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脳汚染  作者: 青空あかな
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第二話

翌日、アンドロイド修理所は休みだった。休日になるとサニーは外を散歩することが多かったが、その日は修理所に隣接している自宅で調べ事をしていた。「人間至上主義について検索」サニーが声を発すると机上のパソコンが反応し、壁一面に検索結果を映し出す。その中からホームページらしきサイトを見つけた。


 我々は人間がこの世で最も高貴かつ高尚な存在であることを知っている。アンドロイドという人間の紛い物や、力を得るためその尊い身体を汚したサイボーグを許さない。この世で人間を名乗ってよいのは真に人間の者だけである。


 その他にも人間を賛美し、アンドロイドやサイボーグを卑下する文言が並んでいる。隊員欄を調べると総勢300名ほどの人物が載っていた。先日修理所に押し掛けた二人組の名前もある。


 大柄の男はイリヤ・オロフ、小柄の男はアレックス・キャロルと言うらしい。鎌原陽和の所在について有益な情報を寄せた者には賞金を支払うと書かれている。幸い人間至上主義の拠点は修理所からそれほど遠くなく、サニーは訪ねることにした。


 公的な組織が入る建物などは市民の殆どが所持しているミニデバイスと連動しており、行くのが初めてでも道に迷わないことが多い。しかし、その拠点については情報が登録されてなく、一昔前のマッピングアプリを使って自力で辿り着く必要がある。途中サニーは道に迷ってしまい、何度か通行人に尋ねた。その中にはアンドロイドも何体かいたが、人間至上主義について聞いても特に様子は変わらない。しばらくして、サニーは無事に人間至上主義の拠点に辿り着いた。


 その建物はアーチや円柱のような曲線の構造物が極端に少なく、見る者に全体として無骨な印象を与える。入口の手前に検問のような場所があった。「すみません。サニー・ブラックバーンという者ですが、鎌原陽和についての情報を持ってきました」サニーが警備員に伝える。


 「お前もサイボーグじゃないだろうな」警備員が威嚇するようにサニーに問うた。猛禽類のような目が印象的である。「違います。私は人間です」サニーが無遠慮にじろじろと見られていると、先日の大男が建物から出てきた。額や腕に包帯を巻いている。


 「おい、どうした。お前は昨日の奴だな。今更何しに来た」「鎌原陽和について教えてほしい、イリヤ・オロフ」警備員が表情を硬くして警棒を抜こうとするのを、イリヤは押しとどめる。「何だ、お前。あの女のことが気になってるのか」「何であんな怪我をさせたんだ」「はっはっは、怪我じゃなくて故障だろ。修理は無事に終わったのかよ」「彼女は人間だ!」イリヤは見上げるほど大きいが、サニーは毅然とした態度を崩さなかった。イリヤは全く動かずにサニーを見下ろす。


 「元々は、あいつが傭兵として雇ってほしいと言ってきたんだ。でもなぁ、俺たちがどんな組織かは知ってるだろ」「……人間至上主義」「そうだ。それなのにあいつは人間だって噓吐きやがった。噓吐きは罰せられて当然だろう」「だからといって、あんなことして許されると思うのか」依然として睨みつけているサニーをそのままに、イリヤは建物へ振り向いた。


 「……ついて来い」「ちょっと、イリヤさん良いんですか」警備員が言うが、構わずイリヤは建物内部に向かって進む。サニーは慌てて後について行った。 建物内部は一見すると博物館のようである。入口から入ってしばらくは、人類の歴史の説明が分かりやすく紙に書かれて壁に貼られていた。その中にはアンドロイドの発明についても詳しい記載がある。サニーが興味深そうに眺めていると、イリヤが話し始めた。


 「今時こんなアナログなのは珍しくだろ。でもな、人間にとっては紙とペンで書いたもんが一番馴染みやすいはずなんだ」「ここは博物館なのか」「いや、そんなんじゃねえよ。けど、ここは案外訪問者が多いからな。入ってすぐに物騒なもんが置いてあったら評判悪いだろ。啓発活動も兼ねてこんな博物館みたいな見た目にしてるのさ」


 最後まで進むと、さらに奥へと続く廊下がある。関係者以外立入禁止と書かれた札が吊るしてあった。その両脇に先程の警備員と同じ紺色の制服を着た、頑強な肉体の男性が立っている。「通してくれ、俺の連れだ」イリヤが一声かけると、すぐに道を空けた。突き当たりを曲がると、そこにはまるで別の世界が広がっている。


 博物館のスペースは照明が落ち着いた雰囲気を出していたのに対し、ここはとにかく明るく身が引き締まるようだった。サニーとイリヤはいくらか高い場所に位置しており、その下の半地下のスペースに紺色の制服を着た人間達があくせく動き回っているのが見下ろせる。パソコンに向かってキーボードを忙しく叩いている者、机を並べて何かの打ち合わせを行なっている者などざっと見て百人程はいるだろうか。しかし、その中にはアンドロイドや自動ロボットの類いは全く無かった。


