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脳汚染  作者: 青空あかな
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第一話

 サニー・ブラックバーンのアンドロイド修理所は、今日も修理中のアンドロイドたちで溢れていた。「サニー先生、新しく3体来ました」助手のペティがサニーの元へ駆け寄ってくる。彼女の見た目はまごうことなく人間だったが、瞬きを必要としない眼が彼女はアンドロイドであることを物語っていた。


 「順番に故障内容を聞いて、一番程度が重度のアンドロイドから作業場へ案内して。あと、アランを呼んできてね」サニーが慌ただしく伝えると、ペティは奥の方へ走っていった。アラン・イエイツは、サニーがアンドロイド修理所を開業してから数年後に雇った見習い技術師であり、まだ経験は浅いがそつなく仕事をこなしてくれる。彼に身寄りはなく、サニーとともに生活している。少しして、奥の部屋から一人の少年がやって来た。


 「アラン。このアンドロイドはどうやら重心安定装置の調子が悪いんだ。おそらくショートしている部品があるはずだから、交換してあげて」終わったら呼んでね、とサニーは別のアンドロイドの修理へと向かっていった。その日の夜、アランと一緒に一日の片づけをしながら、サニーはアンドロイドの修理データをまとめていた。今日も日本帝国工業社製の個体が大半を占めていた。


 アンドロイド製作会社は世界中にあるが、中でも日本帝国工業社は、ヤマト・プログラムという人工知能を独自に開発したことで、世界最大のシェアを有するまでになった。それは従来の人工知能より認識、思考、学習能力等が大幅に優れており、今やアンドロイドの主流はヤマト・プログラム搭載型日本帝国工業社製の個体だった。「先生、今日も忙しかったですね」修理用の部品が積み重なった机の陰からアランの声が聞こえてくる。「あぁ、忙しかったね。でも、アランとペティのお陰で何とか切り抜けられたよ」「いえ、先生の指示が的確だったからです」少し離れた場所からペティの聞き取りやすい女声がする。


 ペティはサニーが自作したアンドロイドである。街中に流通している物はほとんどが既製品だったが、サニーはその高い製作技術を活かして自ら造り上げた。「いやいや、ほんと二人のお陰だよ」アンドロイドには基本的に人工知能が搭載されているが、自我を形成できるまでの技術は進んでいない。ペティの人工知能もサニーが開発したが、もちろん自我という物はない。それでもサニーは日頃から感謝を忘れなかった。


 「アンドロイドがいない生活なんて考えられませんね」アランが不用品を両手一杯に抱えながら歩いて来る。人類が労働力不足を補うために開発したアンドロイドは、もはや人間が生きていく上で欠かせない存在となっていた。医療分野や外食産業などでも使用できるように、人間と比べても遜色ない外見とコミュニケーション能力を持ち、何の抵抗もなく社会に溶け込んでいる。


 「うん。ただ、もう少し丁寧に扱ってくれる持ち主が増えると良いんだけど」サニーの修理所に来るアンドロイドは、ほとんどが作業時の事故や単なる故障だったが、中には故意に破壊されたような個体もあった。


 「凶暴な人はアンドロイド持たないでほしいですよね。人類はもっと成長するべきだと僕は心底思ってます」アランは憤った声で話していた。「そうだね、僕もそう思うよ。アラン、申し訳ないけどペティと一緒にこれも捨ててきてくれるかな」サニーは床に置いていた大型の部品を指し示す。「はい、すぐ行ってきます。ペティ、行くよ」アランはペティと共に、奥の扉から外へと出て行った。アラン達が出て行った時、突然修理所の入口の扉が勢いよく開いた。


 「ちょっと、今すぐ診てもらえる?」降り注ぐ光を全て閉じ込めるような漆黒の髪と眼をした、女性にしては高身長な一人の少女が立っていた。どこか暗い雰囲気だが、生きることへの強い意志が滲み出ているのが感じ取れる。その少女は人間だとサニーにはわかっていたが、一人で来ていることが疑問に感じた。修理所にはアンドロイドが単体で来店するか、持ち主が運んでくることが多かったからだ。よほど緊急なのだろうか。


