第二十二話
サニーがアランを離せないでいると、それまで傍観していた二体のアンドロイドが突然動き出した。男性型はイリヤへ、女性型は鎌原へ一目散に走る。厳しい練習を積んだオリンピック級の陸上選手でも勝負にならないような、圧倒的な瞬発力だった。
「ちっ!」イリヤが舌打ちした後一瞬のうちに、電離機体加速銃の狙いをアンドロイドに変え、プラズマを発射した。間髪入れず、鎌原も発射する。
レールの役目を果たす銃身から吐き出された二つのプラズマは、煌めきながらアンドロイドに向かう。薄暗かった室内が煌々と照らし出され、使用用途が不明な多種多様の機械類を照らし出した。プラズマは二体のアンドロイドの走る速さにも負けないくらいのスピードで襲い掛かる。
アンドロイド達は最小限の動きで、しかし全く身体に触れないようにいとも容易く躱した。プラズマは後ろの壁に衝突し、より強い閃光を放って瞬時に消滅する。室内がまた薄暗くなった。
「こいつらは近接戦闘タイプだわ!接近戦で仕留めるわよ!」鎌原はそう言うと、電離機体加速銃を投げ捨て、懐から小型のナイフのような武器を出した。刀身に青い光が宿ったかと思うと、僅かに震え始めた。ふと、イリヤを見るとこちらも同じ武器を構えている。サニーはこの時まで、二人が銃以外に武器を持っていることに気付かなかった。
「サニー、早くアランを止めて!私達もいつまでも持たないわ!」「サニー!早くしろ!」「……つっ」サニーが答えようとした時、アランを掴んでいた腕に鋭い痛みが走る。思わずアランを離してしまった。腕に一線の切り傷があり、真っ赤な血が滴り落ちている。
アランを見ると、その手には切れ味鋭そうな短刀が握られていた。「先生、こんなことをして申し訳ありません。出来ることならあなたの理解を得てから計画を果たしたかった。今まで私の面倒を見てくれて、どうもありがとうございました」言い終わると同時に、素早くサニーに切り込んでくる。「何やってんのよ!早く逃げなさい!」「サニー、逃げろ!こいつらを片付けたら、俺がそいつを始末する!」サニーが二人を見るとすでに格闘戦が始まっていた。
男性型は両腕の前腕部から、その見た目は華奢な腕に沿うように刃が出ている。その鋭さは実際に切られなくても容易に想像がついた。イリヤの頸動脈を裂くように左腕で切りつける。咄嗟に屈んでイリヤは一振りを避けた。素早い動きの中でも、その目は男性型を捉えて離さない。右手で構えたナイフで男性型の眼球を刺そうとする。
アンドロイドも人間と同じく目で視覚情報を得ている。イリヤは破壊するより機能停止させることを目論んでいた。男性型は下から右腕を振り上げ、激しい勢いで腕の刃をナイフに当てる。しかし、ナイフの軌道はずれず、男性型の左の眼球に突き刺さった。
女性型は両の手根部から、上腕の長さと同じくらいの刃を出して鎌原に斬りこんでいる。こちらの刃も、触れた瞬間切り落とされそうなほどの鋭さが伝わってきた。
右腕で鎌原の心臓を貫くように突く。鎌原は身をよじって回避するとともに、一歩踏み込むことで相手の懐に入り込む。そして女性型に距離を取られる前に、即座にナイフで首を切りつける。鎌原には一撃で首を切断する自信があった。
ナイフがアンドロイドの強靭な外装を破壊して首に食い込むが、半分も行かずに動きが止まる。女性型は左腕を鎌原の胴体を切るように斜めに振り上げた。鎌原はすぐさま身を引き、斬撃から遠ざかる。
「……っ」剣先が鎌原の衣類を切り裂くと同時に、幾らか鎌原の肉体に食い込んだ。振りぬいた刃の軌道に合わせて、真紅の血液が空中に飛び散る。サニーがほんの一瞬見ただけで驚異的な数の攻防がなされていた。また、秒単位で二人の身体には傷ができていく。
