戦と違ってテンポがゆっくりだ。まだまだ始まったばかりだな。」
マコトはウォルシュの調子に、若干困惑しながらも本題に進む。
「始まったばかりで恐縮なんですが、停戦です。」
ウォルシュは動きを止めて固まっている。
「先ほど、ツクヨミ方面の戦闘が停止されました。マガツヒも戦闘を停止してください。」
ウォルシュは甲高い声で聞き返す。
「おいおい、始まってからまだ半日も経ってねぇぞ。もう止めかよ。」
「宇宙戦は地上戦と違ってテンポが速いのです。不服ですか。」
一拍の間の後、ウォルシュが答える。
「いや、ありがたいことさ。生きて家に帰れる、俺も部下たちもな。それに、不服ったって、あちらさんが攻めて来なけりゃ戦いようがない。決めるのは俺らじゃないさ。」
「そうですね。とりあえず、アテラスから攻撃することがない様にして頂ければ結構です。」
「りょーかい、じゃあな。」
そう言って、あっさりと通信を切ってしまった。
イザナ軍マガツヒ攻略隊も、停戦命令を受諾した。司令官クリス・ジョーダン少将は停戦の命令を受けると暫く呆然としていたが、我にかえると
「飯時だ、ちょうどいい。」
とだけ言い、散開した部隊を集めに行ってしまった。
現場司令官同士の停戦合意は以下の条項をもって発効された。
・アテラス、イザナ、両軍はフソー星系において、以降の戦闘行為を停止する。
・両軍は人道を以って、負傷者及び遭難者の救助に当たる。
リアルタイムビジョン通信では、この2項のみが決定された。加えて、近日中にイザナ軍代表者がツクヨミに出向き、会談の場を設ける。そして、その場において、他の条件を協議することが定められた。
多くの生命が失われた今作戦だったが、最終盤に多少の慰めになる事件が起きている。漂流艦4隻の発見である。
イザナ軍ツクヨミ攻略隊の強襲降陸艦10隻の内、7隻はアテラス軍第12駆逐戦隊の攻撃を受け、撃沈との報告であった。この見解は両軍で一致している。だが、この内の4隻については、主機関を撃ち抜かれ動力を失ったものの船室は無傷であり、多くの生存者を載せたまま漂流中であった。これら4隻の漂流艦は、当の第12駆逐戦隊に発見、曳行され、イザナ軍に引き渡された。




