三ノ一.吐露
*最終章に入ります
日本の自宅近くの公園で、わたしはブランコに腰掛けている。
「神様はあっちの世界に行けないらしいから、王子とゆっくり話してきな」と、絵美佳にゲートへと押し込まれた。
だから隣にはフードで顔と髪を覆ったファレスがいる。そんなことをしなくても、人通りのない閑静な住宅街の夜の公園で、他人に見られる心配はほぼないのだけれど。
ファレスとはもう四日も話をしていない。顔さえも背けられ続けた四日間だった。たった四日なのに、すごく長い時間離れていた気がして、何を話せば良いのか全然分からない。
「「…………」」
ぎしぎしと、ブランコの軋む音がやけに大きく響く。
空を見上げれば月が一つ。満月だ。
いつしか三つの月を見慣れていて、一つでは物足りない感じがする。
「里緒」
どれくらいそうしていたか、分からなくなった頃、ファレスがわたしの名を呼ぶ。
「……」
黙って振り返れば、その姿はなぜか脆く、消え入りそうな程、弱々しく見えた。
「―――あなたは以前、私が月に似ていると言いましたよね。前世で私は確かに月神でしたが、今の私はつまらないただの男です。
剣では兄に適わないし、魔力でも弟に適わなかった。秀でた兄弟達の真ん中でコンプレックスだけが育っていきました。
気付けば幼い頃から作り笑いだけが得意になり、常に人の顔色を窺う事しか出来ない、厭らしい人間になっていたんです」
低く吐き出すように語るファレスの肩が震えているような気がした。
無意識に手を伸ばしかける。「大丈夫、そんなことはない」と伝えたかった。
けれど、自分にそんなことを言う資格はあるだろうか?
迷っていると、ファレスは自嘲めいた笑みを浮かべ言葉を重ねた。
「母親譲りの形ばかりが良い顔を武器に、私はいつしか無感情に人と接するようになっていました。
だから私たち兄弟に貴女との結婚が課せられた時、他の二人ではなく私が名乗り出たのです。どうせいつか王子として結婚しなければいけないのだから、相手が誰であろうと構わなかったんです。けれど―――貴女は今まで見てきたどんな女性とも違いました。
いつも、どんな時でも素直に思ったままを伝えてくる貴女が、私には眩しすぎる存在でした。
里緒と接しているうち、私も貴女の前でだけは感情を出せるようになっていました。
偽らない自分でいられるのは里緒といる時だけ。惹かれるのは当然です。私には里緒しか居なかったのです」
居ない、ではなく、居なかった。
―――過去形だ。
だって今のファレスにはヴィエナ神がいるのだから。
「記憶を取り戻した今、千年余りも私を想い続けてくれていたヴィエナや、それと同じように過ごしてきたウトゥヌ神の気持ちが分かってしまう。神は一途な分、大変嫉妬深いものです。
―――以前、ヴィエナは私が浮気をしていると勘違いしたことがあります。その時、ヴィエナが相手の女神にしようとしたことを、もし里緒にも……と思うと怖くて仕方がない。
今の私には彼女を止めるだけの力がありませんから、貴女を守ることもできない。
最初はきちんとヴィエナとの関係を説明しようと考えていましたが、私にはヴィエナを裏切る事は出来ないし、ウトゥヌに楯突く事も出来なくなってしまいました。
だから、このまま何も説明せず、貴女と別れた方が良いのではないかと思ったのです」
ヴィエナ神のため? ウトゥヌ様のため? わたしのため?
自分自身のことより、みんなのためを考えて去ろうとしているの?
それが最善だから?
―――なんだそれ。
「わたしさ、今までファレスにベタベタしつこくされ続けて正直鬱陶しいって思ったこともあるし、変態過ぎるって呆れてた。
けど、そのおかげで男嫌いが良くなったと思うし、生きる気力も涌いて、引きこもりから脱出することも出来た。
自分のことつまらないって言ってたけど、全然そんなことない。ファレスみたいに気遣いのできる人はそうそう居ないし、神殿での仕事だって完璧にこなしてるし。
女の人たちは、顔が良いってだけでキャーキャー言ってるわけじゃないはずだよ。顔だけ良くたってダメなんだよ」
ファレスはわたしの言う事を信用していない様子で眉間に皺を寄せる。
「そんなことはありません。やはりあなたは買い被りすぎです」
「それ、前も言ってたけどさ。それならファレスだってわたしを買い被りすぎ。
素直って言えば聞こえが良いけど、ただ我が侭で、考えなしに好き勝手なこと言ったりやったりしてるだけだし。
それにね、この四日間、わたしが何考えてたか聞いたら絶対ひくよ?
―――なんでわたしのことだけ無視するんだろう。なんでヴィエナちゃんにはそんなに優しいんだろう。なんで絵美佳や、他の人には笑顔を向けるんだろう。なんで、なんで、ってイライラして仕方なかった。頭の中はファレスのことだけだった」
頭に血が上って、一気に思っていたことをぶちまけてまくし立てた。
なんだか凄く恥ずかしいことを言ってしまったような……。