「うわっ!やめるんだ、アラン!」すんでのところでアランの切り付けを避ける。その短刀捌きには少しの迷いも無いことが、戦闘に疎いサニーにも伝わってきた。「アラン!もうこんなことは止めてくれ!君は間違っているんだ!」「サニー、説得しても無駄だ!」イリヤが応戦しながら叫ぶ。アランに剥きだしの殺意を向けられていることが、サニーはひたすら悲しかった。
「先生、死んでください!」アランが短刀を握りしめて突っ込んでくる。あっという間に傷だらけになっていく鎌原とイリヤを見て、サニーは覚悟を決める。「……ごめん、アラン!」サニーは咄嗟に身を引き、アランの腹を思いっ切り蹴り上げた。「ぐっ……かはっ」アランの身体が宙に浮き、鈍い音を立てて床に落ちる。
「ごほっ、ごほっ。せ、先生」サニーはアランの短刀を蹴り飛ばした。「アラン、やっぱり君のやろうとしていることは間違っているよ」サニーは泰然とパソコンへ近づいてく。「ヤマト・プログラムは停止させてもらう」画面では既にヤマト・プログラムにアクセスできる状態になっていた。
「先生。今、ヤマト・プログラムを停止させると僕の身体は植物状態に戻ります。それは一種の殺人です。……僕は、先生に殺人をさせたくありません」アランが息も絶え絶えに言う。「アラン……君は……人間じゃないよ。僕が……君の代わりに世界を導く」サニーの声は落ち着いていたが、その顔からはさめざめと涙が零れ落ちていた。
涙で視界が滲んでいる中、サニーは静かにヤマト・プログラムの強制停止処置を行う。その途端、鎌原及びイリヤと戦闘していたアンドロイドが全く動かなくなった。サニーが慌ててアランを見ると、その身体は弱弱しく床に横たわっている。
「アラン!!」サニーはまっしぐらにアランに近寄った。「アラン!アラン、しっかりしろ!」しきりにアランを揺するが、まるで反応はない。その顔に表情は無く、生気の欠片も感じられなかった。
「サニー!」「おい、大丈夫か!」鎌原とイリヤが駆け寄ってくる。二人とも呼吸は浅く、身体中の細かい傷から血が流れていた。「アランが……アランが……」「……あなたは良くやったわ、サニー。まさか、この子が黒幕だったなんてね……」鎌原が消え入りそうな声で言う。「……お前が世界を救ったんだ」イリヤの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。
三人が悲しみに暮れていると、突然緊急警報が鳴り響く。「な、なんだ!?」イリヤが周囲を見回した。鎌原が急いで画面を見る。ヤマト・プログラムが緊急停止された場合、マザー・コンピューターと戦闘用アンドロイドの自爆システムが作動することがわかった。
「大変!マザーと戦闘用アンドロイドの自爆システムが起動しているわ!早くここから逃げましょう!」「うっ……うっ……。アラン……アラン……」サニーはアランを抱えたまま、床に座り込んでいる。「おい、サニー!俺らまで死んじまったら、ここまでやった意味がねえぞ!」「でもっ……」空気を切り裂くように、皮膚と皮膚が衝突しあう乾いた音が響く。
鎌原の手の平が自分の頬を叩いたことを、音の余韻が消えてからサニーは知った。「あんたがそんなんじゃ、だめでしょ!アランの分の生きるのよ!」「……ごめん」「アランは私が背負おってこうか?」「……いや、僕が背負っていくよ。」サニーがアランを担いだのを確認してから、鎌原とイリヤが警戒しながら先導する。
戦闘用アンドロイドが起動していることはなさそうだった。「よしっ。大丈夫そうだな。急ぐぞ。」「……」イリヤが声をかけるも、サニーは無言で付いて行く。四人が長い通路に出ると、爆発の振動が伝わってきた。
「やばっ、急ぐわよ!」通路を全速力で駆け抜ける。階段を上がり倉庫の中に入ると、地下が崩れた気配がした。「……早く行かないと人が集まる。さっさと逃げるぞ」飛行機についてもサニーは気落ちしていた。
「……サニー」「……大丈夫だよ、早く帰ろう」サニーはアランを寝かせながら鎌原に答えるが、その顔はずっと俯いている。四人を乗せ、純白の機体は空に飛び立った。