 「ええ、大丈夫ですよ。それで、アンドロイドの方はどちらでしょう」「アンドロイドじゃなくて、私を見てほしいのよ。機械なら何でも診てくれるんじゃないの?」「……と言いますと?機械なら大体診れますが」


 確かに看板にはアンドロイド修理だけではなく、機械類の修理も承ると書いてある。サニーは答えるも心なしか緊張していた。閉店間際に来る客は、大体故障が重度か持ち主が面倒な客かのどちらかだからだ。サニーはこういうときだけ当たる直感で確信していた。今回は間違いなく後者である。


 「私はサイボーグなんだけど、上手く走れないのよ。右膝関節の回路がショートしてるんだと思うわ。」サイボーグだったか、とサニーは内心で納得した。アンドロイド工学が発達するにつれて、一部の人間は人体を改造することで、その恩恵を直接享受しようとした。当初は腕や脚に障害を持つ者のためだけに改造手術が行われていた。しかし、純粋に自分の身体能力を高めるためだけに身体を機械化する者達が現れた。彼らは内戦や紛争などの戦場では一騎当千の活躍を見せたが、戦争の火種になるとされ徐々に表舞台から姿を消していった。


 「ちょっと、早くしてよね」そんなことを考えていたら急かされてしまった。「す、すみません。どうぞ、そちらに座ってください」鎌原を椅子に座らせ、右の膝部分を診ていく。一見すると皮膚のようなゴム製の人工皮膚が破れ、中の回路が剥きだしになっている。「確かに右膝関節がショートしてますね。でも、これならすぐに治せそうです」サニーが伝えた時、丁度アランとペティが戻ってきた。


 「アラン、ちょっとそこにある新しい回路を持ってきて」アランが新しい客を見て一瞬驚いた表情をするが、すぐにサニーに言われた部品を持ってきた。「先生、こちらの方は」「緊急のお客さんだよ。ここ抑えてて」故障個所の修理はサニーにとっては簡単な作業だったが、女サイボーグからは手際の良さが際立って見えた。


 「随分手早いわね。私でも治すのに結構苦労するのに」「いやいや、慣れてるだけですから」サニーは淡々と答えつつも、何か銃撃を受けたような破損状態だったのが気になった。女サイボーグを良く見ると、腕や脚に細かい傷があり衣服も汚れている。一通り処置が終わると、サニーは思っていた疑問を口にしようとした。「どこかで転んだりされ……」と聞きかけたその時、急に修理所前の道が騒がしくなった。


 「あの女どこ行った!?」「アンドロイド修理所なんてありますぜ、イリヤさん」低い声が静寂な街に響き渡る。修理所の周りは建物らしい建物が無いので、声の主はサニー達の元へやって来るだろう。「あ、やば。あの男、まだ私のこと探してる。修理してくれてどうもありがと。お金は後日払いに来るから」サイボーグ女が慌てて出て行こうとするのを、サニーは引き留めた。


 「ちょっと、離してよ!」「今出ると危ないですよ。診療所の奥に裏口がありますから、そこから逃げてください」「あいつらは、人間至上主義の傭兵よ。アンドロイド修理所なんて、あるだけで何されるかわからないわ」アンドロイドが人間社会の一部となっても、忌み嫌う者達は少なからずいた。その中でも、人間至上主義は一大勢力として知られている。「アランとペティもこの人と一緒に逃げて。」「先生はどうするんですか!」アランが抗議の意を込めて声を上げる。


 「僕はここに残るよ。留守にすると何されるかわからないからね。大丈夫、何とかなるよ」「……危なくなったらすぐに逃げてくださいね」「ありがとう、アラン」女サイボーグ達が裏口から逃げたと同時に、屈強なロシア人達が姿を現した。


 「おい、ここにサイボーグ女が来ただろ!早く出せ!」「サイボーグなんて人間の紛い物を匿いやがって!」「いえ、そのような方はいらしてませんが」サニーは慎重に答えつつも、彼らを隈無く観察する。


