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脳汚染  作者: 青空あかな
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第二十三話

 機体を自動操縦に切り替えると、サニー、鎌原、イリヤの三人は操縦席から降りる。サニーはまっしぐらにアランの元へ向かった。アランは救護室のベッドに寝かせてある。その顔はただ眠っているように安らかだった。


 しかし、アランの名前を呼んだり揺すったりしても、全く反応が無いことがサニーには辛い。「……アラン」サニーはこんなに悲しい気持ちになったのは初めてだった。その眠るように穏やかな顔を見ていると、アランと出会った日のことが思い出される。


 その日は朝から冷たい雨が降っていた。空は分厚い雨雲に覆われ、どんよりした空気が満ちている。その頃サニーはアンドロイド修理所を開店したばかりで、毎日が慌ただしかった。周囲には似たような生業の店が多く、新規開業した新参者は足で稼ぐのが主な仕事だ。修理先からの帰り道、その少年と出会った。


 傘もささずに通りの隅で座り込んでいる。美しい金髪が雨に濡れながらも、街灯の灯りを反射して光っていた。通行人は皆、彼を避けるようにして歩いている。サニーも最初は他の者と同じように通り過ぎた。仕事に忙殺されていて、誰かに構う気力もないほど酷く疲れていた。しかし通りを曲がりきる前に、サニーは踵を返す。身体には疲労が溜まり、その少年と関わると貴重な睡眠時間が減ることは確実だったが、どうしてもほっとけなかった。


 「どうしたの?大丈夫?」傘を差し出しながら少年に声を掛ける。ずっと俯いていた少年が顔を上げた。「……」そのやわらかな青い眼には、微かに怯えの色が浮かんでいる。


 「僕はサニー・ブラックバーン。すぐ傍でアンドロイド修理所をやってるんだ。と言っても始めたばかりなんだけどね。お家は何処なの?」サニーは努めて笑顔で話しかけた。通行人が怪訝な顔をして過ぎ去っていく。


 「……僕に……家はありません」少年は小鳥が囀るような声で答えた。衰弱しているのか雨の音にかき消されてしまうほど小さな声である。


 「……そうか。お父さんかお母さんはいるのかな?」サニーは答えを予想していたが念のため尋ねると、少年はふるふると小さく頭を横に振った。「行くところが無かったら僕の修理所に一緒に行かない?ここにいると風邪を引いちゃうよ」少年は無言のまま下を向いている。


 「もし良かったらで良いからね。無理して来なくて良いよ。そこの角を曲がって、少し歩いた所にある教会みたいな建物なんだ。あと、これ使ってね」サニーは持っていた傘を、少年の身体がしっかり隠れるように通りに置いた。


 通りを曲がった後、サニーは雨に濡れながら駆け足で修理所へ向かう。勢いよく修理所に入ると、アンドロイドのペティが奥から出てきた。機材にオイルをさしていたようで、両手がぬめりと光っている。


 「お帰りなさい、先生。ずぶ濡れですが、傘を忘れてきてしまったのですか?」サニーから荷物を受け取りながら言った。「まぁそんなところだね。ちょっとタオルを貰える?」ペティはサニーが初めて自力で造り上げたアンドロイドだが、予想以上に良くできた。


 ペティがタオルをくれる。洗い立てのタオルだったが、オイルが付いた手のまま取ってきたらしく、少しぬめっていた。なるべくオイルが付いていない部分で身体を拭いていると、修理所の扉をノックする音が響く。ペティが扉を開けると、先程の少年が傘を差して立っていた。


 「すみません、本日の営業は終了しているのですが……」「良いんだ、ペティ。入れてあげて」ペティに連れられて少年は修理所の中に入ってくる。


 「よく来てくれたね。ペティ、新しいタオルと温かい紅茶を用意してくれるかな?あとお風呂も入れといて」少年はサニーをぼんやりと眺めていた。「……どうして助けてくれるんですか?……嫌じゃないんですか?」あまり人間が信じられないのかもしれない、その瞳にはまだうっすらと戸惑いや恐れの色が見える。


 「うーん、どうしてって言われてもなぁ。困ってる人を助けるのは当たり前だし、それにずっとあそこにいたら、風邪を引いちゃうじゃない」サニーが話すと、少年はぽかんとしていた。ペティがタオルを持ってくる。「はい、取り合えずこれで身体拭いて。良く拭いたら、そこら辺の椅子にでも座って待っててね」サニーは少年にタオルを渡すと、ペティの元へ駆けて行った。