 「おい!見せもんじゃねえんだよ。早くこっちに来い」サニーがぼんやり眺めていると、知らぬ間にイリヤと距離が離れている。イリヤは下には降りず、同じ階の奥の方にある扉の前に立っていた。サニーは慌てて駆け寄り、彼に続いて部屋に入る。


 そこは十畳程の広さの部屋で清潔感に溢れていたが、応接室と呼ぶには殺風景であった。床と壁は白く部屋の中央に、これもまた白い横長の机と二脚の白い椅子が鎮座している。部屋の隅には小さな台の上にブルーベルの花が数輪飾ってある。イリヤが入口側の椅子に腰かけた。サニーを許可なく部屋の外に出さないためだろう。サニーは目線で向かいの椅子に座るよう促され、イリヤの正面に座る。


「昨夜のことは悪かったな。……突然の話で申し訳ないが、俺らの仲間にならないか?」思いも寄らなかった申し出を受けて、サニーはひどく戸惑った。


 「……は?き、急に何を言い出すんだ?」「昨日あの修理所に行って、お前の腕が良いことはすぐに気が付いたぜ。ここにアンドロイドの類は無いが様々な機械があるんでね。良い整備士になれそうな奴を探していたんだ。お前の技術ならすぐに応用が効くだろうよ」「ふ、ふざけるな!お前らの仲間になんてなるわけないだろ!」サニーは無意識のうちに身を乗り出していた。


 「もちろん、給料は弾むぜ。」「馬鹿にするな、帰らせてもらうからな!」サニーが部屋から出ようと歩き出すと、イリヤが立ち塞がる。「おいおいおい、すんなり帰してくれると思ったか?」「お前らはただの傭兵集団だろ。こんな事して良いと思ってるのか」サニーとイリヤが睨みあっていると、不意に辺りが騒がしくなった。


 「おい、誰かあのアンドロイドを止めろ!」「くそっ、無暗に発泡すんな!」どうやら建物内部にアンドロイドが侵入したらしい。「ちっ、一体何事だ」イリヤが外の様子を確かめようとドアノブに手を伸ばした瞬間、扉が勢い良く開かれた。


 「がぁっ、な、何だ!」扉と壁が勢いよく衝突する音とともに、イリヤの叫び声が聞こえる。そこには良く見知ったアンドロイドが普段と変わらぬ佇まいで立っていた。


 「ペ、ペティ!?どうしてここに!?」「アランさんから、先生を尾行するよう言付かりまして。また、先生が危険な目に遭っているようなら助けろ、とも言われました」ペティは開けた扉を抑えたまま淡々と話す。無論、イリヤは挟まれたままだ。あの筋骨隆々の肉体でも身動きできないことから、凄まじい力で押さえつけられていることがわかる。


 ペティは作業用アンドロイドとして造ったのでパワーも強めの設定にしていたが、まさかこれ程とは思わなかった。「そ、そうなんだ。助けに来てくれてどうもありがとうございました」自然と敬語になる。「では帰りましょう」「ちょっと待てやコラァ!では帰りましょう、じゃねえぞ!」扉と壁の間でイリヤが叫んでいた。


 「うるさいですね」ペティが隙間から片手を入れ、イリヤの首を締め上げていく。「かっ……。やめ……」「ちょ、ちょ、ちょ、ペティ!?何やってるの!?」サニーが止める間もなく、イリヤは力なく床に崩れ落ちた。


 「イ、イリヤ!?どうしよう、僕の造ったアンドロイドが人を殺しちゃった……」「先生、殺してなどおりません。気絶させただけです」ペティは実に堂々としている。イリヤをよく見ると、彼の胸は規則正しく上下していた。


 「そ、そうみたいだね。……良かったぁ」「人が集まってくる前に早くここを出ましょう」サニーが心底ほっとしていると、ペティが彼の手をちぎれんばかりに引っ張って走り出す。「いだだだだ。ペ、ペティ、出口はそっちじゃないよ!」「こちらからも外に出る道があります」


 サニーはそれからのことは余り良く覚えていなかった。ペティが迫りくる隊員たちをなぎ倒していると、自然と外に出た気がする。ペティに引きずられるようにして修理所に戻ると、アランが待っていた。


 「た、ただいまぁ」「先生、何処に行ってたんですか」アランの顔から怒気が滲み出ていた。「う、うん。ちょっと人間至上主義の本部まで……ね。ペティを寄越してくれて本当に助かったよ、ありがとう」「他に言う事はありませんか、先生」アランの表情は全く変わらない。


 「……はい、すみませんでした」「先生はたまに大胆過ぎるんですよ。心配して待ってる人の身にもなってほしいです」サニーが気落ちしていると、ペティが紅茶を入れてくれていた。「反省したら飲んでいいですよ、先生」アランが先に飲みながら言う。アッサムの甘味が心に沁みた。

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