 男達は二人。最初に発言した方は大柄で、全身が筋肉の鎧で覆われていた。その鋼のような肉体を傷付けることは難儀が予想されるが、額からは血が流れた後があり左の前腕部には青い内出血がある。二人目の男は小柄であり大男ほど筋肉質ではなかったが、その目つきや仕草から軍人もしくはそれに類する職業の者だとわかった。こちらは脚を引き摺っており、より酷く怪我を負っているようだ。


 「黒髪、黒眼のアジア人の女だ!正直に言えば店だけは何もしないでやる。さあ、早く出せ!」「先程も申し上げましたが、そのような方はいらっしゃってません。お引き取りください」サニーは毅然とした態度で対応していた。「どうしても白を切るってんなら、勝手に探してやるな!そこをどけ!」ロシア人達は遠慮なく修理所内に入ると、女サイボーグを探し始める。普段から荒っぽい仕事が多いのだろう、機材や部品にぶつかっても気にも留めなかった。注意すると何をしてくるかわからないので、サニーは黙って見ていた。


 「ふんっ、上手く隠したつもりらしいな」ロシア人達はしばらく修理所の中を探していたが、やがて諦めたのか荒らした室内はそのままに正面口から出て行った。「ふう、なんとか無事に終わった」サニーが安堵のため息をついていると、女サイボーグ達が戻ってきた。


 「先生、大丈夫でしたか!?」アランが真っ先に近寄ってくる。「あぁ、僕は大丈夫。修理所は荒らされちゃったけどね」部品や書類が床に散乱していた。


 「どうもありがと。迷惑かけてしまったわね」サイボーグ女が伏し目がちに謝罪の言葉を口にする。「いえ、あなたが無事で良かったですよ」「私は鎌原陽和というの。ちょっと、ここに座ってもいいかしら」鎌原はサニーの返事を待たずに椅子に座ると身の上話を始めた。その表情からは、最初に診療所に来た時の強い意志の空気が消えていた。


 「私はね、日本帝国で生まれたのよ。昔は日本にいたけど、今は世界を転々としているわ」ペティが紅茶を三人分持ってきてくれた。ダージリンの繊細な香りが広がる。日本帝国は科学技術が発達しており、特にアンドロイド工学が優れていた。過去には科学技術向上のため違法な人体実験が行われたなどの噂もあったが、真意のほどはわからない。


 「見ての通り、私はサイボーグよ。もちろん、自分で望んでなったわけじゃないわ。実験目的でね、改造されたの」「強制的な人体実験は世界的にも禁止されているはずなのに……」サニーがカップをテーブルに戻しながら言う。「世界は裏の顔を持っているものよ。嘘を誠のように話すことだってあるんだから。目の前に提示されている情報を鵜吞みにしないことね」さて、と鎌原は椅子から立ち上がった。


 「すっかり長居しちゃったわね。今日は治療してくれてどうもありがとう。おかげで助かったわ。これ、代金ね」鎌原が差し出した手のひらには、相場の3倍程の金が乗せられている。「これは貰いすぎだよっ」サニーは慌てて断ろうとするが、鎌原は彼を制するように言った。「私のことは忘れて。今日は本当にありがとう」鎌原は豊かな黒髪を揺らしながら正面口より足早に出て行く。残されたティーカップからは、まだ温かな湯気が立ち上っていた。


 「行っちゃいましたね」ずっと黙って話を聞いていたアランが呟く。「彼女は何者なんだろう……」サニーは暫し正面口を見ていた。「それにしても、たくさんお金貰えて良かったですね。大変な目にあったわけですから、それくらい貰ってもバチは当たらないと思います」アランはペティとティーカップをしまいながら言う。「うん、そうだね。さてと、修理所も片付けないと」気持ちを入れ替えるようにわざと大きめの声で言い周囲を見渡すと、思いの外散らかっていた。「しかし、だいぶ修理所を荒らされてしまいましたね」アランは破損した機材がないか注意深く見ながらぼやいていた。「せっかく片付けたのにまた片付けることになるとは」サニーは独り言を言いつつ、鎌原のことが気になっていた。

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