 ペティと一緒に紅茶を淹れながら少年を盗み見ると、タオルで身体を拭いているのが見える。紅茶を淹れ終わると少年の元へ運んでいく。「さぁ、温かい紅茶だよ」湯気と一緒に芳しい薫香が修理所の中に充満した。


 サニーがパンジーがあしらわれたティーカップに紅茶を注いで渡す。自分の分は向日葵の絵が描かれたティーカップに入れる。サニーが飲み始めると、初めは緊張した面持ちでいた少年もティーカップに口をつけた。一口飲むと少年の顔からほんのりと笑みがこぼれる。


 「どう?落ち着くでしょ?」サニーは警戒させないよう、柔らかい態度で話しかけた。「……はい。気持ちが落ち着きました。それに、凄くおいしいです」少年は笑みがこぼれた余韻が残っている表情で話す。「もし大丈夫だったら、君の名前を教えてくれないかな?」サニーが問いかけると少年は一瞬強張ったが、自分の名を名乗った。


 「……僕はアラン・イエイツと言います。この国には難民として入国しました。でも途中で両親に捨てられ、一人で街を彷徨っていました。僕の年では仕事も見つからず、力尽きてあそこで座り込んでしまいました。……この度は助けて頂いて、本当にありがとうございます」少年が深々と頭を下げる。「そうか、君はアランて言うんだね。少しでも元気が出てくれたのだったら良かったよ。あと、行く所が無いんだったら、うちに来たらどうかな?」


 突然の申し出に、少年は戸惑った。「そ、それはここで働かせてくれるということでしょうか?……大変ありがたいのですが、僕がいると迷惑をかけてしまうと思いますので……」「全然迷惑じゃないよ!それに、ちょうど誰かを雇おうと思っていたところなんだよね。また街を彷徨いていたら、今度は野垂れ死んじゃうかもしれないじゃないか」二人が話していると、ペティが小さなスコーンを持ってきた。ほかほかと湯気が立っている。


 「はい、じゃあ決まり!アランはこの修理所で働くこと!辞めたくなったら辞めること!その時はいなくなる前に相談すること!さあ、スコーンを食べるよ!」サニーはガツガツとスコーンを食べ始める。「……ありがとうございます。……これからよろしくお願いします。」アランの眼にじんわりと涙が浮かんできた。涙を拭うこともせず、アランもスコーンを掴む。


 一口食べただけで優しい味が口の中に広がった。「……美味しいですね、これ……」堰を切ったように、アランの眼からぽろぽろと涙が零れる。「……たくさん食べなね」サニーがハンカチを手渡しながら優しく言った。そんな二人のやり取りを見ているペティが、サニーには心なしか嬉しそうに見える。


 白い機体の中で、いつまでもアランのそばを離れようとしないサニーを、鎌原とイリヤはそっと見守っていた。飛行機はぐんぐんと日本帝国を離れ、大英帝国家に近づいていく。


しとしとと冷たい雨が降っている。アンドロイド修理所のステンドグラスから漏れ出る光が温かい。サニー達が帰ると、ペティが出迎えに出てきた。


 「お帰りなさいませ、皆さん。お荷物をお持ちします」「うん、ありがとう。ペティ」鎌原以外は無言で荷物を渡す。「それから、アランさんのお姿が見えないのです。心配しているのですが」荷物を受け取りながら、ペティが言った。


 方々を探し回ったのだろう、その身体は所々薄汚れている。「あ、アランはね……」鎌原が言いかけた時、サニーが後ろから現れた。ひどく憔悴し気落ちしている様子が伝わってくる。そしてその背中には、ぐったりとしたアランが乗っていた。


 「アランさん!?先生、これは一体!?」ペティが慌てて近寄る。「ペティ……清潔なタオルとお風呂の用意をお願いできるかな?でも、紅茶は淹れなくて良いよ……」俯きながら室内に入る。「……うっ……うっ……」サニーは泣きながらアランをソファに寝かせた。


 「アランは……生きてるけど……死んじゃったよ。アランは生きてるけど、死んじゃったんだ……」修理所の中には、サニーのすすり泣く声がいつまでも聞こえていた。

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